「なんか、明日が楽しみで夜寝たりとか、掃除もちょっと頑張ってみようとか、明日も頑張って生きられるかなとか、そういう風に思いたくて。 それで、いろんな人間関係とか、結構、あたし、諦めてたんですけど、二人と会って、私はまだ諦めたくなかったんだなと思って。 人とご飯食べたりとか、笑ったりとか、手繋いだりとか、そういうのしたいなとか、なんかきれいだなとか、いいなとか、そういうことどんどん思えてきて」
映画「ハッシュ!」
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「なんか、明日が楽しみで夜寝たりとか、掃除もちょっと頑張ってみようとか、明日も頑張って生きられるかなとか、そういう風に思いたくて。 それで、いろんな人間関係とか、結構、あたし、諦めてたんですけど、二人と会って、私はまだ諦めたくなかったんだなと思って。 人とご飯食べたりとか、笑ったりとか、手繋いだりとか、そういうのしたいなとか、なんかきれいだなとか、いいなとか、そういうことどんどん思えてきて」
映画「ハッシュ!」
愛情はいくらだって注げる、まるで日本国の水道のように、いくら出しっ放しにしてもきっとつきない、そんな気がするものね。
吉本ばなな『TSUGUMI』
「僕の言ってることは、大抵の人間にはまず理解されないだろうと思う。普通の大方の人は僕とはまた違った考えかたをしていると思うから。でも僕は自分の考え方がいちばん正しいと思ってる。具体的に噛み砕いて言うとこういうことになる。人というものはあっけなく死んでしまうものだ。人の生命というのは君が考えているよりずっと脆いものなんだ。だから人は悔いの残らないように人と接するべきなんだ。公平に、できることなら誠実に。そういう努力をしないで、人が死んで簡単に泣いて後悔したりするような人間を僕は好まない。個人的に」
村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス(下)』
「ねぇ、いいかい、ある種の物事というのは口に出してはいけないんだ。口に出したらそれはそこで終わってしまうんだ。身につかない。君はディック・ノースに対して後悔する。そして後悔していると言う。本当にしているんだろうと思う。でももし僕がディック・ノースだったら、僕は君にそんな風に簡単に後悔なんかしてほしくない。口に出して『酷いことをした』なんて他人に言ってほしくないと思う。それは礼儀の問題であり、節度の問題なんだ。君はそれを学ぶべきだ」
村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス(下)』
五反田君はグラスを振って中の氷をくるくると回した。 「なんだか不思議だね」と彼は微笑みながら言った。「手に入れようと思えば大抵のものは手に入るのに、本当に欲しいものが手に入らない」 「そういうものだろう」と僕は言った。「もっとも僕の場合は手に入れられる物は限られていたから、たいしたことは言えないけれどね」 「いや、それは違うな」と五反田君は言った。「君の場合はもともとあまり物を欲しがらないというだけのことなんじゃないのかな。つまりたとえばね、マセラティとか、麻布のあのマンションとかを君は欲しいかい?」 「それほど欲しいとは思わないね。今のところ必要がないからね。スバルとこの狭いアパートでけっこう満足に暮らしてる。満足というのはオーバーかもしれないけれど、分相応だし、気楽だし、不満もない。でも先になってもしそういう必要が生じたとすれば、それは欲しいだろうね」 「いや、違うね。必要というものはそういうものじゃない。自然に生れるものじゃないんだ。それは人為的に作り出されるものなんだ。たとえばね、僕は家なんかどこにあったってかまやしないんだ。板橋だろうが亀戸だろうが中野区都立家政だろうが、本当にどこだっていい。屋根がついて、満足に暮らせればそれでいい。でも事務所の人間はそう思わない。君はスターなんだから港区に住めと言う。そして麻布のマンションを勝手に見つけてきたんだ。下らん。港区にいったい何がある?洋服屋の経営する高くてまずいレストランとみっともない東京タワーと朝まで起きてうろうろしてるわけのわからん馬鹿な女、それくらいだ。マセラティにしたってそうだ。僕はスバルでいい。充分だ。ちゃんと走る。東京の道路でマセラティが何の役に立つ?馬鹿馬鹿しい。でもあれも事務所のやつがみつけてきたんだ。スターはスバルやらブルーバードやらコロナに乗ってちゃいけないんだ。それでマセラティだ。新車じゃないけどね、それでもかなり高かった。僕の前はどっかの演歌歌手が乗ってた」 彼は氷の溶けたグラスにウィスキーを注いで一口飲んだ。そしてしばらく顔をしかめていた。 「僕の住んでるのはそういう世界なんだ。港区と欧州車とロレックスを手に入れれば一流だと思われる。下らないことだ。何の意味もない。要するにね、僕が言いたいのは、必要というものはそういう風にして人為的に作り出されるということだ。自然に生まれるものではない。でっちあげられるんだ。誰も必要としていないものが、必要な物としての幻想を与えられるんだ。簡単だよ。情報をどんどん作っていきゃあいいんだ。住むんなら港区です、車ならBMWです、時計はロレックスです、ってね。何度も何度も反復して情報を与えるんだ。そうすりゃみんな頭から信じこんじまう。住むんなら港区、車はBMW、時計はロレックスってね。ある種の人間はそういうものを手に入れることで、差異化が達成されると思ってるんだ。みんなとは違うと思うのさ。そうすることによって結局みんなと同じになってることに気がつかないんだ。想像力というものが不足しているんだ。そんなものただの人為的な情報だ。ただの幻想だ。僕はそういうのにとことんうんざりしている。」
