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【MAD】Catarrh Nisin - Shotgun [Short Ver.] (Prod. by Vvotaro)
台場
ここ数週間夢に潜れなくなったので、あのオワオワリな世界をみれなくて少しさみしい
初恋・海中編 Ⅱ
「俺結婚するんだよね」
といったのは友人鳥目でほう、と思った。こいつは衝動的に結婚するかずっとしないかのどちらかなんだろうな、という感じだったから唐突に言われてもおどろかなかった。
「相手はあの子?」
幾度もの一時休止をはさみながら長く続いている相手を挙げると、そうだよと言った。で、どうしよう…と考えた。私は長らく彼を東京に留めてしまっていたので。東京に飽いて北に行ってみたいと考案しているところに結婚に失敗した私が関西から逃亡して彼に色々頼ったため、あなたが幸せになるまでどこにもいかないとまで言わせてしまった。
私はまだ幸せじゃなかった。主観でだけど。客観的にみりゃ友達はいるし仕事もあるし文章が評価されることが増えている、高望みしてはいけないのかもしれない。
私たちは晴海埠頭を抜けて空港方面に向かう道を歩いていた。ここは散歩の穴場なのだという。鳥目は住居をころころ替えるタチで、長らく中野周辺を点々としていたが西を試しつくしたので、このところは東東京を攻めている。彼の仕事場は港区だからアクセスも悪くないのだが、最近の数ヶ月はテレワークね。人少なの海であればあなたも人の目を気にせず散歩できるだろうというので案内してもらった。
今にもくずれそうな、モノレールの路線がある。羽田か成田へむかうものだろうが、全く手入れされていないかのようにぼろぼろだ。
「たまにこの路線使うんだよね。仕事が遅く終わって気分転換したいとき。これ乗るときれいでいいよ」
いつもおすすめのものを教えてくれるときのように、彼は言った。ぼろぼろの灰色で夜空を進むモノレール。この辺は住宅地もないし、ひとけのない東京をオワオワリな電車で眺めるのは悦楽だろう。想像が愉しかったので、きっと乗ろうと思った。
海辺に立った。じゃ、仕事に戻るからと言う鳥目とバイバイしたあと、モノレールはなかなかこなかったので思い立って海に来たのだ。いつまでも頼っていられない。友達が舵をきるというのならば船出を祝う。
ボジャン、と音を立てて海に潜る。都会だからしてシケたものしか獲れないだろうが、私は自分で獲ったものを鳥目にあげたかった。人間の祖先だか縄文人だか知らないが、とにかく大昔狩猟物を贈与するのは原始的な愛の証だったのだ。カキは殻しかない…美しい貝やウニの骨もない…人魚みたいに泳いでいると、夕方のメロウな日差しが海水に溶けていって綺麗だった。
やっと活きたハマグリを手にした。トロ箱をもらってハマグリを入れる。
東京は本当につまらない。でも3年は辛抱して仕事をモノにする。鳥目がいなくなってもなんとかできるだろう…気負うというほどでもない程度の決意が、メロウな夕陽と一緒に漂った。
◆
数年後、私は転職して母方のイエがあるI市に戻った。私は編集の仕事やこれに伴う事務、取引先との営業、来客対応などこまこまとやっていた。東京では仕事は業務、という感じだったがこっちでやっているのは商い、のニュアンスが濃い。
職場の人数は少なくひとりが複数のことを同時並行するのが当たり前だったが、ある日私が電話に出ていて急な来客に応対できず他の人間も手が離せなかったとき、偶々先輩(このひとは同業なのだ。 同郷で、彼もタイミングが重なって東京か此方へ帰ってきていた )が近くからやってきていて、代わりに話を聞いてくれていた。電話が終わって先輩の方に行くと、さっきのお客さんは〇〇と言っていたよ、と簡潔に客の話した内容をまとめて伝えてくれた。
「××サン、えらい手間かけてわるいね。それにしても、ちゃう会社やのにお客サンの言うことよぉわかったな」
と上司が先輩を褒める。 小さな町だからして同じテナントや近所の会社同士は皆顔見知りなのだ。
「ボク何回かこっちに寄らしてもらってるときに、皆さんの会話を聞いているうちなんとなしに業務に関する単語とか覚えたもんで偶然うまいこといったんです」
「ハハァえらいもんやなァ。してみたら*****さん(私の名前だ)が仕事バリバリこなすのも、君が教えたんちゃうか」
「そんなことないですよ、彼女は彼女で努力したはるからデキる子なんですよ」
という会話がなされていたが、私はえぇ、先輩に随分教えてもらいましたよ、と持ち上げた。適当に口から出たのだが意外と本心だった。
最近、プライべートで先輩と同じライブイベントに出演した際インディーバンドを狙ってタカるキュレーターのようなのがいて、ライブ後に音源を作ってあげるからとか諸々の費用をマケてあげるからとか言ってバンドから数万円ずつぼったくろうと謀るヤカラがいたのだが、私は無視が一番だと思いそうしていたもののぼったくり魔の勢いは止まず、先輩が静かに怒ってヤツを問い詰めていっていたのを見て感心していたのであった。
普段は凪でシンから怒ればキツいという、海の街をさらに洗練されたやりかたなのかもしれない。
夕方、仕事を切り上げて路面電車を待っていた。先輩に、路面電車に乗ってみませんかと誘いをかけようと思ったがやめにした。路面電車は数分待つと来た。乗り込んで、市街ではなく海の方面へ出た。
私がここへ戻ってきた理由。東京で先輩と会ったとき、私の初恋の人も東京に来ていると彼の口から偶然知ることになってしまった。形にゃならんかったが随分心は乱れた、相手を振り切るために離れたのに結婚がうまくいかず逃げた先であっさり再会してしまった。この動揺は鬱の身を数ヶ月ほどはだましてくれた、恋がすべてに殴り勝ち他は全てどうでもいいという狂化は、メンタルイルネスをかなりの部分緩和していた。しばらくして、それも風の前の塵の如く消えていってしまうのだけど…
そして今、再び天の采配によって私も、メッセンジャーもともに故郷へ戻ることになった。だとしたら、今、初恋を天に召して供養するときなのだ。
埠頭に立つ。海風がびゅんびゅん吹いている。夕陽がさす海に身を投げようとしたそのとき、下から声が聞こえる。
「*****ちゃん、そんなことせんでええねん。*****ちゃんが一番しんどかったの、わかってるから。あんなやつほっといて幸せになったらええんやで」
あの人の元恋人が私に語りかけた。海の精。私はにっこり微笑んで海の精にテレパシーでこう言った、
「私は海にいるのが好きなの」
腕から海面に突入しボチャンと潜った。私はなかなか海中からあがってこなかった。供養するのにもしかしたら一生かかるかもしれないな、でも私は海にいるのが好きでずっと潜っていても苦痛ではない。
誰もいない埠頭で夕陽だけがおとなしくかがやいていた。海からは、何の音もしなかった。
この世界はオワオワリ Ⅸ
なんか昔から地球を喰いものにする愚かな人類を滅ぼす系の漫画とかあるよね、実際そうなってみるとやっぱぜーんぜん危機感が足りないんだよな、みんな平生の生活続けちゃってさ。違う星から来襲した宇宙人に征服を宣言されてるけど、地球人の大半は自分ごととして捉えられてなくゲームかなんかとしか思ってへんのやない?
地球人は目覚めよ式の勇ましいこと言ったり逆に宇宙人への信奉を表明したりする輩はおるけどどうだってよくないかそんなこと、完全にどうだっていいわけじゃないけど優先順位は下だ、まずは現実的な危機を乗り越えることが先だろ、思想やポリシーだけじゃどうにもならねんだよなあ。
私はまあまあ危機感ある方だと思う、だって先祖は日本に植民されとるわけやしな。
宇宙人はまず数人の地球人を指定して1on1を通達した。なんらかの技術で、超能力のある人間だけを選別できるらしい。
地球側は軍事的に勝つことあたわず戦力に差があると見込んでいるから征服しにきたんだろうにわざわざトイメンで超能力使った殺し合いやるのは快楽主義者なんかね、その点だけ共感するよ。快楽主義は片手間にやるもんよ、マジメくさって快楽追求する、のは美学に反する。依存症とかで必死こいて快楽を求めるのはダメ。美しくない。
最初の2人くらいは死んだ。地球の方でもセレクトされた者どもの戦力を分析しているらしー、らしーというのは選ばれた超能力者全員を交えて会議したわけでなく、そういう方針になりましたと後から知らされたからだ。
超能力者でないやつらが超能力者を上手く「使える」枠組み、つくれんのかね?
サイキックに属する人間が初戦2戦目に投じられたが宇宙人の超能力者(この言い方が適当かは微妙。だって常識を超えたスキルが超能力であって、それは地球基準の考えであり、宇宙人は誰でも使えるのだろうから、超をつける意義はないと思われる)に敗れた。
危惧したとおり。サイキックとESPの違いも知っていない連中に音頭を取らせるべきではなかったのだ、宇宙人側の力量を正確に測るノウハウが地球にない以上、序盤から最大戦力を投入して闇討ち不意打ちだまし討ちなんでもして僅かな勝つ見込みに賭ける方がよかったのだ。サイキックとESPの能力をかけあわせて戦略を練ったらまだ生存確率は上がっただろう。
相手の土俵で、きわめて官僚的な手続きでバカみたいにちょろちょろ1人ずつ戦わせるべきではなかった。
どうせ死ぬのは超能力者で99%の地球人は死なないので他人事なのかもしれない。っていうかそうだろう、1on1に出る順番はお上によって決められ、それぞれの日にちが近づくと連日新聞紙やテレビやネットでひとびとは盛り上がった。新聞が比較的マシな書き方はしているものの、超能力者は明らかに消費されていた。
攻撃面で優れているサイキックの野郎2人が死んだので、私は3人目の対戦者となったらしい。選別のなかに入っていたのは通知されて知っていたし能力に関するヒアリングもあれやこれやされたがその後特になーんもなかったから対戦で使えないと判断されたんだと思ってた。
RPGやマンガでは攻撃とサポート的な能力どちらも使えるような描写が多いが現実はそうでもないんだよな、自分は攻撃に直接使えるスキルが全くないただのESPだ。血統に関わる能力として霊媒があり、あと危険察知とか相手の分析をかなりショートカットして出来るとかあるけどどれもこれも補助向きで戦闘員適正なし。テレパシーですら受信感度は良いが送信はしんどい。
自発的に現実に介入する力が欠けているという性格がきれいに反映されてんじゃねーかという気すらする(カウンセラーはあなたが言うほど介入する力がないということはないよと言うものの)、実際はどうなのかしらんが。
◆
私は烏丸三条をいっぽん下ったところから御幸町に入るまでのあたりを歩いていた、街は茶色っぽくなりイチョウは黄色になりひとびとの服装もえんじ色やマスタード色になっていた。季節は秋なのだろう。
後ろからくる人に気がついて振り返った、仲の良い友人グループの1人だった。今日は全員で集まってあそぶため河原町に向かっていて、たまたま乗っていたバスの時間が近かったので彼はちょっと先をいっていた私を見かけて近づいたのだろう。
一緒に歩いて待合せ場所のカフェまで行く。我々4人グループは京都市北区/京都市右京区/奈良/奈良という組合せなので自宅近辺よりは河原町周辺で集まることが多い。…ということは私はまだ大学生なのだ。
ものがなしい気分が襲ってきた。バスに乗る前、突如ビジョンが降りてきたから。1通の封筒を受け取って、あけるまえに全てを悟った。
「わたしついに死ぬみたいよ」
努めて明るく言ったつもり。カフェへの道中、何度も彼らと来た道、寺町や新京極の、古着屋や雑貨屋やごはん屋があふれている商店街方面に向かうときに。
親切な人にこれを伝えるのは非常に勇気が要った、他の誰に言うよりきついだろう、例えば親や姉に言うよりもこの瞬間よりつらいと感じることはないだろう。
「知っとるやろわたしがどーしょもないモン持ってるってこと、政府から封筒来ててさ、最近作られた施設に連れて行かれるらしい」
最初のサイキック2人が死んだから、対戦の駒となる超能力者を確保・監視するためにお上は施設を作ったのだ。字面では超能力研究をし地球の存続のためだのなんだの書かれていたが、危険察知のスキル持ちにどーして通用すると思ってんのかね?
