渡邊英理『到来する女たち──石牟礼道子・中村きい子・森崎和江の思想文学』を読んで
かなしみはエロス、という声が、遠い生命系の奥からきこえてくる。人外の境に抜け出してしまった魂だと自分を思ってみると、再び宿るところを探さねばならず、わたしは人形(ひとがた)をつくりはじめる。言葉による人形を。目の穴をあけ、その吐く息の匂いを嗅ぎ、自分の呪符をその耳に吹き込んでやる。(「人形をつくる」、石牟礼道子『陽のかなしみ』朝日文庫、1991年) 石牟礼道子は、1978年の時点で自身の文筆活動をふり返った短いエッセイ「人形をつくる」(初出は『ポエム』誌)にこう綴っている。命あるものが、他の命あるものたちとの結びつきのなかで命をつなごうとする生命そのものの根源的な欲求。石牟礼は、そこにエロスを感知しているのだろうか。しかし、このとき彼女は「人外の境」に出てしまっている。だからこそ、『あやとりの記』などの作品に示されているように、人間ならざる生きものたちの姿が見え、その声が聞こえてくるの…
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