A Long Week at the Meido no Hitsuji Cafe
an official story from the Otomate website
[Part 1] [Part 3, the final]
In Japanese language, under cut. If someone fluent in Japanese can translate it, great! Please tag me then so I could reblog your translation with credit of course, and so it'd be all together in my Amnesia archive blog.
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嵐がやってきたのは、週の半ばを過ぎた頃。
『冥土の羊』の従業員たちが店長抜きでの業務に慣れ始めた時のことだった。
「あーもー、疲れちゃったわー」
「ママーおなかすいたあー」
「覚悟しろ、ムーンレンジャー! ぶぅぅぅぅん!」
「ちょっとマサト、走り回らないで!」
大騒ぎをしながら入ってきた子連れの集団に、静かなティータイムを楽しんでいた人々はぎょっとした様子で入り口を振り向いた。
カフェ『冥土の羊』は、メイドと執事による給仕を売りにしているコンセプトカフェである。
しかし、メイドカフェの多くが目指しているようなアミューズメント色はほとんどない。
こだわりの本格焙煎コーヒーを提供する店内は、全体として落ち着いた雰囲気をかもしだしており、商談での使用にも耐えうるほどだ。礼儀正しい従業員たちの給仕を受ければ、まるで本物のメイドや執事にかしずかれたような錯覚を覚えることさえできる。
もちろん、店の雰囲気に合わせて客層もおおむね落ち着いている。
大声でおしゃべりをする人間など、ほとんどいないのだ。
20人ほどの団体のうち、幼稚園から小学校低学年くらいだと思われる子供が、10名以上。
引率する大人はたった3名しかいない。
暴れ馬のようなその年頃の子供を、たった3人の大人でケアしきれるわけがない。アンバランスな構成は、どんな事情があって引き起こされたものなのだろうか。
「ちょっとー!? 早く席に案内してくれなーい!?」
待たせたわけでもないのに怒鳴っている困った客を見やって、店員たちは顔を見合わせた。
イッキは本気で嫌がってみせるが、トーマは頓着しなかった。
「他のお客様の迷惑になります」
「それはわかってるけど……。
ああいうのって、なんて言えば黙ってくれるの?」
「イッキさんの目なら、色仕掛けが効くんじゃないですか?」
「……ああ、まあ、そうかもね」
イッキの目には、目が合った女性を恋に落ちた気分にさせるという、奇妙な能力がある。その力を使えば、女性を誘惑して言うことをきかせるなどという非現実的な行為もあっけないほど簡単なはずだった。
「そういう使い方したいわけじゃないんだけど、しょうがないか」
あきらめのため息をついたイッキは、集団の中心になっているとおぼしき女性の前に進み出た。
しっかりと化粧をしたなかなかの美人だが、あいにくと図々しい女はイッキの好みではない。
「――奥様。恐れ入りますが、当店は3人以上のお子様をお連れのお客様には、入店をご遠慮いただいております」
今考えたルールを、あたかも当然のごとく堂々と言い放つ。
そうしながら、ウエイターとしては少し大胆すぎるほどに近付いて、目をじっと覗き込んでみる。それだけで、女性という女性はイッキの虜になるはずだった。
いつも通りの反応が返ってくるのを期待して、少し待つ。
が、案に相違して彼女はまったく怯まなかった。
「はあっ? 何よそれ、まさか客を追い出すつもりなの?」
あれ? と内心首を傾げながらも、一応外面だけはもっともらしくお辞儀をしてみせる。
「大変申し訳ございません」
「ふざけないでよ、やっと空いてる店を見つけたんだから!
客なんか、ほとんど入ってないじゃないの!」
その上子供たちまで不穏な気配を察して騒ぎ出すから大変だ。
背後では、騒ぎを嫌った客がさっそく席を立ち始めている。
「あんたアルバイト? 店長呼びなさいよ」
「店長は本日外出しております。ご用は私が承ります」
「アルバイトじゃ話になんないわよ!