収容され、自分の意思では出してもらえず、無能な指示系統に巻き込まれて死ぬであろう仕事に放りだされることが判っていた。友人は深く考えるときの顔して黙っていた。彼にこんな表情をさせたくはなかったのだ。
そしてカフェにいつメンが集まってまた私は同じ話をした、これまでと同じ、生存戦略のまるでない、丸投げされた状態で3人目の対戦者として駆り出され、戦闘向けの力をまるで持たない自分がおそらく死ぬということ。
友人たちは猟奇殺人の話を聞いたような、あるいはこの世のものとは思えぬSFを聞いたようなポカンとした表情をしたあと、首を少しかたむけて、やや私の顔をのぞきこむようなかたちになった。
ああ、私はこれらの顔を見たことがある、何度も…バイトでヘイトスピーチ(伊勢丹に入っているパン屋で、バイトを募集しているが中国人と韓国人は取るなと言われた、同僚上司は私が韓国人だと知らなかった。会社ぐるみでそうしろと決められているとのことだ)を目撃し闘ったとき、彼氏からモラルハラスメントを受けて反論を決意したとき、轢き逃げされやる気のない警察をよそに単独で犯人を特定したとき、結婚生活で死ぬほどつらいめにあって関西を出ると決めたとき、それから、それから…いくつもの個人的な闘争とそれらに伴う彼らの記憶がよみがえった。
彼らはいつも私の近くにいて心配してくれていた、またこの顔をさせてしまったと思った、しかし言わないで彼らのもとを去るという選択肢もなかった。希薄な家族関係で「兄」を欠落していた私にとって、彼らが飢えを満たしてくれていたので、彼らに言うのが一等つらくて彼らにだけは忘れてほしくなかったのだ。
さすがに今回は逆らわず収容されるつもりだ、私は地球規模のでかい組織に対抗するほどパワーのないただの大学生だから、ただ友人たちが私の人生をこれまでどおり見守ってくれているという事実に満足した。
どーでもいーのだ、地球の存亡なんて。超能力者の生死をハンター×ハンター考察するレベルでしか捉えずにネタにしてる連中のために本気になれるわけないだろ。
死ぬかもしれないのにいまいち燃えない理由がわかった。私は私のポリシーを守るための闘争と友人たちに対する執着のためだけに生きている。
この後私は開き直り、宇宙人をガソリンのみずたまりに突き落としてジッポで着火し大笑いしたことでpsychoな「女」の超能力者として人々に消費されつつ立ち回るのだが、それはまた別のおはなし。
◆
元同居人が関西に帰るというので四ッ谷のマンションに戻った。現実的には彼は現在蒲田の方に移ったらしくこの部屋はがらんどうか別の人間が住んでいる。
私はこの部屋が好きだった。他人の思想のもとに暮らしていたからかもしれない。結婚生活だと自分と相手の要望をすりあわせる必要がこまごまと生じるが、居候の身で相手に合わせしかもその人が干渉しない人間だと案外身を投げ出してみた方が楽なのだ。調度品とか服とかのセンスも好きだった。ルームランプが可憐なのでこの人は意外と上品趣味なのだなと思っていたら後日「割とええとこの育ちをしているから野卑な音楽は好きではない」と言っていて何か合点がいった。
形式的に自分の忘れ物がないかどうか調査したが何もないに決まっている。段ボール3箱だけで来て出ていく当日新居にそれらを送った。置いていったものは、寄贈したものだけだ。
少しばかり話をして「どうして帰ることにしたの」と聞く手前でやめた、帰りたくなったから以外の理由はないだろう。素直に「いいなあ~~~~うらやましいわたしも帰りたいヨオ、でも3年は仕事がんばる決意しとんねン」と言った。元同居人はなんともいえない顔をしていて、のらりくらりとした回答のようなものをした。
私は、近いうちに自分が東京-京都の新幹線チケット(往復)を購入し乗車するであろうビジョンを得た。
◆
道玄坂近くのマンションから外に出る。80年代に建てられたであろうそこは四ッ谷のマンションとも通ずる外観をしていて(元同居人曰く”ダダってる”)、ヨーロッパ風のエッセンスが入っているがファミリー向けという違いがある。
父方のいとこにあたる女性が結婚して東京の精神科医とここに住み、私はなぜだか彼女らを訪ねた。本当は20年以上目にしていない。彼女の親が私の母親をひどくいたぶったから家同士で金のトラブルが起こったときに関係は切れた。夢の中だからして幼少期の「東京でしか再放送していないウルトラマンタロウのビデオを送ってくれるおねえちゃん」のパートのみが強調されており、特段疑問に思わずいとこ夫妻に会った。
玄関ロビーに出ると知人男性が待っていた。あっついなか、夏向きの素材と色とはいえちゃんとジャケットを含めてスーツを着ている。
「あら…わざわざ迎えに来て待っていていただいたようですね、ありがとうございます」
時間を少し巻き戻そう、この人は仕事に関係ある人で、東京来てからフリーの編集者として精神科によく置いてある雑誌の制作に関わっている私が割とよく会って仕事するうちの一人だった。
仕事で会ううち飲みの席に連れていってもらえるようになり、さらに少人数の、彼と仲の良いひとびとのグループにもちょいちょいまぜてもらえるようになっていた。そのうちひとりの女の子が彼は不倫している、という話を聞かせてくれた。
また、仕事関係でいうなら〇〇さんと××さんが好みなのでうっかり好きにならないようにしているみたいな話も本人から聞いていたため自分は完全に安全圏だろうと流していたらある日突然不倫を打診された。
はぁ? 当然の疑問として、だいたいあなたが好きなのは〇〇さんとかではとたずねると突然そうしたくなったのだから、しょうがないと回答され呆れかえると同時にまあそうとしか答えようがないわなとも思う。 仕事を考慮し一旦流されとくことにした。 ナントカ博物館に行くという。
「ここから歩いてすぐだよ」
「? 道玄坂に博物館なんてありましたっけ」
「小規模なのがあるよ。千葉県の海の生き物を展示しているのがあってね」
千葉県の海には思い出がある。房総半島の東側を旅したから、あらためて勝浦周辺の海の生物の歴史生態をみてみたい。博物館行ってそのあと天ぷら食う、くらいならいいだろう。寝たくはないが。あとがめんどそうで。あるいは寝たくなるのかもしれないが、寝たけりゃ寝ればいいのだ。たいていの恋愛沙汰はやむにやまれぬ回転がなんとなしに始まって、無慈悲に速度が速まるだけ。決意して好きになる、なんてことあるのだろうか。
千葉県の海に思いを馳せつつ後の「処理」を考えていた。ふと、精神科の仕事をするのと東京へ移ったのとが、いとこ夫婦の人生をなぞってコピーしているようで寒気がした。自分の意思で決めたことなんてなにひとつなくて、得体のしれない大きなものに駒として動かされているような気分になったからだ。
粛清! パワフルプロ野球 Ⅲ
物語と現実に本質的な差はないんだぜ、よく表現規制の議題でフィクションと現実の差が云々語られるけどあんなの二択にすることが間違ってるんだ。エロ漫画を読んでから性癖が追加されることだってあるし、性癖があるからエロ漫画のジャンルを定めて読む、というのもある。ミソジニーな表現をみたからこそミソジニーを学習してしまう、ということもある。これらのトピックでいうならば大事なことは正しさを持っている状態であるかってこと、正しきものがなんたるかを知っていれば現実で加害に至ることは減る。
とにかく二択をせまられたら二択をせまられること自体を疑うべきだし、フィクションと現実は両者が相互に影響しあう。すでにレッスンしたでしょ?
