私が夢みるのは心配や気がかりの種のない、均衡と純粋さと静穏の芸術であり、(…)鎮静剤、精神安定剤、つまり肉体の疲れをいやすよい肘掛け椅子に匹敵する何かであるような芸術である
『マティス 画家のノート』

roma★
almost home
KIROKAZE
Misplaced Lens Cap

Love Begins
No title available
ojovivo
Sade Olutola

izzy's playlists!
Aqua Utopia|海の底で記憶を紡ぐ

titsay

pixel skylines
Mike Driver
official daine visual archive
Jules of Nature
2025 on Tumblr: Trends That Defined the Year

Andulka
sheepfilms

Product Placement
Today's Document
seen from Germany
seen from Vietnam

seen from Spain

seen from Uruguay
seen from Netherlands
seen from United States
seen from Saudi Arabia
seen from Jordan
seen from Albania
seen from Saudi Arabia

seen from Brazil
seen from Vietnam
seen from Palestinian Territories
seen from Jordan
seen from United Kingdom

seen from Spain
seen from Maldives
seen from Vietnam

seen from Netherlands
seen from Malaysia
@hanamura-chi
私が夢みるのは心配や気がかりの種のない、均衡と純粋さと静穏の芸術であり、(…)鎮静剤、精神安定剤、つまり肉体の疲れをいやすよい肘掛け椅子に匹敵する何かであるような芸術である
『マティス 画家のノート』
中田 日本ではいじめ自殺なんかもありますよね。なぜいじめられたときに、相手を殺さずに自分が死のうと思うのかと疑問です。ムスリムだったら、本人かあるいは家族が相手を殺してしまうので、ああいうことは起きません、そもそも。
内藤正典、中田考『イスラムが効く!』
内藤 二〇一八年春、テレビ朝日の女性記者に、当時の財務省事務次官がセクハラ発言をした問題がありましたね。深夜に呼び出して、一対一で卑猥な発言をしていたみたいですが、イスラーム世界で同じようなことを公の場で行ったら、まず相手女性の親族に殺されます。生きてないですね、あの次官は。
その発言が周りにいる人間に聞かれたら、その場で殴り殺される。どの国にも刑法はあるし、多くの場合、ムスリムの国の法律も「世俗法」ですから、そんなことは許されませんが、神の示したルールに反していることの方が、はるかに重大な罪だからですよね。
中田 比喩じゃなく、本当に殺されてもおかしくないですね。殺されなくても、狂人扱いされて社会的に抹殺されるかのどちらかですね。
内藤正典、中田考『イスラムが効く!』
「渦中の人しか苦しみを語ってはいけないなんてことはないと思う。もちろん、興味本位や冷やかしで彼らの気持ちを踏みにじるべきではない。絶対に。でも、渦中にいなくても、その人たちのことを思って苦しんでいいと思う。その苦しみが広がって、知らなかった誰かが想像する余地になるんだと思う。渦中の苦しみを。それがどういうことなのか、想像でしかないけれど、それに実際の力は無いかもしれないけれど、想像するってことは心を、想いを寄せることだと思う。」
西加奈子『i』
又吉 僕、手紙って捨てられなくて。なかには呪いの手紙みたいなのもあるんです。僕のことをすごく嫌ってる手紙。
西 そんなものも、とっとくんや(笑)。
又吉 お前、いい気になるなよって。筆跡から見て、同じ子が何通も。
西 そんなの、送ってくるんや。そういうときの怒りってどうするの?
又吉 話したいと思いますね。その子と。しんどいんやろなって。憎しみみたいなものは、なぜか一切湧いてこない。
西 かわいそうやな、みたいな?
又吉 あほやなって。ナメてるほうのあほやな、じゃなくて。俺じゃないやん、と思うんです。
西 ぶつける相手が、力の使い方が間違っているよね。
又吉 もったいないなと思いますね。
西 書くっていう行為って力がいりますよね。ネットで悪口とか書いてる子に、大きな筆を持たせたい。
又吉 そうですよね。
西 いい絵を描いてほしい。そのパワーで。
『サラバ!』を経て、見えてきた新たな世界――。又吉直樹 ×西 加奈子『i(アイ)』刊行記念対談
わたしたちは、クレイグおじさんが死んだと言う。その人は死んだ。だけどそれはわたしたちの見方にすぎない。わたしたち人間の見方に過ぎない。いつも人間の観点からばかり考えるんじゃなく、自然のことを考えたら、自然はすべてどんどん続いていくでしょ、一部は死んでいきながらもーーいや、死ぬんじゃなくて変化するのよね、変化するって言うべきね、何かほなのものに変化していく、人間を構成するああいういろんな元素が変化して、また自然に戻っていって、そしてなんどもなんども再現される、鳥のなかに、動物のなかに、花のなかにーークレイグおじさんはクレイグおじさんじゃなくてもいいのよ!クレイグおじさんが花だって!