あんた、この店がつぶれたら責任取れるの?」
「責任とおっしゃいますと?」
「追い出すならこんな店つぶしてやるって言ってるのよ」
「恐れながら、おっしゃる内容がよく……」
「友達が雑誌記者なのよ。もしあたしたちを無理やり追い出すなら、雑誌にあることないこと書いてもらうから」
「……それは困りましたね」
「とにかく、あたしたちは疲れてんの! これ以上歩きませんからね!」
想像を絶する開きなおりっぷりに、イッキは少し口をつぐんだ。
店のメンツや店長代理としての責任、他の客への配慮など色々なものを頭の中で天秤にかける間が数秒。
結局イッキは、逃げることを選択した。
沈痛な顔をして見ていたトーマのところに戻り、小さな声で呟く。
「目が効かない女性に会えたのに、嬉しくも何ともないものだね」
イッキの言葉を聞いて、トーマは少し驚いた顔をする。
「そういえば効いてませんでしたね」
「この目が効かない女性はみんな口説いてみたくなるかと思ったけど。
やっぱり好みの女性じゃなきゃそんな気にならないね」
イッキの目が効かず、かといってイッキを嫌っているわけでもない人間なら、現在1人確認されている。
こういった女性は本当に珍しく、目下イッキの関心はその1人の女性に集まっている。
今は、どこかの山村に拉致されているところだ。
心優しい同僚を思い出して、ため息を1つ。
しかし、この場にいない人間を懐かしんでいる場合ではなかった。
「強硬に追い出すことはできるけど、僕じゃ責任が取れない。
オーナーの許可を取れば何してもいいよね」
「ああ、なるほど」
「残念ですが、俺は知りませんねえ」
「そっか、僕も知らないんだよね。……どうしたものかな」
「俺が店長だったら即刻追い出しますけどね」
「僕が店長でもそうする。でも僕らは店長じゃないんだよねえ」
「…………」
この店をどうしたいか、決定権は店長とオーナーにある。
その両方に連絡が取れないのであれば、アルバイトが一存でどうこうできるものではない。
2人が難しい顔をしている間にも、また1人客が席を立った。
「とにかく今回だけ乗り切れば、後は店長がなんとかしてくれる。
あれだけ頑固に居座ろうとしてるお客様を追い返すのは、リスクが高すぎる。
だからといって他のお客様に迷惑をかけるわけにはいかない。
出てってくれるまで店を閉めておこう」
「了解。じゃ、外にCLOSEDの札かけてきます」
トーマが外に走り出す。
その背中を見送って、イッキはため息をついた。
これでいいのかどうかはわからない。
だが、被害を最小限に食い止める手段ではあるはずだ。
とにかく、留守を預かるものとしてこの場を穏便に済ませよう。
イッキは気を引き締めてモンスターの集団の方へと戻っていった。
微笑みながら声をかけると、先ほども話したリーダー格の女性が厳しい顔付きで振り返った。
「いつまで待たせる気なの? 水くらい出してちょうだいよ」
「申し訳ございません、すぐにお持ちいたします」
「で? まだ私たちを追い出すつもりなわけ?」
「その件でございますが……
本日はせっかくお越しいただきましたので、特別にお迎えさせていただきたいと思います。
ですが他のお客様もいらっしゃいますので、お子様には静かに過ごしていただけるよう、ご指導願えますでしょうか」
「はあ!? だってここの従業員は執事やメイドなんでしょ?
