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潜入04A-09A(chameleon) / 20,000字程度|mtosak|pixivFANBOX
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潜入04A-09A(chameleon) / 20,000字程度|mtosak|pixivFANBOX
クリエイターの創作活動を支えるファンコミュニティ「pixivFANBOX」
潜入06A
「脅威度の事前予測なんてあてにならんもんだな」
『関東安心警備サービス』の事務所。 トレーニング後の柴田は、タオルで汗を拭きながら、そうぼやいた。
「潜在的な被害者の数は、かなりのものだったらしいですね」 「はい、まだ全てを洗い出しきれてはいないようです」 青木の言葉に、若松は頷いた。
この1ヶ月間は、まさに怒涛だった。 若松の追っていたマインドコントロールの案件。 ガセネタと思われていたそれに、大きな進展があったのだ。
「それにしても、お手柄だったな、若松」 柴田は上機嫌に若松の頭をガシガシと撫でる。
「うーむ。しかし、認めたくはないが、やっぱりお前はアサルターより、インフィルの才能があるんじゃないか?」 「いやいや、柴田さんまで、そんなこと言わないでくださいよ」 「コンバットスーツなしで、俺に一度でも膝をつかせたら認めてやるよ」 柴田が笑いながらも挑発的にそう言うと、若松の闘志に火がついたようだった。
「それ、マジで言ってますか?」 「ああ、本気だ。試してみるか?」 「望むところです」
また始まった、と青木は思った。 しかし、こうしたやりとりを見るのも、久しぶりのことだ。 慌ただしい日々が終わりを迎えて、やっと日常が戻ってきたのだなあと、青木は静かに感慨に耽っていた。
*
若松とのスパーリングを終えた柴田は、乳酸の溜まった筋肉に、心地よい疲労を感じていた。
久々に良い汗をかいた。 とはいえ、ひとっ風呂浴びて、流石にスッキリしてえなあ。 そんなことを考えながら、自室へと戻る。
柴田の自室は、紙だらけだった。 白い紙があらゆる場所に貼られている。 1ヶ月前とは、比べ物にならないほどの量だった。
そんな部屋の状況を目にしても、柴田は特に無反応だった。 その視線は、ただ部屋の壁に貼られているひとつの張り紙に、自然と向けられた。
『入浴禁止。共同生活において、水資源を節約することは重要です。入浴やシャワーは、最低限の回数で済ませるようにしましょう』
その文章が目に入ってきた瞬間には、入浴したいなどという愚かで浅はかな考えは、柴田の中から完全に失われていた。 いや、彼は、最初から、汗を流したいとは考えていなかったのだ。 柴田が、そんな馬鹿なことを考えるはずがない。
なにしろ、共同生活において、水資源を節約することは重要であり、入浴やシャワーは最低限の回数で済ませるべきなのだから。
しかし、汗ばんだ身体が不快であるということに変わりはない。 柴田は、トレーニング用のコンプレッションシャツを脱いだ。
『洗濯禁止』
収納ボックスの蓋を開ける。むっとするような汗臭い匂いが溢れ出し、自らの匂いとはいえ、なかなか強烈だなと、柴田は苦笑する。
『洗濯が必要な衣類は、こちらへどうぞ』
そのボックスの中に脱ぎたてのコンプレッションウェアを放り込む。 靴下とまとめてハーフパンツを脱ぎ、それも放り込む。 次に柴田は、スパッツに手をかける。
『ただし、チンポ臭い洗濯物は、こちらのエチケットボックスにどうぞ』
柴田は、脱ぎ終えたスパッツを顔に押し付けて、それを嗅ぐ。 どうだろう。 微かに匂いが染みついているような気がするが、チンポ臭いとまでは言えない。
『チンポ臭い洗濯物が混ざらないようにしましょう。分別にご協力ください』
……やっぱり、これはチンポ臭えってほどの匂いじゃねえな。 少し迷ってから、柴田は通常の収納ボックスにスパッツを分別した。
残すは、スパッツの下に着用していたボクサーブリーフのみだ。 脱ぐと、柴田はそれを躊躇うことなく嗅いだ。
「我ながら、流石にこりゃチンポ臭えな……」 ちょうど自身のペニスの収まっていたであろう部分に鼻を押し当てながら呟く。