村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス(下)』
気がつくと無力感が静かに音もなく、水のように部屋に満ちていた。僕はその無力感をかきわけるようにして浴室に行き、『レッド・クレイ』を口笛で吹きながらシャワーを浴び、台所に立って缶ビールを飲んだ。そして目を閉じてスペイン語で一から十まで数え、声を出して「おしまい」と言って、手をぱんと叩いた。それで無力感は風に吹き飛ばされるようにさっと消えた。これが僕のおまじないなのだ。
村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス(下)』
「それで僕はいったいどうすればいいんだろう?」 「踊るんだよ」羊男は言った。「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言ってることはわかるかい?踊るんだ。踊り続けるんだ。何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなこと考えだしたら足が停まる。一度足が停まったら、もうおいらには何ともしてあげられなくなってしまう。あんたの繋がりはもう何もなくなってしまう。永遠になくなってしまうんだよ。そうするとあんたはこっちの世界の中でしか生きていけなくなってしまう。どんどんこっちの世界に引き込まれてしまうんだ。だから足を停めちゃいけない。どれだけ馬鹿馬鹿しく思えても、そんなこと気にしちゃいけない。きちんとステップを踏んで踊り続けるんだよ。そして固まってしまったものを少しずつでもいいからほぐしていくんだよ。まだ手遅れになっていないものもあるはずだ。使えるものは全部使うんだよ。ベストを尽くすんだよ。怖がることは何もない。あんたはたしかに疲れている。疲れて、脅えている。誰にでもそういう時がある。何もかもが間違っているように感じられるんだ。だから足が停まってしまう」 僕は目を上げて、また壁の上の影をしばらく見つめた。 「でも踊るしかないんだよ」と羊男は続けた。「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。そうすればおいらもあんたのことを、手伝ってあげられるかもしれない。だから踊るんだよ。音楽の続く限り」
村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス(上)』
「糸公は君の知己だよ。御叔母さんや藤尾さんが君を誤解しても、僕が君を見損なっても、日本中が悉く君に迫害を加えても、糸公だけは慥か(たしか)だよ。糸公は学問も才気もないが、よく君の価値を解している。君の胸の中を知り抜いている。糸公は僕の妹だが、えらい女だ。尊い女だ。糸公は金が一文もなくっても堕落する気遣のない女だ。――甲野さん、糸公を貰ってやってくれ。家を出ても好い。山の中へ這入っても好い。何所へ行ってもどう流浪しても構わない。何でも好いから糸公を連れて行って遣ってくれ。」
夏目漱石『虞美人草』
「僕が君より平気なのは、学問の為でも、勉強の為でも、何でもない。時々真面目になるからさ。なるからと云うより、なれるからと云った方が適当だろう。真面目になれる程、自信力の出る事はない。真面目になれる程、腰が据る事はない。真面目になれる程、精神の存在を自覚する事はない。天地の前に自分が儼存(げんそん)していると云う観念は、真面目になって始めて得られる自覚だ。真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。遣っ付ける意味だよ。遣っ付けなくっちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。口が巧者に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない。頭の中を遺憾なく世の中へ敲きつけて始めて真面目になった気持になる。安心する。」
夏目漱石『虞美人草』
ほんとうは、歴史を作るのは事実ではない。感受性と想像力なのだ。
三浦雅士『村上春樹と柴田元幸のもうひとつのアメリカ』
たとえば知性というものは、すごく自由でしなやかで、どこまでもどこまでものびやかに豊かに広がっていくもので、そしてとんだりはねたりふざけたり突進したり立ちどまったり、でも結局はなにか大きな大きなやさしさみたいなもの、そしてそのやさしさを支える限りない強さみたいなものを目指していくものじゃないか
庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』