◆
生家たる幽霊屋敷の2Fで家族は寝ていた。15才のときに幽霊屋敷が人手にわたりなくなってしまうまでは、2Fにだけ怪異が現れたものだ。私は不在にしていた姉の部屋で一人伏していて、両親は左隣の寝室で寝ている。
深夜、グゴゴゴとエンジン音がして横になりながら本を読んでいた私は振り返った。どこから現れたのか…小型のブルドーザーが起動している。運転しているのは父で、寝室からどこへ向かうのか、ブルドーザーで前進する。この家をなんやかんやするつもりではあるまい。びっくりしてついていくと、妙に運転が危うい。父は車両の運転が上手いはずだし、そもそも目的がわからないことから、認知症ではないかと感じた。もう認知症になってもおかしくない年齢なのだ…
「お父さん、どうしたん? こんな夜中に」
ひとまず気をそらして止めようと声をかけても父は曖昧に返事をして躱すだけで、止まろうとしない。ますます精神が茫漠としているのではないか、と疑う。
「お母さん! お母さんも止めたらどうや。手元もおぼついてへんし認知症かもしれん。認知症なら、すぐに免許返納せんとえらいことになるよ」
母にも呼びかけたが、お父さんはこんなもんやと言って真剣ではない。ああ、頼りにならない。日常に亀裂がはしったとき現実的な手段を迅速にとらないひとたちだったんだ、そういえば。もしかして現実に現実的な対処をすることができるひとって、そんなに多くないんだろうか。
父はブルドーザーに乗って階段の方へ曲がり、降りていくようだ。玄関も出て外へ行くのだろう。ふつうブルドーザーが家の階段を進むなんてありえないから、聞いたことのないすさまじい音がしてそのうち父とブルドーザーは見えなくなった。
◆
N町だか本町だかの道路でいとこたちと渡れるタイミングを待っていた。私はみんなに何年も会ってないよ、でも今日は現れたんだな。しかもこっちの地元に。はるか昔に彼らが幽霊屋敷に遊びに来たことはある。たいていは母方の長男の家に行っていた。(この家のいとこは♂の2人兄弟。年下の女のいとこは母のすぐ下のおばの子で、彼女も法事と正月に来る)
我々が左右確認して道路を渡ろうとしたとき、付き添っていたおとなつまり両親が言ったなんやしらん些細な一言から、従妹は服を脱いでしまった。子どもだからしてたいしたことと思わなかったのだろうが、私はこの世にガキの裸を見たり撮ったりして悦ぶバカ、チャンスを虎視眈々と狙っている犯罪者どもがたくさんいることを知っている。あるいは嫌がらせやはずかしめのためにやるやつがいるってことも。おとなどもは平和ボケしてて焦っていなかった。あわてて服を着させようとしたが、実行に至るまでに彼女は盗撮されてしまう。
あのガキ! 盗撮したのはスマホを持った男子小学生だった。さっさとスマホ内のデータを破壊してしまわないと全世界に拡散される恐れがある。私は即座にひっとらえようとしたが、そいつも一気に身を翻して逃げた。まっすぐ走っていくヤツを追いかけていると、M1丁目に突入した。いつも現実にはない、バーやキンキラキンの九龍城のような建物がセットされている領域。「九龍城」に逃げられたら面倒だなと一瞬思案したが、今回はそうならず、昭和〜平成中期によくあった、さびれた家屋にガキが入りこんだ。(2000年代に突入する数年前に、今に至るまでよくみるホワイトやアイボリー、もしくは薄い青なんかを主とした洋風一戸建てが登場した)
おそらく彼の家なのだが、美容院かなにかと自宅が併設されているべきなのであろうそこは、店ががらんどうになっていた。少しのショーウィンドウ部分には、白くほこりっぽい木の建築材だけで何も飾られていなかった。マトモな店なら装飾するのに。私は形だけのノックをしてすぐにドアを開けた。中には当然あのガキと、ガキの家族であろう、おとなの男女一対と妹らしきのがいた。
「あの子を盗撮したね。スマホをよこしなさい」
さもなきゃどーにでもする、というニュアンスで通達したがガキはスマホを弄って離さない。無理に耳に入れないようにする表情をしている。親に向かって、あんたんとこの息子が盗撮したど! と言っても彼らは事態がよくわかっていないというか、現実に対して現実的に対処する気力がもとからない、といった感じだ。(表面上のイメージや家風、階層が違えど本質がこういうたぐいの親は点在する) 妹に至ってはおねえちゃんあそぼう、と寄ってくる、天下泰平にすぎる。
あまり気乗りはしなかったが実力行使に出ることにした。ガキの首を左腕でロックして、右手でスマホを取り上げようとした。強奪を全力で避けるガキ。すばしこい。すばしこい? いや、なにかへん。現状打破のためガキの顔を張ってみる。通常であればここまですると児童への暴力なのだが、確実にヒットし肌は波打ったもののダメージは無効化されていた。こいつは暴力を無効化するのだ。正確に言えば、私が執行していること、性的加害を止めるための実力行使そのものを。
ロックを続けたままなんとかデータを外部に流させないよう挑みつつ、親に向かって「あんたがたは、自分の息子が他人の裸を勝手に撮ったという犯罪に対して〜、、、なんも思わんの?!」とほげげとなりながら言った。言ったがやつらはヘラヘラしている。嘲笑ってるわけじゃなく通ってないのだ、ことばが。真剣に物事を考えてことばを放つという体験を今まで一度もしてやしない、当事者であらずに生きてきた、人間の顔。平生の顔をしていながら、それはとてもおぞましかった。ついでに言えば、ろくに子どものしつけをしていないことも読み取った。常識的に考えたら、私が形相を変えて入ってきた時点で事情をたずねるだろうし。普段から一切子どもの教育というものに気を配っていない日々を送っているのだろう。
こういうやつらに育てられりゃそうなるわな。ネットが普及し、エロいだけの情報がアホほど出回る社会で、まっとうな性知識がなく即物的なエロへのアクセスだけを強化されてりゃ。この親どもは下の世代によいものをパスする気概なんてありゃしないんだろう。だからといって同情もせんよ、加害者が加害をやめるときはいつだって自分が痛い目みたときだけなのだ。負の条件付けがなされるか、底つきするか。
もう一度ぶん殴ろうと思った、その前に従兄が追い着き家に乱入した。私は「〇〇兄ちゃん、コイツに”死にはせんがめっちゃ痛いヤツ”して!」と叫んだ。従兄は一瞬で事態を理解し、文字通り”死にはせんがめっちゃ痛いヤツ”をガキに行った。ガキはたちまち苦悶にのたうちまわってスマホを落とす。サッとデバイスを奪い画像データを削除してついでに外部に流した形跡もないかチェックした。しっかしなぜ従兄のは効くんだろうな。私は直感で悟ったにちがいない。理解してもらうことを目的の一部としたものは通じなくて、古典的な暴力なら通じるってことを。とりあえず従妹の危機を未然に防いだのはよかったが、どこかむなしさを感じていたのも事実だ。
「九龍城」、ギンギラギンのハリボテがあったはずの街をあとにする。そして私は思い出す。あのガキの家を目にしたとき、彼の家族をみたとき、既視感があった。現実のこの街にだって転がっていたのだ。兄に性的なことをされていたクラスメイトや、ネグレクトされろくに風呂にも入れなかった同級生、暴力をふるうことでしか近所の子に近づけない転校生。彼女/彼らには与えられた環境から脱出する術がなかったってこと。よりマシな世界と生活を築くために必要なほんの少しのtipsすら、だれからもどこからも手に入らなかったということを想起する。私だってほんとうは運がよかっただけで、いろいろの要素が重なって健全な逸脱の仕方を多少は習得しただけなのだ。
今度「九龍城」のポイントに叩き込まれたとき、領域を構成するなんらかの秘密やルールに触れるのかもしれない。それはおそらく現実にも関係しているだろう。
この世界はオワオワリ XIII
人間はいずれ死ぬ、だれでもいつか死ぬ。コロナウイルスが「流行り」になってみんながマスクをするようになったがわたしはふつうに呼吸したいので着用していない。オフィスで「マスクしてないんですね、コロナ怖くないんですか?」と訊かれたのだがそのとき資料作りに集中していて社会性のペルソナがちゃんとかぶれておらず「人間みんないつかは死にますしね〜」と答えてしまった。質問者は「…かっこいいですね」とコメントした。まあそれくらいしか反応のしようがないだろう。困らせてしまった。
このエピソードで自分の死生観が一般的なソレとズレているということがわかった、なぜこのようなドライな死生観に至ったのか思い返してみる。ニヒリストではないので、冷笑や俯瞰は関係ないだろう。
そういえば前にも死生観のズレを感じたことがあった…母方のルーツ大阪府I市出身のひとと、東京のひとと3人で話していたとき。同じルーツのひとと、地元に帰って祭りを見たいですねえ、ぜひ見たい、としゃべっていたら祭りの苛烈さに話題がうつった。地車と地車がかちあうシーンが一番盛り上がるよね、と興奮していたら「そんなことして、事故は起きないの?」と東京の方に訊かれたのだ。
「起きますよ、数年に一度はだれか死にます。死にますよねぇ先輩?」
「うん、死ぬよ」
「当たり前ですよねぇ?」
「うん、当たり前だよ。なんなら電柱揺れるし屋根の瓦も落ちるよ」
「ですよね〜」
「祭りで人が死んでいいわけないだろ」
「祭りで人は死ぬしある意味名誉なことですよ」
「そうそう」
「んなわけなぁ〜い…」
この一件で地元で当たり前だったことが世間一般では当たり前じゃないと知った。幼少期から人間は祭りで死ぬ、それもごく自然なこととして認識していた。また、高校があったのが西成の方面であったため毎年凍死者が出るのをみていたことや、若くして死んだ何人かの後輩や同級生のこと…が折り重なったゆえ、おそらく自分のなかで人間は死ぬものだ、という感覚が生成されたのだろう。
◆
