この1、2年の間に経営とアートの関わりを扱う書籍が多数出版されました。少し前から、デジタル、デザインというトピックがとても騒がれ、その次の流れとしてアートというものが出て来た流れもあり、また、物理的な「もの」や「情報」差別化が難しくなり、より文化や感情的、深いコンテキストの視点からアートに注目が集まった背景もあると思います。
予想通り、反発する人たち、逆にこの流れに乗ろうとする人たちがたくさん出て来ています。どちらにも共通する課題は、アートと経営の関わりを構造的に整理することができていない、ということかなと思います。ライフワーク的にこの辺りの整理をしていこうと考えていて、いま身近な人たちと色々とワークショップや議論を進めています。そんな中でこの本を読む機会に恵まれました。
シンプルな概念の整理からした方が良いいなと思いますが、アートというのは「何もないところから価値を生み出す人間的・創造的活動」と捉えると、つまり本質は「新しい切口や考え方、を提示すること」なのだと思います。
その文脈でいうとこのニール・ヒンディの本は自身がアントレプレナーとして、また教授としてリアルのビジネスに近い実践を行った経験からの示唆があり、分かりやすいです。新しい価値の提示=アントレプレナーシップ、というのが基本的な考えです。
皆さんが混乱するのは、アート=過去に新しく作られたものが古典化して美術館に飾られた後で背景も知らず見に行くこと、と捉えるから、経営のどこに関係があるのか分からなくて苦労するということが大きいと思います。そうではなく、時代ごとの新しい価値観やもののあり方の提示=アートと考えると新規事業やベンチャーの立ち上げとの関連性もくっきりと見えてきます。
この本のはじめにルネッサンスが取り上げられているように、一つの大きな秩序に限界がきて、根本的なものの見方を変える人物が出て、そこに表現としてのアートが力を持って社会を変えていくと言う事象は、歴史の中で繰り返し出てきます。
そしてそういった時代の節々の動きに光を当てて気付かされるのは、そもそもアート、サイエンス、エンジニアリングなどが分業化されて企業の職能に別々に組み込まれていったのは比較的最近だということです。ガリレオが、アカデミアではアートを学んでいた事、それが天文学に行かされたことが例としてが書かれます。時代の転換期には異なる領域の学問を統合した形で新しい発明やムーブメントが常に起こっているわけです。従って、その時点時点での歴史的背景を理解するとアートと経営を統合して捉える、意味合いとその現代への応用の仕方も理解しやすくなります。
現代の経営に目を向けると、課題は、物理的なものや情報はかなり安価に手に入るようになったので、企業間の差別化要素が減り、競争が激化したということです。したがって、ベンチャーは起業しやすく、大企業はディスラプトされやすくなりました。そうすると、高速かつ大量に新規事業の立ち上げや事業の転換を行わなければいけなくなりイノベーション創出の頻度と質を高めることが重要になって来た。その中で、アート=新しい切り口の提示、事業の想像を企業の色々な活動に組み込む必要があるということだと思います。
この本ではシンプルに、新しい価値観を経営に取り組む中でのアートの位置付けが語られているのと、具体的に新しい事例がふんだんに提示されるので読む側にあまりストレスを感じさせず読み進めることができます。例えばGoogle、Yahooのマリッサメイヤーが美術とエンジニアリングのバックグラウンドを持つ両親の元で育ったこと、サイエンス一辺倒なGoogleのサービスにデザインの感覚を持ち込んだこと、などは現代的で分かりやすい事例です。(Saleceforce.comのマーク・ベニオフがマリッサとの対談で「エンジニアリングとアートが近いなんて誰もそんなこと言う人は今までいなかった」と驚く場面があり、左脳前回のキャラクターで微笑ましいです)
では実際に経営に携わる皆さんにとってどういう意味があるかというと、この本の内容は2点、具体的に活かせる場所があると思いました。
一つは、意思決定のスキルの部分。前述のように今後日本企業は既存事業の転換と新しい事業の構築をかなり早いスピードで実行し続けないといけないのですが、経営層はは、ここで言われる4つのスキルを鍛えることでより本質的な意思決定ができるのではないかと思います。つまり、事実に基づいた観察力(数字だけでなくコンテクストも含めて)、正しい質問をする力(歴史や文化を理解しながら事業のあり方を問いかける)、大量のアイディア創出力(新規事業)、異る要素の関連づけとシナリオ作成、といったスキルです。
