深淵を覗くものは、覘かれる、されど除かれない 〜サウンドサンプルマーケットVOL.1〜
2月中旬の、ほどよい冷気に触れながら、馬車道から会場にむかった。 休日のすこし華やいだ雰囲気も漂う。 最寄り駅の関内にくらべ、十数分の遠回りなルートだったが、 開演どころか開場にもすこし、時間が余った。 まだ閉ざされた会場の前を通りすぎ、周辺を散策する。
すると、近くに小さなビール醸造所を発見。 ビアバーも併設されていて、こちらも開店前だったが、良さげな雰囲気を感じとる。 大量生産、大量消費の象徴だったビールだが、 最近はこんなにも小規模で、飲むひとに近づいてくる。 すべてではないけれど、やはり作りたてのビールはおいしくて。 それは音楽や舞台にも似ているかもしれない。 大きな会場で一体感に浸る楽しみだけではない、目の前のひとだけに届く、特別なギフト。 それがすべてではないけれど、なにより大切な時間がそこには、ある。
それでも少し早めに会場にもどると、佐々木すーじんさんが、いつもの人懐っこい笑顔で待ち構えていた。
会場の左右には、天井近くまで届く、大きな本棚。 アート系の洋書がほとんどだ。 ワンドリンクのサービスで、メニューには珍しい中国茶の文字も。 注文すると、茉莉花茶の慎ましい香りが、出入り口の大きなガラスからの柔らかな曇天の外光と混じり合い、 室内の暖かい雰囲気をさらに強める。
席に座るとすぐに、たまたま遭遇した友人が隣の席に座ったので、 お茶を飲みながら、おしゃべりしながら開演を待つことになった。 結果、あとで読むと多くの情報が詰めこまれていた当日パンフレットには、一切、目を通さなかった。 そして上演中に、あるいは終演後に、逆に、それがよかったのかもしれない、とも感じたけれど、 けれどきっと、事前に読めば、またちがった楽しみ方もできたのだろう、とも思う。 そう、いつも正解はない。
前説では、日本の硬貨(1円玉から500円玉まで6種類)を貼りつけた楽譜が提示された。 なんとなく、それぞれの硬貨を楽譜に従って響かせるような印象を受けたが、 実際には、数字の回数だけ音がなる仕組みだったようだ。 たとえば、1円玉はシンバルが叩かれ、5円玉は音叉のようなもの、500円はスネアが鳴らされる。
最初は、正直にいえば、前説が逆にミスリーディングになって、意図がかなり掴みづらかった。 しかし中盤。スネアの上で突然、スティックが勝手にひとの手を借りずに音を叩きだしたのをみて、 俄然、こちらの集中度が、アガる。 すぐに理解できず、思わず身を乗りだす。 よくみると、スーツケースの上のiPhoneやICレコーダーの振動が、 スーツケースから伸びたノズルを通して伝わっているようだ。 バタフライエフェクトというような、微細な音の伝播。 そこから、わずかな音を捉えようと、こちらの姿勢もさらに前のめりになる。 実際には、ブルートゥースを介して、スネアの中に仕込まれたスピーカーが振動していたようだが、 こちらに届いた効果は同様なものだった。
それは。なんだか将棋とかチェスの対局ようだなあ、との感想。 音楽のを受動的に聴くのではなく、一対一のボードゲームのような感覚がそこにはあった。 ふたりだけの対戦ゲームでは、可能なかぎり相手の予想を裏切り、上回ることが求められる。 だから、相手が指した手の意図がすぐには読めないことも多いのだけれど、 でもそこには、かならず企みやら戦略やらがあるはずで、 相手を信頼することでしか生まれない思考実験でもある。
そんなことを考えながら、音を聴いていた。 結局は、正解には辿りつけないかもしれないけれど、 そうやって思考の深度をふかめることで楽しむ音楽もあるのだなあ、とも思った。 音を楽しむだけではない、音楽の拡張。 あとで、当パンを読んで、そこで考えたことのさまざまが案外と見当ちがいだったことを知るのだけれど、 まあ、それはそれで。 つまりは、けっして正確なコミュニケーションはできていなかったのだけれど、ひたすら脳は興奮した。 小銭による楽譜を演奏中にプロジェクターなどで掲示してくれれば、もっと理解できたのにと思う反面、 この自分勝手な自由度を楽しんだのだ。
黒いスピーカ−を音響卓にして、やはり会場の中央に陣取る。 そこから繋がるケーブルを通して、周囲にも配されたスピーカーからも音が響いていた。 ちょっと出所のわからない音も、低く震えている。 あとで読んだ当パンによれば、モスキート音による、ある年代以上には聞こえない音域でビートを構築していた模様。 若者のための、ダンス禁止店舗での脱法ダンスミュージックだったという。
たしかにそれは、じぶんには聞こえない音だった。 当然ながらリズムを感じることもできなかった。 少なくともさそのとき、踊れる音楽だとはまるで思えなかった。 ただなぜか。 たき火の前にいるような暖かさは感じた。
演者のまわりをゆるやかな楕円形に観客が囲んでいた視覚的な効果もあったのだろう。 ほの暗い室内は、たき火で照らされるほどの明るさでもあった。 すると、演者および音響システムに両手をまるで暖をとるかのようにかざしたくなる。 そしてためらいがちに、そっと両の手の平をむける。 もちろんそれは炎とはまるでちがい、期待は裏切られるのだけれど、 空間を覆う波動のやわらかな温もりを感じることができた。
しかもなぜか楽しい。 リズムもないのに。 踊れないのに。
まぼろしのキャンプファイヤーがそこにはあったのだ。