人間はいずれ死ぬ。だれでも死ぬ。それまでにやることがある。強制的に、だけど自分の意思で。終わりが決められていたらみんな静かにそれを迎えそうなものだが少なくともこの世界のこの社会ではそうじゃない、人間だからして色々の習慣が発生しており、ひとつは終わりを迎えるまでにイデオロギー対立からの戦争を行わないといけない、というものだった。大きくわけてESP・サイキックと非ESP・サイキックに分かれていて、それぞれの集団のなかでもグループ細分化が起こっている。
わたしはESP・サイキックの方におり、十数人のグループに属していた。グループはたまたま若い女ばかりだった。もともと知り合いだった数名が偶発的に他のグループと会って今の形に落ち着いたので、全員が全員と仲良いわけではない。人間関係がちょっと悪いことはあったけど、みんなある程度シビアに割り切っていた。なにしろ戦争なので。
この日我々は非ESP・サイキックの集団とデカめの抗争をひかえていた。マップを確認して所定の位置で臨戦態勢をとる。夜のさなかに戦闘は開始された。
序盤は、わたしを含めたESPが相手の攻撃を読みサイキックに指示を出してサイキックが防御するので順調に進んだ。だが混戦になってくると状況は悪くなってきた、遠距離からだけでなく近接距離まで近づかれて攻撃を織り交ぜられると指示が追いつかず、サイキックはともかく攻撃に関するスキルが乏しいESPはかなり不利になってしまい何人か殉職してしまった。そーそーいかに超能力者でも失血したり大きなショックを受けたりして肉体的な限界が来たら死ぬの。非ESP・サイキックの方はマフィアのドリームチームともいうべき集団で、銃火器があるしステゴロも出来る。混乱した戦闘が長引けば長引くほど、彼らに有利になっていくだろう。
エリカ! シホ! ユウリ! ギリギリ昔からの友達は生き残っているようだがいつ死ぬかわからんど、もー戦闘なんかしらんあいつら連れて逃げるかなんかせんと。ていうかマフィアとかゆー大人の男が若い女を意味なく殺すなよ!と内心悪態をつきながらわたしは3人をひっつかんで逃亡するべく戦場を走った。
しっちゃかめっちゃかすぎて逃げる算段なんてなかったがどうもチャンスが生まれたらしい。どういうことかはよくわからないがマフィアが仲間割れをしはじめたようだ、スーツ姿の男共が同士討ちをしているのを目撃し三十六計逃げるに如かず。この機を逃すほどウブじゃねえ。走れ正直者、社会の構造がどうであろうとわたしの本能は逃げろと判断したのでここで去らせてもらう。
◆
マフィアというものはどの世界にもどの歴史にも一定数存在している。なぜかは知らないけど。終わりが定められたここでもマフィアは息をしていて、というかより息をしやすくなっていて、エスパーのガキ共(筆者注: ESPとサイキックは別物だが違いを知らないひとは多い)との戦争がはじまったら堂々と表舞台に出て来られるようになった。俺は生来マフィアだったわけではないが少なくとも戦争がはじまってからはずっとマフィアだ、理由は忘れたしもはや気に留めてもいない。ぶっちゃけていえばなにもしないよりは戦争に身を投じていたほうが充実してるといえる、個人的にエスパーのガキ共がなんとなく気にくわない、というのもある。
いくつかのマフィアで結成された対ESP・サイキック団体は階級と指示系統が明確で、今日の戦闘でも軍隊でいうところの大将だの総司令官だのにあたる存在がちゃんといて、別のマフィアのボスが該当した。ボスは前線には出なくて戦闘に直接関わるのは俺を含めた若い連中だ。戦争っていうものはジジイから死なずに若者から先に死ぬようにできている。若いやつらのなかでも俺は中流に位置していて、俺と同じ程度の階級のやつと、もっと新人で立場が低いやつと、男3人で小隊を組んでいた。(しかしどーしてマフィアってのは野郎しかいないんだろうな)
戦闘が半ばにさしかかって敵味方いりまじった戦況になると、近接戦闘に慣れていないガキ共が何人か死にはじめた。遠距離だとほんとうに攻撃が当たらなくて困る。このままいけば俺たちが押し切れそうだな、と考えていたところで異変があった。
「あ? なんでこっち側で粛清が起こってんの。しかも今」
「でも起こってるんすよ」
具体的な原因はわからないが上級からの命令で下級が何人か死んでいるらしい。マフィアがマフィアに殺されるときはマフィアのルールによる。ルールは時折明文化されていないし、今もどういう基準で殺されるハメになっているのか判断がつかない、だからボスに確認して内部の混乱を収めないといけない。落とし前さえつければいいのだ。
「3人でボスのところへ行こうか」
戦闘域となった大きな廃ビルの上層階にボスはいる。ひとつの部屋をボス専用にして、そこから指示を出している。一番若いやつがドアをノックして(ノックの音が乱雑だ、こいつはもとがルーズな人間なのだろう)「ボス、すんません、失礼しまス」と言ってドアを開け俺はちょっと待てと静止しようとしたが遅かった。
ブシュっと音がしてノータイムで若手Aが刺される。あー…ボスに謁見するときはある一定の礼儀作法があって人によって違うからあらかじめ説明しておくべきだった…と思う間に若手Aは倒れた。ドスを持ったボスが、立っていた。表情だけ見れば好々爺といっていい風情だったが俺は凍りついた。俺たちはボスのルールを破ったのだ。俺たちにとっては理不尽だが、とにかくボスをボスたらしめている定義とか、基準とかみたいなものを侵害してしまったのだ。俺ともう1人はダッシュでそこから逃げた。何一つ弁解はさせてもらえず死を迎えることが予期できたからだ。
◆
廃ビルを抜けると星空が広がっていた。結構終わりかけの世界だから、高い建物はそんなに残っていなくて、中心部から少し抜ければ空は高い。かつて高速道路があった、今は倒壊しているそれの横を歩いていってる。
わたしは混乱に乗じてエリカたちを連れて脱走することに成功した。エリカたちは特段嬉しくもなさそうだった。こういう世界だと生きるとか死ぬとかって大して興味のわかないことなのかもしれない。わたしは世間がどう考えてるのかよくわからないから逃げて生存するルート選んじゃったけど、みんなにしたらどーでもよくてめんどくさかったのかもしれない。
歩いていたらシックスセンスがピクリと反応してわたしはその方向に目をやる、上空に視線を合わせると、空中をとても大きな、まるで観葉植物の葉っぱのようなものが一体飛んでいて、ひらりと身体を舞わせていた。植物のみためをしてはいるが巨大なエイみたいな体躯と所作で、地球上の生物ではない、と思った。これが終わりの合図ってこと? それともこれがいるからこんなことになったのかな? と思案していたがみんなはやはり興味なさげだった。今のはわたしにだけ見えている幻視なの?
前方から1組の男女が歩いてきた。ひとりはスーツを着た男で、もうひとりは渋い色の地に総柄の入ったワンピースを着た女性だ。女性は幼女を抱いていた。女性が「あなたも今のを見たのね」とわたしに話しかける。なので幻視ではないとわかった。
「今の、なんなんですか? 尋常なものではなさそうだけど」
「あれはね、宇宙からもたらされるビジョンなの。メッセージがあるのよ」
おや、スピの方でしたか。話を聞くと、彼女の所属している団体では宇宙からのメッセージとやらを読み解いてより豊かななんちゃらを形成するのを重要としているらしい。こちらに来るなら歓迎すると言われた。きなくせ〜と思ったが、何人かの仲間が死んでグループが脆弱になってしまったから、一時的に身を寄せて衣食住を安定させるのがいいなと考えみんなと一緒に彼女らの拠点へ行くことにした。
彼女はESPあるようだし、彼女が所属しているということは同じESP・サイキックの団体だからひとまず安心なのだけれど、鼻白んではいた。いくら超能力あってもスピってちゃね。超能力ってただのツールだぜ、超能力使ってやることが、宇宙からのメッセージを受け取り曖昧に豊かになること、なのか。それでも拠点へつき、全員にあったかいスープがふるまわれて(こーゆーひとたちって料理うまいよね!)ホッと一息ついた。ここで何をしよう? ていうか、ここに限らず最終的にわたしは何をしたいんだろ?
スープの最後を啜った瞬間、あるビジョンをはっきり感知した。女性と一緒にいたスーツ男は幼女の父親だが、彼はマフィアの一員であるということ。マフィアとESP・サイキックが同居してるというのは一見いいことのように思えるが、なにかがイーブンじゃない。実際、彼はマフィア側にESP・サイキックの情報を流しているみたいだ。
もうひとつ、彼が幼児虐待をしていること…わたしは幽体離脱者のように天井から俯瞰してそれを眺めた、女性が不在のあいだ、幼女を寝かしつけるというていで彼は幼女と二人きりになり、年端もいかぬ娘の性器に触っていた。手慣れているから、初犯ではない。
わたしにサイコメトリのスキルは然程ないから、おそらく親は知らないものの幼女にESPの才があり、読心できるようにこちら側へ念を送ったのだろう。あまりにもおぞましいことのため悲しみが目眩に変わってくらくらし、しばらく呆然としていた。
そして、わたしは決意する。幼女の母でありここまで我々を連れてきた彼女に、正確に事態を伝えること。きっと最初は受け入れてもらえないだろう、でもやるしかないんだ、宇宙からのメッセージはクソどうでもよくて今いるところで正しさを追求するしかない、幼児虐待なんてなにしたってどーしたって止めなきゃならない。
スーツ男がこちらを見た。犯罪者の勘、意思の弱い者だけが持つ動物的勘でわたしのせんとしていることに気づいたのだろう。わたしはひるまずにそっとまっすぐ見返した、「あんたを止めるし、必要とあれば殺すわ」というメッセージを込めて。どれだけ世界が終わってても下の世代に今よりいい事態をパスしないといけないからね、虐待は減らすべきだし真理というものはどんな理屈にも先立つのだ、あんたもそう思うでしょ?