この時に注意しなければならないのは、「アート的スキルかサイエンス的スキルか」では無くて、双方を統合させた(ガリレオ的な!)力だと思います。これは個人としてもそうですしチームとしても同じです。データサイエンティストのトップ人材とクリエイティブの人材を混ぜると大体喧嘩になるのですが、プロジェクトを通じて何度も共同作業をさせて、最後にはいいものができるというような経験を大量にすると組織は強くなって行きます。そのための共通言語としてスキルを定義して育成や実験に時間を使うというのが成功のパターンかと思います。
もう一つの領域は、大企業でもスタートアップでも新しい事業を作って行く領域で、アートのバックグラウンドがある人材を実際にメンバーに入れる(ここでは企業版のArtist in Residence)、数値だけではなく、文化的背景や歴史的な要素を検討の中に入れて、思考の幅を広げることを企画プロセスとして導入するということだと思います。これは単純に商品企画だけではなくて、企業のカルチャーや社員とのエンゲージメントの点でも重要かと思います。
最終章では組織論に触れられていますが、「組織は戦略に従う」なので単純化はすこし難しい。ここではトップのコミットメント、組織文化などが書かれていますが、こう言った要素はアートの領域にかかわらず共通した項目ですね。アートを亜流の取り組みにさせずに中枢にいる経営層と次の世代のリーダーをどうやる気にさせるか、少人数でも選りすぐりの精鋭を初めからアサインできるか、将来の出世のチャンスが広がるような(もしくは転職市場で付加価値が上がるような)役割を与えられるか、経営層が意思決定の仕方を柔軟に変えられるか、と言ったあたりが重要になるかなと思います。産業別、ビジネスモデル別に成功要因も類型化できると面白いと思います。
B2Cで消費者に近いプロダクトを競争力の源泉とするAppleとGoogleはアートやデザインの要素が強く出ていますし、Amazonはベゾスは音楽も聞かない、アートの要素はあまり無く「買い物の利便性」をロジカルに突き詰めるプロダクト・事業モデルになっている。同じIT業界でもエンタープライズ系のSAPやOracleの場合には使い手が企業ユーザーですので少し遅れてデザインやアートの観点が適用されていくイメージです。
アントレプレナーを1000人くらいリストアップして、プロファイルを整理してアートバックグラウンドの人がどのくらいいるか、それと成長率や時価総額の相関を見る、と言うのを分析して見えるとより解像度が上がって、領域別の動向や適用の方法がわかるかもしれません。恐らく産業別、世代別などで傾向が出ると思います。アメリカだとLinkedinのProfileの整備も進んでいるので、統計的に優位な分析ができるのでは無いかと思います。(ノーベル賞とアートの関係の調査データはあるけれど、経営とちょっと遠い!)
色々と書きましたが、なんとなくアートと経営の関係性がどうなんだろう、と思っている人には扉を開く書としてなかなかに楽しい本です。事例に出てくる人物や企業を調べながら新しいことを知るのも純粋に知的好奇心が満たされます。特に「スキル」の部分は経営層であっても、プロジェクトのメンバーであっても今後必須で身につけていかなければいけない要素だと思うので、日々の生活に取り入れていくと少し視点が変わり、新しい展望が開けるかもしれません。
そして、本質は、これは新しいブームが来たのでそれに乗れば良いということでは無く、今までの仕事の仕方に、更に新しい要素を加えてそれを付加価値に変える統合力が差別化要因になるということです。これを楽しい!と思うのか、辛いと思うのかはそれぞれの個人次第かと思いますが、右脳的な強さも含めた協力や競争が始まりつつあることは事実です。個人的には、ジャズのインプロビゼーション、またはDJの選曲のような、すでにあるフォーマットの上に新しい世界観を書いて行くのは好きなので、とても楽しみです。
そしてこれを経営(特に産業や企業別に)どう生かし、大きなインパクトに変えて行くのかはもう一段踏み込んでインサイトを提示していけるようにしようと思っています。










