【ヤイカテカラ】樺太の即興歌
いとしい人
素敵な人
私のこころをかき乱す
私の胸を苦しくする
草原の小鳥になれたなら
草原の上を
飛んで行って
幸せになれることでしょう
お互いに行ったり来たりして
これも
楽しいことでしょう
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【ヤイカテカラ】樺太の即興歌
いとしい人
素敵な人
私のこころをかき乱す
私の胸を苦しくする
草原の小鳥になれたなら
草原の上を
飛んで行って
幸せになれることでしょう
お互いに行ったり来たりして
これも
楽しいことでしょう
【イヨマンテ〜熊の霊送りの踊り〜】 アイヌで熊は最も位の高いカムイ(神)。熊は毛布や肉を人に与え、それを感謝してその魂であるカムイを贈り物を添えて神々の世界に送り帰す踊り。
【サロルンチカプリムセ〜鶴の舞】
親鶴が小鶴との深い情愛を表現した踊り。女性が着物を一枚多く羽織り、前後に大きく振ることで、鶴の羽根を表している。
【クリムセ〜弓の舞〜】
「ク」は弓。「リムセ」は自分の家族、村の生活が平和に営まれるよう、喜び、悲しみを神々とともに分かち合う表現。クリムセは山に狩りに行き、美しい鳥を見つけ、矢を射るか射るまいか迷っている心のゆらぎを表している。糸島にも似た様な民話はあるが、農耕民族ではなく、狩猟採集民族であるアイヌの人が“まよう”ことに、カムイ(神)を感じる。
【新羅凧】Silla kite 鈴木召平・新羅凧展 2013年12月17日(火)から29日(日)まで 工藝風向さん、珈琲美美さんにて http://www.cafebimi.com/ http://foucaultplus.org/ 新春は福岡城趾にて恒例の凧揚げ。今年は極寒の中、震えながら凧を上げました。来年は少し和らぎますように。
【かんころもち】kankoro-mochi サツマイモを混ぜこんだ餅の一種。長崎県五島列島の郷土料理。“かんころ”は、五島地方の方言で、サツマイモを薄く切って天日干ししたものを言う。元は五島方の冬期の保存食として作られていた。風が冷たくなる11月に、かんころ餅の原料となるさつま芋を干し棚で干し出す。
【唐津歴史民俗資料館】 佐賀県・唐津市指定重要文化財/旧三菱合資会社唐津支店本館。明治41年に旧三菱合資会社の支店として建設。設計は三菱丸の内建築事務所の唐津出身の曽禰達蔵。 木造、ベランダ付総二階建て入母屋造りで、正面に大破風、両側に千鳥破風を持つ趣のある建物。残念ながら現在は長期閉館中で老朽化が進んでいる。旧唐津銀行本店と同時期の建造物であり、有効的な活用が望まれる。
【頓珍漢人形|トンチンカン人形】TONCHINKAN DOLL/Kaoru Kubota
戦後、長崎の郷土玩具として売られていたプリミティブな5cm程の小さな土人形。作者は久保田馨。原爆を目の当たりにした彼は、「トンチンカンは平和な国をつくる槌音」と42歳で亡くなるまでに、原水爆や兵器が作られている限り人形を作り続けると宣言し生涯約30万体もの人形を作った。デザイン紙などに掲載され評価が高まり、東京の百貨店やアメリカへの輸出の話などが持ちこまれるも頑なに断り続けた。人形自体も高額にはせず、子どもでも買いやすい30円という価格で長崎で売り続けた。クリエイティブの根底にある氏の平和への願い。戦前と同じような空気が立ちこめ始めたとも感じる今日、氏の想いは一層強いものとなり、私たちの胸を打つ。氏のノートから。
