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@yukotan
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昔、SCOがLinuxを訴えようとしていてた頃、Linuxを批判したことのあるタネンバウムのとこに謎の人物が来て「LinusはMINIXを盗用したんでしょ?」と誘導尋問を仕掛けたが、タネンバウムは「もし盗用してたらLinuxは格段に素晴らしいアーキテクチャになっていた」と言って追い返した、つう逸話があって SCOとLinuxの両方を一気に切り捨てるタネンバウム御大やっぱ素晴らしいな、私ももし何かあったらそんな風に切りたいものだ、とずっと思ってるのだが、そういう機会がやってきたことが無い
ひとつの家系で受け継がれてきた【貴少姓】、会ったことある? | 話題の画像PLUS
Frieren Art Nouveau Style
仕事や勉強が嫌いなのではなく「成長しない自分に飽きてるだけ」って話は説得力ある。伸びてる時は誰でも楽しい。ずっと飽きない人はずっと成長を楽しめてるだけなのかもしれない。
Xユーザーの佐藤航陽(さとうかつあき)さん
講演会の時に聞きにきてくださってた、推定不登校の中学生男子に「なんで自殺しちゃいけないんですか?」って質問されたことがあって「大概のことは『あ、やっぱ今のなし』って出来るんだけど死ぬのだけは不可逆なので、死んでから『あ、やっぱ今のなし』って出来ないんですよ」って言ったら会場にいた中高生達みんな笑ってたんだけど、いやこれマジな話でね、世の中大概のことって「やっぱ今のなし」って出来るんですよ。例えば担任と親と、面談してて、2学期から学校行ってみようか?って言われてつい「はい」って返事しちゃった、だけど「あ、今のなし」って言えば帳消しに出来るんだから。でも死んじゃったら帳消しに出来ないでしょ?→
そう言ったら質問してきた男子が「それ言っていいんですか?」って聞いてきて。言ったことはその通りにしなきゃいけないと思いますか?あなたはきっととても真面目な人なんだと思います。自死を考える人大概真面目な人だし。だけど「今のなし」って言うのも誠実な態度なんですよ。「学校行ってみようか」「はい」と言ってしまったその瞬間は期待に応えなきゃいけない、頑張らなきゃいけないと真剣に思ったからこそ「はい」と返事をした、だけどよく考えてみたら出来そうもない。自分が言ったことをその通りに実行出来るなら、そりゃあその方がいいし、そうするに越したことはない。だけど世の中全部そんな都合よく運ばないですから→
「こうします」と言ったことが実現できないと気づいた時、もっとも誠実な行動というのは「今のなし」って言うことです。心の中で「どうしようどうしよう、無理、だけど行かなかったら怒られる」ってビクビクして時間だけ過ぎていったら、なんとか出来ることも出来なくなっていくだけなんです。無理なものは無理と1秒でも早く伝える、それはとても誠実な態度です。問題を解決しようという意思があるのだから。そして「無理です」「やっぱ今のなし」それを伝えてもらえたら、大人達は違う解決方法を考えることができます。「学校行ってみようか」「はい」の後に気持ちを伝えなければ学校に来てくれるのを待つだけになってしまう→
だから今のあなたに必要なのは「今のなし」が言えるようになることかもしれないですねって答えたら後日親御さんからお便りが来て、お子さんが劇的に変化したし死ぬことは考えなくなったと。親が日々心を尽くして接してきて試行錯誤して、いろんな専門家に相談して、それでも中々うまく行かなかったのがあんな短い会話のやり取りでこんなに変わってしまったのが悔しいけれども、彼にとっての正解がこれだった以上は喜ぶべきなんだと思うという内容で、親御さんとしての悔しさはとても共感できるし、いい親御さんなんだなと思った。そして彼が死ぬのをやめてくれたようなので、講演しに行ってよかったと思った。
Izumi Kurihara May 4, 2024 at 23:03
(via (1) 牛人さんはTwitterを使っています: 「ヒッ・・・ https://t.co/BkXrOwM6Gd」 / Twitter)
画像生成AIが焦がす「善悪の彼岸」 - 生成AIストリーム - 窓の杜 https://forest.watch.impress.co.jp/docs/serial/aistream/1508780.html
Ella Freya エラ・フレイヤ @Eriza_Freya もうすぐオランダに帰ります。 とても悲しいです。 皆さんに心からありがとうと言いたいです。これからも頑張ります。
1:47 AM · May 26, 2023
突然思い出したけど、昔ちょいちょい西欧の上流の人と和食食べたりして「日本人はみんな綺麗に食べるw」ってマジ単芝で言われて。「そうですね、我々多神教で米一粒に八百万の神が宿るなんて教えられたりしてね、つまり全ての食材は聖なるパンなんですよね」って言ったら一瞬で真顔になったっけ。 「それは信仰ではなく、僕たちの伝統であり文化であり、思考回路です。そして僕には聖体に唾をつけてからゴミ箱に捨てる度胸はないんですよ」と笑っておいたんだけど、今思い出してもあれは最良の返答だったんじゃないかなと思ってる。少なくとも彼らはその後単芝を生やさず、結構綺麗に食べてた。 キレる前に「これはお前らが言うところの〇〇なんだけど、それを理解した上でまだ言う気ある?」って想像の猶予を与えるのは、どんな時も大事なことだと思ってる。必ずしも出来てる訳じゃないけどw
