Date: 2019/04/20(Sat.) @金沢21世紀美術館シアター21
体験拡張環境プロジェクトNxPC.Lab(以下、NxPC)※1の金沢21世紀美術館でのイベントに出演しました。NxPCはクラブイベントでの新しい体験を探究するIAMASのプロジェクトで、これまでもアプリと連動する演出やVRライブを実現してきました。僕が初めてライブパフォーマンスしたのはIAMAS在学時に参加したNxPCのイベントでした。NxPCは、IAMASの学生にとって実験的な活動ができる場となっています。
今回のイベントはIAMASの伏田昌弘さんが中心となって取りまとめてくださいました。伏田さんとは僕の卒展(IAMAS2017※2)で出会い、伏田さんがIAMASに入学してからもIAMASでのイベントなどでお会いした際によく声をかけてくださいました。昨年のIAMASの卒展(IAMAS2019※3)を見に行った際に、レセプションパーティーで伏田さんに「ライブイベントがあれば呼んでください」と無理を承知でお願いしたところ、ちょうど今回のイベントを準備されていたところだったらしく、僕を金沢に呼んでいただきました。
今回の会場である金沢21世紀美術館にはシアター21という劇場があります。この劇場は半年前に予約をすれば誰でも借りられるらしく、伏田さんは半年前から今回のイベントの準備していたのです。またFM石川の番組に出演するなど積極的に広報活動をされていました。伏田さんはIAMASに来る前に石川県で活動されていたので、今回の石川でのイベントでは段取りよく準備されていました。
今回のイベントにはゲストとして呼ばれたので少しプレッシャーがありました。そのため、普段通りのパフォーマンスではない、なにか特別な演出をしようと考えました。NxPCは映像とDJ音楽を中心としたダンス系のイベントなので、自分のパフォーマンスがイベントにそぐわないことは予想していました。そのことを利用して、場の環境やルールに従いながらも少しズレたパフォーマンスを提示することで、よりマッサージ的な効果が得られると考えました。ダンス系のイベントではVJによるプロジェクションがイベントを盛り上げます。この慣習を利用して、僕も映像を使ったパフォーマンスを構想しました。
映像を使った表現を行う上で「ビデオフィードバック」と「語りによるドキュメンタリー」を意識しました。ビデオフィードバックに興味を持ったのは、最近一緒に活動しているYüiho UmeokaのVJパフォーマンスを見て、ライブでないと実現できない表現としてビデオフィードバックは良い技法だと思ったからです。今回挑戦したビデオフィードバックは、カメラの映像をプロジェクターを使って会場に投影し、投影された映像を再びカメラで撮影することで合わせ鏡のような表現ができます。こうしたビデオフィードバックによって作られた映像は、あらかじめ準備された映像ではなく、リアルタイムで何が起きるかわからない点においてライブでないと実現できない表現だと言えます。特に僕のパフォーマンスでは動きのあるモチーフが多いので「ビデオフィードバック映え」すると考えました。
▲Yüiho Umeokaのビデオフィードバックを使ったパフォーマンス
また語りによるドキュメンタリーについては、杉山雄哉の映像作品を参考にしました。杉山さんの作品は、インスタグラムのタイムラインを見ながら写真にコメントをする様子を記録した1時間ほどの映像です。それらの映像の大半は鑑賞者に向けられた言葉ではなく独り言に近いシーンが多いのですが、1時間という長尺にも関わらず不思議と鑑賞できる強度があります。例えば、ネット配信動画で「ゲーム実況」という分野があり、配信者はゲームをしている様子をキャプチャしてコメントを言ったりして、見る側は自分でゲームを進めるわけでもなく、他人がゲームを進める様子やコメントを受けるだけですが、こちらも杉山さんの作品と同じように見続けることができます。おそらくインターネット環境の普及によって、一人での語りや文脈のない話にも対応できる体を習得しているからかもしれません。今回のパフォーマンスでも僕の独り言を観客が眺める構造を意識しました。
今回のドキュメンタリーのテーマとして、ライブ当日までの準備の様子を記録することにしました。ライブでは「今ココ」でしかできない体験が強調されがちですが、ライブまでの準備の期間や終わってからの高揚感もライブの醍醐味です。クリストファー・スモールの『ミュージッキング』※4という本では、会場に椅子を並べることやライブ後に会場を掃除することも音楽行為(ミュージッキング)の一部だと提唱しています。ドキュメンタリーではライブまでの準備の期間や、ライブ後のありえるかもしれない将来の様子(!?)を描写して、ライブにおける「今ココ」だけでなく、もっと広い時間軸でミュージッキングしている様子を示しました。
