「人生は、他者だ。」
自分という存在は他者によって形作られている。他者は自分という存在に「水」を注いでくれる存在、まさに "花に水、人には愛" 。「水」の一つの形は愛なのかもしれない。
名前は他者から注がれる「水」を受け止めるための「器」
水槽に閉じ込めて外界から隔絶し、そこに自分が「水」を注ぐことで、生かしてあげようとするんじゃなくて、焼きそばと引き換えに、自分が半分飲んだビールを共有する。そんなふうに分け合うという形で、「水」を注げる人になりたい。
市子を観て、その考察に書かれていた言葉がじんときたのでメモ。ちなみに人生は、他者だという言葉は、『永い言い訳』終盤のセリフらしい。