「戦争をにくみ平和をねがう気持ちにだれだってかわりない。それなのに世の中には馬鹿な人間がいて、ひそかに戦争のよういをしている。あれほどの大殺人器のゲンバク、スイバクをこっそり(でもないか)どしどし作っている。とんでもないことだ。「そんなバカオソロシイものはみんな海のそこにおすてなさい」とさけびたい。何とかして、みんなでそうさけびたい!そのバカオソロシイことは、われわれ長崎人が一番よく知っているんだ! 今日は今日の風向きにハタあげしんけんです。きのうとははんたいの風むきにハタあげ長崎平和。とにかく長崎は平和だ。平和バンザイ。平和、平和、なんてうつくしい字なんだ!平和は来るものではない、つかむものだ。どうしてつかむのか。僕はトンチンカン人形に聞いた。人形がこたえた!「ドロの手でつかみなさい」。トンチンカン人形よ サンキュー
平和を信じて人形をつくっていく 平和を信じて人形に目を入れていく 戦争を憎んで人形をおどけさせる 原爆、水爆つくられているかぎり人形を作っていく
【鶴の夫婦愛】
西ん方に女原(みょうばる)っちゅうところがあっと。そこに久兵衛っちゅう猟師の住んどったげな。そん久兵衛は鉄砲名人で狙った獲物は逃した事のなかったとげな。ある日、久兵衛は今津らへんまで来て、干潟に目ばやると鶴の二羽おったげな。「しめた、しめた」と久兵衛はからっとった銃ば構え、狙いば定め「ズドーン、ズドーン」二発打ったとたい。確かに命中したばってん、一羽は空たこー舞い上のり、もう一羽はいえぎながら女原ん山奥深く消えていって、おかしかねーと思ったげな。
ある日、一羽ん鶴の北ん空から山ん方へ飛んで行ったげな。仕留めるこつのでけんかった久兵衛はたいがいにはらばかいて、「今度こそ、仕留めちゃる」と山へ登っていったとげな。しばらく歩いてきつか山にへたれた久兵衛は一休みしちゃろうと木陰に入ったげな。そいたら、草むらに傷ついた方ん一羽ん鶴の横たわる様に死んどったげな。近づいてよう見たら、雄ん鶴でくちばしには木ん根のごたるもんばくわえとったげな。久兵衛はそん木ん根ば持って帰って村医者に見てもろうたら、そいは「高麗人参」っちゆう、えらかたかか薬草やったことのわかったと。そいは傷ついた雄ば助けちゃろうと雌のはるばる玄海ん海ば越えて運んできよったもんやったとたい。「こげん、好いとったとたいね」と、鶴ん深か夫婦愛に心ば打たれた久兵衛はそい以来、鉄砲ば打つのばやめたとげな。
【みあれ祭】 船団は鐘崎漁港から神湊港へ。一列に並ぶ船団にちょっぴり、周瑜な気分を味わう。
【みあれ祭】 宗像大社は本土にある辺津宮、大島にある中津宮、沖ノ島にある沖津宮からなり、それぞれ姉妹神である宗像三女神が祀られている。『みあれ祭』は700年前に始まり、辺津宮に祀られている市杵島姫神(いちきしまひめ) が、姉にあたる田心姫神(たごりひめ)と湍津姫神(たぎつひめ)を迎えるもの。
10月1日に大島の中津宮から鐘崎を迂回して神湊まで沖津宮と中津宮の神輿を運んだ。神輿は(写真左、水色の船)、周囲の大漁旗を掲げた約120隻の漁船団に囲まれながら運ばれた。「むかしはもっと船の多かったとよ」と隣で見ていた方が教えてくださった。充分に荘厳な風景だっので、以前はもっと神々しいものだったと思う。
【宮本常一講演選集 全8巻セット】 敬愛して止まない民俗学者、宮本常一さんの講演を集めた『宮本常一講演選集』が『農村漁村文化研究会』から出版される。
