民主主義と教育のフェスティバル
9月6日。うだつの上がらない日曜日の投稿をした後、翌日に残せない仕事をなんとか片付け、足早に身支度を済ませ愛用のコンパクトカメラを手にバスに乗りこんだ。行き先はハンガリー国会議事堂。ドナウの真珠と謳われ、その中の代表的な建造物の前はその日だけは違う様相を呈していた。
コロナ禍以前はいつも大勢の観光客で賑わうこの場所でこれだけの人が集まるのは久しいが、そこに観光客の姿はおそらく1人もいなかったであろう。人々がそこに集まったのはある目的のためだった。
#freeszfe
Szfeとはブダペストにある演劇•映像芸術大学Színház- és Filmművészeti Egyetemの略称で、人々はこの大学とハンガリー政府の間に起こっていることへの反対運動のために集まっていた。
事の発端は大学の経営が政府の運営する基金の元となり、経営陣に政権関係者が介入すると発表されたことに始まる。それらを受けてまず学長代理や副学長が辞任を表明し教師らもそれに続くという事態になった。学生は独自にバリケードを設け政権関係者を校舎に入れないようにするという非常に徹底した行動に出た。今回の反対運動はそれに続く大規模な行動だ。
反対運動は国会議事堂の前だけではなかった。大学の校舎から国会議事堂までをヒューマンチェーンで繋ぐというもので、その間2.5kmというかなりの規模のものであり事前の公表では5000人が必要とされていた。
コロナウイルスの状況も鑑みていわゆるヒューマンチェーンはできないため学生を中心としたリーダー達がテープを使いソーシャルディスタンスを確保したチェーンを作っていた。
諸事情により校舎の方には行けなかったが、偶然にもチェーンに参加していたハンガリー人の友人と遭遇し、5000人は既に超えているということを伝えられた。「気をつけてね!ここは日本じゃないから何が起こるかわからないわ!」と付け加えてくれた。確かに見渡す限り外国人らしき人物は自分と共に来た韓国人の友人しか見えなかったが、不思議とその心配はなかった。
時が経つにつれ校舎側から始めた参加者が続々と議事堂前に集合し始めた。運動の中心メンバーと思われる学生達が音楽と太鼓のリズムに合わせてダンスをしながらその一団を率いていた。
さすが演劇や映画に特化した大学ということもあり、竹馬やダンスといったパフォーマンスで彼らが到着した時その場の空気はより一層の盛り上がりを迎えた。その雰囲気はいわゆる「デモ」と言われる反対運動ではなくさながらお祭りのようであった。
後日、幸運なことにこの運動を企画した学生の1人と知り合うことができた。
「いわゆるデモみたいなものは作りたくなかった。私達は表現を勉強している学生達。だから私達らしい運動を作りたかったの。ただ暴力的にぶつかり合うのではなく自分達のアイデンティティを示したかった。」
「皆が付けている黄色いマスクは私がデザインしたの!」と彼女は少し誇らしげだった。
その後、政府に対しての陳述書が大学校舎からヒューマンチェーンを伝ってやってきた。盛り上がりは一層増し、各々が拍手やチャントを始め、気がついた時には見渡す限り人に溢れ、友人が言ったようにそれは5000人なんかは優に超えているように見えた。いや、おそらくそうだったであろう。99%の人はマスクを付けていたがもはやソーシャルディスタンスはなく、群衆の中から外に出ることはほぼ不可能な状態だった。
リーダーの1人が陳述書を読み上げる。歓声と拍手の後、皆が一斉に歌い出す。
「Titkos egyetemというハンガリー民謡の替え歌なの。私たちのアンセムよ。」
最後の盛り上がり後、陳述書を読み上げたリーダー陣の1人が解散を告げると人々は方々へ散り家路についていった。総合的に見れば最初に不安を感じなかったように非常に平和的で、反対運動とはいえそれはまるで「行儀のいいお祭り」のようであった。これまでもデモがあれば見に行ったりしていたがハンガリー人は比較的温和だなぁと常々思わされる。日本からしたら多少派手に見えるかもしれないが、少なくとも西側ヨーロッパのような激しさはなかなか見かけない。
日曜日だったこともあり最終的に陳述書は国会議事堂前の柱に貼り付けられた。学生や教員、OBはこれからもこの活動を継続していくと言い、多くの俳優や芸術家、ミュージシャンもこれに呼応している。
Szabad Ország 自由な国
Szabad Egyetem 自由な大学
人によっては「国が保証してくれる大学になるようでいい事じゃないか。」と思うかもしれない。ただ現在のハンガリーではその意見が全てとは言えないのが現状であり、その表れとしてこの反対運動が起きていると言っても良いかもしれない。
これ以前にも7月に唯一の政府批判メディアと言われてきたIndex.huの編集長が運営する財団によって解雇されるということがあった。結果として100人ほどいた職員のほとんどが彼に続いて辞職し自分達で新たなメディアを立ち上げるという方向に向かっている。
このようにハンガリーでは政権の意向のもと批判的なものがじわりじわりと抑圧されている現状がある。それは国内だけでなくEUからも独裁政権だと揶揄される現政権の一つの所以なのかもしれない。
しかしながら現政権を評価している人々が多数いることも確かだ。EUを日本と捉えて考えてみればドイツは東京と位置付けられる一方、ハンガリーはどこにあるかもうろ覚えの1地方県だろう。過疎化が止まらず経済力も小さい自治体が生き残るのには強固な姿勢と政策というのが必要なのかもしれない。
それでも彼らが運動を始めたのは写真を始めメディアを学んでいる一個人として私は共感を禁じ得ない。
歴史を振り返ればかのヒトラーが自身のプロパガンダ映画を多数製作したように。戦時中のラジオや新聞が日本の劣勢を隠したように。メディアというのは人間社会の中で非常に重要な役割を担っており、その存在や姿勢というのは時には頼もしく時には危険になり得る。
私はこの世に100%完全な中立メディアは存在しないと断言する。何を発信するにも人が作るものには必ずその人の意図をベースに物事は始まる。例えそれが無意識で無自覚であっても。だからこそ独自性というのが重要であり、人々もメディアをそれぞれ個人の考えを元に精査しなくてはならない。
外国人である私は彼らの運動が正しいのかどうか意見することは非常にセンシティブで難しい。私にできることは彼らの行動含めここにいる人々から学びこれからの自分へ還元することが精一杯であり、それが彼ら彼女らに対しての誠意となれば幸いだ。