執事やメイドってのは子供の面倒も見てくれるもんじゃないの!?」
「…………」
元来愛想がよくて、女性のわがままに付き合い慣れているイッキも、すぐには返事をすることができなかった。
厳しい言葉を吐かずに済んだのは、横合いから声が割って入ったからだ。
空気を読むなんてことを知らない子供の無邪気の要望に、イッキはとりあえず気を取り直す。
そうだ、穏便に済ますと決めたのだった。
女児の目線と合うように座り込んで、うながすように小さな背中を押せば、苛立ちも収まった。
「こっちだよ。ついておいで」
「あ……」
「うん?」
「えっと……あの、わたし、すきです」
「…………そう」
他に答えようもなくて、一言だけで答える。
この店ではありがちな会話だが、相手が子供となれば勝手が違う。
子供にも効いたんだ、と呑気に感心していたのは一瞬で、それからが地獄絵図だった。
「のんちゃん、ぬけがけよ!」
「わたしも おにいちゃんがすき!」
「わあっ! だめだ、みっちゃんとおなじひとをすきになっちゃったら、わたしなんか……」
「まってみんな! おにいちゃんがこまってるよ!」
「なによ! いいこぶって!」
横合いから割って入った他の女児たちが、勝手気ままに騒ぎ出す。
彼女たちもそれぞれにイッキの目を見てしまったらしい。
「うん……とりあえずトイレはもう1人のお兄ちゃんについていってもらおうか」
困り果てているところに、表の札をCLOSEDに換えたトーマが帰ってきた。
「トーマ。悪いけどこの子トイレに連れてってくれる?」
「え? いいですよ」
軽く請け負ったトーマは、イッキが押し出した子の手を掴み、同期の面々には見せない優しい笑みを向ける。
「トイレちゃんと言えてえらいなー。もう1人でできるか?」
「できる! けどぼたんがパチンってできないの」
「そっか、じゃあ終わったら呼ぶんだぞ」
「うん!」
子供の頃から年少の幼なじみ2人を世話してきたトーマにとって、子供の相手くらいお手の物らしい。
むしろ大人の女性相手の執事よりよっぽど向いているのではないだろうか、と背中を見送りながらイッキは思った。
「――と、その時だ。目の前の壁が轟音を立てて崩れ落ちた!」
「ええーっ」
「さあ、勇者諸君どうする?」
「えーっとえーっと、かべをなおす!」
「どうやって?」
「じゅもんでふっとばす!」
「それは危ないなあ。天井が崩れてくるかもしれないよ?」
男児たちはトーマの話に夢中になっている。
放っておいても、当分の間おとなしく遊んでいてくれそうだ。
子供の相手に慣れていないイッキにはトーマの真似などとうていできそうになかったが、幸いイッキの周りに集まった女児たちはイッキに親切だった。
「ねえおにいちゃん、わたしのジュースあげる」
「ええーずるい、わたしのもあげるー」
「……えっと、えっと、じゃあわたしも……」
こういうハーレム状態を許容するならば、ということになるが。
「ありがとう。でも僕はおなかいっぱいだな」
「じゃあ、おままごとしよ!」
「おままごとねえ……」
「おにいちゃんがだんなさんで、わたしがおくさん」
それは争いの元だろう。
と指摘する間もなく、方々から非難の声が上がった。
「みっちゃんずるーい!」
「わたしがおくさんー!」
「ちがうちがう、わたしだよ!」
巻き起こる争いの中に向かって、念のためイッキは声をかけておく。
「先に言っておくけど、僕は高校生以下の女の子とは付き合わないことにしてるからね?」
「えーどうして? こうこうせいなんか、としとってるよ?」
「……そりゃ君たちよりはね……」
苦笑したイッキの袖をくんっと引っ張る女の子がいる。
さて何と答えたものだろうか。
イッキが困って微笑んだ時。
親ではない。トーマでもない。
厨房にいるはずのシンでもケントでもない。
仁王立ちで怒鳴った男の子は、つかつかっとイッキたちの集団に近寄ってくると、イッキの袖をつかんだ女の子をいきなり殴った。