今度は迷うことはなく、『チンポ臭専用』と太字で書かれた紙が貼ってあるエチケットボックスの中に、そのボクサーブリーフを入れた。
脱衣は、それで完了だった。 鍛え上げた自慢の肉体を、文字通り、余すことなく晒す一匹の男の完成だ。
誰に見られるわけでもない。 完全にプライバシーが保証されている。 全裸になろうが、性器を晒そうが完全に自由だ。
だから、この自分しかいない部屋の中で、見知らぬ男に背後から身体を抱きしめられているなどありえないことだ。
興奮した男の鼻息が、耳をくすぐっているはずがない。 うなじを舐め上げられ、こそばゆさを感じているはずなどない。 まるでスーパーヒーローのような人間離れした骨格。その丹念に鍛え上げられた肉体に見合う太々しいペニスを、我が物顔で握られているなど、あり得るはずがない。
そんなことがあれば、柴田はそいつを殴り飛ばしている。 まさか無抵抗で、屈強なアサルターが自分の肉体を、ましてや男性器を、見知らぬ男に弄らせることなど、絶対にありえないことだ。 あってはならないはずだ。
なにせここは、柴田逸平にとって、最も安全でプライベートな空間なのだから。
ふう、と柴田は息をつく。 そして、ベッドに腰を下ろした。
今日はトレーニングだけでなく、若松とのスパーリングで疲労している。 腰を下ろして、落ち着きたいと考えるのは決して不自然なことではなかった。
「それじゃ、逸平くん。そろそろベッドに座ってイチャイチャしようか」
そんな囁きが聞こえるはずがない。
柴田がベッドに座ったのは、決して、彼の部屋に潜む見知らぬ男性に手を引かれて誘導されたから、というわけではなかった。
潜入05A
若松と柴田は、トレーニング室に向かっている。 その途中で、カメレオンは二人から離れ、別の通路を進んでいった。
『新宿』の地下には、メンバーそれぞれに私的な居住用のスペースや、入浴や洗濯、生活のための共用設備が存在している。 彼らは、基本的にはその居住エリアで共同生活を送っているようだった。
ただ、カメレオンが観察したところ、必ずしも毎日、全員が基地内で寝泊まりをしているわけではなかった。 もしかすると、宿直のようなルールや規則が存在しているのかもしれない。
それでも、班員たちはほとんどの時間を基地内で過ごしているようだった。 特務機関という性質上、基地に常駐するメリットは大きいのだろうと、カメレオンは勝手に想像していた。 それ以上の興味もなかった。
この数日間で、カメレオンは地下の構造を、ある程度は把握していた。 興味のない区画には立ち入っていないため、完全というわけではない。 しかし、カメレオンの目的を考えるとその程度で十分だった。
カメレオンが向かったのは、柴田逸平の私室だった。
各メンバーに割り当てられている部屋は、生体認証もしくは、本人の携帯しているカードキーによって解錠できるようだった。 ほとんどのメンバーは生体認証のみを使って解錠しており、カードキーによる解錠方法はほとんど使われていないことを、この数日間でカメレオンは把握していた。 そして、このカードキーを拝借することは、カメレオンにとってそれほど難しいことではなかった。
到着すると、彼はポケットから平然とカードキーを取り出して、かざした。 カチリという乾いた音がして、扉は呆気なく解錠された。
部屋に入って、まず目に飛び込んでくるのは、壁に掛けられたグラビアアイドルのポスターだ。 しかし、色鮮やかな水着姿の女性の顔や体を覆い隠すようにして、そこにはコピー用紙のような白い紙が貼られていた。
紙の中央には、太いマジックペンを使った手書きの文字が書かれている。
『消臭禁止』
その下には、同じ筆跡の文章が続く。
『優秀なアサルターは常に男らしくあるべきです。デオドラントスプレーや香水を使って体臭を誤魔化すことは、女々しいことです。女々しい消臭行為はやめて、アサルターらしい男らしさを維持しましょう』
これは前回、カメレオンが部屋に侵入した際に貼ったものだった。
先ほどの柴田たちの会話を、もちろんカメレオンは聞いていた。 この馬鹿げた張り紙が、間違いなく効果を発揮していることは確かだった。
カメレオンは、紙の糊付けが甘くなっていないか、軽く引っ張って確認する。 問題ないようだ。
うんうんと頷き、そして、お待ちかねの戦利品を確認することにした。
