「街へ」
ライカのM6を使わなくなって久しい。最後にフィルムを入れたのは、もう5年程前になる。以前は「メインにM6、サブにデジカメ」で旅行や街のスナップをこなしていたが、デジカメの利便性を知るとアナログM6の出番は大きく後退し、デジタルを使うばかりとなってしまった。近年はそのデジカメでさえもスマホに取って代わられているようで、「カメラ」という存在自体を危ぶむ状況がすぐそこにあると聞く。カメラは高級な嗜好品として生き残るしか道は残されてないのか・・・。
お店のホームページを作り替えようと思っている。グーグルから「貴店のホームページは文字が小さくスマホで見るには不適合だ」とのメッセージを頂いているので、何らかのアクションを起こさなければならない。現在のホームページは作ってすでに7年が経過し、確かに検索する側の利便性などは全く考えられていないシロモノだ。まずは検索してくれる人に迷惑を掛けないことを前提に、よりシンプルで見やすいものが作れればと今回は思う。
そのホームページの件で、「北九州をイメージできる画像があったほうがいい」とのアドバイスをお客さんから頂いた。掲載する写真はプロに依頼するとしても、とりあえず叩き台は必要だろう、そんな思いからカメラを手に街に出ることにした。もう15年近く地元の街で写真を撮ってはいない。人目を意識して出歩くことを躊躇いもしたが、そこは思い切った。以前よりも配慮をしながら普段歩かない街を進み、モノや人にカメラを向ける。異質に映るだろうことを理解する中で、いつしかイメージ写真を撮る予定は、スナップ撮影へと流れを変えていた。
今頃そんなことを言うかとお思いかもしれないが、デジカメの良さはにノーファインダーで撮影が出来ることである。風景やポートレートではさほどそれを感じることは無いが、今回のように街中で人を撮る際にその使い勝手はとても良いことが分かる。背面にモニターを持たずファインダーを覗かねば写真が撮れないフィルムカメラとは大違いだ。誤解を恐れずに言うと、「被写体に気づかれずに写真が撮れる」それがデジカメなのだ。フィルム一枚の無駄を覚悟に、絞りと距離計を頼りに目測でピントを合わせシャッターを切ったのは、もうひと昔もふた昔も前のことに なってしまったようだ。
カメラは、高級な趣味品、嗜好品としてしか生き残る道は無いと思っている。同じように私が本業とするスーツも、早晩同じ道を辿るであろうことが理解できるようになってきた。近年、環境問題やカジュアル志向への意識変化は急激で、100年男性服の最高位にあるスーツも、ビジネスウエアとして「実用」できるポジションは今後残されてはいない。生き残る道があるとするなら、、本当の意味でのオフィシャルウエア或いはプライベートでの趣味の服としてではないだろうか。
傍らに置き愛でてあげれば、必ず多くの喜びや思い出を我々に返してくれる存在、スーツ。沢山のモノが淘汰されようとする昨今のコロナ禍で、その意義を再定義することが、スーツが将来進むべき道筋を示すことに繋がるのではないか、そう私は思っている。
注文服ヤマキ 木下 達也















