明治公園野宿者排除仮処分国賠訴訟原告ら弁護団
弁護士 戸 舘 圭 之
弁護士 山 本 志 都
弁護士 吉 田 哲 也
東京オリパラのメイン会場=新国立競技場の建設地とされた明治公園においては、ここで長年暮らしてきた野宿住人に対して、招致決定後の2013年10月から何回も排除攻撃が加えられてきた。2016年に入ってから追い出しは本格化し、JSC(独立行政法人日本スポーツ振興センター)によって現場封鎖が強行され、同年3月「断行の仮処分」による強制執行が行われた。この執行の際、執行官は仮処分決定で認められた執行範囲外のトイレ部分まで執行の対象とし、20分足らずしか搬出のための猶予を与えないまま、貴重品を含む生活必需品を持ち去ってしまった。
この裁判所を利用した「民事弾圧」に対して、追い出された住民2名と4つの団体が原告となり、2018年3月に国賠訴訟を提起した。2023年2月東京地裁棄却判決、2025年2月東京高裁控訴棄却判決、そして12月には最高裁上告棄却決定が届き、原告の訴えは認められないという判断が確定した。
Expand
地裁判決は、団体原告には当事者能力はない、仮処分申立てには違法性が認められない、執行官の範囲外執行についても「現況における範囲を一義的に特定できない」から違法性がない(真に「現況における範囲を一義的に特定できない」のであればそもそも仮処分の申立自体が不適法であって、仮処分決定も違法であろう)、支援者らは目的外動産を引き渡すべき者とはいえず、猶予時間も不当に短くはないとして、賠償責任を否定した。
地裁では執行官の尋問が実施され、執行には東京地裁に所属する執行官がみな臨場していたこと、執行官は仮処分決定の図面を確認すらしていなかったこと、JSCの説明をうのみにしていたことなどが明らかになったが(尋問において執行官は仮処分決定正本の図面を一切確認することなく、事前の打ち合わせでJSCから示された図面を確認しただけであることを認めつつ、公図は不正確だからいいのだ、と言い放っている。しかも問題は決定正本に添付された公図が示す土地の形状が正確か否かではなく、仮処分決定正本に添付された公図が執行対象地を網羅しているか否かであるのだから、この執行官の証言は完全に的外れである。そうであるにもかかわらずこの執行官の言い分に依拠してなされたものが地裁判決である)、執行官が仮処分決定の決定書によらずに一方当事者の説明だけに依拠していたというにもかかわらず、それでも執行に違法がないと言い切ったことは、司法制度の否定に他ならない。また、JSCが一方的に交渉を打ち切り、本案訴訟を潜脱して当事者の手続保障に欠ける仮処分手続をとったことについても全く問題がないとした。
高裁では2年にわたって審理が行われたにもかかわらず、結局、ほとんどの部分について地裁判決の何段が維持された。しかも、もっとも注目されていた執行官の範囲外執行については「損害が発生していない」ことを理由にして、違法性についての判断を回避したのであった。
上告に際しては、4つの憲法違反を指摘した。
第1に、裁判所で裁判を受ける権利の侵害。地裁・高裁は、組織性、多数決原理、団体そのものの存続、代表者の選出方法などの決まりが確定していることが認められなければ、そもそも裁判所に訴える権利が認められないとした。しかし、裁判所がもうけるハードルはあまりにも厳格で、社会に多数存在して活動をしている団体が損害を受け、その回復を求めることを門前払いすることになってしまう。これは裁判所を利用する権利そのものを奪うものである。
第2に居住権の侵害。居住の自由、人格権、生存権を根拠として「居住権」、特に強制立ち退きからの自由が認められるはずであり、経済的・法的弱者に対し団交の仮処分という手段を選択して「国家的プロジェクト」を理由にして追出しをすることは許されない。
第3に適正手続違反。意思に反する強制執行は当然にも厳格に法律に基づいて行われなければならないところ、執行官の手続に違法があればそれは無効となる。決定書を確認せずに行われた執行官の執行が適法だとしたら、司法制度の自己否定である。
第4に国家賠償責任制度違反。憲法上国家賠償責任制度が認められている趣旨は、権力的な行政のありかたを改め、公務員の違法行為を司法審査の対象とすることを明示する点にある。明らかに違法である手続について、「損害」が認められないとして客観的法規範への抵触について判断しないことは許されない。
しかし、最高裁はこれらの主張を検討することもなく、訴えを門前払いした。
そもそも、本件が裁判所を利用した「民事弾圧」に対して違法性を追及するものであった以上、これまでさまざま司法責任を回避してきた裁判所がこのような判断に至ることは、一定程度予定された。しかし、原告たちはさまざまな困難を乗り越えて、訴訟を最後まで闘い切った。
そして、私たちは、地裁で執行官の尋問を実現し、さらに高裁が2年をかけて地裁の判断を変更する判決を下さざるをえなかったことは、本件訴訟の成果であると考える。本件執行における執行官の執行手続には明らかに問題があり、それを正面から認めることができなかった高裁は「損害」論を使って判断を回避したのである。
長きにわたって本件訴訟を見守ってくださった方々に感謝する。