[ジョヴァンニ・アントニーニのモーツァルト・マチネ、ウィーンフィル室内楽コンサート]
土日はモーツァルト・マチネがあるため、つい欲張って一日二本立てのスケジュールになってしまう。三週目のモーツァルト・マチネ、指揮者はお気に入りのジョヴァンニ・アントニーニ。しかも、ソリストにここ三年音楽祭の常連になっているヴィルデ・フラングである。プログラムは前半がモーツァルトが1779年に書いたとされる英雄劇、「エジプト王タモス」間奏曲と終曲、続いてフラングとローレンス・パワーのヴィオラで協奏交響曲。複数の楽器のソロを含む、シンフォニーとコンチェルトの中間のような協奏交響曲。18-19世紀には多くの作曲家がおびただしい数の作品を作曲したが、売れっ子でオペラや声楽曲の依頼が絶えなかったモーツァルトは珍しく殆どこのジャンルの曲を残していないという。ソロの楽器が複数、しかも弦楽器二本となると、オケの合奏部分からソロが時々ふんわり飛び出ていく感じがなんとも優しい雰囲気のコンチェルトになる。フラングが断然うまいが、ヴィオラのパワーも互角に弾いてくる。とてもいいコンビである。フラングの作る音の美しいことといったら。コンチェルトのソロなので、技巧を披露する箇所もあり、後年につけられたカデンツァも含まれているが、そこで惜しみなく披露する技巧を決して嫌みに感じさせない、自然で、そしてモーツァルトのコンチェルトにぴったりの、優しく細く繊細に伸びる、本当に綺麗な音である。昨年、紅一点の四重奏でショスタコーヴィチの交響曲の室内楽版を骨太に弾ききったことを思えば、そのレパートリーの広さと音楽言語の引き出しの数の多さはおののくばかりである。そしてパワーのヴィオラは力強いが飛び抜けず、二楽章の、ソロどうしの静かな掛け合いなどは、しばしうっとりと聴き惚れるほどだった。フラングはこうして合わせて弾くのがとても楽しそうで、天才的なバイオリニストだけれど、多重奏に中心を置いたその活動領域から見ても、やはりソロで弾きまくるよりも他の奏者とのコラボが好きなのだろうと感じた。 ソリスト・アンコールがあって、笑顔でフラングとパワーが舞台に戻ってくる。弓を構えたところで、パワーがフラングを促して楽器を交換。「キラキラ星変奏曲」を奏で始めるが、フラングはヴィオラが弾きにくそうでイライラ。スルスルといい調子で弾くパワーからおどけた調子でバイオリンを取り返し、それぞれ自分の楽器を手にしたところで、振り出しに戻って弾き直し。舞台でこんなコントを演じてしまうほど、ザルツブルクはフラングにとって馴染みの場所になったということだろう。 後半はモーツァルトのオペラ「ルチオ・シッラ」序曲、その後がアントニーニの真打ち、ハイドンの交響曲103番「太鼓連打」である。2032年までにハイドンの交響曲全曲演奏・録音を目指しているアントニーニ。やはりハイドンを一曲くらいは聴きたいところである。自由自在に動き回るアントニーニの変てこタクト。膝を使って、時には手が地面につくほどかがんだり側屈したり。こうやって作り出すハイドンは、かなりハイ・テンポでユニークである。ティンパニーが冒頭から勇ましく大活躍する103番だが、打楽器が作るテンポを低弦に落とし込んでいくなど、構造的にはかなりモダンなアイデアにあふれている。その構成をわかりやすく、しかも楽しく聴かせる好演だった。
***
夜は同じモーツァルテウムで、ウィーンフィルのメンバーによる室内楽コンサートを聴く。今年の室内楽はコンサートミストレスのアルベナ・ダナイローヴァを中心として構成されたアンサンブルである。一曲目はバイオリンのミラン・セテナ、ヴィオラのゲルハルト・マルシナー、チェロのタマス・ヴァルガとの四重奏でフーゴ・ヴォルフのイタリアン・セレナーデ。続いてコントラバスのヘルベルト・マイヤーが加わってドヴォルザークの弦楽五重奏曲第2番、そして休憩の後にマイヤーがチェロのラファエル・フリーダーに交代して、チャイコフスキーの弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」。プログラム全体にイタリアの雰囲気を漂わせる粋な選曲だが、特に最後の曲はチャイコフスキーがオペラ「スペードの女王」を作曲するためフィレンツェに滞在中、故郷ザンクトペテルブルクの室内楽協会に捧げて書いたという経緯があるとのこと。この「スペードの女王」をウィーンフィルは現在岩場の劇場でマリス・ヤンソンスと共に上演中なので、それを考えてもこの演目は何とも心憎い。 毎年のウィーンフィルの室内楽コンサートは、普段オケ全体として聴いている奏者を改めてソリストとして鑑賞するという、本当に貴重な機会である。今年はアルベナ・ダナイローヴァ。コンマス/ミストレスの場合はオケでもソロパートが多いので、ダナイローヴァにしてもフォルカー・シュトイデにしても、普段の演奏会でもそのうまさに感嘆する瞬間は多くある。その奏者がほぼ出ずっぱりでその音楽の世界観を披露してくれるわけなので、これはもうすごいことである。そして、ダナイローヴァがもう本当にすごいのだ。ゆるぎなく強い音。しかも、さすがに世界随一のオケを率いるだけあって、ただ主張して飛び出していく強さではなく、他の奏者と調和しながらリードしていく強さというのか。そして、女性奏者がついつい見られがちな「優しさ」や「優雅さ」とはほど遠く、勇ましいといえるほどエネルギッシュに、難曲をぐんぐん引っ張っていくさまが、じつに痛快であった。 いまさらここでいうことではないが、ウィーンフィルは全員が秀逸な奏者なので、どの楽器も素晴らしくて、特にチャイコフスキーになって楽器の数が増え、ある旋律を次々と渡していくところやピチカートで響きあうところなど、6本の楽器が作り出す音の世界に陶然となった。 チャイコフスキーが力強いロンドで終わると、熱狂的なブラヴォーで6人が何度か呼び戻された後、コントラバスのマイヤーも再び加わって、ドヴォルザークのワルツをアンコール。
室内楽は、オペラともオケとも違う、ある意味特殊な世界なので、弦楽重奏曲を聴くためにザルツブルクに通うディープなファンも少なくない。昨日もそうだったが、華やかさよりも実を求める客席である。昨日は落涙する人すらいたが、今日もまた素晴らしい演奏であった。だいたい、チャイコフスキーの室内楽の名曲を、最高の演奏で二夜連続で聴けるなど、あまりない機会だろう。まさに音楽祭の醍醐味を味わった週末である。











