いったいどれだけ賢ければ波風立てずに生きて行けるのだろう。どれだけ美しければ世間にだいじにされるのだろう。どれだけまっすぐに育てばすこやかな性欲が宿るのだろう。どれだけ性格がよければ今のわたしが全く愛せない人たちを愛せるのだろう。気が遠くなる。楽しいことばかりではない道が目の前に果てしなく続いている。
松浦理英子 / 最愛の子ども(文藝春秋)p212-213
The Stonewall Inn
untitled
wallacepolsom
art blog(derogatory)
Lint Roller? I Barely Know Her
d e v o n
Sweet Seals For You, Always
he wasn't even looking at me and he found me
No title available

Love Begins

gracie abrams
Jules of Nature
No title available
Xuebing Du
$LAYYYTER
EXPECTATIONS
Misplaced Lens Cap

ellievsbear
TVSTRANGERTHINGS

Discoholic 🪩

seen from Bangladesh

seen from United States
seen from Lithuania

seen from Norway

seen from Italy

seen from Ireland
seen from Australia
seen from Puerto Rico

seen from Netherlands

seen from Belgium
seen from France
seen from Malaysia
seen from Bulgaria

seen from United States
seen from United Kingdom

seen from Germany
seen from Türkiye

seen from Norway
seen from Germany

seen from Türkiye
@hainooto
いったいどれだけ賢ければ波風立てずに生きて行けるのだろう。どれだけ美しければ世間にだいじにされるのだろう。どれだけまっすぐに育てばすこやかな性欲が宿るのだろう。どれだけ性格がよければ今のわたしが全く愛せない人たちを愛せるのだろう。気が遠くなる。楽しいことばかりではない道が目の前に果てしなく続いている。
松浦理英子 / 最愛の子ども(文藝春秋)p212-213
死ぬといふことは惡い事ではない、人間が多すぎるのだから。生きてゐることも惡い事ではない、生きてゐることをたのしんでゐれば。
片山廣子 / 新編 燈火節(月曜社)p219
わたしは頭のいい男が好きよ、とあの人はよく言った。その人はいつの間にか自分の「お父さん」になる。彼らはあの人によく言ったものだ、そんな愚痴聞きたくねえよ、俺だって何でもできるわけじゃないんだ、と。 何でもやれるわけじゃない、という言葉を聞いた時、やれることがあるような言い方だ、と思った。マサルの「俺はお前の神様じゃねえ」という言葉に似ている。
鹿島田真希 / 少年聖女 p120(河出書房新社)
「勘弁してよ。お前の亭主はそこでアル中になったんだろ? 俺を殺す気か?」 「ドラッグだって同じでしょ。人はどこでだって死ぬし、生きるよ」
鹿島田真希 / 少年聖女 p88(河出書房新社)
枯れた花が生命に満ちた花よりも美しいのは、崇高の感情が持つ暴力的な力によって、可憐なものへの趣向を越えたところに運び去られるからである。ひとを不安に陥れるそのみだらさが生じるのは、枯れた花が、生の見事な活力を表現すると同時に、定めとしての破滅、生に悲壮な価値をあたえる破滅を表現しているからだ。
フィリップ・フォレスト / 澤田直・小黒昌文 訳 / 荒木経惟 つひのはてに p159( 白水社)
浄化とは善と渇望とを切りはなすことである。
シモーヌ・ヴェーユ / 渡辺義愛訳 / 重力と恩寵 p45(春秋社)
蒐めるとき並べるとき、価値は壊れる。これらはみな、あなたの意のままに選びなおすための断片。 だれもが、雲の晴れ間ほどの自分しか掴めないとしても、思考の進行をとどめる手捌きがここでの行為のすべて。
平出隆 / 雷滴「蒐めるとき並べるとき」p53(via wwalnuts)
あるがままの自分を、あるがまま自分抜きにし、自分から少しずつ、あるがままを離していくと、 この世界に属していない、と自分で自分にうそぶけるようになる。水瓶を響かせるくらいの地動(ないふ)りや 小用(こよう)に起きて梅の花。夢の潜り戸をくぐると、まだ自分はつづいていた。
平出隆 / 雷滴「あるがままの自分を」p29(via wwalnuts)
物の名はときに、器に走る響きの罅。 呼びかけるとは響きの罅で、器をふたつにひらくことか。呼び終えればまた継ぎ合わされて。 物の名を呼ぶことも少なくなつた。塵を指ではらうように、物の名をつかうことはあつても。
平出隆 / 雷滴「物の名はときに」p.25(via wwalnuts)
もしきみが片方の眼で自分を見てるのなら、片方の眼はつむってろ。
アンドレ・ブルトン、ポール・エリュアール / 服部伸六訳 / 処女懐胎「原判決」(思潮社)p123
忘れてしまった夢にきみの知らない価値を与えよ。
アンドレ・ブルトン、ポール・エリュアール / 服部伸六訳 / 処女懐胎「原判決」(思潮社)p112
どこの街のどこの家にも1から9までのすてきな数がある。そして誰もが、誰もがその意味を知っている。なぜかというと、1は、孤独の高貴な数、2は、他の人のいるところで生活することを許された幸福を持つ人、3は、子供の数で、またひょっとしたら呪いと、希望の数かな。 4は、家族の数、 5は、ははあ、5は、きっと「秘密結社」の数、 6は、死の数、 7は、不幸の数、 8は、永遠の、息の切れた数、 そして最後に、9は、生命。
ウニカ・チュルン / 西丸四方訳 / ジャスミンおとこ(みすず書房)p.102
「生きているからできる、生きていないからできない、ということはないんだ」主人が話した。「もともと、できるとか、できないとか、そんな感覚が、ただそう考えているだけのことで、考えなければ、そもそもなにもない。したがって、生きていても、死んでいても、本当のところ、違いはなにもないんだよ」 「それは、なんだか、少し寂しいことですね」 「寂しいと感じるのは、お前がまだ生きているからだ」 「私は生きているのでしょうか」 主人は答えなかった。影はみんな黙ってしまった。
森博嗣 / イデアの影(中央公論新社)p203
人の命は、神様から借りているものだという。死ぬときに、それを返却する。けれども、生きている間に少しずつ返すというのは、実際の人生をよく映していると感じた。命というのは、あるかないかだけのものではない。ランプのように、明るく燈っているときもあれば、か弱く消えそうなときもあるだろう。ランプのオイルが人の寿命だとするなら、死に向かって減り続けるかわりに、炎や煙になって天に昇っていくのではないか。燃えることで、少しずつ命を削っているのだけれど、それは高く昇るための変換ともいえる。
森博嗣 / イデアの影(中央公論新社)p143
想像してみよう、気がおかしくなった人物を。何がおかしくなったのか? おかしいというより、意識を停止させる能力があったと言うほうが当たっているかも。 恐怖に対する防衛としての狂気。 悲嘆に対する防衛としての狂気。
スーザン・ソンタグ / 木幡和枝訳 / こころは体につられて 上(河出書房新社)p122
書くことは小さなドア。大きな家具ともなると、ドアを通り抜けられない。そんな大きな空想もあるだろう。
スーザン・ソンタグ / 木幡和枝訳 / こころは体につられて 上(河出書房新社)p56-57
「人間を信じるのは、人間の代表的な弱点の一つです」
森博嗣 / 彼女は一人で歩くのか?(講談社タイガ)p33