通堂🙋🏻✨初めての男味食べました。 きくらげ嫌いな人はこんな顔になるそうです。 みなさんは好き嫌いなく食べましょう。 お残しは許しまへんで〜〜〜〜
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通堂🙋🏻✨初めての男味食べました。 きくらげ嫌いな人はこんな顔になるそうです。 みなさんは好き嫌いなく食べましょう。 お残しは許しまへんで〜〜〜〜
こんにちは、ややです。 久々の投稿なので、じゃがりこ情報たくさんですよ笑 関西に行ってきた友達からたこ焼き味と贅沢カニだし味をお土産でもらいました! たこ焼き味のパッケージの可愛さと、カニだし味のディップソース付きにはテンションが上がりますね(((o(*゚▽゚*)o)))♡ ちゃんとカニの味がするんですよ! もちろんディップソースなしでも美味しかったです! 毎度毎度お土産でじゃがりこを恵んでくれる友達には感謝しています。 サークルKサンクスとのコラボ商品であらびきWペッパー味が出てますよ! サンクスとのコラボ商品なので、ファミリーマート限定です。 スナック菓子とブラックペッパーのコラボは最高ですね(*´ー`*) ゴロゴロピザ復活! 実は今年の2月にも出てたんですよ(=゚ω゚)ノ ゴロゴロシリーズは通常のじゃがりこよりも味が濃いので、濃い味派の人やつまみにおすすめです! アボカドチーズも2年ぶりに復活! やはりアボカドは人気なんでしょうか。 少し語り過ぎましたかね?(・・;) じゃがりこ好きな人と是非お話ししたいです! 私がお店にいる時はお声掛けください! じゃがりこについて語りましょう!笑 ではでは、この辺で。 インフルエンザが流行っているらしいので、手洗い、うがいは念入りに! 体調には気をつけてくださいね!
10月10日
こんにちは初めまして! 新しくtopothesiaのスタッフとして仲間入りをさせていただいた立石木胡(たていしくるみ)と言います! まだまだ暑さは続きそうですが、暑さにまけず、元気一杯、過ごしています(*´∀`*) これから頑張っていくので皆様方、よろしくおねがいいたしますm(_ _)m
ついに!
こんにちは、のいです。
ついに台風が沖縄本島に直撃しましたね!
私の地元では滅多に台風は直撃しないので初沖縄台風はなかなか怖かったです…(笑)
しかし、台風もやっと直撃したので海水温も下がり、サンゴの白化も緩和されたらいいなと思います∧( 'Θ' )∧
西表島で見たサンゴ礁は8割〜9割白化していて驚きました。
白化しているのに綺麗と思えてしまうのは皮肉なものですね。
前回のブログで少しだけ話した、とある計画についてもう少し書きたいなと思います。
現在トポセシアにはほぼ放置されている水槽が1つと、全く使われていな水槽が1つあります。
その2つの水槽を立ち上げよう!というのが今回計画している大まかな内容です♪( ´θ`)ノ
今はどうやって展示していくかなどを試行錯誤中です!
最後に沖縄のヘビなんだけども沖縄の人もなかなか知っている人は少ないヘビを紹介します!
ハイというヘビです。
毒ヘビですが模様が美しく、小さめのヘビです。
ヤンバルで見たのですが、昼間だったので見れた私はとてもラッキーでした♪
それではっ!
初めまして!
こんにちわ!新スタッフの「のい」です。
1に生き物、2に生き物、3に生き物
生き物が大好きな新スタッフです!
写真を撮ることと音楽も大好きです!
そんな私は、今日で出勤3日目。
今日から一人でお店に立っています。
未熟者ですが暖かい目で見守っていただければ幸いです。
そして、トポセシアに来て日は浅いのですがあることを計画中なんです。
それは…
徐々にブログに書きたいと思いますっ♡
お楽しみに!
最後に私が好きな生き物の中で、特にマイブームな生き物を載せて終わりたいと思います。
それはウミウシです!
触覚がとてもキュートな巻貝の仲間です!
写真は西表島の海で出会ったイシガキリュウグウウミウシです。
ちなみにこいつはウミウシを捕食するウミウシなのですっ!
それではまたっ!
はやてまる。その19
こんにちは、はやてまるです。
風が冷えてきました。季節はもう秋ですね。
書いてみました。笑
秋といえば、食欲の秋。
カンがいい人は、もうお分かりでしょう。
そう
本日、10月1日は「天下一品祭り」の日なのです!!!
生きててよかった〜!
僕の血液といっても過言じゃあない、この美味さ。
僕は天下一品に行くことを「輸血」と呼んでいます。
そんな天下一品が、本日限定!
お店に行くだけで!な、な、なんと!!
「ラーメン(並) 無料券」をゲットできちゃうのです!!!!!
うおおおおおおっtぅとうつ;おい;おkjp
失礼しました。
全国の交通網がパンクすると、僕の中で 話題の今日。
ぜひみなさんも、天下一品に行ってみてはいかがでしょうか?
食べ終わった後は、トポセシアでゆっくり休んでください。笑
はいさい\(^0^)/スタッフたかぴーです。
先日は毎月恒例のお楽しみイベント 、※Topothesiaスタッフ会がありました!
※「Topothesiaスタッフ会」・・・飲み会、ビーチパーティー、カラオケ、ボーリング...何でもありの月に一度、トポスタッフが一同に集う大イベントなのです。
新スタッフ、卒業するスタッフがいる時は歓迎会or送迎会になることも。
今回の会場は琉大東口にある「ビストロ食堂 Chez Nori(シェノリ)」さん。
→http://r.gnavi.co.jp/ctdujbw70000/
うまぁーーーーーーーーーーーーーーーい\(^0^)/♡♡
サイコロッ!ステーキッ!!お肉柔らかいっ!!!(^q^)
車大好きスタッフしろえふ先輩もこの表情^^
そして、
おいしいご飯の後はみんなでカラオケへ~🎶
みんなのアイドルみなぽよもテンションあげぽよです⤴⤴
今日はコアラなはるなさん^-^
生物大好きな新スタッフのいちゃん(一番右)
そんな中で...
