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[ウィリアム・クリスティ+レザール・フロリザン、ヘンデル『アリオダンテ』]
ウィーン国立歌劇場では、本日3月8日をもってクリスティが振るヘンデルのオペラ、『アリオダンテ』が最終公演となる。
ピットに入るのは、クリスティ自身が率いるパロックアンサンブル、レザール・フロリザン。2月末のプレミア後、5回にわたって上演されたヘンデルオペラは、1800人収容の巨大なハコの問題は別にして、しばし、ウィーンの歌劇場を18世紀の世界に引き込むことになった。
古楽の巨匠、クリスティによる極度に抑制の効いた解釈、レザール・フロリザンの最上級のピリオド演奏、そして古楽分野でレパートリーを積んできた歌手陣。現在の段階で、これ以上の条件でのヘンデルオペラは望めないのでは、と思えるほどの豪華キャストである。エリザベス女王からデイムに叙されているサラ・コノリーがタイトルロールのアリオダンテ。恋人役のジネーヴィラをチェン・レイス、侍女ダリンダをヒラ・ファヒマ、そしてアリオダンテとジネーヴィラに横恋慕する悪役ポリネッソは、昨夏、ザルツブルクのバルトリのアリオダンテでも同じ役を思い切りブラックに演じたクリストフ・デュモーである。
バロックオペラならではの複雑に絡み合う恋愛模様と、主人公の狂乱、そして唐突なハッピーエンド。アントニオ・サルヴィによるリブレットを、一種のドタバタ恋愛喜劇として演じたのが昨年のバルトリ・プロジェクトだったとするなら、今日の公演はその逆を行く、非常にクリーンでクールな演奏だったといえるだろう。オリジナルの作品にはバレエシーンも多く、そこには当然ウィーン国立歌劇場バレエ団が投入されるので、舞台自体は華やかなのだが、クリスティが作る音楽のコンセプトは極めて冷静で、ある種の理性を感じさせるものだった。
イケメンの雰囲気をかもしだすアルトのコノリーは、タイトルロールとしてそれほどキャラをプッシュしてこない。むしろおとなし目の役に仕上げられているが、やはり歌のうまさはピカイチである。チェン・レイスとの二重唱はもうなんとも少女漫画風の端麗なカップルだ。一部の批評ではコノリーがキャラ立ちしていなくて弱い、という指摘があったようだが、私は少なくとも、多くの超絶アリアをこなすアリオダンテ役を、あまり全体に悪目立ちさせないという指揮者と演出のコンセプトが反映されていたのではないかと思う。例えば、アリオダンテが歌う終幕の長大な英雄的アリアが、全く英雄的には仕上がっていなかったのだ。むしろ初盤から歌手もアンサンブルも超弱音で曲に入り、そして、テンポもとってもゆっくりしている。曲として素晴らしいだけではなく、物語のハッピーエンドにつながる大事なアリアなのだが、クリスティが心に抱く最後のアリアの理想は、とにかくとてもおとなしいものなのだ。この解釈はおそらく、音楽の中に無理くりにでもクライマックスを見つけ出そうとする現代の感覚から積極的に抜け出していくというクリスティのアイデアなのでは、とも思った。
ザルツブルクでも聴いたカウンターテナー、クリストフ・デュモーのポリネッソは、悪役をきわめてダーティに作り込んでいいて、本当に素晴らしかった。最後の幕の決闘前のアリアなどは、舞台の端にすっくと立って歌うのだが、もうそのブラックな魅力がすごくて、バロック時代、カストラートの高音超絶技巧に、コルセットで胴を締め上げたドレス姿で平土間に立って鑑賞した貴婦人たちが悩殺されて次々と失神した、というエピソードがリアルに想像できるほどだった。(とはいえ、史実からいえば、本作『アリオダンテ』においてカストラートが歌ったのはタイトルロールだけで、ヘンデルはポリネッソを女性歌手に歌わせていたようだ。)
演出はスコットランドのデイヴィド・マクヴィカー。舞台やコスチュームはバロックと19世紀イギリス/スコットランド、そして少しばかりグロテスクな未来的・SF的な雰囲気のミクスチャーである。特に、コスチュームにはさりげなく民族衣装のキルトが取り入れられていたりと、演出家自身の文化圏が顔を覗かせていたのは興味深かった。全体としては視覚的に美しい舞台なのだが、前述のようにバレエ部分が時間的にも長くて重要な作品なので、ダンスが現代的、かつグロテスクで難解に過ぎたのは残念だった。
そしてなんといっても素晴らしいのはクリスティとアンサンブル。ウィリアム・クリスティは74歳。オーケストラボックスの真上の席で見ていたのだが、この四時間近くのオペラを、曲間のポーズを除いては一度も腰をかけず、背筋をすっと伸ばしたまま、力強く振りきった。指揮棒は使わず、両手をまるで空中に文字を書くように表現豊かに使って指示を出すが、気心の知れた自身のアンサンブル、多くの箇所で、腕組みして笑顔で立ったまま、奏者に演奏を任せっきりにしていたのはなんとも微笑ましかった。そして、初演のメディア批評で、全体にテンポが遅いと指摘されたのを気にしたのかどうか、三幕以降では、振りながら何度か腕時計を覗いていたのが個人的に気になった。明らかに時刻を確認していたのではなく、曲の長さをはかっていたのだろう。
そしてもうレザール・フロリアンの音楽が素晴らしすぎて…。オリジナルのオーボエ、ファゴットが6本、舞台ぎわに並んだのは壮観である。もうどの奏者も本当にうまくて、特にコンマスのクロサキ・ヒロさん。バイオリンソロを含む部分では、ヘンデルの世俗音楽の魅力をこれでもかと前面に押すような、ビブラートのかかったハイテンポな演奏は聴いていてドキドキしたし、合奏部分でもその独特の艶を帯びた音は突出して耳に飛び込んできた。同じように輝かしかったのがテオルボのアラッシュ・ノーリ。彼だけは、譜面がiPad だったのも、最初から目を引いた。演奏は、オーセンティックでありながらときどきおおっ、というほど飛び出してくる。ポリネッソとルルカニオの決闘シーンでは、テオルボをまるでフォークギターのようにジャンジャカジャカジャカ、とかき鳴らしていたのが、もうかっこよすぎた。そして、フルートトラベルソやナチュラルホルンももはや美音としか言いようがない。二人のホルン奏者のうち、ジル・ラパンはなんとホルンをトランペットに持ち変えるという超人ぶり。今回はじつに、古楽の世界で最高峰のレザール・フロリザンの底力を、いやというほど納得させられた。
2010年の秋、マルク・ミンコフスキとグルノーヴル菅がピットに入って同じくヘンデルの『アルチーナ』を上演したとき、その演奏があまりにも素晴らしすぎて、この国立歌劇場でもうこんなに本格的なパロックオペラを見ることは一生ないだろう、としみじみ思ったものだった。しかし、音楽にはやはり「これで終わり」はないのである。心を動かすような名演奏との一期一会を、これからも大切にしたい。
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