昭和40年代~60年代にかけて、氏が全国で行なった講演や講義をテーマ別に集成。衣服や紙、食など生活文化について語った講義からは日本人の生活文化やその技術伝承についての歴史を踏まえた深い考察と、日本文化論への挑戦がうかがえる。また、各地で請われて行なった講演からは、地方の文化や資源をどうとらえ、地域振興に生かしていくかについて、熱弁をふるう姿がうかびあがってくる。その一つひとつの講演が、3・11後、暮らしの根っことは何か、地域をどう再生するかを考えるすべての人に、新たな指針を与えてくれる。
第1巻 民衆の生活文化 第2巻 日本人の知恵再考 第3巻 都会文化と農村文化 第4巻 郷土を見るまなざし 第5巻 旅と観光——移動する民衆 第6巻 日本文化の形成 講義1 第7巻 日本文化の形成 講義2 第8巻 日本人の歩いてきた道 四六判 上製 各巻平均310頁 定価2940円 農文協刊
【カッパ淵】 岩手県遠野市にあるカッパ(河童)の伝承地。遠野の河童の顔は赤い。以下、柳田國男『遠野物語』59話より。 “外の国にては河童の顔は青しと云ふやうなれど、遠野の河童は面の色赭きなり。佐々木氏の曾祖母、穉かりし頃友だちと庭にて遊びてありしに、三本ばかりある胡桃の木の間より、真赤なる顔したる男の子の顔見えたり。これは河童なりしとなり。今もその胡桃大木にて在り。此家の屋敷のめぐりはすべて胡桃の樹なり” 河童は大飢饉などでの貧しさから、“口減らし”で消えて行った子ども達とも言われている。人知れず川辺で実の親が我が子を石に打ち付けていた。遠野の河童の顔が赤いのはそれも理由のひとつだと。淵の水辺にはカッパの神を祀った小さな祠が建っている。全国各地に河童の話は数有るが、背景に口減らしがあったと思うと何とも…。
『ラムサール条約と昔話の共通性』
【寿限無】粕屋に伝わる民話 ある所に一人の親父がおったとたい。そん親父は、自分は短か名前ばつけられて、人から馬鹿にされたけん、息子には長か名前ば付けちゃろうと、思っとったとたい。そこいめでたか男ん子が生まれたけん、親父は喜んで “いってき てきや てきてきや てきすりこんぼ さーしんぼ さーざか 入道 播磨がべっとう ちゃんちゃら たびすの ひきぎのこすけ” っちゅうえらか長か名前ばつけたげな。 そん子どもが三つになった頃、うっかり井戸に落っこちたげな。そげなこつ近くにおった子どものびっくりして “いってき てきや てきてきや てきすりこんぼ さーしんぼ さーざか 入道 播磨がべっとう ちゃんちゃら たびすの ひきぎのこすけ”の井戸に落ちたばーいと叫んだら、そいたら親父が飛んできんしゃって、井戸ばのぞかして “いってき てきや てきてきや てきすりこんぼ さーしんぼ さーざか 入道 播磨がべっとう ちゃんちゃら たびすの ひきぎのこすけ”と名前ば呼んだばってん、返事ばせえへんかったげな。そいけん、梯子ば隣ん家に借りに行って戻ってきてもういっぺん、 “いってき てきや てきてきや てきすりこんぼ さーしんぼ さーざか 入道 播磨がべっとう ちゃんちゃら たびすの ひきぎのこすけ”って叫んで梯子ば井戸に入れて引き上げたら、もう死んどったとげな。
【博多塀】 安土桃山時代、度重なる戦で博多の町は荒廃していた。秀吉によるまちづくりの際、大量の焼け石や焼け瓦など戦の残骸であった瓦礫を用いた土塀が築かれた。これが博多塀(はかたべい)。今でいうリサイクル。博多町衆の復興への熱い思いもあったのかもしれない。
【宮地嶽神社の注連縄】Sacred shrine rope 日本一とも言われる宮地嶽神社の大注連縄