「……一応聞いてあげようか。これはどういうことかな?」
「だってこいつ……おれのことすきだっていったのに……ひでえよ!」
失笑しそうな理由だったが、イッキは笑わなかった。
笑う代わりに、彼の頬をはたいた。
呆気に取られた男児は、すぐに顔をゆがめて泣き出す。
「う……うわあああああん!」
「こういう状況の場合、僕が相手になることにしてるんだ。
年がいくつでもたとえ客でも容赦しないよ」
「だ、だってえ……ユウがああ」
「知らない。
どんな理由があっても女の子を殴っていいことにはならない」
「おまえがユウをさそったくせにいい!」
「難しい言い回しを知ってるね。
そう思うんだったらなんで僕を殴らないの? 意気地なし」
この手のトラブルは、イッキの体質上つきものだ。
こういう時にどう対処するかは決めている。
自分が殴られるのなら適当に流して済ますが、自分の目のせいで女の子が殴られたのなら黙って見過ごすことはしない。
客と争う事態になることは、ある程度店長も了解済みだ。
おしゃべりに夢中になっている保護者たちが、こっちの騒ぎに気付いていないのは幸いだった。
騒ぎに気付いて寄ってきたトーマが、後ろからがっしと男児の肩を掴む。
「俺と大人の話をしよう」
「おとなの……はなし?」
泣きべそをかいている男児が、怪訝そうな顔でトーマを見上げる。
「大人と女の子を取り合うには、どうしたらいいかって話だよ」
「……おまえは、このおとこのみかただろ」
「そうとも言う切れないよ。とりあえずこっちにおいで」
「たしかにイッキさんには腹が立つよなあ。
どんな女の子でもあっという間に夢中になっちゃうからな」
事務所に男児を連れてきたトーマは、パイプ椅子に男児を座らせて向かいの椅子に腰掛ける。
高すぎる椅子の上で足をぶらぶらさせながら、男児は彼なりに精一杯考え深げな顔をする。
「ユウ……もうおれのことすきじゃないのかな」
「そうでもないと思うよ」
「イッキさんは芸能人みたいなものだよ。
目の前にいれば騒ぐけど、後になれば忘れちゃう。
ほら、君のお母さんだってテレビでかっこいい俳優さんを見るだろう?
でもその俳優のことが好きなわけじゃないよな?
君のユウちゃんも、それと同じだよ」
「あいつ、げいのうじんなの?」
「うん、ほぼ芸能人だね」
厳密な意味では違うのだが、女の子たちにとってのアイドルという意味では芸能人と変わりない。
「やだ」
「おやおや」
「おにいちゃんは、いいのかよ。
かのじょがげいのうじんをすきでも、いいのかよ」
水を向けられたトーマは首を傾げる。
今現在彼女はいないが、彼女と言われて頭に浮かぶのは、幼なじみの少女だ。
彼女ともし付き合えていたら。
そして彼女がタレントのようなものだとはいえ他の男に熱を上げていたら。
「俺は許せるよ。
可愛いもんじゃない?」
「だいじなだいじなやつなんだぞ?」
「もちろん、俺が言ってるのも大事な大事な子のことだよ。
でも、大事な子だからこそ許せる」
「…………」
「正確に言えば、計算が働く。
ここで俺が許せないって騒いだ場合と、いいよいいよって許してやった場合。
こいつの愛情はどっちが強くなるかな?
許してやる方が感謝されるだろうな。
多少の申し訳さで、いつもより優しくしてくれるかもしんない。
放っといても害はないんだし、許してやる方が断然お得だ。
……そう思わない?」
「おとく……」
「君の対応はマズかったよな。
彼女を殴った君と、別に自分に悪いところはないのに彼女を庇って喧嘩を買ったイッキさんと。
彼女にはどっちが格好良く見えたと思う?
放っておいたら君のところに戻ってきただろうにね。
彼女はイッキさんのこと本気で好きになっちゃったかも」
自分のしたことのマズさに気付いたのか、あるいは単に叱られていることにすねたのか、男児は悔しそうに唇をかむ。
「……いみわかんない。けっきょく、どうしたらいいんだよ」
「謝ってきたら?