男達は今日も歌い続けるのでした。笑
幹事のれおぴー&あみすけアリガトーッ!^0^
僕の休学日記
みなさん、こんにちは。
まつだです。
昨日は、待ちに待ったコラージュセラピーがありました!
僕のはコラージュというより工作になってしまいましたが、とても満足のいくものができて嬉しかったです。
以前作ったものよりもパワーアップしてまして、自分も変化しているんだなーというのが感じられて嬉しかったです!
コラージュセラピーの良さは、自分の変化を目に見える形で体感できることですね!
それでは、続きをば。
『放蕩息子』
朝、凍えるような寒さで僕は目を覚ました。 日本から持ってきたキャラメルを一粒口に含み、肩を抱き寒さから身を守る。 日が高くなるにつれて体温も上がってきたところで、僕は宿を探しに出かけた。 初めて見たトルコの街を、僕はすぐに好きになった。 綺麗に整備された石畳、美しい緑の公園がそこかしこに点在し、いたるところにベンチが設けられ、カップルやおばちゃんたちがおしゃべりを楽しんでいる。 ヨーロッパだなぁ、と僕は思った。 金髪や黒髪の美男美女が肩を寄せ合う光景も、100mくらいの間隔で屋台のパン売りが立っている光景も。 そんな光景を眺めながら、かれこれ3時間歩き回っても、「Tree Of Life」は見つからない。 休憩を取ろうと公園のベンチに座ってぼーっとしていると、白いつなぎを着た男が話しかけてきた。 「Hey, friend!!」 やってきた男は、名をタリックと言い旅行代理店の店員を4年間ほどやっていたそうだ。 トルコ在住のようなので、僕は探している宿の場所を聞いてみた。 男は少し考えた後、「その場所なら知ってるよ!」と力強く言った。 続けて、男は勝手に旅行プランを考え始めた。 ブルーモスクに行って、君の宿に行って、荷物を置いて、グランドバザールに行って、明日は・・・という風に。 魂胆は分かりきっていたので、僕が「お金は払えないよ」というと、タリックは目を白黒させて、ちょっとよく分からない、というような顔をした。 もう一度、お金は払えない、とはっきりと言うと、タリックが急に「行かなきゃいけない店があるからついてきて」と言いつつ立ち上がった。 連れて行かれた先は、イヤホンやSIMを取り扱うお店だった。 一度店に入ったタリックは、店の人に何か言ったあと、店の外にいた僕に話しかけてきた。 「このSIMを買うのに5リラ足りないんだ。貸してくれ」 じっと僕の目を見つけながら言う、この厚かましさには脱帽したが、そこまでお人好しでない僕は足早に立ち去った。 トルコは、ヨーロッパとアジアの中間にある国だなと、僕は思った。
その後いくら歩いても、求めている宿は見つからなかった。 パン売りのおじさんに聞いてみたり、病院の受付のお姉さんに聞いてみたりしたが分からなかった。 そもそも、みんなトルコ語で返事をするので、返事が理解できなかった。 中には、ちゃんと場所を教えてくれた人もいたのかもしれない。 6時間ほど歩き回って、僕はついにタクシーに乗ることにした。 陽気なおっさんというような風貌の運転手に宿の場所を聞くと、僕が歩いていたエリアとはまったく違う場所だった。 運転手は、車で行くよりメトロの方が早いと言い、イスタンブール版のPASMOを手に入れてくれ、降りる駅を案内してくれた。 そして、ようやく求めていた宿を見つけた。 ・・・と思ったら、その宿はすでに閉店していた。 昔は日本人バックパッカーに人気の安宿だったらしいが、経営不振で2年ほど前につぶれてしまったらしい。 仕方がないので他の宿を探し歩いていると、いろんな人が「何を探しているんだい?」と声をかけてくる。 「宿だよ」と答えると、皆で宿を紹介してくれる。 どうやらCemberilitasという街には、バックパッカーが多いらしい。 宿を探している中で、僕はバランという男に会った。
バランは、ほかの人たちと同じように宿を案内してくれたが、案内してくれた宿は高すぎて、断った。 しかしバランは気を悪くした風もなく、彼の店へ招いてくれ、休ませてくれた。 バランは22歳の大学生で、キリムの店のオーナーをしながらプログラミングの勉強をしているのだという。 彼のいとこは、東京でキリム屋を営んでいるそうだ。 彼の店で休んでいる間、彼はキリムについて話してくれた。 キリムとは、古くからトルコで作られている伝統的な絨毯で、本来は、王様が戦を終えて凱旋したときのお祝いの品なんだ。 ワインのように、作られた年代が古いものほど値段が上がるんだよ。 そんなことを言いながら、彼はいろんなキリムを見せてくれた。 キリムには、その色や模様によって「強運を引き寄せる」や「家族がいつまでも幸せでいられるように」など様々な意味が込められている。 その中で一番目を引いたのは、『S』という刺繍が施されたものだった。 この『S』とは、英語で『I love you』を指すもので、キリムの意味としても「あなたを愛している」なんだとか。 恋人や家族への贈り物として、昔から人気らしい。 そこでもやはり、キリムを勧められはしたが、僕は買わなかった。 別れ際、僕に名刺をくれながら、バランはこう言った。 「ここに来る日本人は、みんなお金を持っていて、有名な観光名所を訪れ、素晴らしい旅行を楽しんでいる。お前は特殊だな」 次に来るときはもっと稼いでくるよ、なんて言いながら、僕はメトロに乗り込んだ。 結局、その日も空港に泊まった。