部屋の片隅に置かれているポリプロピレン製の蓋付きの収納ボックス。 いかにも軍用といったオリーブドラブのカラーリング。頑強そうな見た目だ。 そこにも、白い紙が貼られている。
『洗濯が必要な衣類は、こちらへどうぞ』
蓋を開ける。 その瞬間、むわっとした臭気がカメレオンの嗅覚を刺激した。
収納ボックスの中には、ここ数日、柴田が着用していたであろう下着やシャツ、トレーニングウェアやスパッツなどが無造作に詰め込まれていた。
凝縮された男の匂い。汗の匂い。逞しさの匂い。努力の匂い。 本来なら誰にも嗅がれるはずのない恥ずかしい匂い。 カメレオンは収納ボックスの中に顔を突っ込むと、深呼吸して、その香りを胸いっぱいに吸い込む。
最高の戦利品だった。 たった数日でこれほどの成果を上げられるとは。
張り紙がどれほど効果を発揮するかは、設置したカメレオンにとっても未知数だった。しかし、『関東』に所属する精鋭であるはずの柴田も、カメレオンの定めたルールに律儀に従った。
トレーニングを終えた柴田が張り紙の指示に従い、律儀に脱いだ下着を収納ボックスの中に入れている光景をカメレオンは想像した。想像するだけで、強い興奮がカメレオンの中に生まれる。
まともに戦っても決して勝つことはできないあの男たちを、自分は支配しているのだ。自分は支配者なのだ。 そう考えるだけで、カメレオンの性器は力強く勃起した。
衝動的にカメレオンは、収納ボックスを持ち上げると、その中身を柴田のベッドの上にぶちまけた。そして、カメレオン自身もベッドの上に飛び乗る。ぎしぎしとスプリングが軋む。 ベッドの上でカメレオンは、全裸になった。
パーティの始まりだ。 手当たり次第に周囲の戦利品を手に取り、それを嗅ぎながら、カメレオンは自らの性器を扱いた。
最初に手に取ったのは、汗の染みたトレーニングウェア。 しばらく収納ボックスの中で保管されていたからか、匂いがより凝縮されている気がする。特に、腋の部分の匂いが強い。
次に手に取ったのは、黒のボクサーブリーフ。 柴田のペニスが収まっていたであろう部分に執拗に顔を押し付ける。期待したほどの強い匂いを感じることができない。シャワーや入浴も徹底的に禁止するべきだろうか? とカメレオンは考えた。
最も強い匂いを放っていたのは、靴下だった。 その香ばしい匂いを胸いっぱいに吸い込む。
もう少しこの場所のテリトリー化が進めば、長時間の接触も可能になる。その時には、直接、その匂いを嗅ぎ、彼の足の指の一本一本まで舐めつくしてやろう。
カメレオンが射精に至るまで、それほど時間はかからなかった。 彼の精液は中空に迸り、そして彼の身体と、ベッドのシーツの上に飛び散った。
カメレオンは、柴田のボクサーブリーフを手に取ると、それをティッシュ代わりに使って精液を拭き取った。途中でちまちま拭き取るのが面倒になって、カメレオンはベッドに向かって体を擦りつけた。
柴田がトレーニングから戻ったら、この精液臭いベッドで彼と抱き合おう。 彼のオナニーの手伝いをしてやってもいい。柴田にもベッドの上で射精させて、シーツの上に精液を吐き出させるのもいいだろう。
柴田のような男には、精液の匂いはよく似合う。 もしも、常に精液の匂いで部屋の中を保つべきである、というルールを設定するのもいいな。それを柴田にとっての『当たり前』に変えることだってできるのだ。 カメレオンが望みさえすれば。
ベッドの上。 射精後の心地よいけだるさに包まれながら、これからのことを思案していると、不意に彼の中にひらめきが生まれた。 我ながら素晴らしいアイデアだ、とほくそ笑む。
カメレオンは、全裸のまま立ち上がった。 そして、彼は新しい神託を下すために、マジックペンを手に取った。
潜入04A
事務所の中には、若松と柴田。 それをあきれ顔で見ている内藤。 そして、モニターに向かって入力を続けている青木の四人がいた。
それから、もう一人。 事務所内には、もう一人の男がいた。
ベンチに腰かけている柴田。その隣に彼は座っている。 その男は、まるで恋人を気取っているかのように、ぴったりと柴田に体をくっつけながら、彼の太い腕を抱きしめていた。 そして、男は強引に柴田の腋に向かって顔を埋め、その匂いの強さを確かめる。 ツンと鼻腔を刺激する僅かな刺激臭。これが男のお気に入りだった。