彼女にだって別の男にきゃあきゃあ言ってた引け目があるんだし、きっと許してくれるよ」
「……いっしょにいってくれる?」
「行ってもいいけど、1人で行った場合と俺と一緒に行った場合、どっちが彼女にとって格好良く……」
「わかったよ! ひとりでいくよ!」
「ま、それが1番だろうな」
にっこり笑ったトーマを、男児は疑わしそうな目で睨め回す。
「おとなって、なんかズルいよな」
「それ褒めてんだよね?」
笑顔で聞き返したトーマを、男児はやっぱり疑わしそうな目で見ていた
「……ユウ、ごめん」
「ううん、わたしこそごめん」
素直に謝りあった2人は、無事元の鞘に収まったようだ。
「なんて言って説得したの?」
「大人の恋の駆け引きについて教えました」
「へえ、興味深いな。僕にも教えてよ」
「イッキさんに教えることなんて何もありませんよ」
実際問題としてトーマの想いは実っていないのだから、トーマのしたアドバイスはあまり役に立たないのかもしれない。
幼い頃から彼女一筋で見守り続けること十数年、彼女のトーマに対する信頼は厚いが、それ以上には進展していない。
「しかし、揉めたおかげでみんな落ち着いたね」
「そうなんですか?」
「他の女の子たちにも、それぞれ嫌われたくない意中の人がいるみたいだよ」
「……マセてますねえ」
「だよねえ」
「そんなだったかな、俺の時」
受け入れた時はどうなるかと思った子供たちの軍団も、なつかれてしまえば可愛く思える。
親たちが重い腰を上げて帰ろうと言い出した時、子供たちが帰りたがらなくなって困ったのもまた、いい思い出だった。
いい思い出だった、とそこで終わりにしたいのだが……
「かっちゃん! ほっぺたが赤くなってるじゃない!
これどうしたの!?」
「……あのおにいちゃんになぐられた」
などと言いだしたものだから、やはりいい思い出では済まなかったのだった。
終業後の『冥土の羊』店内。
子供たちが散らかした後を片付けているところに、涼やかなドアベルの音が響いた。
ひとり残ってモップがけをしていたイッキが、入ってきた客に断る。
しかし、イッキが向けた目線の先に人はいなかった。
聞き覚えのある小さな声に、目線を下げる。
ドアを開けて入ってきたのは、先ほどイッキの周りにいたおとなしげな女の子だった。
「ユウちゃん、だっけ? どうしたの? お母さんは?」
「ひとりできたの。おうちはすぐそこだから。
おにいちゃんにごめんなさい、ってしてなくて……」
「ああ、さっき僕が怒られたこと?
いいんだよ、慣れてるから。気にしないで」
「あと、かっちゃんにぺんってされたとき、たすけてくれて……
ありがとう……」
「そのお礼はもらっておこうかな。
いいえ、どういたしまして」
ほっとしたように笑顔を見せた女児は、イッキのそばまで近付いてきてその長身を一途に見上げる。
しゃがみこんだイッキは、人の心を捉える魔性の目を彼女に向ける。
「好きになってもいいよ。
でも振り向いてはあげられない」
「わたしがこどもだから?」
「うん。だって君は僕に何をさせてくれる?
手を繋ぐこと? ハグ? それ以上は完全に犯罪だよね。
だけど、僕はキスの先がナシじゃ不満なんだ」
「……キスのさきって……?」
「それがわからない子とは付き合えない。
大学生になったらまたおいで」
途方に暮れたように女児は立ち尽くす。
彼女には、今イッキが要求したことのきわどさなどまったくわからないだろう。
それでも、価値観が違うことは教えられたはずだ。
「……すきなひとは、いるんですか?」
「いないよ、今のところはね」
しかし、彼女と付き合うことがあるのかどうかははなはだ疑問だ。
何しろ、イッキが彼女を気にしているのは『自分にまったく気がないから』という理由なのだから。
振り向かれてしまったら、興味を失うかもしれない。
「じゃあ……おとなになったら、またくるね」
「うん。僕のことを覚えてたらね」
まあ、おそらく覚えてはいないだろう。
店で会うだけの格好いい男の扱いなど、そういうものだ。
それでもこんな面倒事をしょっちゅう引き受けながらイッキがここで働いているのは。
結局、こうして不意に訪れる小さな出会いと別れが好きなのかもしれなかった。