もしかしたら自分はそのとき、炎のまわりで踊る若者たちの幻影を視ていたのかもしれない。 ただし現実には。 リズムはなく。 踊れるわけでもなく。 しかしなぜか楽しい時間が過ぎていった。
ふと、会場の壁面の大きな本棚のうえに設置されたスピーカーに目がいく。 実際のところ、そこから音がでているとは確証はもてないのだけれど、 その方向に音の塊が、音楽が、間違いなくあった。 ああ。これは本から生まれた音だ。 壁面を覆う、たくさんの本たちが震えて、 なにか新しい音楽を生みだそうとしていた。 豊かで暖かい音を。 さまざまな色遣い、筆遣いを秘めた美術書たちが奏でる、音楽を。 会場であるLibrary Cafeだからこその音楽を。
リズムはなかったけれど、こころは踊った。 激しく、そして楽しく。
こちらも前説なしのスタートだった。 急に、空気が重くなる。 無音からのはじまり。 直前に、聞こえない音をたっぷり楽しんだ反動もあったのだろう。 身体よりも視覚が、音を探しはじめる。
まずは、アルミホイルのオブジェ的なモノが床に置かれる。 なんと表現するのが適切なのだろう。 その冷たい金属の感触を伝える正しい言葉は思いつかない。 つぎは、白いロープだっただろうか。 片方の先端は輪が巻かれたまま、やはり床に無造作に投げだされる。 決められた配置のようにも、そのときの思いつきのようにも、どちらとも取れた。 もしも選ばなければならないなら、 最初の『小銭の数をかぞえる』の影響を受け、 その物体は楽譜です、と答えたかもしれない。
今度は、脚立を持ちだしてきた。 そのうえに立ち、ビニールのヒモを天井の空調の風が吹きでる際に貼り付ける。 すると。ゆらり、ゆらりと、そのときはじめて音がはっきりとみえただろうか。 不安なゆらぎが奏でる音楽。 白いロープの輪との重なりで、首つり、を想像する。 しかも、リュックを背負った佐々木すーじんさんの姿は、 真剣な面持ちは、登山を想起させた。 あるいは、樹海に死に場所を探しにいくかのようでもあったか。 もちろん単に、音を探して彷徨っていただけかもしれない。 それは演者だけでなく、観客も、なにかを探していた時間だった。
ちなみに自分は、そのとき、2016年7月26日におこった神奈川県立の津久井やまゆり園での相模原障害者施設殺傷事件を思い浮かべた。 なにより、漂う、強烈な死のイメージを嗅ぎとって。 もちろんそこには、佐々木すーじんさんが介護職にも携わり、近年は福祉作業所である「カプカプ」で働いていることを知っていたという事情はある。 ただし、似たような感想はそんな背景を知らなかった観客のひとりもまた感じていたと、あとで聞く。 実際には、パフォーマー自体にそんな意図はなく、感想を伝えると驚いてさえいたけれど。 意識の底にあるなにかが、自然とあの空間に溢れていた可能性は捨てきれない。
ほどなく。 キッチンタイマーが時を刻み、 逆さにされて吊り下げられたペットボトルから滴る水も、時を告げる。 リュックのなかから次々と広げられる、モノたち。 ああ、ドラえもんだ。 佐々木すーじんさんの左右の頬に、三本ずつ、髭を書き足したくもなる。 しかも、そのユーモラスですらある雰囲気が、逆に、空間に満ちる怖さを増大させる。 会場にモノが散らばることによる安心感の広がりとともに、 不安もまた、静かに蔓延していくのだった。
さらに。ある意味ですこし緩みもした気持ちを閉ざすかのように、 街からの曇天の光がわずかに射しこんでいた、入口の、全面ガラスの壁のスクリーンが降ろされていく。 死の予感が強まる。 そして、夜にも似た暗い室内に、モノたちの微かな音が生命をもつ。 よりリアルに、浮きあがる。 死に、包囲される。
ほんとうは、もっと細かく、さまざまな出来事があったのだけれど、記憶もまた闇に覆われる。 たしか、なにか、聞こえぬ言葉を、拡声器から発していたのが印象に残っている。 それはたとえるなら、こちらから観客として覗いていながら、あちらからも覘かれているような時間。 深淵が酸素と入れ替わるように、会場に充満していた。
拡声器が床に置かれる。 先端が光り、さながら灯台のようにみえたりもした。 裾に広がりのあるフォルムが、岸壁をがっしりと掴んで立つ灯台のようだったのだ。 登山や樹海から、いつしか海に辿りついてもいた。 われわれは海に、誘われていた。 そもそも最初からそうだったのか、それとも抜けだしてきたのか。 もちろん例によって、正解はわからない。 ただ、なんだかその瞬間、ホッとしたのを覚えている。 そこになにか、救いのような音楽があったのだろう。 配置され、積み重ねられたモノたちが発するものが。 ひとによっては生命とも、希望とも呼ぶような音楽が。
それから室内に楽譜のように配され、散らばったモノたちが片付けられていき、 ガラスを覆っていたスクリーンロールが巻き上げられで外光が射しこんでくるとともに、 終演が告げられる。 柔らかで暖かな光。 どこかキャンプファイヤーの残像すら抱えつつ。 おそらくまだ、ずっと曇天だったのだろうけれど、 はじめてみるかのような、あたたかな光。 どんな快晴に劣らない、生まれたてのような眩しさだった。 その輝きは、なにも、だれも、排除することなく、 すべてを除くことなく、会場にあふれだす。 これは、この場所でなければ、この3組のパフォーマンスの連なりでしか生まれない、音楽。