◆
墨田区のマンションのベッドで目覚めてああわたしは虐待されてたんだな、と思う。親にじゃない。さておきわたしの経験したことは虐待といって差し支えないのだろうし、おそらく今に至るまで影響を及ぼしているのだ。
もうすぐ関西に帰ってしまう子はソファで寝ていて、自分がベッドを占領してしまったらしい、申し訳ね〜と少し思うが同時に他人のベッドで寝るのが好きなんだなと気づく。ベッドというのは大変に個人的なものの象徴であるから、そのひとを形成している個人的ななにか、を一時的に共有してもらってるように感じて満足する。
どれだけ世界の在りようが変わってもやることはおなじとわかったのでなんとなく腑に落ちたし、多分それは過去の自分を救済することにかなり接近してるっぽい。
地元のオイデュプス Ⅳ
公然の秘密なんだけどすでに社会は超能力を使うのが当たり前になってて使わないとどんどん衰退していくだけで、でも超能力もそれを使えるひとの存在もないことにしてるから、超能力者を起用して利益を得ていても誰も何も言わない。この会社だってじつはそうで、業務に超能力をバンバン使ってるくせにみんな知らないことになってる。表向きは。ホントはみんな業務時間中にわたしがえいやって超能力使ってるの見てるけど。言わないことになってるだけで、使う瞬間は隠してないのだ。
入社後なんやしらんうちに経理に関わる業務で超能力を使うことになってしまい、報酬はされど上がらない。だってないことになってんだもんな。どーゆー理屈か、超能力を使わないと、作り上げたバランスシートとかそういった経理上必要な資料が全部ダメになってしまう。ほかの仕事、たとえばIT系の技術職でもおなじで、どこかの時点で超能力をバンと当てないとシステムは全部パー。昔はこんなじゃなかったと思う。いつのまにか社会はこういう事態になってしまい、事態が続いたらかたちとして決定されてしまい、かたちが決定したら社会の人間はかたちに従うようになってる。
なんとはなしに勘付いてたけど寿命を削ってるわりに報われねえよな。だれもプロテストするほどの元気は持ってないけど。このままわたしたちは歴史の影に隠れてなかったことにされていくのか。だれにも愛されていない。他者と自分は鏡の関係だとかゆーけど、だれにもみとめられなかった人間が自己を愛せるか。過労死とわかってもらえることすらなく散っていった何人かの同類を横目に、わたしもいつかスッと砂のように消えるのだ、と思う。
ある休日の遅い時間に、わたしはオフィスにいた。ピタっとしたタートルネックの黒いニットに生成り色のひざ丈のスカートを合わせた格好をして、無人のフロアーでくるくる舞っていた。休日出勤した者のうち、最後の仕上げをするためひとり残ってルンタッタ舞いながら超能力を振り撒く。くるりと回転し寿命の一部でPCと資料に魔法をかけようとしたそのとき、だれか在席していることに気づく。
「ああ、部長さん、こんばんわ」
だれもいないので気軽に話しかける。
「こんな遅くまでおつかれさまです」
部長は丁寧な物腰で言う。
「いいえ、あたくしあなたを待っていたので」
言ってからはたと止まる。わたしはこの人間を待っていたのか。
部長の座っている席の前にあるキャビネにストンと腰をかけた。むかしのヨーロッパの絵本のイラストにある、三日月に腰掛けるひとみたいみたいに。
「知ってるんでしょ、これ…(と言って彼の作っていた資料に超能力をかける)」
「そうだよ、ずっと知ってたよ」
「わたしのことも、ほかのひとのことも?」
「そう、あなたが働いてるのをずっと見ていた」
I've been waiting for you! 今夜超能力を発揮するのは資料にだけじゃなくてこの男に。
歴史の転換点を作るのだ。わたしは重い山をそっと動かす。後ろをふりかえると死屍累々の道で。もうだれも名無しの死者にしないために今宵ヒーローになる、ウルトラマンになれるかなれないかは正しくあろうとするかどーかにかかってるって「ウルトラマンF」で言ってたでしょ? (このやり方だとちょっとダークヒーローっぽいけど) たまたま転がってきたチャンスを目の前にして暗い情熱がわたしを突き動かした、死者の歴史を目にしてなにもしない、ということはできないから…
◆
畑ばっかりの田舎にありそな道を歩いている。延々畑と空ばっかりで、たまに物置はあって、住宅地とはとても呼べないほど家々の密集度は低い。わたしはいつからはじめたのかわからないほど歩き続けていて、それは後ろからなにか捕まったら不吉でしかないものが追ってくるからだが、不思議と絶望感はない。感覚がマヒしているだけなのかもしれないが。
なぜこの座標に位置しているのかゆっくり思い出す。部長の出身が今いるところの隣県なのだ。不便なところで新幹線の最寄りで降りて、車に乗って高速道路を移動し、インターを出てさらに歩いた。この畑ばっかの道は部長にとって一番最初の身近な風景だと思われる(何らかの事情で幼少期を親戚の家で過ごしたとかだろう)。わたしはあの男のルーツや内面に割り込んでいって、一種の覗き見か医療行為にちかいことをやってゆくためにここまで来た。超能力を効果的に持続させるためのエサを啜りに。情報収集だと言ってしまえばカンタンだが、うしろぐらさも持ち合わせている。
だからといって振り返らない。振り返っても後ろからくるのは不吉で、いちいちそんなものに目をやってるほどヒマじゃない。
トロトロしないが焦りもしない、絶対に歩みを止められないのを知っているから、自分のペースで歩き続けた。もしこれが終わったら(終わりというものが発生するのであれば)だれかの腕枕で眠りたいと思った。 come light back, そういうフレーズが胸の中を駆け巡ったが一体だれに戻ってきてほしいのかなんて1ミリもわからない。脳のバグだね。
地元のオイデュプス III
あんまりにも風が冷たすぎて私は妊娠してしまった。原因なんか特にない。平々凡々な生活しかしてないのに急遽腹に生命体ができてしまったのだ、寒いから以外になんか思いつくか? ボロになりつつあるコートを脱いでベッドにもぐった、いつもの習慣でTシャツだけ着て。冷えは妊婦の大敵のような気がするが、そこまで神経質にはなれないな。煙草をしがみたいがさすがにそれは我慢する。
妊娠したのに気がついても私は仕事を辞めなかった…今日だって薄暗いグレーの壁にかこまれた部屋で延々仕分けをしていた。しゃがんだ股からちべたい、うっすら銀に反射して光る液体がしみだしてきた。妊娠後3,4ヶ月しか経ってないのに一体どういうことなのだろう? 破水なんてまだまだ先のはずだ。思考とは別に液体はなかなか止まらず、床にさえ落ちてきた。これからさらに数ヶ月経てば仕事もできなくなるだろう、ましてや産まれてしまっては。十分な貯金がないことがネックだ。(この時点で掻爬を考えていないことがわかる)
となりにだれか立っており、そいつが「元カレ総集編」みてえなツラをしていてだからこそ自分が妊娠してしまったのだと考えるに至った。追加の1人分エネルギー消費するせいかなんとなしにダルかった。like the sun, but with tired engine.
私はどうしたって生命体を生みださなければいけないんだぜ、理由なんてわからないけど。お前が力にならないってことだけわかるよ、お前にできることだってきっとありはするんだろう、だが私が望んでいる形の力にはならない。どうぞ好きなだけ突っ立っててくれ、私はここを出て違う場所で違う仕事をしなければならないのだから。聞く耳持ってるやつ相手ならものを言うさ、でもお前はそうじゃないんだろう? 私は限界まで我慢強くて、だけど一旦決意したら一気にアクセルを踏んで最短距離をいくの。
◆
地元では赤貧チルドレンに生まれてしまったが最後化け物退治に生涯を費やすことになるってしきたりだったけど、実はさらに地域のルールがある。化け物(人間とおなじか少し大きめの背丈をしていて赤黒い皮膚に無数の眼球がついてる)退治に駆り出される人間は性別や思想、つまり個人を形成する要素全てを無視して貧乏であれば思春期を迎えるころから強制的に仕事をさせられるのだが、女児に関する追加ルールがあったのだ。
本町あたりのズドンと抜ける通りに、町内の大人が集まる家がある、祭りや町の催しに係る話し合いとかするところね。だいたい12,3才くらいから化け物退治するようになるのだが、女児はその前にそこに一人で呼び出されるという…親の同伴はなし。所定の場所に着くと、街のおやじが2,3名いて、◯◯ちゃんおおきなったなあ、と尋常の挨拶をして菓子などをすすめられる。ここまではいい。
なんで、今まで忘れていたんだろう? 記憶から消していたのかな? このあと化け物退治する運命の女の子は皆、おやじどもと性行為させられるのだ。破瓜の痛みはたいしてない、菓子に薬物でも混ぜられていたのかもしれない。思えば恐怖心なしに化け物と闘いを続けられるということだっておかしいのだから。当たり前のこととして制定されたものはすべからくなんらかの強制力で保たせているものだ、ということにどうして気づかなかったのだろう。
横たわるおやじのうえにのっかる小学生。異常でしかない。
「みんなこうしてるからな、心配せんでええ」
疲れたヒキガエルみたいな表情でおやじが言う。そんなに、無理矢理じゃないというていにしておきたいのか。
「みんな最初はこうしてな、ほんで大人になったら好きにおっちゃんらを使てええねんし」
ああ、そういうことになってたの? 最初は性欲のせの字もわからん頃に無理矢理させられるけど、大人になったら街のおやじを使って自由に性欲発散できるって? 死ぬまで化け物退治をする合間に。
成人した男女が「合意」のもとに行う性行為で性欲発散できるのはたしかにデキたシステムかもしれないよ、だけどなにかが釣り合ってない。なにかがイーブンじゃない。なにかが搾取されている。
◆
夢見が悪くて明け方に一度起きる。私はあったかい部屋にいてそのくせ身体が冷え切っているような感じだ、もう一度眠ることにして目をつむった。
メルカリから通知が来ていてそれは私にかつて性暴力をふるった男のアカウント凍結が解かれたので再び通報するかというものだった、そいつは盗みもしていて過去私がその旨を通報したのだろう、また通報ボタンを押すことになるのだろうけど果てしない徒労感があった。
本式に起きたあと「よく寝たね」って言われた、夢見が悪くてダルいのだ、と告げるが夢の内容をおしえることはない。ただ、これは予知だ、これは予知だ…という確信だけがあってhustler! むかしのボーイフレンドたちよたすけて! と人知れずヘルプを願う。
裏京都の洗礼
烏丸三条を二筋西にいったところのビルの4Fの3番目の部屋をノックしてそのまま入らずに繁華街へ戻り2時間後に所定の郵便物を出すと裏京都に入れるよと言ったのは既に2年も前のことで、あの頃京都を出ることになるなんて考えてもみなかった。いや、最悪の可能性としてチラついたことはあったな。左京区のなーんもないとこに引っ越す前から、自分は巧妙にセーフティネットをはってた。たとえば絶対に仕事は辞めないでいてタンスに現ナマを突っ込んでおくとか。いつ最悪のことが起きてもいいように。私みたいな人間にふつうの幸せなんておとずれないと思っていたから、ふつうの幸せに賭けたとき、バクチに失敗しても爆死しないようにしてたんだ。
幸か不幸か老獪さが功を奏して生活が爆破しても私は死ななかった。死ななかった代わりに、映画に出てくる犯罪者のように現ナマをひっつかんでふってわいた仕事の話に飛び乗り東京へ逃げた。西で死んでも東で死んでもおなじという、ひどいあきらめのなかから生じた乾いたハードコアな人生観に蝕まれながら。
それから数ヶ月経った今、京都にいる。吉田寮にいる仲間を頼ってしばらく滞在することになった。吉田寮の最寄駅は神宮丸太町か出町柳なのだけど、今回はわざわざ特急のとまらない神宮丸太町から自転車を借りて行く。前回出町柳周辺で悲しくなりすぎてしまったのが響いていたのかもしれない。京都にいたとき使っていたルイガノはトモサカアキノリにあげたから、レンタルのチャリで丸太町通を東に漕いでいく。京都市中心部において丸太町通ほど特徴のない通りってあるんだろうか。尋常な風景をゆっくり進んで、入国管理局のあたりで「そろそろ熊野寮が見えるころだな」と考える。
熊野寮から連想し、どうして京都に滞在することになったのか回想が始まった。京都大学へ行って授業を受ける必要があったのだ。もちろん学籍はないが京大の友人づてに授業の担当教官とアポはとっていてモグリをしてもよいことになっていた。法の授業を。法学というよりは人文学的視点で法の問題を切り出す授業を。
あるTVを観たのだ。強姦された女性が法廷を出たあとにインタビューに答えている場面。彼女は勇敢にも顔出し実名でマスコミの前に出ていた。強姦が実行された際に抵抗しなかったからという理由でものすごくあっけない判決が決まり、彼女はあらゆる激情が彼女のなかを通りすぎたせいでかえっておさえた平生の表情になっていた。その女性は加害者の卑劣な手口で動けずにいたのに、動けないでいるうちに身体をいじくられて身体的な反応が出たから「抵抗しなかった」とみなされた。一定数の心ない人間から蔑称さえつけられて。
私はリビングにいて出かける前のほんのちょっとのすきま時間で洗濯物を畳んでいるときにそれを観た。彼女は私だ、と思った。年齢も出身も国籍も違うけれど。日本の司法・法律に対して、そしてそれらを生成し保っている人間に対して、静かな怒りが点火された。あまりに静かすぎて最初は気づかなかったくらい。
ジョニデ版ローン・レンジャーで学んだぜ支配する者が法を作っている以上被支配者にとって法は正義でない場合が十分あるってことをな。というところまで回想が進んだ時点で、我に返ってあたりを見回した。ここ、どこ?