「今日もトレーニングお疲れ様、この匂いだけで頑張ったことがよく分かるよ」 そう言いながら、柴田の汗ばんだ頭を撫でている。 ちょうど彼は今、柴田の全身の匂いの強さを確かめながら、今日の彼の『頑張り』を評価して、褒めてやっているところだった。
もしも、柴田がその行為を認識していたとしたら、全身に鳥肌を立て、変態野郎とでも罵って、即座に男を殴り飛ばしていただろう。 しかし、柴田には、この男の行為を決して認識することはできない。
なぜなら、この男は『カメレオン』だからだ。
男は辛抱たまらず、ついには舌を伸ばして、柴田の腋を舐めまわしていた。 汗の塩辛さは、男にとって努力の証明だ。彼は、努力の味を特に好んでいた。 塩辛い部分を探るように、腋毛をかき分けながら舌は這いまわる。ちょうど濃厚なスポットを舌が探り当てたその瞬間に、柴田は「んんっ」と声を漏らした。
「どうしたんですか、柴田さん」
突然、妙な声を上げた柴田に、事務所内の男たちの視線が集中する。 同時に、男は柴田の身体から離れた。
「いや、何か妙な感触が……」 柴田は腕をあげると、不思議そうに腋を見ている。 そして、少し湿り気を帯びている腋をポリポリと掻いた。
「虫か何かでもいるんじゃないか?」 内藤が呟く。
「やめてくださいよ、僕、虫苦手なんですから」 青木が、大げさに身を震わせる。
「すまんすまん、ただの気のせいだ」 そう柴田が笑うと、場に和やかな空気が戻った。
しかし、至近距離で柴田の様子を観察しているカメレオンには、彼がまだ周囲への警戒を続けていることがよく分かった。
柴田の視界には、はっきりカメレオンの姿が映っているはずだ。 しかし、プロフェッショナルである柴田がどんなに警戒しようと、決してカメレオンの存在に気づくことはできない。 それほどにカメレオンの『迷彩』は強力だった。
カメレオンは、再び柴田の腕を抱きしめて頬を寄せる。 その時、ほんの僅かに、柴田の表情が曇るのをカメレオンは見逃さなかった。
『迷彩』が完全に機能している場合、本来ならば少しの違和感も生じない。 しかし、柴田は何らかの異常を感じ取っている。 これは『迷彩』が綻び始めている兆候だった。
……接触を開始してから、もうそんなに時間が経ったのか? カメレオンは、手に持ったストップウォッチを確認する。 液晶に表示されている経過時間を見て、彼は小さく舌打ちをした。
トレーニング後の柴田の身体が、あまりにも味わい深かったため、つい夢中になりすぎてしまったようだった。それでも、カメレオンは再び柴田の身体に舌を這わせ始める。限界まで楽しみたかった。
しかし、もしも、自分の存在が露見してしまったら。 変態行為が露見してしまったら。
なにしろ、ここは特務機関の基地の中だ。 もしも『迷彩』が解け、全てが露見すれば、彼は窮地に立たされるだろう。 屈強な男たちに囲まれ、拘束を受けて、詰問を受けるだろう。
そう考えるだけで、ああ、体が震える。 強い興奮によって、勃起が止まらなくなる。
『迷彩』の効果が弱まり、異常を感じ始めている柴田の首筋を、彼は舐め上げた。 カメレオンは、この状況におけるリスクを、そして、バレるかもしれないというスリルを楽しんでいた。
しかしながら、本当にバレてしまっては、折角のお楽しみが終わってしまう。 大きな肩にねっとりとキスをしてから、渋々という感じで柴田の側を離れた。
これでもう心配は要らない。 肉体に接触さえしなければ、決して『迷彩』に綻びが生じることはないのだから。
『新宿』基地内に侵入してから、今日までの数日間で、カメレオンは検証を繰り返していた。カメレオンの能力が、特殊な訓練を受けているであろう特務機関の精鋭たちに通じるという保証はなかったからだ。 結論として『迷彩』は、『新宿』のメンバーに対しても有効だった。 もちろんその能力の制約も、同じように適用される。
カメレオンの『迷彩』は、人間の認知機能に対して影響を及ぼす能力だ。 決して、カメレオンが光学的に透明人間になっているわけではない。 厳密に言うと、周囲の人間から『違和感』を強制的に刈り取り、新しい『当たり前』を作り出す能力だった。 効果が有効である限り、カメレオンの存在や行動に対して、誰も違和感や異常を感じることはできない。
しかし、『迷彩』には明確な制約が存在する。 それは、『他者との接触』に制限が生じることだ。
