ミカ・カウリスマキ監督が友人監督たちを撮影したドキュメンタリー『ティグレロ 撮られなかった映画』イベントレポート@TNLF2018
北欧映画の一週間 トーキョーノーザンライツフィルムフェスティバルで開催されたトークショーイベントレポートをお届けします。
2018/2/14に上映されたフィンランド出身のミカ・カウリスマキ監督のドキュメンタリー映画『ティグレロ 撮られなかった映画』(劇場未公開作品)の上映後に、映画内でメインで登場していたサミュエル・フラー監督とも親交があった映画・音楽評論家の樋口泰人さんがゲストで登壇されました。
Tigrero - Elokuva, joka ei valmistunut / Tigrero-A Film that Was Never Made監督:ミカ・カウリスマキ MIKA KAURISMÄKI / 1994年
1950 年代、出演者への莫大な保険金を製作会社が出し渋り、頓挫してしまったサミュエル・フラー監督のアクション超大作『ティグレロ』。フラーは愛弟子ジム・ジャームッシュを従えてロケ地であるアマゾンを40 年ぶりに再訪する。友人であるミカ・カウリスマキが記録した「ハリウッドの異端児」のロケハン冒険記。
TNLF公式サイトより
映画中にアマゾンの奥地に住む民族が謎の言葉を繰り返していたときに、フラー監督が「ハリウッド、ハリウッド・・・」と空耳していたことについて
映画や作品づくりをするにあたり、なにもわからない謎の言葉を空耳できちゃうかどうかが、映画監督かどうかの才能かもしれない
1996年アート・ドキュメンタリー映画祭@ユーロスペースのフラー監督の来日エピソード
「日本を旅行したい」という希望があり、家族旅行に雑誌の取材で同行した。当時フラー監督はフランスに住んでおり、娘のサマンサはやんちゃな高校生だった。京都と松江に行ったのだが、松江を選んだ理由は、西洋で生まれ育ち、日本に魅せられて来日したパトリック・ラフカディオ・ハーンこと「小泉 八雲」の映画を撮りたかったから。それは来日理由のリップサービスではなく、本気だったようで、遺族とも懇談をした。
旅行中も、ロケハンも同行していたため、根っからの映画監督であるフラー監督はこちらが8mmを回し始めると家族旅行でありながらも演出をしはじめてしまう。
ついには自分で8mmを回し始めたときに撮影された写真が自伝の表紙になったとか。
生き方そのものが「映画監督」
フラー監督は、17歳から新聞記者をしていたこともあったため、取材では違う記者から同じ質問をたくさんされるが、すべて違う視点で回答していた。
生きた人生そのものが映画だと思う。そして、前述の小泉八雲しかり、上映作品しかり「撮られなかった映画を撮り続けた人」。
女性の描かれ方
フラー監督の作品は、表面的には男性が主人公だが、女性映画を撮っているともいえると思う。男性にはできないやり方で社会を変える女性が登場している。
作品を観るときに、女性がどう描かれているか、という視点でみるのも面白いと思う。
完全に影響を受けたジム・ジャームッシュ
映画にも登場するジャームッシュ監督は、フラー監督とアマゾン奥地との民族との共同生活に同行したことによって、完全にそののちの作品に影響が出ている。『パターソン』などがまさにそれ。ゆったりと流れる場所や空気感を肌で感じていた。そのまま精神は戻ってきていないのかもしれない。それが彼の作風になっている。でもそれはミカ・カウリスマキ監督も同じかもしれない。(現在はブラジルに在住)
エキゾチズムなど、何かかズレていると映画になるのだろう。
会場には、兄であるアキ・カウリスマキ監督の最新作『希望のかなた』の主演男優 サミュエル・ハジさんのサイン入りポスターと過去の作品ポスターの掲示もありました。









