最近自分が歳を取ったと思うことが多くなった。記憶・体力の衰えはもちろんだが、「~十年前」との表現に驚きや感銘を受けなくなってしまったのがそうだ。時間の尺度が長くなっていること自体、冷静に考えると歳を重ねてしまっている証拠なのだが、下手に「昭和」を思い出すことが出来るから、昔を「昔」と認識出来なくなっているのかもしれない。「10年ひと昔」と言われた時代、あの頃から先が読めなくなった今日に至る年月は長い。やはり私は歳を取り続けているのだな。
服を作る際に用いる素材で、フランネルというクラッシックな生地がある。このフランネル、製品としての流通が減って随分と長い時間が経ってしまったために、その存在を知るのは限られた人なのではないかと思う。ふっくらとした風合い、朴訥とした雰囲気、そして保温性を有するその生地は、「暖かさ」という特性を生かし、織り機の性能が整わず、住環境が悪かった時代を中心に、シャツやスーツとなり人々のもとへ届けられていた。今の50代以上なら、自分の親たちが、「ネルシャツ・ネルの寝巻」などと言っていたことを記憶の片隅に留めているかもしれない。さらに遡れば、一世紀も前の小説「坊ちゃん」にもフランネルは「赤シャツ」として登場している。「ネル」「フラノ」とも呼ばれたフランネル。明治から昭和の戦前までの約50年の間に人々に親しまれた生地は、その後衰退の一途を辿り、今日では趣味性・嗜好性が高いシャツやスーツの素材として、一部の方々に重宝されるばかりとなってしまった。今後更にクラッシックへと向かって行くだろうそのポジショニング。「厚手の生地」その「生き残り」をどうするのか。今後の課題なのである。
先月のゴールデンウィーク開けに、お得意さんから生地が持ち込まれた。随分前に亡くなったおじいさんの持ち物だったという生地、その名は「ブドー英ネル」という。いかにも「昭和」な名を持つ生地だが、ネルと名が付くわりに、生地表面には毛足がない。ただ、経糸にグリーン、緯糸に紺が使われた珍しい織りで、重さはフランネルらしい重量感がある。この生地に興味が湧いた私は、過去織元になっていた東洋紡に生地の出自をメールで問い合わせてみた。しかしそれに対する返事は「当社では現在取り扱いが無いため詳細は分かりかねます」というツレナイものだった。仕方なくネット検索に頼った私は、「英ネル」の「英」が「ウール」のことを指す言葉で、それは「綿ネル」の「コットン」素材と区別され使われていたことを知った。また「英ネル」の注釈は、和服関係のサイトで散見され、しかもそれが一様に50年程前を回顧するような形で語られているため、この生地の多くは、おそらく着物や羽織用として生産されていたのではないかと考えた。今回お客さんが持ち込んだ「ブドー英ネル」も少なくとも半世紀ほど前に織られた生地であるのは間違いないだろう。このおじいさんの生地、人の役に立つまでに随分と時間を要したものだ。
今から半世紀前と言えば、1970年。流行歌は「黒猫のタンゴ」、テレビ番組は、「キーハンター」「奥様は18歳」「ムーミン」などが放映されている。当時私は6歳だが、白黒テレビでこれらを見ていたのを記憶している。「ああ、あの頃か」などと思う私は、やはり時の流れが良く認識出来ていないんだと思う。
半世紀前の生地としては、保管状態が良かったのだろう、油分もしっかり残っていた「ブドー英ネル」。生れたときはこんなに長期に渡り「ほったらかし」になるとは思わず、ましてや自分が「洋服」になるとは考えもしなかったはずだ。
今度の主人は「孫」。歳は食ったが第二の人生はこれからだ。あと20年がんばってみようではないか。そんな声がこの上着からは聞こえてきそうだ。