僕のマイカー遍歴
ちょうど1年ほど前に『マイカーを手放した』という記事を書いた。この記事にあるように、僕は約20年間マイカーを所有する生活を送っていたのだけれど、昨年の転職・再上京をキッカケに、この1年間はクルマを全く運転していない生活を送っている。気が付けば、ペーパードライバー歴2年目になってしまったのだ。マイカーを所有したいというモノへの所有欲は無いんだけど、やはり、経験や技術というものは失いたくないというのが本音だ。レンタカーとかカーシェアリングなどを活用して、運転技術を保っておきたいのだけれど、東京で生活していると、全くと言っていいほど、クルマを必要とする場面にならないから、いやはやどうしたものかといった具合だ。前置きが長くなってしまったけれど、『マイカーを手放した』という記事を書いた時に「書こう、書こう」と思っていたのに、気が付けば、アッという間に1年間が経過してしまった記事がある。そんな記事『僕のマイカー遍歴』を今日は書いてみようと思う。
カムリ[E-SV22]昭和63年式
1996年〜1997年の約2年間(19歳〜20歳)の間に、全走行距離:約30,000km(車両本体全走行距離:123,880km)乗った。僕が免許を取ってしばらくして、父親が新車を購入するにあたり、今まで乗っていた9年落ちのこのカムリを下取りに出しても二束三文にしかならないという理由から、僕が譲り受けた。バブル期にトヨタで生産された車種だけあって、中級車にも関わらず、内装のシートとかが上質感あった。当時流行った角張った白色のトヨタのセダンってことで、MARKⅡ三兄弟には劣るけれども、存在感のあるクルマだったと思う。当時の僕は大学生だったんだけど、その時に付き合っていた彼女も僕も実家暮らしだったうえに、お互いにお金を持っていない貧乏学生という立場だったから…♡。友人達からは「走るラブホテル」なんて下品な呼ばれ方をする使い方をしていた。詳細は野暮だから、これ以上は書かない。
シルビア[S13後期型]平成4年式
1998年〜2004年の約7年間(21歳〜27歳)の間に、全走行距離:約80,000km(車両本体全走行距離:145,734km)乗った。大学4年生の時に6年落ちの中古車で購入。自動車保険の金額が一気に上がって、目眩がした。俗に言う“エスイチサン(S13)”というやつで、走り屋の御用達の車種だ。まぁ、グレードはターボの付いていないQ'sクラブセレクションだったんだけど。ただ、後期型だったということもあり、前期型の1,800ccから排気量がアップした後期型の2,000ccということもあり、NA車でも充分に走りを楽しめた。購入して約2年半が過ぎた頃に、東京の会社へ転職が決まってしまい、手放そうか迷った挙句、最初1〜2ヶ月間は実家に置きっ放しにしていた。当時はまだまだ若かったので、どうしてもクルマを乗り回したいという欲望が抑えきれず、川崎市に住んでいたんだけど、月極駐車場:15,000円を借りて、この愛車シルビアも上京させた。ただ、日産車をバカにするわけではないのだけれど、この時代の日産車は電装系が脆くて、その都度故障しては修理費がメチャ嵩んだ。一人暮らしをしているうえに、駐車場や修理費で金食い虫な存在であったことは確かで、この頃の僕は貯金が全くできず、常に金欠気味だった。良かった思い出は、週末は首都高を攻めに行ったり、デートカーとして活用したりした。
ビスタ[E-SV40]平成7年式
2005年〜2008年の約4年間(28歳〜31歳)の間に、全走行距離:約43,000km(車両本体全走行距離:153,493km)乗った。前に乗っていたシルビアが最後の1〜2年は故障の連発で、愛着はあったんだけど、さすがに修理費でお金が続かないという理由から、12年落ちの状態で手放した。そこでまた約10年振りに、父親が新車を購入するにあたり、今まで乗っていた10年落ちのこのビスタを下取りに出しても二束三文にしかならないという理由から、僕が譲り受けた。この頃もまだ東京の会社に勤めていて、横浜のアパートへ引っ越した際に、駐車場がセットになっている物件を借りた。バブルが弾けた後の車種にも関わらず、シルビアに比べると故障が全く無く、さすがは“世界のトヨタ”だと思った。この頃はプライベート的な事だと、かなり枯れた生活が始まっていて、仕事に追われる日々が続いて、クルマ=デートという図式が成り立たなくなっていた。しかし、仕事で疲弊していた時、週末は1人でこのビスタで下道を使って日光まで行ったり、12時間かけて下道で帰省したりしても、全く疲れを感じさせない長距離ドライブには抜群な名車だったと思う。あと、中年のオッサンの御用達の車種にも関わらず、ハードトップということもあり、カッコイイ風貌を醸し出しいて、サービスエリアに停めた自分のビスタに恍惚しながら、しみじみと眺めたりもした。スモークフィルムを貼ったり、社外アルミを履かせたり、社外カーステレオを換装させたりと、父親から譲り受けたクルマということもあり、結構大切に乗っていた。
アコード[SiR-T]平成10年式
2009年〜2015年の約7年間(32歳〜38歳)の間に、全走行距離:約49,000km(車両本体全走行距離:106,670km)乗った。前に乗っていたビスタが13年落ちの状態になっても全然故障しなくって「15〜20年間は乗り続けられるかも」と思っていたが、諸事情で手放した。30代に突入すると、今まで大好きだったクルマにあまり興味を示さなくなりつつあったのだけれど、クルマの買い換えが必要に迫られるという状況になり、熟考を重ねた結果、10年前に欲しいと思ったクルマにしようと思い、初代アコードEuroRを中古車で探していた。しかしその初代アコードEuroRは超絶大人気車種で、10年落ちの中古車ですら、新車購入価格の半額くらいが相場で、さすがに10年落ちの中古車でその金額はバカらしいと思い、諦めかけていた矢先にアコードSiR-Tの存在を思い出し、たまたま近所の中古車屋で、比較的格安で売っていたので即決した。SiR-Tについての良さは、この方のブログ記事で語られているので、僕は割愛する。このアコードSiR-Tは、見た目がオッサン御用達の普通のセダンなのに、中身は5MT専用・2,000ccのVTECエンジン搭載・200馬力という“羊の皮を被った狼”的な存在なのが大好きだった。しかし、購入した当時の僕のライフスタイルは、超絶ブラック会社だった前の会社に勤めており、平日は自宅から駅までの往復約20分と、週末に隣町のプールへ通うために往復約1時間だけ乗るだけという、クルマはただのツールと化していて、遠出をするとかの走りを楽しむ存在ではなくなっていたと思う。
所感
クルマは僕の青春や人生において、手助けをしてくれる大切な存在だったように思う。ただ、最後の方で記したように、もうすぐ40歳という年齢的な節目を迎えるにあたり、さらには時代の流れや価値観の変化により、少し寂しい気もするが、僕の中では“クルマはツール”という価値観になってしまった気がする。ただ、これは気持ちの一時的な変化だと自分では思っていて、クルマ好きだった頃の気持ちは忘れていないし、これからの人生において、またクルマを所有する必要に迫られる状況になったら、またクルマ好きになるかもしれない。