もう、猶予はなかった。 早く航空券を取らなければ。 目を覚ました僕は、早速Wi-Fiを探しにでかけた。 空港のFreeWi-Fiはなく、昨日は使えたWi-Fiは、なぜか使えないのだ。 パンフレットなどで調べに調べて、僕は『Mall of istanbul』というヨーロッパで最大らしいショッピングモールへと向かった。 モールに入り、Wi-Fiに接続すると、またもや大きな壁が立ちふさがった。 SMSに送られたコードが必要なのだ。 モール内のカフェなどのWi-Fiも同じだった。 僕はWi-Fiを諦めて、せっかくなので散歩を楽しんだ。 ヨーロッパ最大というだけあって、Mall of istanbulは広かった。 モールの中心には、子供向けのテーマパークがあり、その周りにはブランドショップやカフェが立ち並んでいる。 出口が分からなくなることも、1度や2度ではなかった。 なんとかモールを抜け出して、この日もやはり空港に帰った。 そして、国際線に帰る途中、僕は思った。 『国内線にも、Free Wi-Fiあるんじゃないかな?』 その日僕はついに、モスクワ経由日本行きのチケットを購入した。 これで、ようやく後顧の憂いはなくなった。 安心して、空港のベンチに座って日記をつけていると、隣の男の子がちらちらと僕の手元を覗いていた。 男の子の隣にはお母さんがいるのだが、男の子が話しかけても、お母さんは「静かにしなさい」という風に指を口元にやるだけ。 男の子は不満そうだ。 僕は日記を書き終えると、ノートのページをちぎり、紙飛行機を折って飛ばしてみた。 すると案の定、男の子は食いついた。 彼は、ヨセフという10歳の男の子で、今からフランスに行くのだと言う。 彼は、渡した飛行機をきゃっきゃしながら飛ばし、僕も一緒になって遊んだ。 言葉は分からなかったが、ヨセフの言葉をおうむ返ししていると、ゲラゲラ笑っていた。 文字を教え合ったり、持っていたお菓子を分けあったりした。 日本語の文章とサインをプレゼントした。 つまらなさそうだったヨセフを笑顔にできてよかったな、とヨセフを見ながら思った。
きょうだけ、こねこ。
僕の休学日記
みなさん、こんにちは。
まつだです。
先日、ボボボーボ・ボーボボを全巻一気に買いました。
小学生の頃から好きだったので、ようやく買えて嬉しいです。
では、続きを書いていきましょう。
「放蕩息子」
かくして、僕はこのエティハド航空の高級飛行機に乗っている。 フライトの間はただ寝ているだけなのに10万円…そのせいで現在の所持金は2万円…と最初は落ち込んでいたが、しばらく経つと気分も上がってきた。 そうだ、今日は誕生日だ。 この豪華な空の旅は、自分への誕生日プレゼントなのだ。 そう思えば、普段はなかなかできない経験ができていることに対して喜びを感じた。 しかも、「Free Maps」の男たちもイスタンブールは物価が安いと言っていたではないか。 2万円あれば、20日は暮らせるとも言っていた。 一泊120円くらいだとも言っていたな。 僕は、インド人たちの言葉を思い出して安心していた。 そうだ、2万円でトルコを何日生き延びられるかやってみよう。 黒海などの海も近い。 釣りをして野宿をしてというようなサバイバル生活もできるのではなかろうか。 安心すると、イスタンブールに着いたら何をしようかと、アイデアが次々と浮かんできた。 僕は、イスタンブールでの生活が楽しみになった。 そしてその日の午後2時頃、僕たちを乗せた飛行機はついに、アタテュルク空港に着陸した。
飛行機を降りて、廊下へ進むと車椅子にご老人を座らせたセグウェイに、空港職員たちが乗って走り回っていた。 目を横に向けると、お父さんらしき人の肩に担がれた子供が大きな泣き声をあげていた。 その金髪の子供を見ながら、子供はどこの世界でも同じだな、と思った。同時に、僕はアジアではない世界へやって来たのだな、とも思った。 それから入国審査と身体検査を受けて荷物を受け取ると、僕はスターバックスを探した。 次の日の宿や、航空券を調べるためにWi-Fiが必要だったのだ。 Wi-Fiを使うならスタバ、というのも世界共通の認識ではないだろうか。 探してみると、やはりスタバはあった。 席を探して一番安い紅茶を頼み、席に着くと早速フリーのWi-Fiにアクセスした。 すると、登録画面が開かれたので、必要事項を埋めて登録ボタンを押すと、タイマーが表示された。 が、おかしい。 日本のスタバも、フィリピンのスタバもこんなに複雑な設定は必要ないのに。 よくよくWi-Fiの設定画面を見てみると、『SMSに送られた確認コードを打ち込んでください』と書いてあった。 なるほど、どうりでタイマーの画面を突破できないわけだ。 しかし、海外でSMSを使うとなると何万円というお金がかかってしまう。 これは困った。 他にWi-Fiを使う方法はないかと店員に聞いてみた。 すると、旅行者向けの方法があるという。 詳しく聞いてみると、「カウンターにいる店員に、あなたが乗ってきた飛行機の航空券を渡すと、数字コードが書いてある紙をくれるから、そのコードをWi-Fiの登録画面に打ち込んでみて」とのこと。 僕は「ありがとう」と言ってカウンターの方に目を向けた。 そこには、10人ほどのお客さんが並んでいた。 商品を買うわけではないので、僕は遠慮して他のお客さんがいなくなるのを待った。 その時、一人の男が僕の向かいの席にやってきた。