4/2から映像を撮り始めましたが、途中から勤務先の大学で新学期が始まり、時間の確保が難しくなるとパフォーマンスの準備だけではなく普段の仕事の様子を撮影するようになりました。ただ撮影の途中でパフォーマンスの準備の映像よりも普段の仕事の様子の方が増えてしまい、ライブ会場で上映しても当初の意図からズレると思いました。そのためドキュメンタリーの展開に編集を加え、仕事が忙しくて映像が撮れなかった、という方向に修正しました。こういう既成事実を編集によって編み出す手法をフェイク・ドキュメンタリーと呼ぶのでしょうか(勉強してみます)。
僕のパフォーマンスでは使用する機材が多く、搬入・搬出に時間がかかります。DJのパフォーマンスでは、前のDJが鳴らしていた曲をつないで会場の音楽を止めずにパフォーマンスを始めます。そんなイメージでドキュメンタリーの映像を搬入・搬出の時に流して、会場の雰囲気を止めない工夫をしました。
また搬出の時に流す映像として、4月31日のドキュメンタリー映像を用意しました。イベント当日が4/20なので、今後ありえるかもしれない未来の僕を録画したフェイク映像です。また本来4月は30日までしかないので、4月31日の映像という点でもフェイクだと言えます。ひとり平成の時代に残された男を演じました。
音の面での工夫として、荷物を減らすためにギターアンプを持参せず、会場のPAで鳴らしました。僕の考えではギターアンプは演者の身体に合わせて積極的に音へ色付けを行う道具であり、音を身体化させるという点で楽器の一部です。一方でPAは演者の鳴らした音楽の「原音」を忠実に再現して拡声することが求められる点でギターアンプと異なります。会場のPAを通して音を鳴らす場合、PAエンジニアに音を預ける印象があり、できるだけ自分で音をコントロールしたいという欲望からギターアンプを使ってパフォーマンスしていました。ただ大きな会場でのパフォーマンスでは僕の持っているギターアンプでは音量が足りず、またアンプを持参すると電車での移動が大変になるため、今回はPAを使うことにしました。
前日から金沢に宿泊してカプセルホテルの中で映像の編集を行いました。仕事が終わってから京都から移動したので金沢についた時は23時ごろになっていて、また当日も朝からリハーサルがあったため金沢を観光している余裕はありませんでした。
現場に着くとIAMASの学生さんが機材の搬入やリハーサルをしていました。僕のリハーサルの時間までは余裕があったので、本番前に流す映像素材として当日の様子を撮影して編集しました。リハーサルは15分ほどしかなかったので、ミキサーからPA宅への接続やラジカセやFMトランスミッターの音量の調整を行い、楽器の動作はチャックしませんでした。またパソコンやカメラからの映像出力もビデオミキサーにつないで確認しました。
本番まで時間があったので美術館近くの「ターバンカレー※5」に行きました。何も情報を持たずに行きましたが有名なお店だったらしく、安いのにボリュームたっぷりのカレーでした。今回の旅行では金沢観光はできないと思っていたので、少しでも金沢らしいものに触れ合えて嬉しかったです。
イベントが開始されると直ぐに会場はお客さんでいっぱいになりました。少し集客に不安がありましたが、イベント中は常にお客さんの出入りがありました。これは演者としては嬉しいことです。
今回のNxPCは転換に時間が取ってあったので、DJイベントのようにパフォーマー同士が音をつなぐのではなく、パフォーマンスイベントのように場面の切り替えがはっきりとありました。転換中にお客さんがいなくなるシーンが目立ったので、前のパフォーマーの間に次のパフォーマーが準備できた方が良かったのかもしれません。
多少の機材トラブルはあったもののイベントが無事に進行し、僕の出番になりました。最初にミキサーとPA卓を接続して、次にビデオミキサーにも接続してから編集したオープニング映像を流しました。
オープニング映像を流している間にプラレールのセッティングを行いました。セッティング中は気づかなかったのですが、どうやら映像のコントロールパネルの上にパソコンのマウスカーソルを置いていたので、映像の途中までコントロールパネルが表示されたままになっていました。そのことに在校生の兼城さんが気づいてくださり、咄嗟の機転でカーソルを動かしてコントロールパネルの表示を消してくださいました。
オープニング映像の構成として、冒頭は新年号「令和」の話題に触れつつ、今回のパフォーマンスの狙いを作家自身の語りで述べるシリアスな展開です。ただ途中から当初の計画が崩れて、毎日活動するはずが仕事に忙殺されてグダグダになっていく様子を描きました。プロセスワークはルールを貫徹してこそ意味も持ちますが、実際に仕事をしながら活動する上での困難や計画が崩れてももう一度やり直すことの大切さを伝えたくなりました。