“高校3年生のクラスメートに長谷貴将君がいました。 彼は医師となり、2005年尼崎のJR脱線事故では、押しつぶされた車内に入り、救命医療を行うなど、たくさんの方の命を救ってきました。 その彼の訃報が届きました。 彼のお父様が、勤務先の病院を提訴したことを伝える新聞記事で、私たちが知る事になったのです。 事故直後の同級生あてのメールでは 「現場で、怖いと思うことなどなかった。助けたいと思うだけだった。 それよりもレスキューの人たちの仕事振りはすごい」と。 私たち同級生は、JR事故などでの彼の活躍を大変誇りに思い、ますますの活躍を祈っていました。 残念です。 こんなことになっていたなんて・・・・ これからも、たくさんの命を救えた筈の人だったのに。 命の重さを誰よりも知っていたはずなのに・・・ 辛かったでしょうね。 あんなに、努力家で、粘り強かったのに・・・ 事故後のテレビのインタビューで見た彼は、たくましかったのに・・・ 高3の時、毎日大きなお弁当を一人でさっさ食べて、そのあと、机に突っ伏して仮眠。それが長谷君の昼休み。 毎日夜遅くまで勉強されてたんでしょうね。 お弁当にたくさんピーマンが入っていた事を思い出しました。 ささいなことを鮮明に覚えているものです。 お父様のことも、高3の時に聞いた事がありました。 「接待などで大変そうだけど、がんばってるオヤジ」とおっしゃってました。 そのお父様が85歳になられ、病院を提訴されたのです。 心より御冥福をお祈りします。 いくつか記事やブログを見つけましたが、YOMIURI ON LINより引用しましたので、お読みください。 以下 引用**************** 瓦礫の下の医療象徴が何故 病院側反論、法廷で究明へ 済生会滋賀県病院(栗東市)の救命救急センター長だった長谷貴將(たかのぶ)さん(当時51歳)が自殺したのは、過剰な対外活動を指示するなどした病院側が安全配慮義務を怠ったためとして、父昭さん(85)(近江八幡市)が25日、済生会(東京都)を相手に1億円の損害賠償を求めて地裁に提訴した。2005年4月25日のJR福知山線脱線事故で救出活動に携わり、「瓦礫(がれき)の下の医療」の象徴的存在だった医師がなぜ命を絶ったのか。真相究明は法廷に委ねられる。(中根靖明) 代理人弁護士や遺族らによると、長谷さんの事故での活躍が多くのメディアに取り上げられた。病院は〈広告塔〉として、講演や研修活動に取り組むよう指示した。遺品の中から見つかった長谷さんの手帳には、スケジュールがびっしり書き込まれていた。 しかし、病院側は長谷さんの赴任前から提示していた「(救命救急センターに)2人の部下を置く」という条件を実現させなかった。対外活動の比重が高まると、やっかみとも取れる不評が院内から噴出。ある同僚医師からは「それでも救急医か」「こいつの言うことは聞かなくていい」などと罵倒(ばとう)されるモラル・ハラスメントも受けた。 さらに、亡くなる前日には、長谷さんが準備に心血を注いできた済生会主催の学会で英国人医師を招請する企画をめぐり、事務担当者と対立。それまで企画を支援してきた病院幹部からも「一晩頭を冷やせ」と冷淡な態度で突き放されたことで「決定的に追いつめられた」という。 昭さんは「息子は、病院幹部にはしごを外されて死んだ。命令を覆すなんて許せない。実際に病院で何が起こっていたのか。真相を知りたい」と訴える。 これに対し、病院側は▽部下となるはずだった医師は個人的な理由で退職した▽人員的なバックアップなど、対外活動に対しては最大限の協力をしていた▽同僚医師の言葉は職務上の指導だった▽企画を巡る対立などはなく、予算の範囲でいかに実施するかについて話し合いをしていたに過ぎない――などと反論している。 ◇ 長谷さんは少年時代から医師になる夢を抱き、金沢大医学部卒業後に滋賀医大へ移り、救命救急医療の道を志した。1991年5月の信楽高原鉄道事故をきっかけに災害医療のあり方を追究し続け、福知山線事故では志願して現場入り。大破した車内に負傷したまま取り残された乗客に「大丈夫です。頑張って」と声をかけて励ましながら、現場で点滴などの治療を施した。 約13時間にわたる活動を終えたのは翌26日未明。ほかの医師らとともに、何人もの乗客の命を救った。「自分が死んでもいいと思っていた。とにかく被害者を助けたかった」と振り返ったという。 事故現場で共に活動した兵庫県災害医療センターの中山伸一医師にとって、冷静な判断力で現場を引っ張る長谷さんは、信頼できる<戦友>だった。「将来の救急医療界を担うはずだったのに……。『何で死んだんだ。バカ野郎』と言いたい」。同志の死を、今も受け入れることができない。 2両目で瀕死(ひんし)の重傷を負い、長谷さんらの処置で生還した兵庫県西宮市の鈴木順子さん(32)の母、もも子さん(60)は「命の恩人。あんなに一生懸命だった先生が、なぜ死ななければいけなかったのか。娘と一緒に会ってお礼を言いたかった」と惜しんだ。 以上 ********************************** この記事はこちらからhttp://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shiga/news/20080225-OYT8T00664.htm”
— 長谷君 - 大体 O.K的生活
美しい...