「ここに座ってもいいですか?」 というようなジェスチャーを男がしたので、僕が「どうぞ」というふうに手を差し出すと、「ありがとう」のようなことを言って男は座った。 その後、すぐに話しかけてきたのだが、彼がなんと言っているかが分からない。 すると男は、スマホの翻訳アプリに文章を打ち込んで、僕に差し出してきた。 「あなたはどこから来ましたか?」 英語に翻訳された文章を読み、スマホを受け取って文字を打ち込んで、男に差し出した。 「日本です」 男は、トルコ人だった。 その後、質問と答えが同じように数往復した。 音のない会話だったが、僕は現地の人が話しかけてきてくれたのが嬉しかった。 しかし、そうして静かな会話を楽しんでいたとき、男が突然、僕を「brother」と呼んだ。 僕の手を取り、何度も「brother」と繰り返した。 調子に乗って僕も「Yes,we're brother!!」なんて言っていると、男が文字を打ち込んだスマホを僕に差し出した。 そこには、こう書かれていた。 「兄弟へ。先日、私の母がアンカラで亡くなりました。母の葬儀をしてあげたいのですが、お金が足りません。どうか私に80リラだけ恵んでください」 そして、僕がその文章を読んでいる最中、男はなんと「うっ、うっ、うっ」と、泣き真似を始めたのだ。 涙の一滴も出ていないという、実にわざとらしくお粗末な泣き真似だった。 真実がどうかは分からないが、この時の僕は、男がただお金をたかりに来ただけだと判断した。 僕は男の厚かましさに腹が立ったのと同時に、悲しくなった。 せっかく話しかけてきてくれたのだから仲良くなりたい、という思いを裏切られたと、僕は思った。 もちろん男に非があるわけではなく、裏切られた、というのは自分勝手な思い込みであるのだが、そう思った瞬間、男に関わる気力が失せた。 男に関わるのをやめて、自分のスマホに目を落としていると、男は「50リラでいいのです」と値下げしてきたが、こっちはそもそもお金を渡す気はない。 これから節約していこうというときに、見知らぬ人間を助けている場合ではないのだ。 そう思いながらきっぱりと無視していると、男は媚びたような笑みを浮かべて人差し指を伸ばし「コーヒー1杯だけ」なんて言ってくる。 男の魂胆はわかりきっていたので、僕はあえてカウンターを指差し「あそこで買えますよ」と言ってみた。 しかし男は首を振るばかり。 いい加減、相手をするのが面倒になったので無視を続けると、しばらくして男は立ち去った。
男が去った後、僕はようやくカウンターへ行き、Wi-Fiのコードをもらった。 僕は早速スタバWi-Fiに接続し、まず宿を探す。 そして「Tree Of Life」という一軒の日本人宿に目星を付け、住所と場所をスクショした。 次は空港の航空券を探そう、と思ったのだが、ここでいつ帰るかを決めてしまうのは惜しいと思い、結局航空券を取らなかった。 この詰めの甘さが、後に自分の首を絞めることになるのだが、このときの僕はまだ知らない。 その2時間後、Wi-Fiの制限時間が切れた。 僕はスタバを出て、寝床を探して空港内を歩いていると、今度はモロッコ人だという男に話しかけられた。 「Oh, brother!!」 今度は、モロッコ人の人生相談に乗ることになった。 モロッコ人の男は初め、「お前はどこから来た?」「名前は?」という質問をして、僕がそれぞれに答えると、「日本の平均的な時給は?」と僕に聞いた。 「だいたい6ユーロだよ」と答えると、男は大げさなくらいに驚いた。 そして「自分はモロッコからトルコに仕事を求めてきたのに、トルコは物価が高すぎて生きていけない。俺はどうしたらいいんだ。」と、何度も繰り返した。 しばらく話した後、男が「もっと話そう」というので、ついて行く。 男はカフェに入りたそうにしていたが、お金が惜しいので断った。 カフェ近くのベンチに座ると、男はこう言った。 「日本のビザを取りたいんだ」 僕はモロッコ人の日本ビザの取り方を調べて、書いてある英語を読んで、かいつまんで説明した。 ビザを取るには、まずモロッコの日本大使館へ行って・・・という風に。 しかしながら、男はおかしな事を言う。 「君が、日本の大使館の人に『この人は僕の友達で、信用できるので入国を許可してください』と言えば、入国できるのではないか」と。 僕は「それはできない」と言い続けるのだが、男はいまいち理解できていないようであった。 いや、理解できていないというより、何か別の狙いがあるようだった。 男の話を聞き流しながら少し考えると、分かった。 男はただ、日本にコネがほしかっただけなのだ。 ただのコネならば、別に僕でなくても良かったのだ。 僕はまた、悲しくなった。 それは同時に、旅人というだけで特別扱いされるのではないかという、僕の思い上がりでもあった。 しかし例によって、気づけば僕は、冷たい目で男を見ていた。 次第に男は上目遣いになり、最後には媚びるような、すがりつくような顔をして、口元に手をやり食べ物を要求した。 その時、僕は激しい怒りを覚えた。 その怒りが、努力するのをやめてしまったような男の態度によるものなのか、たくさんの人の庇護のもとでぬくぬくと生きている自分を棚に上げた、軽蔑からきたものなのかは分からない。 だが、あの時の男の顔は、今でも忘れられない。 男を手で追い払うと、僕はベンチに荷物をくくりつけ、眠りについた。
僕の休学日記
みなさん、こんにちは。まつだです。
最近、キジムナーになって記事を書きました。
http://okinawa-mag.net/kijimuna/
「この格好で半日沖縄のいろんなところを歩いて、写真撮られたり笑われたりドン引きされたりしながら写真撮影してたんだなあ」なんて思いながら読むと、感慨もひとしきりだと思うので、ぜひご一読ください!