僕もルーティンワーク的に活動をすることが多いですが、実際には毎日活動できない体験をすると、あまり潔癖になってルールを守ることよりも挫折や失敗を許容する寛容さが個人活動では大事であると知りました。こうしたマインドは、仕事と自分のやりたいことを両立させるための奥義だと思います。
オープニング映像が流れている間に機材をセットして演奏を始めました。今回の演奏で印象的だったことはPAから流れる音が非常に迫力があった点です。これは会場の音響機材が良かったことも要因ですが、なによりPAエンジニアの技に支えられたことが大きかったです。
バイオリンセクトというバイオリンに触角とタイヤが生えた自走楽器では、触角の振動をアンプで増幅して発音します、大きな音量であるほど迫力があって良いのですが、マイクでセンシングしているため会場の音を大きくしすぎるとハウリングが起きてしまします。今回のパフォーマンスでも最初はハウリングが起きていたのですが、途中から全く起きなくなりました。今回のパフォーマンスではPAエンジニアのタケベさんが周波数をモニタリングされていのですが、おそらくハウリングしている特定の周波数をカットしてくださったのだと思います。
その後もラジカセを使ったプラレールの演奏でもラジカセ特有のヒスノイズが軽減されていた(ように感じた)ので、これも特定の周波数にフィルターをかけていただいたのかもしれません。これまでPAエンジニアとの協力を避けていた自分にとって、エンジニアの力を借りることでより良いパフォーマンスになるという発見は今回のイベントで一番の収穫でした。
パフォーマンス後にタケベさんに話を伺ったところ中学生のころからPAエンジニアに憧れがあったそうで、やっぱりそういう人が飛び抜けていくんだなぁと納得しました。どの現場にも技術のある方がPAをされるわけではないと思いますが、会場スタッフさんとの協力でより良いものに近づけていく努力も忘れてはいけませんね。
パフォーマンスが終わって撤収作業の間にエンディング映像を流しました。エンディングでは「パフォーマンスは盛り上がったと思う」などのポジティブな(少しフェイクな)内容をコメントして、映像メディアの向こうでは役者が勝手な意見を言う構図を意識しました。この構図は寺山修司の映画「書を捨てよ、町に出よう※6」の冒頭部分を参考にしました。「書を捨てよ」では主人公が映画館にいる鑑賞者に向かって、映画館や劇場という装置の構造を暴くような言葉を述べます。僕の映像の中で述べた「パフォーマンスは盛り上がったと思う」という発言は、鑑賞者はパフォーマンス内容に関係なくその言葉を一旦受け止めるしかありません。
これまでパフォーマンスでは、パフォーマーが鑑賞者を楽しませなければならない構造があると感じていました。鑑賞者はパフォーマンスを見て満足するか否かを判断する、とても殺伐とした関係です。しかし今回のエンディング映像があることで鑑賞者は僕のパフォーマンスを評価する裁判官でなく、僕の自己評価を認める証人になったのではないでしょうか。「パフォーマーV.S.鑑賞者」の関係をマッサージして、パフォーマンスを成立させる共犯関係を築けたように思います。
ひとまず新学期が始まるなかでしっかり準備をして、良いパフォーマンスができました。また「語り」という新しい武器も手に入れ、ひとつ自分のなかの表現の複雑さが増したように感じています。
また映像をたくさん撮ったにも関わらず、ほとんどがお蔵入りになり、さらには準備映像とパフォーマンス内容がほとんど関係ありませんでした。しかし、何かを創造することはほとんどがゴミの山を作ることかもしれません。たくさん作ったなかでほんの少しだけが陽の目を見ることが創作には避けられませんが、それを恐れずに作り続ける勇気が必要になります。とはいえ、あまりストイックに作り続けるのも苦しいですので、今回のパフォーマンスのように無駄だった行為も笑いや遊びの文脈として機能して、ユーモアへと転換できます。笑いや遊びは「どういったルールか、なんの話をしているか」を提示して、そこから脱線していく文脈のゲームですので、今後は新たな武器「語り」をユーモアを発生させる装置として活動に利用していきたいです。
1.体験拡張環境プロジェクト(NxPC.Lab)
http://nxpclab.info
2.IAMAS2017
https://www.iamas.ac.jp/exhibit17/
3.IAMAS2019
https://www.iamas.ac.jp/exhibit19/
4.ミュージッキング
https://www.amazon.co.jp/dp/4891768266
5.ターバンカレー
http://www.turbancurry.com
6.書を捨てよ、町に出よう
https://blog.goo.ne.jp/masamasa_1961/e/1767b8b6492572a031bb71c6d061c358