そしてふたたび処女になる ー避妊と14のときの私のはなし
しばらく書いてなかったけど久々に。母との会話で、今や昔の話をするのはタブーだ、という話。
母は家庭の問題を理解し離婚するために一度は私を受け入れたけれど、問題が過ぎ去った後、わたしがセックスをするというのは受け入れられないらしい。こどもの頃母はわたしの体の成長をわたし以上に嫌っていた。「恋話」という中学生の間で流行っていたことも、家では口にするのも禁止で大学生まであまり変わらなかったように思う。それは「されたくない」という禁止の仕方ではなくて、「今はそれどころじゃないだろ」というのがいつもの口癖だった。母が忙しかったように、わたしも忙しくあるべきだから、だから体や心が成長することは「禁止」されるべきという理論のようだ。
中学だったか高校だったかのころ、「14歳の母」というドラマが放送されて、たまたま性教育のために学校へ来ていた産婦人科医(男)は、あのドラマに流されないようにということを述べていた。一番の理由は、「産んでも育てられないから」。そのころにはすでに父親の性虐待が日常化していたので、何よりもそのことが怖かった。避妊の知識は(完璧ではないけれど)学校で習っていたけれど、父親にそれを求めるには無力だった。避妊はしてなくて、ただ毎月生理だけを待っていた。結局運良く妊娠することはなかったし、ワンストップセンターで「あなたはラッキーだ」と言われたけれどよくわからなかった。わたしはラッキーだったのか。

