ぼくの胸にはさまざまな思いがいちどきに渦巻きながらいっぱいに溢れてきた。もうすっかり夜になっていて、連なるビルのネオンや車のライトやそして行きかう人々のざわめきが再びぼくをとりかこんでいたが、でもぼくにはもう分っていた。ぼくは溢れそうな思いを抑えながらゆっくりと確かめるようにまわりを眺めた。目の前を歩いていく腕を組んだ恋人たちを、向う側の舗道をインターナショナルを歌いながら引きあげていく学生たちを、肩を並べて歩く年老いた夫婦を、子供の手を引いたパパとママを、すべての人たちすべての光景を……。ほうとうにだいじょうぶだった。ぼくは、とてもとってもついていたんだ。ぼくは静かに静かに立っていた。ぼくはさまざまな思いを、いまにも溢れそうな涙を必死になって目ばたき一つしないでこらえながら、ちょうどいまにもこぼれそうな大事な金魚鉢でも抱えているみたいに、ざわめく街角のまん中で、静かにひっそりと、でも誰よりもしあわせに喜びに溢れて、いつまでもいつまでも立ちつくしていた。
庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』
ぼくが毎日いろんなことにぶつかり、そこで考え感じそして行動するすべては、はたからはどんなにつまらない既成概念(たとえばお行儀のいい優等生)に従っているように見えようとも、このぼく自身にとっては、それこそぼくがぼくのなかに「薫・薫・薫・薫・……」と銘をうってつみかさねてきた、ぼくの体験、ぼくの知識、ぼくの記憶、ぼくの決意、ぼくの思い出、ぼくの感動、ぼくの夢といった、つまりぼくのすべてとの或るわけの分らぬ結びつきから生まれてくるものなのだ。そしてぼくは、いまのところまだわけの分らぬこのぼくのなかのさまざまな結びつきをできるだけ大事にしよう、その結びつきの一つとなるはずの一つ一つのぼくの出来事を大事にしようとそんなことをいつも思っている。たとえそれが女の子を泣かさないといった言ってみれば馬鹿みたいなことであっても、それがなんていうか要するにこのぼくのものである限り、いつかは必ずぼくの何かと結びついて、あるいはぼくをそれこそいろんなスレスレのところで、どっこいまだまだと辛うじて支えるものとなるかもしれない、なんて。
庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』
「でもひとつだけ言えることがある。それはある種の不完全さをもった作品は、不完全であるが故に人間の心を強く引きつける――少なくともある種の人間の心を強く引きつける、ということだ。たとえば君は漱石の『坑夫』に引きつけられる。『こころ』や『三四郎』のような完成された作品にない吸引力がそこにはあるからだ。君はその作品を見つける。べつの言いかたをすれば、その作品は君を見つける。」
村上春樹『海辺のカフカ(上)』
「主人公はお金持ちの家の子どもなんだけど、恋愛事件を起こしてそれがうまくいかず、なにもかもいやになって家出します。あてもなく歩いているときにあやしげな男から坑夫にならないかと誘われて、そのままふらふらとついていきます。そして足尾銅山で働くことになる。深い地底にもぐって、そこで想像もつかないような体験をする。世間知らずの坊っちゃんが社会のいちばん底みたいなところを這いずりまわるわけです」 (中略) 「それは生きるか死ぬかの体験です。そしてそこからなんとか出てきて、またもとの地上の生活に戻っていく。でも主人公がそういった体験からなにか教訓を得たとか、そこで生き方が変わったとか、人生について深く考えたとか、社会のありかたに疑問をもったとか、そういうことはとくには書かれていない。彼が人間として成長したという手ごたえみたいなものもあまりありません。本を読み終わってなんだか不思議な気持ちがしました。この小説はいったいなにを言いたいんだろうって。でもなんていうのかな、そういう『なにを言いたいのかわからない』という部分が不思議に心に残るんだ。うまく説明できないけど」 「君が言いたいのは、『坑夫』という小説は『三四郎』みたいな、いわゆる近代教養小説とは成り立ちがずいぶんちがっているということかな?」 僕はうなずく。「うん、むずかしいことはよくわからないけど、そういうことかもしれない。三四郎は物語の中で成長していく。壁にぶつかり、それについてまじめに考え、なんとか乗り越えようとする。そうですね?でも『坑夫』の主人公はぜんぜんちがう。彼は目の前にでてくるものをただだらだらと眺め、そのまま受け入れているだけです。もしろんそのときどきの感想みたいなのはあるけど、とくに真剣なものじゃない。それよりはむしろ自分の起こした恋愛事件のことばかりくよくよと振りかえっている。そして少なくともみかけは、穴に入ったときとほとんど変わらない状態で外に出てきます。つまり彼にとって、自分で判断したとか選択したとか、そういうことってほとんどなにもないんです。なんていうのかな、すごく受け身です。でも僕は思うんだけど、人間というのはじっさいには、そんなに簡単に自分の力でものごとを選択したりできないものなんじゃないかな」
村上春樹『海辺のカフカ(上)』
「ここに来てからどんなものを読んだの?」 「今は『虞美人草』、その前は『坑夫』です」 「『坑夫』か」と大島さんはおぼろげな記憶をたどるように言う。「たしか東京の学生がなにかの拍子に鉱山で働くようになり、坑夫たちにまじって過酷な体験をして、また外の世界に戻ってくる話だったね。中編小説だ。ずっと昔に読んだことがあるよ。あれはあまり漱石らしくない内容だし、文体もかなり粗いし、一般的に言えば漱石の作品ではもっとも評判がよくないもののひとつみたいだけれど……、君にはどこが面白かったんだろう?」
村上春樹『海辺のカフカ(上)』
「人一人を堕落させるのは大事件だ。殺しちまう方がまだ罪が浅い。堕落した奴はそれだけ害をする。他人に迷惑を掛ける。」
夏目漱石『坑夫』