東山通方面に進んでいたはずなのに、座標がおかしい。iphoneをとりだしマップを確かめると、丸太町駅より西にいることになっている。さっき入国管理局ンとこにいたのはなんなんだよと呆れかえりながら再びペダルに力を入れて東へ漕いだ。だけど、どう頑張っても東へは行けないのだった。もう一度マップを確認したら烏丸三条にいた。しかし交差点は私の知っている烏丸三条ではあり得ず、ツギハギのような構造の大きなビルヂングがでっかと居座っていて、いくつかの窓からは数十年放置されたレベルのナナメに生えた樹木すらあるしまつだ。へんなビルがある以外は、数ヶ所の地方都市のメイン通りをミックスしましたという感じの、記憶のコラージュみたいになっている。私は自身でホラ吹いたとおり裏京都に来てしまったってわけ?
一旦あきらめた。どうやっても東には進めないだろう、ここで何かしないといけないんだ…適当に自転車をとめて街の人に尋ねようとひとつの建物に入ると、1Fの古いガレージを改装した場所にぼろのストーブと古いソファがあって、誰かがたまり場にしているようだった。ソファにはあまり清潔とはいえない毛布が投げられていた。推測どおりひとが現れ、少し年上とみえる岡崎体育似の男性、ニット帽にスタジャン、といったカジュアルな服装であったので私は比較的気軽に話しかけることができた。
「すみません、ここ、どこですか? 東山通に着きたいのに、どうやっても行けんみたいで」
「どこの人? 自転車やったら行けるけどちょっとしんどいよ。バスはバスでややこしけど」
大阪です、でも大学は京都でした、みたいなよくある会話が始まった。いつの間にかもうひとり男性がいて、こっちはシャープで背の低い、眼鏡の似合うカシコさん、といった風情。薄いむらさきのシャツと灰色のズボンを履いていた。特定の誰かを想起するのでなく”文化系サークルの先輩”と言われてみんなが想像する、アーキタイプの先輩だ。絶対将棋好きだと思う。
「もう夜やから明日にしたら」
“先輩“が言う。それはそうかもしれない。夢の世界ではいつだって夜は危険な領域になる。だが行かねば…少しこの人たちと喋ってここのルールを把握できたら、私はかつての私自身と私みたいな誰かのためにせんどベンキョしにいかなアカン、ので。
2人は演劇サークル出身で、ここをたまり場にしてつるんでいるのだという。2人とも会社員をやりながらずっと演劇に関わっていて、”先輩”のほうは株の知識があってちょっとした財産があるらしい。株やってるといわれたら確かにそれっぽい。たまり場には灰皿もあり、煙草を吸わせてもらおうとライターに火をつけると、あかるくなったテーブルのうえでハガキを見つけた。差出人は高校の同級生で、大学進学後は演劇の道に進んだ女の子だ。
ウキミ! 思わず名前をかるくさけぶと、「知ってるん?」と言われたので彼女が2人の知り合いだと判明した。後輩とのことだ。京都のコミュニティでは知人友人がかぶりまくるので珍しいことではないが、彼女は今東京にいるはずだ。年賀状か講演の招待状でも送ってきてたんだろうか、とハガキをよく見ると、それは私に宛てたものだった。
「どーして、ウキミはここに私が来ること分かってたんやろう」
「さあ…でも、なんか意味があるんやろね」
このことには意味がある。あいつエスパーか、と思いながらハガキを読む。読み始めた瞬間に場面もあらゆる人間も砂となって崩れ去っていき(ちょっと執着があった。”先輩”がモロ好みだったので。服がややダサいとこすら良かった)、とうとう文面は謎のままだった。
◆
中学校の体育館にいた。バレーボールをするために。私は同級生といっしょにひねもすバレーボールをしている、いつバレーボールをしたいと思ったのか最早記憶があいまいになるくらいずっと。勉強のことは驚くほど脳に霞がかかっていて全然想起できない、数学の授業がどの段階まで進んだのかという程度のことも思い出せないのだ。気張って思い出そうとすると霞がノイズになって私はあきらめてしまう。ノイズが続くとなんとなくよくないことが起こりそうで。
バレーボールは楽しいというわけでもなくただバレーボールをするのがここでの本懐だといった感じ。ときどきいいボールを放つと、銀の刻印された文字の入った紙をもらえる。この紙を集めている。集めたらどうなるのかはわからないが私を含めたみんなが真面目にストックしている、刻印された文字がなにを意味するサインかすら認識できていないのに。
また今日もひとつ銀文字のかいた紙をもらった、だけれども私は近々この紙を燃やし尽くしてしまわねばならない気がしている。ただルーティンとしてやり、目的意識なしに延々続けられている行為から脱出するために。多分教師はカンカンに怒り出すし生徒からも誹りを受けるだろう、そしたら中学校ごと燃やしてしまうかもしれない。
私は自尊心とかのきわめて大事なものに係る、キリストにかけられた香油のように必要な勉強があるはずだというほんのりとしたそれでいて切実な予感を持っていて、きっと予感は確信にかわり、そのためにここから出て行きたいって願って妨害するあらゆる抑圧に抵抗しまくり放火することになるのだと思う。
粛清! パワフルプロ野球 Ⅱ
革命家は恋なんてしない。だから大杉栄はフェイク。マトモなシンケーしてたら、出会う人間ほぼほぼ無理だなって思うはず。
例としてあげると、東京でつるみはじめた人に「たとえばこないだ遊んでた〇〇君はどうなの」と聞かれたが、「基本的にいいやつなんだとは思うが、説教癖があってMPが削れる。私の結婚生活のつらさに関して、”なんで結婚する前にわからないんだ”式のことを言ったり。それ言って相手がしんどくなるとか、クソバイスになるとか思わないんだろうなあって。人のふりみて我がふり直せで、年下の友達としゃべるときはあいつの顔を思い浮かべて老害にならぬよう自分にクギを刺す」と回答すると「でも男ってそういうもんでしょ」ときた。
この時点で〇〇氏に対しても質問者に対してもああ魂は預けられないなぁと思ってしまう(恋とは自己流の定義によれば魂の相互開示欲求だ)。大半こうなのだ。その点パイパン原理主義者の変態の友人は絶対に男はそういうもん論をとなえないので本当にえらい。
◆
小さい頃から何かを知りたいという欲求が強く対人においてはライフヒストリーと思考のロジックを掴みたいという方向で発揮された。知識は水だってぺこぱは言う、私としちゃもう少し切実で、前述の欲求は、学業面ではこの世に自分の知らないことがあるのがむかつくというか、得体のしれないパッションと焦りによりできるだけレンジを広げなければ! という圧力にかられていた。
そしてなるたけ幅広くという謎の義務感に応えるかたちで私は文学部総合プログラムというなんでもありのバーリトゥードに自分を放り込む、どれくらいなんでもありかっていうと文学部のすべての専攻の基礎を貴様らには受けてもらう、そのあとは好きにしろ、なにしたっていいけどヒトカドの卒論は出せよという場所に。ここで運よく「この人の弟子にどうしてもなりてえ~~~~~」という教授と出会った。
現実的に弟子になるのは全然ダメで、なぜなら私の才能努力も問題だったけれどなにより教授が弟子を育てようなんてこれっぽっちも考えておらず、色々あって私のセンセイは不登校になった(は?????)、理由は聞かされたけど私はずいぶん落胆した。進路について割り切るまで結構時間はかかったし、センセイの弟子になれないのであれば大学に留まる必要はないので院までいったが修士でオシマイ。けれども並行世界では、アカデミアのなかで割り切って別の研究室に行った。
久しぶりにまとめてオフの時間をとれることになったので、さっそく関西に帰って悪友どもに会いにいくことにした。どんな職業に就いても変わらぬ第一の願望。新幹線に乗り、午後、まだあかるい時間帯に関西へ着いた。他の誰でもない我が悪友のひとりが迎えにきている。
灰色のコンクリートの道路と、ナチュラル色に白かぬるいコールタールの屋根の新築、経年劣化した家屋に屋根だけが赤や群青の家々。歩道と車道を区切る街路樹は、一定間隔で並べられているくせにぽつんぽつんとした風情で、葉のつきかたがまばらだから何が植えられているかわからない。季節もわからない。私は細身の黒いトップスと、シュっとしたハイウエストの生成り色のスカートをはいて靴は歩きやすい茶ローファー、友人は黒のスウェットに細いジーンズで地味だけどおしゃれなスニーカーといういでたちだった。
他のメンツとの集合場所まで歩きながら、最近どないよ東京でうまくやってるか、と友人がたんねる。博士課程進学からポストを得るまでにはきつい時間が何年かあって、割に我慢が得意な私はそれなりにまじめにやって若手と呼ばれる程度にはなったよ、東京の大学で一応研究者として生計をたてて贅沢はできないが論文も書いてる。こうやって新幹線で思い立てば帰ってこられるくらいには金の余裕もある。それはよかった、と友人はコメントする。言葉どおりよかったと思っているのだろう。こいつはどれだけ私がつらいめにあって関西から逃げ出したか知っているのだから。
天下泰平といえるような散歩の時間のあと、集合場所である飲み屋にきた。ガララと木の扉をあけると、らっしゃいやぁせぇと店員が威勢よく挨拶した。今日のグループでこういう赤ちょうちん系の店に入るのは久しぶりかもしれない。東京へ出る直前と東京に出た直後は、みんな私を祝うために結構いい店で値段のはる飲みものをあけていたんだ。あとの2人(我々は4人組なのだ)は先に到着していたので、即飲み会開始。焼き鳥と刺し盛りとエイヒレとチョレギサラダと餃子とどでかいビール×4を頼み、ゲタゲタ笑う時間。モウモウとわきあがる店の煙、煙草の煙、しゃべってもしゃべっても足りない会話、闇討ちの如きボケと適切に鋭くブラックなツッコミ。この時間を買うために新幹線で来たんだよ、みんなマジで好きだ、と内心ナミダしながら爆笑していたその時、私のもとに一通のメールが来る。
「***大学***研究科***研究室 研究員 ***殿」
出だしからなんだか不穏な気配がする。読み進めると、はぁっなんじゃこら?! と声に出してしまった。内容はこうだった。
