これまでたくさんの経営の目線でブランドにかかわる仕事をしてきました。ブランドコミュニケーションをデザインする前に、「そもそもブランドとは何であるのか、なぜそれをしなければならないのか」という観点での取り組みが多かったようにおもいます。日本企業が世界で活躍するためには、いまはとくにこの点を突き詰めていくことが必要だと感じています。
一言で言うと「我われは何であるのか、何を約束する存在なのか」がブランドの本質だとおもいます。総合商社、総合家電というようにたくさんの領域に事業を広げていくとこれを定義するのがとても難しくなります。約束することが多すぎると、守るのが難しくなります。また経営層が創業者から何代も入れかわるとより、初めに約束したことが忘れられていきます。むしろグローバル化、効率化、ということを掲げてオリジンを薄めていった企業もたくさんあります。デジタル化で設備投資を必要としない事業が台頭してくると、アセットをたくさん持つ多角化の経営が優位性を失いました。その中で事業のあり方を見直す、また違う業態の企業と統合する、今の環境にあった企業のあり方を再定義する必要性が高まっています。「我われのあり方」を問い直す機会が増え、もう一度、ブランドについて向き合うことになるのです。
私の父が若い頃に務めていた日本オリベッティという会社は、本社がイタリアにあり、徹底した企業哲学を持っていました。タイプライターからコンピューターまで人々の知的労働を助けるプロダクトを作っていました。創業者のカミロ・オリベッティ、息子のアドリアーノ共に、近代技術による先進性と社会と社員のための福祉を徹底して考えていました。プロダクトが美しければ、長く人びとに使われて、社会に対する無駄な環境負荷もなくなる、ということまで考えられていました。のちにIBMのトーマスワトソンジュニアがニューヨークの五番街のオリベッティの店舗で、でそのデザインの美しさと世界観に圧倒され、IBMのデザインのコンセプトを大刷新することにつながる、のは少しあとのことです。
1974年のクリスマスに我が家に日本オリベッティの社長 ルチアーノ・コーヘンから社員の家族に向けたプレゼントが届きました。当時の先鋭の画家、金子國義の挿絵が散りばめられた「アリスのワンダーランド」です。物語はすべて英語、挿絵は耽美的で現代的。このセンスに子供ながらとても衝撃を受けました。企業の経営、社会的意義、そしてアートのそれぞれを高いレベルで考えてていく姿勢そのものが伝わってきました。 経営のコンサルティングをする中でブランドという概念を扱うときの考え方は、幼少のことに触れたオリベッティの哲学が自分の基準になっていると最近感じています。