もちろん他者に接触したとしても、すぐに『迷彩』が解除されるわけではない。 しかし、カメレオンによる執拗な接触によって、柴田が違和感を覚えたように、接触時間が長くなるほどに『迷彩』には、綻びが生じ始める。
どの程度の時間、接触を続けると『迷彩』に綻びが生じるか。 カメレオンは、これを『有効時間』と呼んでいた。 『有効時間』には、個人差があり、カメレオンにも予測が難しかった。
カメレオンは、ストップウォッチの表示を見る。 12分13秒。
柴田の有効時間は、12分程度のようだった。 この有効時間は、これまでのカメレオンの知る中でもかなり短い。 理屈は分からない。しかし、柴田だけでなく、『新宿』に属するメンバーは、接触時の『迷彩』に対して、高い耐性を持っているようだった。
彼らは、特務機関のエージェントとして、特殊な訓練を受けている。もしかすると、それが『迷彩』に対して、ある種の耐性を与えているのかもしれない、とカメレオンは推測していた。
だが、そんなことはカメレオンにとっては些細な問題だ。 なぜなら『迷彩』は、『カメレオンの定めたテリトリーの中で、徐々に効果が増幅していく』という性質を持っているからだ。
カメレオンが『新宿』に侵入したその日。 彼は『新宿』の中でも特に筋肉質な肉体を持つ柴田を一目で気に入った。 柴田が自分のことを認識できず、彼に対して『迷彩』が有効であることを確認したタイミングで、辛抱できずに彼に接触した。
トレーニング後、湯気を立ち昇らせながら、プロテインを飲んでいる彼を抱きしめて、徹底的に全身を舐めつくしてやろうと思った。
しかし、その時の彼は、たまたま踏みとどまった。 先に『有効時間』を確認しておこう。 そう考えたのは、単なる気まぐれのようなものだった。
接触後、柴田が違和感の兆候を示すまで、1分もかからなかった。 数秒。あまりにも早い。 常人では考えられない速度だ。
この結果に、カメレオンは震え上がった。 もしも慢心して、大胆な接触を試みていたとしたら、この時点で『迷彩』を看破されていたかもしれない。 つまり、ご馳走を目の前にして、カメレオンはゲームオーバーになっていたかもしれなかったのだ。カメレオンは、自分の気まぐれと幸運に感謝した。
そうして、カメレオンは、より慎重にじっくりと、この『新宿』にテリトリーを築き上げることに決めたのだった。
その結果が、12分間だ。
初日の『有効時間』は、たったの数秒間。 それが今では、12分間も持続するようになっている。
カメレオンは舌に残った柴田の汗ばんだ腋の塩辛い味を反芻した。 それは、十分すぎる成果だった。
そして、それは『新宿』というテリトリーにおいて、カメレオンの見えざる影響力が着実に増している証拠だった。
「それじゃあ、行きましょうか」 「おう」
若松に促され、腰を上げる柴田。 カメレオンは、名残惜しそうに少し距離を取り、後をついていく。 しばしの辛抱だ、とカメレオンは思った。
しばらく接触を控えれば、『有効時間』は徐々に回復する。 トレーニングだかスパーリングだか、彼らがやろうとしていることについてカメレオンには全く興味がない。
しかし、彼らがそのハードな訓練を終え、爽やかな疲労感とともに、お互いの健闘を称え合っているであろうその頃には、皮肉にも『有効時間』は完全に回復しているはずだ。 そうすれば、絶好のタイミングで、彼らの肉体を存分に味わうことができる。
熱々になった肉体、新鮮な汗にまみれた全身を丹念に舐りつくしてやろう。 そう考えるだけで、カメレオンは、口内に唾液が溢れるのを感じた。
見た目以上に堅牢なセキュリティシステムで守られている『新宿』の地下。 カメレオンの能力は、人間の認知機能に対して強力に作用するが、その能力では、分厚い金属扉を開くことはできない。
それ故に、カメレオンは、誰かと一緒に通過するというシンプルな方法で、繰り返し地下に侵入していた。
問題はなかった。 セキュリティシステムは、通過する人間の一人一人を検知し、個別に認証しているわけではない。そもそも、ここは『関東』に属する精鋭たちの根城だ。その精鋭たちの目の前に存在しているにもかかわらず、認識できない侵入者の存在など、誰も想定していなかった。
今回は、筋肉質な班員二人に寄り添うようにして、カメレオンは堂々と扉を通る。たったそれだけのことで、堅牢なはずの基地は、あっさりと部外者の侵入を許した。