「先日あなたが同研究科の某氏について”~~~は、~~~である”という発言を行ったことに対し、大学の倫理規定において不適切発言とみなす。教授会でも当該発言について検討し、***大学として***殿には×ヶ月の停職処分が妥当と判断したため、左記のとおりの処分を行う」
とんでもねえ不吉なメールであったが、私には「不適切発言」をした記憶が一切ないのであった。酒とかクスリとかで記憶がない、もしくは言った本人が忘れてる、といったことではない。真に発言していない。「不適切発言」をしたのは別の人間だ。私はその場にいて、発言者が「不適切」なことを言ったあと「ね、そうでしょう?」と私に話題を振ってきたため、至極適当に「はぁそーでございますね」か「そうですかねぇ」と流したのだ。だが、どういう経緯かは知らないが私は発言者として責任を負い処分を言い渡されている。
こうなったら処分宣告に対してプロテストしなければならないが(はっきり否定しなかった私も同罪という見方ができるが、仮にそうだとしても発言者をすりかえられ代わりに処分を受けるのはまったくの不適当である)、ふと止まってしまった。今からしようとしていることは正しい。私は罰を受けるべきではないし処罰を回避しなければならない。しかし、正しいということと、正しさをおしすすめる態度が市井の人間にヒかれるかどうかということは別な話である。正攻法を全力でやると、おかしい、極端な人間だと思われることがよくあって、慣れたけど毎度微量ずつ心が削れる。心が削れることに対して拒否感だってある。板挟みになったので、私はフリーズしてしまった。
あの街路樹のある道に座標が戻ってしまった。なんで? ぼーっとしてたけど人の気配がしたのでふりかえると、迎えにきたほうの友人がいた。
「俺らは待ってるからな、しんどなったらいつでも帰ってきたらええねん」
そいつが言ったセリフではない。同じグループのひとりの、いつかのセリフがリフレインした。なので時空間が歪んでいるとわかった。いくつかのつまらない喧嘩と世界の終わりみたいにわめいた記憶がわきあがって、それでもこいつらといたいのだ、と10年前も思ったことを思った。時間がおかしいことになっているので、外は到着時とおなじにあかるい。私は新幹線で東京に戻ってやるべきことをやろう。こいつらにはヒかれててもいいや。だってヒいてても受容して大事にしてくれているのだから。
東京に戻った私は教授陣と大学に向かって大立ち回りをし、停職処分をまぬがれた。何枚かの紙を印刷してアンダーバーをひいて何人かの協力者も用意して、事実との齟齬をロジカルに激烈にそれでいて冷静に詰めまくり、つまり人より得意なことをした。まだアカデミアに居れることになったので、今期は本を書くことも目標にしようと思います。
◆
クッソ寒い季節に人と待ち合わせて杉並区で飲んだ、現実はいつでも季節があるんだよなぁ。今日しているピアス? イヤリング? きれいだねと褒めてくれたので私はにっこり笑ってこう言う、
「関西に仲いいやつらがいて、みんな片耳にピアス付けててそれがオシャレやなぁって思ったから、マネして片方だけイヤリングすることにしたの」
「ピアスはあけないの?」
「とてもいいことがあったらあけるわ、例えば本を出すことになるとか」
あるいは激烈な部分を受容してくれる誰かとまた出会えたら…せっついてピアス穴をあける必要はないよ、とわかっているからゆっくり酒を飲む。
地元のオイデュプス Ⅱ
ヤオ・ミナミと喧嘩した。あいつは音楽仲間でちょっと狂った青春のともだち、来る日も来る日もイベントや飲みに一緒に出て狂騒的な夜を過ごし、たまには一緒に風呂とか入って、つまりいい女の子だったのだけども、ささいなことでそっぽをむいてしまった。喧嘩の理由なんて今となっちゃ思い出せない。
喧嘩してちょっとしたあと1Fがめしや2Fがライブハウスの建物でおそめの昼食をとっていた。ひとりで。いつもの仲間はたくさんいて彼女も今日来ているのだけれどお互い会話はしない。もそもそガパオライスを食っているとなんや上の階で喧騒があるみたいだ。ドン! バン!となにかがぶつかっているうるさい物音もする。そのうちイベントに集まっていた大量の人間が2Fを封鎖しようとするのと開け放そうとするグループにわかれて、押し合いへし合いになってしまった。一体なんだ? と思っている間に封鎖勢力が負けてしまい、ドドドドと一気に2Fから人々が降りてきた。極めてシリアスな表情をした人間が大挙・逃亡、ざわめきと悲鳴のなかでききとれたのは2Fがゾンビパンデミックになっているということだった。
ミナミ!
私は2Fで踊っていたはずの彼女のことしか考えられなくなって、逃げる人々と反対方向に走り出した。泣きそうな顔をして。ミナミ! あいつがゾンビに喰われるなんて耐えられそうになかったから恐怖はほとんど感じずに済んだ。うずくまっていた彼女を発見し彼女の間近にいるゾンビをまず一体スワローキックで蹴り飛ばし、左手でミナミの右手を引いてもときた方向に走った。途中数体のゾンビに右裏拳などを喰らわせ走路を確保する。左手は絶対はなさない。一応安全そうな場所まで避難してぜえぜえ息を切らせながら「無事でよかったよ」とようやっと言えた。ミナミは泣いていた。2つの理由で。
ミナミは私が何をも顧みず彼女を助けに来たのと、そのためにゾンビに触れてしまいゾンビパンデミックに罹ってしまったのではないかという2点で泣いていた。彼女の懸念どおり私は生でゾンビを殴ってしまったために皮膚から感染してゾンビになってしもうた。頭の中身だけをそのままにして。
はぁーこんなことってあるんかいなあ。身体がゾンビで理性と感情は人間のままなんて。と考えているともう一人同じ「症状」のやつと出会った。ライブハウスにいたでけえ若い男で、だぶだぶの白いTシャツを着ていた。性格は決して悪かないが喧嘩好きのある意味脳筋、という感じだった。名をサカイという。面識はなく初めて会ったが、我々は同じ境遇という一点で仲良くならざるを得なかった。本能的に、同類がひとりもいない人生は苦痛でしかないと察していたのだろう。
サカイと私の処遇をどうするか仲間は最初決めかねていた。私やサカイから感染する可能性はないと言い切れないし、今理性があっても将来的にどうなるかは誰にもわからないからだ。結局、私たちは2人のゾンビと人間の共存するコミューンをつくることにした。ミナミや他の連中が、「サカイとタニキュウ(私の名前だ)はゾンビをいっぱい殴って私たちを助けてくれたんだから!」と主張しかけあって、移動式のコミューンが形成された。移動式なのは、一か所に固まっていたところで安全でもないし、もう社会のシステムはかねてからのゾンビパンデミックにより壊れかけていて放浪しながら食べ物などの生活必需品を手に入れる必要があったので。
衛生面からお風呂と寝る場所はミナミたちと別にしたけど、それ以外はふつうに一緒にいた。皮膚は少し色が変わってしまったが相変わらず私の肌はきれいだった。衣服越しでしか仲間に近寄れず生身で彼女らに接してしまわないよう注意を払ったけど。ゾンビになってから生活に係る費用は一気に減った。メシ食う必要がなくなったからだ。水は飲まないといけないし、たまーに血液を摂取しないとダメだが、ミナミとかがボランティアでそろそろと血を供給してくれるからこれだけで生きていける。余った金はコミューンを回すのにぶちこめばよかった。
◆
ライブハウスのパンデミックが過ぎてからも街にゾンビはあふれていて襲われる場合がある。
私はあかるいダイニングバーでクコの実が入ったおしゃれなリゾットを頼んで食べていた。食う必要がないだけで食事は楽しめる。食事の相手が年上の美容師で、このダイニングバーの入っているビルの一劃を経営していてやり手そう、今日は僕が奢りますよと言い、彼は熱心にサーブをして色々と話をしたし私からも話を聞こうとした。ありがたいことに酒もうまい。ゾンビになっても変わらぬ酒の味。ああ愛しい、酒と音楽と惚れたり腫れたりの日々。
なーんか気になるのが、彼は何度か私の発言をとりちがえて眉をひそめること。「今の、~っていう意味ですよ」と説明すると誤解をといた彼はパッと笑顔になるのだけども、気にくわないと判断したらすぐに不機嫌を表すのはなんだかおそろしい。DV気質なのかもしれないな、とにらみつつも彼は私の関心を買うことに尽力しているようだったから、まあええかと無視して飲んだ。無論自分の体液(唾液)の付着したコップを相手が間違って使わないよう目は光らせている。
「あなた、でも、彼女がいそうだけど」
「実際いるけどね。でも心動かされることはもうないんだ」
とんでもねえセリフをニコニコしながら吐きやがる。私は心動かす人員としてアサインされたわけかい。しかも彼のなかで、この横暴さと私に対する親切心は矛盾せずに同居しているのだろう、ということまで読み取って、世の中にはすんごい物件がいるもんだなあとダツリョクした。親切心は本物だろうから、あきれたけど怒りはしなかった。深入りはしたかないが。
…と物思いにふけっていたところで、建物内があわただしくなる。やはり、ゾンビの群れが人を襲っていることを認識。他のテーブルにいた仲間に声をかけて、皆安全な場所まで避難してもらうようにした。美容師の彼は自分の経営区域に残っているひとがいるかどうか確認するために走っていってしまい、私は後からおいかけて助けにいく。サカイは仲間のところまでゾンビが行かないよう中心部でせきとめる位置にいて、ゾンビ相手にご機嫌で暴れていた。楽しそーでうらやましいよコイツ…
私とサカイは爽快といっていいほどの暴力を使いこなす。ゾンビになってから身体能力は異常に上がっていたし、我々はいいコンビだった。パワー型で喧嘩慣れしているサカイと、わるだくみが得意でサポートに長けスタンドアロンでも及第点の対面性能を持っている私。 今日も無事美容師を無傷で返した。 仲間がゾンビに喰われてほしくないから一生懸命がんばった。いつでも。
◆
どっからうわさになったのかコミューン周りに政府の尖兵と呼べるようなやつらがちょろちょろしはじめてうっとーしくなってきた。まあ、政府としちゃいつアタマもゾンビになるかわかんねえアホ2人がいるだけで、捕縛対象にしてもおかしくはないが。医学的検査も受けてないしなんら検証はされていないからな。ゾンビ相手にステゴロで戦えるので人間が多少武器持ってたところで怖くはないんだが、ミナミたちまでつけねらう対象にしているのは許せねえ。だからといってコミューン解散もしない。曖昧に終わりというものがいつか来るだろうと思っている私は、それまで好きなやつらのそばにいたいだけ。