さて、それでは続きを。
『放蕩息子』
【オーナーからの贈りもの】
気づけば時計は、24時を回っていた。 デリーの日付は、10月16日になった。 この瞬間、デリーは僕の誕生日を迎えたのだ。 「今日、僕の誕生日なんですよ」 帰り際、僕は今日が自分の誕生日だったことを思い出し、一家に言った。 一家は、口々に僕の誕生日を祝ってくれた。 オーナーは、タージ・マハルの置物を僕にくれた。 インドでの思い出が、ハッピーエンドで締めくくられて良かったと、僕は思った。 何度もお礼と挨拶をして、僕はインドの家を後にした。 オーナーは、家の外まで見送ってくれた。 「インドに来たら、いつでも家に来い。お前はもう、息子だ」 別れ際、オーナーはそう言って、僕の手に500ルピーを握らせてくれた。 僕はまた何度もお礼を言って、ハグをして、タクシーに乗り込んだ。 オーナーたちと過ごした温かな時間は、あるいは、アッラーからの贈り物だったのだろうと、僕は思っている。 インドを旅立つ僕に、餞別をくれたのかもしれない。 タクシーの中で、後ろに流れていくインドの街を見ながら、僕は幸せだった。 この幸せを感じたまま、トルコに行きたかった。 しかし僕が訪れたインドは、お金の国だった。
タクシーで空港まで送ってもらっている途中、運転手が僕に聞いた。 「今日の私のサービスは、どうでした?」 僕は、わざわざ今日1日付き合ってくれた運転手の気分を悪くするのもどうかと思い、言った。 「すごく良かったです」 だが、それが良くなかったのかもしれない。 「じゃあ、チップをください」 運転手が僕に言った。 1日付き合ってもらった礼として、運転手に100ルピーを渡した。 「少ない!!」 運転手が怒鳴った。 この運転手にしても、タージマハルからの帰りに自分の家に寄ったり、僕がタージマハルにいる間は好きなところに行ったりしていたのだ。 「今日1日お前の運転手をして!今日1日俺は何も食べてない!これじゃ、今日の晩飯ご飯食べて終わり!何も残らない!せめて500ルピー寄越せ!」 もともとチップは、「運転手がいいサービスをしたら支払ってあげてくれ」とオーナーから言われており、この運転手は、運転以外に何をしてくれたわけではない。 しかし、チップを支払わなければ鎮まりそうにないので、先ほどオーナーにもらったお金を手渡した。 「お客さんすごくいい人だね!」 今までのやりとりが嘘のような笑顔で、そう言ってくる運転手を見て、僕はインド人がさらに嫌いになった。 そしてついにデリーの国際空港へと到着し、朝の4時50分、10万円の豪華な飛行機へと乗り込み、僕はトルコへと飛んだ。
飛行機の中で、僕は日記を書きながら、インドについて思い返していた。 僕にとってインドは、「お金の国」だった。 僕が出会った多くのインド人は、お金を欲しがった。 しかし同時に、インドは「親切の国」でもあった。 僕が南インドのチェンナイにいた頃、「バスに乗って、とにかく北上してみよう」と思い、途中で降りてみたことがあった。 そこは、目の前にベンガル湾を望める土地だった。 僕は、何度かバスの乗り換えをしたので、小銭をすっかり使い果たしてしまった。 大きな額のお札しか持っていなかった。 のどが渇いたのでジュースを買おうとすると、「お釣りが払えない」と言って断られた。 バスはだいたい13ルピー(26円ほど)で、小銭がなければ乗ることができない。 2時間ほどホテルを探しながら歩いたが、どこも満室であった。 重いバックパックを背負って歩く僕は、いよいよしんどくなってきた。 もはや、なりふり構っている場合ではなくなり、道端にいた暇そうなおじさんに「この辺りに両替屋さんはありますか?」と聞いてみた。 ところがおじさんは理解できなかったようなので、今度は「小銭がほしいのです」と言ってみた。 するとおじさんは、そこを歩いていたおばさんに声をかけ、事情を伝え、今度はおばさんがそこに寄ってきた自転車に乗ったお兄さんにも状況を伝えとしているうちに、なぜか人がわらわらと寄ってきた。 全員がそこに集まった全員に事情を伝え終わると、おばさんは僕を手で招いて、道端の露店に行って僕のお金で、ジュースを一本買ってくれた。 その後英語ではない言語で、おそらく「私も一本買っていいかい?」というようなことを言っていたのでお礼の意味を込めてうなずいた。 そして、残りのお釣りを返してくれ、礼を言うと「気をつけてね」という風なことを言ってくれた。 おばさんたちの親切のおかげで、僕はバスに乗ることができ、無事にホテルへと帰ることができたのだ。
インドで受けた親切は他にもあった。 僕がバスに乗ったとき、添乗員に行き先を告げると「このバスはそこには行かないから乗り換えろ」という。 どのバスに乗ればいい?と聞き返すと、「そのときになったら伝える」とのこと。 しばらく待っていると、乗客全員が、「ここで降りるんだよ!」と教えてくれた。 さらに「次は15Dのバスだよ!」と、これまた全員で伝えてくれる。 中には紙の切れ端に《15D》と書いて渡してくれる人もいた。 そのおかげで、僕は目的地にたどりつくことができたのだ。 インドの長距離列車に乗る時にも、親切に人に助けてもらった。 長距離列車に乗るためには最初にチケット(おそらく駅構内への入場券)を買って、構内で必要事項を紙に記入したあと、それを切符売り場に提出してから切符を買うという流れなのだが、僕は最初の入場券を長距離列車の切符だと思い込んでいた。 しかし、どこにも乗り場が載っていない。 困って駅の相談所に行くと、その後の手続きを全てやってくれた。 最後に切符を渡してくれて、乗り場まで丁寧に案内してくれた。 あのガタイのいいお兄さんのおかげで、僕はデリー行きの長距離列車に乗れたのだ。 その2日後、デリーではない駅で、走り出した列車から慌てて飛び降りるなんてこともあったが、その時もわらわらと寄ってきた少年たちに助けてもらった。 インドにはもう二度と行きたくないと思ったが、そうした親切を思い出すと、やはり心は揺れ動くのである。 日記をそう締めくくった僕は、全ては終わったのだという安堵に身を任せ、目を閉じた。
僕の休学日記
みなさん、こんにちは。まつだです。
最近、店頭に絵を描きました!
