23年コンサート#103
8月6日 御茶ノ水 RITTOR BASE
湯浅譲二・電子音楽の個展
上演前に「沖縄海洋博メインパビリオンの音楽」(1975)が流れる。なにか懐かしい雰囲気と痛みと悼みを感じる。上演開始時には「NHKホールの開演ベル」(1973)。不明なことにこれが湯浅譲二作品とは知らなかった。ということは自分が最も多く聴いている電子音楽作品、日本人作曲家の作品かもしれない。
プログラムは、1.「プロジェクション・エセムプラスティク」(1964)7’49”、「ホワイト・ノイズによる“イコン”」(1967)12’18”、「ヴォイセス・カミング」(1969)20’57”、「マイ・ブルー・スカイ」(1976)15’47”、そして「ホワイト・ノイズによる“イコン”」5ch, 2023Ver. 。作品の間に作曲者へのインタビュー動画を挟む(シュトックハウゼンの電子音楽制作方法をこき下ろしてニヤリ)。
「イコン」に圧倒された。宇宙的な広がりが空間を満たしたり細胞的な微小なものが微かにうごめいたり、それが渾然一体となって響く。2chでも充分凄かったが、最後の5chでは音が渦巻き、上の方に広がるようで、もはやスピーカーの存在を感じなかった。なお、上演前にスタッフの方が「初日(前日)の後に調整したので今日の方がいい音響になるはず」といった内容の話をされていた。
「イコン」と比べると「マイ・ブルー・スカイ」は技術的にはより進化した作品だろうが、何故か自分の心身には響いてこない感覚があった。それから「ヴォイセス・カミング」第2部の会話から間投詞や接続詞等だけを抜き出したコラージュ。論理より情緒的で間合いや空気感を大切にする。会話・議論で相手を追い詰めないが本質を突き詰めず曖昧に終わる。現在を生活している身としては、今が作曲者の意図せざる皮肉の対象になっているのではないかと感じてしまった。
90分間照明を落としての音響体験、トンネルの中のような、というかやはり閉所的な場所で大音響を聴くのは正直疲れた。電子音楽通の方はどうして平気なのだろう…。「イコン」は広く明るい場所でまた聴きたいと思った(金沢のタレルの部屋や、秋吉台の中庭で上演したらどんな感じだろうか)。