延び延びになってたごはんの約束も、いつか一緒にステージでと言ってた歌も、もっと早く実現してればよかった。そしたら顔を見て言えたのに。 「死ぬんじゃねえぞお互いにな」 まだ実感がないので、絶望を愛したあの役を想いながら、私は今日もみんなに希望を渡しに行くよ。 またね。沙也加ちゃん。
10:34 AM · Dec 19, 2021
2022.06.19
午月なので稲荷の話をします。 稲荷の眷属が「白狐」である事は広く知られておりますが、野良猫や野良犬と同様に"飼い主のいない狐"を「野孤(やこ)」と呼びます。厳密には狐だけでなく動物霊の総称として、この呼称を用いる場合が殆どですが、この野孤は意味もなく稲荷の周りに集まる事があります。
これは、ただ集まるだけであって、そこの稲荷とは力関係としての優劣は理解していても、主従関係にはありません。そうすると当然ながら悪さを起こす訳です。その為、この野孤たちを定期的に「還す」必要があります。 では、どこに還すのかと言うと、そこの稲荷のルーツが重要になってきます。
稲荷は伏見・豊川・最上などが有名ですが、町にある稲荷の祠や社も元を辿れば、本来はどこかしらの本社に辿り着きます。これを崩した言い方でルーツとします。余談ですが、稲荷に限りませんが神様の祈祷をする時は必ず「どこから、いつ、なぜ、いつまで」を確認しなければなりません。
本題に戻ります。 結論から申しますと、大勢の野孤が縁あって集まっている「そこの稲荷のルーツ」に還す事になります。 追い返すのではなく、還す、事も重要です。 では一番面白い「還す」時の話をしていきます。
まず稲荷に大勢の野孤を還す事を祈祷中に報告を致します。野孤は眷属ではないのに何故報告をするかというと、これは単純に稲荷の神域中の事象を人間の勝手でしないという事です。 稲荷への御供も忘れてはいけません。また、理由は伏せますが神鏡を祠や社側に向ける事も必須です。
報告が済んだらルーツへ向かいますが、野孤に「これから移動します」という旨を伝えます。これは口語で構いませんが、慎重である事が望ましく、人間が横柄であってはなりません。 そして、ここからは一連の「還す」行程を終えるまで一言も喋ってはいけません。さて問題は移動方法です。
多くの場合は車を用います。これはただただ人間の都合です。そして今回は距離や立地の関係は含めずお話ししていきます。 当然ながら「還した」後は自分だけで来た道を帰ってくる訳ですが、何かの間違いなのか、真実なのかは実際にお確かめ頂きたいと思うのですが、毎回行きの燃費が本当に悪いのです。
というのも、これは単純な話で大勢の野孤に車に同乗してもらうからです。 いわゆる見える方のお言葉をお借りすると「大きな1つ?1人?一体?になって載っている」そうです。燃費も悪くなる訳です。 さて、目的の本社に着きましたら丁寧に道案内を致します。その際に両の袖には「道案内の符」を持参します。これは正式な名前があるのですが、ここでは用途から「道案内の符」とします。簡単に言うと本社でバラけない為です。 本社の稲荷さまの前に着きましたら「どこから、なぜ、お礼、また来る旨」を伝え祈祷を合掌にて密唱で勤め、来た道を振り返らずに帰ります。 帰りは燃費が良いのでスイスイです。
もとの稲荷に着いたら空の車をお見せして報告を致します。 そして今回お仕えさせて頂いた感謝と、これからのお付き合いもお願い申し上げ、鏡を覗いてから下げます。 以上で野孤を還す話は終わりです。 かなり端折りましたが、ザックリとこのようになっております。