そして明日、新記事が公開される予定で、反応が待ち遠しい感じの今日です。
それでは、本日も続きを載せていきますね。
【放蕩息子】
日が沈み始めた。 夕日が差す車内で、僕はもう、悟っていた。 あの12万円は、返って来ないということを。 最初は、タージ・マハルの観光代だけ払えば、必ず取り返せると思っていた。 「Free Maps」に帰ることさえできればなんとかなると、そう思っていた。 しかし、払ったお金は返ってこないのだ。 一度下した決断は、二度と取り消すことはできない。 それが、この世界の理だった。 もはや、逃げ場所などなかった。 事実はついに、僕を追い詰めたのだ。 突然、運転手のケータイが鳴った。 それは僕に向けられた、「Free Maps」のオーナーからの電話だった。 運転手は僕に、ケータイを手渡した。 「元気か?」 「まぁまぁです」 「タージ・マハルはどうだった?」 「すごく綺麗でした。行けてよかったありがとう」 「それは良かった。ところで、お前が私に会いたがっているという話を聞いたんだが、どうしたんだ?」 ついに、この時が来た。 失った金を取り戻せるかもしれない時が。 完全に諦めていた僕は、まだ旅がしたかった。 そして僕は、言った。 「トルコ行きの便をキャンセルして、航空券代だけでも返してください」 だが、自分の発言を平気で覆そうとする人間に、世界は甘くなかった。 「それは無理だ。」 「もう金は航空会社に払っている。お前は今日これから空港へ行き、飛行機に乗る。分かったか?」 もはや分かりきっていた言葉だったがそれを皮切りに、事実が僕に襲いかかった。 事実を受け入れまいとなおも粘る、電話越しに黙ったままの僕に、オーナーは続けて言った。 「俺は今、あまり時間がないから続きは家で話そう。俺の家に来い」
日は落ちた。 世界は暗闇に包まれた。 同様に暗くなった車内で、僕は身を丸めていた。 僕は全ての事実を受け止めた。 これから何が起ころうとも、その全てを受け入れようと思った。 ここでインドの闇に消えるのなら、それもまた俺の人生なのだろう、と。 デリー市内に入り1時間ほど走ると、運転手はタクシーを止め、電話をかけた。 僕は、少しでも体力を回復しようと、体を丸めて目を閉じた。 しばらくすると、声をかけられた。 体を起こして目を向けると、中学生くらいの子供が立っていた。 聞けば、あのおじさんの息子らしく、家まで案内するために、わざわざ車まで迎えに来てくれたという。 「こっちだよ」という息子さんの足取りは軽い。僕は重い足を動かしながら、しかし遅れないように急いだ。
案内された先は、密集したアパートの最上階だった。 そこは、家だった。 暖かい家庭だった。 最初、家の玄関の前で遠慮がちにあいさつをした僕は、状況が理解できなかった。 「こんばんは」 と僕が言うと、そこにいた6人が口々に 「いらっしゃい」「お入りなさい」 と言うのだ。 なぜ、「あなたは誰?」というような目で見られないのだろうか。 そこにあのオーナーはいなかったが、言われるがまま部屋へ入ると、高校生くらいの青年が、話しかけてきた。 どこから来たか、仕事は何か、これからどうするのかなどを話した。 それが一段落すると、今度は母親らしき人に「チャイは好き?」と聞かれたので「好きです」と返すと「ちょっと待っててね」と言われた。 少し待つと、チャイを持ってきてくれた。 牛乳は入っておらず、ジャスミン茶に多めの砂糖を混ぜたようなチャイだった。 チャイを飲み終わると、「ご飯は食べたのかい?」と聞かれ、「まだです」と答えると、今度はカレーを持ってきてくれた。 カレーには、きゅうりと大根を縮めたような野菜が添えてあった。 『なぜこんなにもてなしてくれるのか?』 頭の中は、その疑問でいっぱいだった。 なぜ見知らぬ自分をもてなしてくれるのだろうか。 もしや、チャイやカレーに毒や睡眠薬が入っているのではないかと疑ったが、どれだけ時間が経っても何も起こらない。 周りの6人はスマホをいじっていたり、インコと戯れたり、アイロンをかけたりと、それぞれが自由に過ごしているし、テレビを見ると『インド版ドリフ大爆笑』のような番組が流れており、他の6人もたまに目を向けては笑っている。 そんな中で1時間ほど過ごし、僕はようやく確信した。 この人たちは、本心から自分をもてなしてくれているのだ。 おそらく、オーナーが電話でもして伝えておいてくれたのだろう。 そして、とうとうオーナーが帰ってきた。
部屋に入ってきたオーナーは、息切れをしながら握手とハグで僕を歓迎してくれた。 このオーナーは多忙な中、スケジュールを手早く片付けて急いで帰ってきてくれたらしいのだ。 やはり、オーナーは優しい人だった。 先ほど食事を出してくれたのも、僕がアグラーでご飯を食べていないと聞いていたオーナーの気遣いだったのだ。 タバコを取り出して一服すると、オーナーは早速話を切り出した。 「俺に話したいことって何だ?」 僕は気になることは全て聞いておかないとまた後悔してしまうと思い、洗いざらい聞いた。 日本のガイドブックでは、アグラーの一日観光は5,500ルピーが相場となっているが、自分が支払った額は妥当なのか。 「Free Maps」は本当に政府の施設なのか。 なぜ12万もかかったのか。 そして、トルコ行きの便の詳細。 おじさんは全ての質問に、根拠を示して答えてくれた。 僕が支払った12万円の内訳は、本当に観光代と航空券代のみであり、どうやら妥当な額だったようだ。 話が終わると、家族そろってカレーを食べた。 僕にはスプーンとフォークが用意されていたが、せっかくなので手で食べた。 インド人とインドで食べるインドカレーは格別だった。 オーナーは、インド人の食事の仕方を教えてくれた。 「DHANYAVAD(ダンニャワード)」とヒンディー語でお礼を言うと、また少し、歩み寄れた気がした。 みんなで話しながら、テレビを見ながら食事をとる時間は、とても幸せだった。