アリス・マンロー『ジュビリー』「体の相続人」
「吉行淳之介さんは、茎をスパッと切って切り口を見せ、その先にどんな花が咲いているのかを想像させるのが短編小説で、花や茎を見せて切り口の鮮やかさがどんなものかを考えさせるのが長編小説だと言いました。「これは短編だな」というものと、「これは短編では書けないだろう」というものでは、素材も全く違います。」
宮本輝
「こんな世の中を
生き抜く武器は
愛の言葉しかありません
この世のすべての問題を
解く鍵は愛です
愛があれば
戦争なんか起こりません」
美輪明宏
精神障害を描いた作品はあるかもしれませんが、作業所での体験や社会復帰する様子を描いた漫画ってあまりないように思うんです。転落した先が精神科病院というのはあるかもしれないですけど。
精神科病院内の椅子でぼーっとしていたり、「あいつ頭おかしくなって病院行きだってさ」みたいな描写で話が終わっちゃう作品が多いと思います。わたしにとってはそこがスタートだったし、そこから人生は続いていく。漫画表現の中で、精神科病院は終わりの象徴みたいになっていますけど、それはぜんぜんリアルじゃないという思いが自分の中にありました。精神科病院に入院した後、その人が幸せになるストーリーだってあっていいはずなんです。
道草晴子『精神科病院を出て漫画家へ 「みちくさ日記」道草晴子を支えた熱きパトス』
もう慣用語になってしまったが、在日外国人を「外人」と呼ぶことを、僕は好まない。(…)無意識に使う言葉の中に、外国人を異質なよそ者と見る差別感情があることを誰が否定できようか。(…)日本を愛し、日本に骨を埋めんとし、日本人になりきろうと努めている人たちに一生「外人」がつきまとうのは、さぞ不愉快だろうと思う。
手塚治虫『異邦人』
紛争による傷は深く、自分のいのちが尽きるまでには癒されえないかもしれない。それでも、癒されなかった過去は、自分の後に続く無数のいのちによって受け継がれ、もういちど、あるいは何度でも、生きなおされ、癒されてゆくーーそのような大きな時間的スケールの中で、回復の軌跡を描くことができるのである。
大竹裕子『生きることでなぜ、たましいの傷が癒されるのか 紛争地ルワンダに暮らす人びとの民俗誌』
彼らの未来の概念は、われわれのものとは異なるかもしれない。そこでは、命の道の途上で、祖先たちがいま生きている者たちの先を行く。われわれは祖先の足跡をたどり、われわれの子孫がわれわれの足跡をたどる。過去はわれわれの後ろにあるのではない。前にあるのだ。ーーわれわれは、先を行く者たちの手からこぼれ落ちたものを拾い上げる。そして、われわれの子孫が、われわれの手からこぼれ落ちるものを拾い上げてゆく。
大竹裕子『生きることでなぜ、たましいの傷が癒されるのか 紛争地ルワンダに暮らす人びとの民俗誌』
覚えてなくちゃならないこともあるけれど、歴史の奴隷になってはいけない。たしかに僕たちは酷い出来事が起こったという事実を覚えていなくてはいけないし、そこから学ばなくてはいけないと思う。でも、そのために何か大切なことができなくなってしまうようではいけないんだ。自分たちに起きた酷い出来事は忘れるようにして、何とか脇に置いておくようにして、そして、新しい何かを始めようと心に決めること。そうやって成長していこうとすることが大事なんだ。
大竹裕子『生きることでなぜ、たましいの傷が癒されるのか 紛争ルワンダに暮らす人びとの民俗誌』
「私は会社でも レズビアンだって カムアウトしてるよ」
「本当⁉︎ どういう きっかけか 聞いてもいい…?」
「きっかけと 言うよりは… 昔から勝手に ヘテロ扱いされる ほうが耐え難くて
それで物心ついた ときから言ってった って感じかな」
「そうかあ…」
「ちなみに 親にも カムアウト してるんだ けどさ
未だに独りなの? 彼女をいつ連れて くるのって聞かされて 毎っ回うんざり
ビアンだろうと ヘテロだろうと パートナーが必要 みたいな考え方 押し付けてきて本当嫌!」
ふたりでいなきゃ レズビアンじゃない わけないっつの
確かに…
ゆざきさかおみ『作りたい女と食べたい女 6』
村上龍が書いた「『現代の生きにくさ』を描く小説はうんざりだ」発言に対し「お前らが胡座かいてふんぞり返る世界では、殺伐とした世界を描くのはお前らにとってさぞかし都合が悪いことだろう」と言っておく。何も殺伐を描けばいいというわけじゃないが、しかしそれを止めろなどというのは、まさに世界の歪みを隠蔽しようとする何かの手先であることの証明である。それが日本の権威とやらが求めている文学の姿なのだろう。
『中原昌也 作業日誌 2004→2007』2006.8.14
音楽をたくさん聴いてきたのに、自分がミュージシャンになりたいという気持ちはあまり持たなかった。たくさんの映画を観てきたのに、メガホンを取りたいとは思わなかった。それより自分が聴いた音楽のどこが素晴らしいのか、心を震わせる物語について人に伝えたい気持ちの方が大きかった。
樋口毅宏『なぜ本を読むのか、なぜ映画を観るのか、なぜ音楽を聴くのか ―100年後、カルチャーの参考資料になる本』
あ 雨が降っていても楽しかった頃が懐かしい
い 言ってくれたら直せたよ、それくらいのことなら
又吉直樹、たなかみさき『失恋カルタ』