九州交響楽団第410回定期演奏会を聴いて
最後の交響曲を書き上げたとき、シューベルトはまだ二十代だった。当時の作曲家のなかには、覇気がみなぎっていたはずだ。とはいえ、自分の交響曲がヴィーンの楽堂に壮大に鳴り響き、満場の聴衆の心を動かすのを夢見る──そのことは実際、夢に終わってしまった──気持ちを、五線紙に向かうときには構成への意志に高めようとしていたと思われる。 むろんシューベルトの音楽に独特の構成の源泉は、彼のなかに湧き出て止まない歌の流れだろう。ただし彼は、この交響曲における構成は、同時に垂直的な高さを示さなければならないと考えていたのではないか。そのことによって生まれる大きさが求められていたのではないだろうか。しかも、構築物の出現はリズムの脈動によって貫かれていなければ、音楽として生きることはない。 今日第8番と数えられるハ長調の交響曲(D944)に、シューベルトは、絶えず若々しく躍動する大きさを求めて、その音楽をどこ…
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