こんにちは!ややです! 昨日は合同誕生日会だったのです! なんだかんだで中学のメンバーは仲良しです\(^o^)/ 学校が離れても、住むところが違っても、コミュニティが変わっても、久々に会って変わらず話ができるっていいですよね! 本当は3人へのサプライズを企画しようとしていた友人。 「本当は言いたくないけど、、、一人じゃ無理だったからやや一緒に考えてー!(>_<)」ってことで、まさかのネタバレ笑。 ドタバタでしたが、頑張ってサプライズ企画。 おうかのスタッフもサプライズしてくれました! 改めて周りに恵まれてることを実感した1日でした。 カルビー様はまたじゃがりこの新商品を発売してくれましたね! 今回は明太チーズですよ! 明太子はやっぱり人気なんでしょうねぇ(^ ^) ピリ辛で美味しいですよ(=゚ω゚)ノ
こんにちは、くろしまはやて です。
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます😊
引き続き、これからもよろしくお願いします。
今回のブログのタイトルは、
僕の自慢の団体「Smile with Children」
僕が団体を立ち上げるまでに、いろいろな出来事がありました。
目を背けられない福祉の現実、そして僕自身の経験。
一人の男の子と出会った僕は、団体を立ち上げずにはいられませんでした。
そんなお話です。
少し長くはなりますが、どうかお付き合いください。
福祉とは、人を幸せにすることであり、一人ひとりがより良く生きること。
僕は、大学の福祉専攻に入学して以来
福祉という学問を学ぶほど、その深さと可能性に取り憑かれていきました。
そして、それが反映されているであろう現場に行きたくて
ボランティアや実習に行きまくっていました。
しかし、実際のところは
僕のイメージしてた福祉とは相反するものでした。
とある児童施設へボランティアの説明を受けに行った時、
その施設で働く職員が放った一言。
「ここのこどもたちにとって、ボランティアの人が来るのは”当たり前”。
すでにボランティアに慣れてしまっている。」
またある時、僕はとある高齢者施設で働く職員から言われました。
「僕は夢を諦めてここに来たんだ。
君は、こんな仕事するんじゃないよ。君には夢があるからね。」
なるほど、福祉ってのは学問と現場で こうも差があるのか。
一体、誰が、幸せになっているというのだろう。
それ以来僕は、福祉というものにあまり興味が持てなくなりました。
福祉をこのまま学び続けていいのだろうか。
そんなことを考えていたある日、
僕は一人の子と出会いました。
東日本大震災の影響で沖縄に避難してきた、小学5年生の男の子。
沖縄に馴染めず、友だちも少ないと 僕に話してくれました。
僕も同じ頃に沖縄に引っ越し、友だちも全然いなかったので
共感こそできたものの
僕自身それを克服できたわけではなかったので、
なにもアドバイスできなかったのです。
僕はイベントを打ちました。
こどもたちと大学生や親が、一緒になって遊べるイベントがあったらいいな。
それも福祉やボランティアという枠にとらわれず、ただ遊びまくって
一緒に「遊びの天才」を目指したい!
イベント当日、その子も来てくれました。
「今日さ、少ないけど、沖縄の友だちも連れてきていいかな?」
…僕に掛けてくれたこの一言で、僕の世界は変わりました。
「自分には沖縄で友だちができなかった。
でも、この子は友だちを連れてきた。しかも、僕のイベントで!」
嬉しくなった僕は、近くにあったファミレスに駆け込み
活動の構想を爆速でつくり、団体を立ち上げました。
少し長くなりました。これがSmile with Childrenの始まりです。
団体設立〜!と言っちゃえば、それだけで団体ってのはできちゃうんですね。
今の福祉に納得できないなら、作っちゃえばいいんだ!
団体を設立してからは、学校ではできない遊びにフォーカスを当てて
こどもたちと一緒に遊んできました。
例えば、この写真。
県立芸大の学生とコラボし、アトリエの壁と床に白い紙を貼り
こどもたちと一緒に大きい絵をたくさん描きました。
topothesiaを貸し切って、廃材を街やおもちゃに作り変えたりもしました。
年明けには、みんなでお餅をつきました。美味しかった^^
様々なメディアやスポンサー、そしてこどもたちやその親御さん。
多くの人に支えられ、8月に団体設立一年半を迎えることができました。
ありがとうございます。
ときどき、東京なんかでもプレゼンさせてもらっています。
社会の矛盾を軽減・解決するユースベンチャーの認定も受けました。
沖縄県内だけでなく、本土でもSmile with Childrenの認知が広がっています。
僕の自慢の団体、Smile with Children。作ろうと思った理由は、
「うずうずしてて、ガマンできなかったから!」
自分の辛い経験や、目を背けられない事実に耐えられなかった僕は
団体を立ち上げたことで、たくさんのこどもたち一緒に笑顔になることができ
いまでは多くの方々に支えられて、ここまでこれました。
あなたはいま、うずうずしていませんか?
団体をいざ立ち上げる時、僕もたくさんの不安やリスクを考えました。
「なにもしないほうがいいんじゃないか」
しかし、そんなことは動き出した後からでも考えられること。
動き出すまでは不安やリスクたちに、シカトぶっこきましょう。
モヤモヤした時は、一旦それらのネガティブなキモチは置いといて
自分の奥深くにあるキモチに耳を傾けてみてください。
「やってみたいなあ」「楽しいかもしれない」
そんなポジティブな心の声が、かすかに聞こえるかもしれません。
その声を拾い、まずやってみる、飛び込んでみることです。
もしこのブログを読んでくれた人が、一つアクションを起こしてくれただけで
僕はとっても嬉しいです。^^
もし、そのアクションを起こす先がSmile with Childrenだったら
僕たちは大歓迎します!🎉
こどもたちと一緒に遊んだり、楽しいイベントを考えてみたい方は
こちらの記事にコメントお願いします😊
一緒にうずうずを楽しみましょう!
