「貴方がつぎの人?、よろしくね。私の名前は---------」
2145年の大東京都渋谷一階層3丁目は
貧困区で昔ながらの風景がありながらも比較的都会だ
俺はもう何人目かわからないが どうやら次の家族に配属されて初日を迎えていた
家族は恐らく血の繋がりのある親戚もいて10人ぐらいだろう
屋敷が大きすぎて把握できない
俺に与えられた部屋は無機質なコンクリート壁の縦長で 奥にはデスクとPCが備え付けてある
「そろそろ食事だよ、お父さん待ってるから!」
さっきから話しかけてくる女が多分”候補”なのだろう
よれてはいるが清潔感のある白いタンクトップからは白く華奢な腕なのになぜかたくましかった
黒髪のボブにはっきりと凛とした顔立ち、純日本人でありながら英国の混血だと間違われるタイプだろう
確かに”候補”としてはなにか光るものを感じるが、しかしながら誘惑と謎もまだまだ多い
デスクには”前の人”との家族写真がまだスタンドに入ってる
部屋がデザインされている割にそこまで几帳面な性格でもないようだ
親の美意識の高さに家族ごと触発されて習慣になっているのであろう
リビングに向かうと昔ながらのコンロを食卓で囲み、家族らしき人たちが準備を始めていた
気は強そうだが美意識は高い金髪のこれまた英国混じりの顔立ちの姉であろうか
隣は”候補”であろう長髪縮毛の男、父親、母親
今夜の食卓はこれだけなのだろう
「まあ座ってよ!酒は?なにがいいの?ウイスキーでいいよね?」
続いてぶっきらぼうな父も口を開いた
「やあ赤毛くん、———をよろしくね。ところで映画は好きかな?”ミラサイケ”は見たかね、名作だな」
父は父、という典型的な恰幅の良い髭の親父で、なのにどことなくこれまたやはり紳士の品を感じる出立ちであった
「いえ、すみません映画は好きなのですが勉強中で」
本当のことを言うと知らなかった悔しさよりも部屋のあちこちにある姉妹の写真に目を惹かれていた
“TWO Star twins” 壁の写真にはそうロゴが入ったものが何枚か飾られてあった
家政夫さんが察して、小声で耳打ちしてくれる
「彼女たちはトースターツインズという姉妹のアイドルなのです、惹かれちゃいますよね。」
たしかに双子かとも思うぐらい似てはいるが、やや姉のほうが顔立ちはよりはっきりしていて、妹は少し甘えん坊というか奔放な印象は受ける
「来週から悪の祭典でして、女王が復活するんです!姉は1年に2度しか現れない、超貴重なアイドルなんですよ!女王の復活祭が楽しみですよね!」
家政夫もどうやらファンなのだろう、まだ20代そこそこの気さくで邪気のない青年だ
「赤毛くんは前の人、どんな人だったの?話したくなければいいけど」
姉は芯が通っていて、立派な女性なのだろう
俺のことを気にかけてくれて、初夜を穏便で円滑に進めようとはしてくれているようだ
質素な服装なのになぜこんなにも気品や強さを感じるのだろう
顔立ちだろうか
昔見た映画”レオン”のマチルダをあのまま24歳にしたような姉妹だ
滞りなく晩餐を終えて、引き続き晩酌を進める父以外の家族たちは寝室へと散り散りになっていった
“候補”の女はなにを考えているのかここまで全然読み取れていない
家族の人たちの波にかき消されて、そういえばほとんど話していない
「ねえ、赤毛くん。どうする?」
どうする?の意味がこれでもかというほど難解に思えた
話の脈略がまったくないのに、なんだろうこのぐいぐいと引っ張られていくというか
それは竜巻に手を引かれるような印象のほうが強かったのかもしれない
「そっか、まだわかんないよね。・・・いいよ!散歩しよ!?いくよっ!」
特に主張したいこともないので否が応でもその通りに事は進む
俺はこの家族に迎え入れられた初日の緊張で萎縮しているのか
どこかこの女に振り回されたいという願望があるのか
混沌としていた
「ほらなにやってんの、男は酒と煙草両方持って!」
そうだぞと言わんばかりの顔の父がそっと目を閉じながら缶酎ハイと煙草をこちらにスライドさせてきた
随分と偏った理想像も不思議と心地よくて、両手に退廃を持った2人は深夜の住宅街に繰り出した
深夜にも関わらず大東京は明るく、分厚い雲はサイケデリックな工場地帯からの煙と混じりあって空は見えない
遠くの繁華街の明かりが巨大な雲に反射して怪しげに光っていた
もうかつての高層ビルはなく、低い建物の住宅街の遥か上には上層階があるだけだ
空気は良くもなく悪くもない
サイバーパンクな夜は酒と煙草を嗜むには確かに丁度良かった
ベンチに座り、遠くの工場地帯で黄緑色のネオンが反射した横顔は 煙草がよく似合うほどに凛々しかった
「で、どうする?決めた?」
「いや、別に、」
「お父さんがミラサイケ知らないのがっかりしてたよ〜、名作なのにーって。前の人はね、つまんなかったな正直。夜も一緒に歩いてくれないからお酒足りないしさ。
でも赤毛くんなら結婚してみてもいいよ?なんか面白そうじゃん」
矢継ぎ早に展開していく会話にまたしても振り回されている心地よさと、まだこの女のなにひとつ知れていないミステリアスな部分も良かった
「俺で何人目?」
「んー、8人目ぐらいかなー。なんかロックじゃなかったんだよねーみんな。私は正直結婚とかどうでもよかったりするんだけどさ、
一応この国のルールじゃん?だったらどうせだったら面白い人がいいなーって思うの。なんかこう、2人がそれぞれ単独で成立してるっていうか、依存もせず独立してて
それぞれ活躍してるしテレビで見ても絶対結婚してるようには見えないのに、誰にも言わなくても絆は2人の間にしかわからない固さがあって。それは2人きりの時も特に口にだして確認するって野暮なことはしないの。すごく不安定そうに見えてでも確実に強固な自信はあるの。だから干渉もしないしどうでもいいんだけど、すっごいラブラブなの!お互いがお互いのファンっていうかさ、遠くで応援してますーって感じの!」
結婚に対する理想像だけは驚くほど一致していて、ほとんど自我を出していない初夜の俺なのに今までの”候補”と俺の違いを解っているこの女は、全て見抜いているとしか思えない
「じゃあさ、ひとつだけ約束してくれたら」
「え!なになに?いいよ!」
彼女は吸っていた煙草を中断してこちらに身を乗り出して弾んでいる
「ずっと俺が追いつけないように前にいてよ、俺も絶対追い付かれないように前で走ってるから」
「なにその多次元論!面白!わっかんないけどそれって、[わかったよ!そうなるよう努力するね!]って言ったらもう正解じゃないよね?だからわっかんないけど〜・・・・まあ好きにしてよ!」
そこまでも完璧な回答をされるともうこちらもお手上げである
俺は重い腰を上げて煙草をふかしなおす
こちらが返事をしなくても、彼女はなにも聞いてこない利口さがある
夜はどんどん加速して、2人は何億もの光と闇に呑み込まれていく
俺も彼女もまだ、アンニュイな中でそのほとんどがよくわからないにも関わらずだ
婚前準夜、渾然契約/赤毛はひとり













