Watching the parade from home while I help clean house! #TRP2016 #threeriversfestival

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Watching the parade from home while I help clean house! #TRP2016 #threeriversfestival
榮 @ori3332138
27GOフロートに登録したよ〜 さっきすごいかわいい犬がいました。
たつきさん @pg_a748 5月8日 ( *`ω´)八(бвб)
「マイノリティなんだから理解してあげなくては」というキレイゴトも、「世の中にはいろんな人がいるのだから」というナダメスカシも、「男性同士の恋愛を描いた漫画や小説や映画を好きでずっと見てきたのだから、私は寛容です」というノーテンキも、すべて他人ごとだと思っているからこそ出てくる言葉たちだ。優位に立って高見の見物をきめこむことも、卑屈になって侮蔑されながらも「お手伝い」し続けることも、目の前の相手を人として認めていないという意味では同様である。
「異性愛」を「自覚」する 色川奈緒 『クィア・スタディーズ’96』
自戒の意味をこめて。アライのみなさんへ。
「「障害は不便である。しかし、不幸ではない。」という言葉は、眼が見えず、耳も聞こえないという障害をもった偉人・ヘレン・ケラーの言葉である。ヘレン・ケラーは、目が見えないために「外見による身体コンプレックス」とは無縁の生活を送っていたはずである。視線を浴びることがない暗闇の世界に生きたヘレン・ケラーは、私たちと乙武の住む外見中心の社会の到来をどこまで予測できたのだろうか。」
『肉体不平等 ひとはなぜ美しくなりたいのか?』石井政之 2003
「盲人コミュニティにおける障害文化は「障害の軽視」である。「障害者として」という引き受け方も「障害者ではない」という開き直り方もしない。目が見えないということを価値付けようとしない文化であると言ってもよい。(人工網膜について)テクノロジーに危機感を覚えることなどはありえない。障害は個性だという言い方をする人もめったにいない。見えないより見えるほうがいいに決まっているが見えない以上は工夫して生きよう、という文化である。」
「障害、テクノロジー、アイデンティティ」石川准 『障害学への招待』 1999
意図的に並列してみたが。温度差を感じる。
石川氏については、ろうコミュニティは独自の文化を築きたがるという説明のあとの記述。そういえばろうLGBTは、わりと早くからパレードにも参加していたし、最近ではあの医療福祉の冊子にも登場している。さて盲人のほうはというとどうだろう、見かけない。ろうにLGBTが多いのか、あるいはコミュニティのキャラクターのなせるものかどうなのか。
外見中心社会においてのまなざされ当事者としてはトランスもはいってくるわけだが、盲トランスはパッシングをどうとらえ生活しているのか。あるとき、盲人に話を聞く講義を受けたが、かれら彼女らは耳が恐ろしくよかった。触覚も鋭かった。トランスの私は「バレたか」とどぎまぎするほどだった。そうしたところで、もしトランスだったら、いやんなんないかなぁ、と想像したものだったが、コミュニティ的にはおおらかそうに見える、どうなんだろうか。。
「たとえ、障壁がなくなったとしても、健常者とは異なるこの身体が残るではないか、この身体を前提とするとき、「同じ人間」「同じ市民」として生きることが、われわれに幸福をもたらすのか。」 『障害学への招待』「異形のパラドックス――青い芝・ドッグレッグス・劇団態変」倉本智明による、障害者運動の、《差異派》解説の一部。 日本のトランスコミュニティも、ここを通ってからじゃないと、なんか味がぽけちゃってるまま、うわべだけで”理解”されたまま進んでいくんじゃないか。 あるいはもう通ってきたか。トランスリベレーション。あっちのほうで頑張ってる人がいた。でもあまりにも短すぎたし話題にはなったけれど影響力は残念だけど低かった。こっちではとくに。普通にしてろとの圧力に負けていた。ように見えた。自分はこっそりその運動が好きだったけど乗っかれなかった。普通になりたくて溶け込もうとしていた時期でもあったからだ。異形のパラドックス。内なる健全者幻想に似たものに浸かっていた。今もそういうところがあるのは否定できない。 しかしいつまでも、無人島、着ぐるみ、なべしこジャパン、ココロの性は男、間違った身体に生まれた、そればかりでいいのか。社会全体的に見てもラディカルなものが受け入れられづらくなった昨今、代理店主導の運動に流されて何も言わないままでいいのか本当に。プライドの取り戻しってそんなもんなのか。
hummelのブース!ザンクトパウリのユニ飾ってる!! #TRP2016 #fcsp