次回の くろしまはやての未来開拓日誌 は、
「僕が、やたら人のために生きようとする理由」
です!お楽しみに〜
===現在、開催予定の就活に関する催し物一覧===
【就活・留学・休学すべてのヒントに!】モチベーショングラフワークショップ
9月16日(金) 18:00〜20:00 @topothesia ※参加費無料
18卒向け就活座談会~17卒に何でも聞こう~
9月20日(火) 13:00〜15:00 @topothesia ※参加費無料
はやてまる。その18
こんばんは。はやてまるです。
前回のブログの続きを書きますね。
石垣滞在も残りあとわずか。
そんな時の、お父さんが放った一言。
「波照間、行くか。」
この破天荒ぶりにもだいぶ慣れました。
さすが、おれの親。
ゆったり船に乗られ、着きました。波照間島
…ほんとはゆったりなんてもんじゃありません。
波照間付近の海は、晴れていても荒れるので
船酔いする僕にとっては死闘っす。デッド オア アライブっす。
なにもない。
自然だけしかないこの環境が 逆に清々しくて、ゆったりできました。
みんなでチャリンコを借りて、島をぐーるぐる。
爽やかな風が気持ち良く、眺めも最高。
童心に帰ったかのようにはしゃぎ倒しました。
島の文化に触れられる日。
この日は、島の住民総出で行う行事「ムシャーマ」でした。
「ムシャーマ」とは、旧暦7月14日 お盆の中日に行われる「豊年祈願」と「祖先供養」を目的とする波照間島独特の祭事である。
文化って、いいですよね。
また一つ徳を得た気分でした。
獅子舞、かわいかった。
日帰りだったので、割とすぐ石垣島に戻ったのですが
船での往復以外は かなり楽しめたので、オススメです^^
日本最南端の島、波照間。
また行きたいなあ…
就活がほんの少しだけ好きになれるお話ブログ
今日も地方学生は苦闘する。~「悲劇の第一志望落選編」~
第6話「就活の準備がインターンに変わる!」
逆求人イベントが終了してすぐの頃、僕とオーナーはこのイベントを来年もまたやりたいなと思いました。
プレゼンをする学生一人ひとりに、事前に面談をして本人のPRポイントをブラッシュアップする中で、その人にしかない魅力や経験からの学びがありました。
個人の経験が言葉になって、形になっていく。特別なことをしていなくても、その人が魅力にあふれるポイントは必ずあることを発見したんです。
その人だけにしかないストーリーはとても輝いて見えました。
「これは、みんなにとって必要なものだ。」
就活において、みんなが語る自己PRですが、
しっかりと自己分析を行うと、普遍的なことでも過去から今まで繋がる何かがあったりします。その磨きだしの方法が、僕たちの逆求人イベントによって1つ確立したと思いました。
そこで、いろいろ考えるわけですが、再度逆求人イベントをいきなり開催するのではなく、
より多くの学生が育つ環境を整えて、その集大成にイベントを持ってこようという方針に決めました。
半年分ほどスケジュールを切って、この時期には自己分析、次は大人に話を聞いてみて価値観を広げる会、人事と会ってみる、そして実際にアウトプットしてみる機会を用意する。
参加する学生の段階に合わせて、それぞれに合った企画を考えました。
それが、2015年9月~今のいままで開催してきた就活関連イベントの原点です♪
この頃に、僕とオーナーが企画していたものが、プロジェクトになり、インターンシップとして学生の仲間を集め始めました。最初に声をかけたのは、1回目の逆求人イベントに見学に来ていた、神里さんです。
↑この人です(笑)
ここから1年間、自己分析や就活合宿、逆求人イベントを含めると、200名以上の学生と
キャリアについて考える時間を一緒に過ごしてきました。
そして、自分もいよいよパラドックスへのエントリーが始まるわけです!!
ライタープロフィール~しろえふ~
沖縄の大学に通うしがない大学生。車がこの上なく大好き。
4年次になってついに就活を始めたが、準備も環境も万全のなか、第一志望に落選。
絶望の淵に追いやられ、自暴自棄になるもなんとか就活を再開。
現在、宜野湾にあるコワーキングスペース”Topothesia”にて就活支援とイベント企画や
運営に携わりながら自身の卒業と就職先を手に入れる為に悪戦苦闘中。
学生団体「ENOS」代表、株式会社パラドックス_インターンシップ生、
自己啓発イベントMovement2016外部顧問など、課外活動ではそこそこ頑張ってる。
最近の悩みは、撮りためたドラマが見れないことと県外就活で激しい金欠なこと。
保健体育まるに参加したよっと
お久しぶりです〜! みなぽよです〜!!!
昨日、はるなさんとまりんちゃんの
保健体育まるに
に参加しました〜!!!
今回はパートナーシップについて。
自己紹介で一時間くらいみんなでワチャワチャして
たくさん話して〜
そして、自分の思ってること、疑問。 全部オープンに話せて、 みんな優しい気持ちで温かい雰囲気でした。
と〜〜〜っても温かい気持ちで包まれたああ
みんなの考えているパートナーシップについても知れたし、 すごくいい刺激になったよ!
私の考えるパートナーシップはこれ〜
楽しかったな〜〜
りょたさんとも仲良くなれて、嬉しかった〜
りょたさんは信頼だって〜🌟
みんなのパートナーシップは何でしょうか〜
保健体育まるさんも楽しみです!
そしてそして、
私も参加する、癒されnight?
ぜひ来てください〜
私はアロマのブースを出します〜!!
https://www.facebook.com/events/944118649044303/