ときどきサカイと一緒にお互いの身体を点検する、こまめに消毒するようにしているけれどゾンビや国家の犬を連続で相手にしていて手入れの間隔が少しのびちゃうこともあり、今回の点検時は2人とも指先にゴキブリのようなかぎ爪が1本、にゅっと出ていた。あーあ。冷たいハイター風呂に2人してつかる。十分浸したところでかぎ爪をはぎとった。ハイター風呂なんて人間がはいったら拷問にしかならないけれど全然平気。以前は死海の塩風呂に15分入ってただけでまんことけつのあながしみたものだが。
コミューンの守りを今よりかためたい。情報収集すると(情報網は生前?からの武器ですね)同じように理性あるゾンビと人間が集団生活している場所があると知り、訪ねることにした。道中で国家の犬どもが何人かで襲ってきたので蹴散らし、ますますミナミたちを守るためには自分とサカイだけでは不安であった。アポを取った集団は、隣接県の田舎の方の里山で暮らしている。着いたところは昔ながらのわらぶき屋根のある家を改修して宿泊できるようになっていて、簡素であるが掃除の行き届いた広い家屋で、人間用とゾンビ用に浴室と寝室をつくっていた。いきさつを話すと運営者たちは好きなだけいたらいいしここで生活したらいいと言ってくれ、私たちはとりあえずしばらく暮らすことにした。予定は未定。
束の間の安息がおとずれた。住人が自ら野菜などを作りながら(私とサカイは体液が作物にかかってしまう可能性からたずさわれないが)、質素な生活を出来る。もともとが過疎集落だったおかげでゾンビパンデミックの影響もほとんどない。ライブハウスもきれいなダイニングバーもなんにもないけれど。
ある日、来訪者があらわれた。ひとりはあの美容師で、今度結婚するのだけれども、その前にあなたに会ってあの時のお礼を言いたかったと。少しばかりの贈り物もくれた。で、くだんの彼女と結婚するのかいと聞くと、そうだよと答えた。歯切れがむだにいい。さいですか。
「式の前撮りの写真とかないの? 」
「彼女を見せるのが恥ずかしい、美人ではないから」
なんじゃそりゃ。そりゃ彼女に失礼じゃない? 写真見たら確かに美人ではなかったが、お前の方がどうかと思うぞ。と内心のツッコミを全部隠しつつ、贈り物どうもありがとうと礼を言った。センスのいい雑貨で、田舎ではなかなか手に入らないものだ。素直にうれしい。
美容師が帰った数日後、もうひとりの来訪者は、なんと私が高校生のときに好きだった男の子だった。接点が全くなく、ゆえに一切フラグも立たず、ろくにしゃべりかけることも出来ないまま卒業した。彼は理性あるゾンビである種のヒーローとして有名になりつつある私(とサカイ)の評判を聞いて、ぜひタニキュウに会いたいとわざわざこんな田舎まで来たそうだ、ということを仲間から聞き、自室にいた私は会ってみようかしらんと身支度を整えようと鏡を見た瞬間に凍りついた。
私の顔は、とっくに、化け物になっていた。戦い過ぎたのか…腐った樹木かとんびの水死体、といった風情。激しい活動を続けて、もとの顔をキープできない状態になったらしい。もっともゾンビの基準でいうならば進化にあたるのかもしれないが。私がこうならサカイは…とサカイを呼んで彼を眺めると、彼もゆっくり、だが着実に異形と化してきていた。当初は皮膚の色がへんになったくらいだったのに、まるでもののけ姫に出てくる獣のように、皮膚から白い毛が生えてきていた。人の体毛なんか気にしないし、変化がゆるやかであったため気づかなかった。このままだと彼は、いいとこでかいねこちゃん、もちろんそれは最大限ポジティブに考えてで、おそらく白い体毛をした名状しがたきなにかになっていくのだろう。
私は、本当に好きだった男の子に会いにいかないことにした。ゾンビになっても恋慕は簡単には消えてくれないのな。これから先永遠に誰ともキスも性行為もしない。一瞬煌めくようなかつてのボーイフレンドたちのことが想起され、すぐふりはらうように努めた。仲間はいるからいい、いつかは別れることになるだろうが。どんな集団も永遠に存在することはできない。こんな姿になってしまったけど、ミナミや仲間のためにしたことは間違ってたとは思わないし後悔もしてない。そのとき選べた最善の札を切っただけだ、結果的にこうなってしまったけど。きっとミナミはこんな姿になった私でも今までどおり世話をしようとするだろうけど、嬉しいことであると同時に、私は悲しくなりもするだろう。
「ねえ、サカイ、あんただけは私の前から消えんといてね」
私はサカイにお願いする。我々に恋愛感情は多分ない、私はもしかしたらサカイのことを好きになるかもしれないけど彼はそうならないだろう、ただ我々にしかわかり得ないたぐいのことがあって、それはサカイも感じてる。サカイは私の悲しみやあきらめがとても深いことをよくわかっていたからこそ、かえって何も言わず、しずかにそばにいた。
犬温泉 Ⅱ
今日はずっとウルトラマン80のことを考えていてなぜならウルトラマン80のOPを通勤中に聴いていたからなのだけど今度から好みの男性のタイプを聞かれたらウルトラマン80と答えようと決めた。ウルトラマンレオ並みに殺陣が美しくウルトラマンA並みに技のデパートで、遠くの星から地球人に愛と勇気を教えにきて、涙の味を知っている男。
◆
I wanna be your dog, しかし気まぐれに開催される暴虐は数年に一度だから私はあなたとただお話していて、ふと気づいたから言ってみる。
”自分だって他のヤツとよろしくやってるくせに、相手が同じことしていると、所有欲とは似て非なるなにかが静かに点火される謎現象。アレがあの人相手だとないの。他の男とデートしてくる、って聞いても、「ああそういってらっしゃい、いい子だといいわね」って言えるの”
◆
ウルトラでかいハスキー犬の背につかまり、犬は爆走する。犬の導き。彼女/彼は私をいずこかへ連れて行ってくれているのだ、私が急いでいるから。例によってどこへ行き何を成し遂げないといけないのかは知らない。行かないといけないとだけわかっているから移動している。
犬は都会の、あるビルへ私を連れてきたのち消えてしまった。役割を果たしたのだ。ここは六本木とか、港区あたりなのだろうか? わりにきれいなビルだ。着いたときに、今日の目的を把握した。ここの3Fにある居酒屋が開催場所の会社飲み会に参加しなければならない。別に義務感ってわけじゃなくて、フツーに飲み会はしたい感じだけど。はじめての場所だからして、エレベータを探さずすぐに見つけた階段を上がっていく。外観はきれいだったが中は然程でもなく、すこーしうすよごれかかった白壁に手をつきながら3Fまで歩くと、飲食店に着いた。
中からスタッフの30代とみられる男性が出てきた。高級な料理店のようだ。私は彼にここは***という店ですか、と聞いたが答えはnoだった。彼の説明によると、このビルはA棟とB棟に分かれていて、私は行くべきところとちがった棟に入ってしまったらしい。男性はていねいに目的地へ行く道順を教えてくれ、それだけでなく一瞬キッチンに戻って(どうもキッチン担当兼ホール担当みたいね)白玉のようなものと煮こんだビーフをそれぞれひとかけらずつ分けてくれ、階段を降りるまで見送ってくれた。まるで、これから長く旅立つ友達にさよならを言うみたいに。
階段を一度降りきり、それから教えてもらった道順にしたがって進んでいく。途中でもらった白玉と肉を口にしながら。分けてもらった料理はとても美味しく、あの男の人がちゃんと見合った給与をもらっていたらいいな、と思った。ようやっと飲み会の会場に着き、入り口をあけると、そこは新式のスーパー銭湯のような場所であった。銭湯特有の庶民感はなく、内装に高級感をかもしだす工夫がされている。照明も新宿のナドニエみたいな暖色。一体どうやってここで飲み会なんてするんだろうか? 中ではいろいろの人が男女関係なく、横になってあたたかいミストを浴びたり座りながらホットストーンにあたったりしている。大きなグリーンも効果的に配置されており、植民地のリゾート、といったような風情がある。
ねえ、ここで私は何をしたらいいの? 「飲み会」という概念の定義がまったく違う世界にきてしまったみたい。だから彼はあの時食物を分けてくれたんだ。ここから先は謎と不明瞭なルールに支配されている領域への冒険だからがんばってねということだったのだ。彼は自分が差し出せる一番良いものを適量くれたということなのだろう。
加護をもらったのだから、一歩踏み出さねばならない。もう二人(一匹とひとり)も旅の導きに会った…いざゆかん我は王なり。アーサー王だって冒険に出て呪いにあったが最終的に(ガウェインとラグネルの助太刀で)どーにかなったじゃないか!
◆
“あたくしようやく気付いたわこれはlikeではなく掛け値なしのloveだって。だから向こうの誕生日に金属製のハートモチーフのチャームを贈ったの。愛を質量で表現したくて“
とてもいい話だ、とあなたは言う。
一体この世の何人が掛け値なしの愛を発見できるのだろうか? ときどき「こんなにストレートにアンタに愛を放つ人間はこの世に私だけよ、だからもっと大事にしなさい!」って言うけれど、まだ表現したりないのではないか? プライスレスの事象をバーバルで扱うこと自体ウルトラCなのかも? でもアーティストなら、やるんだよ!
次の会社飲み会あたりで好みの男性のタイプを聞かれそうだけど(女性のタイプは既に質問された)、ウルトラマン80と答えたら絶対どういうこと、とたずねられるだろう。そして私は前述の解説をして、きっと「強くて優しくてどんなにピンチになっても諦めないから負けない、顔の造形も初代・Aに通ずるジェンダレス、ああ80先生。」でしめくくる。地球の男が何億人たばになってもかなわんやろとツッコまれそう。だが実際、遠くの星からじゃなく、自分が引っ越したから多少遠くなっちゃったけど、俗世のヘテロなロマンティックラブイデオロギーを超えて愛と勇気を無限に引き出してくれる地球人が身近にいることは、煌めく秘密としてこっそり持っておく。
近日中に手紙を書くね!
粛清! パワフルプロ野球
真実を探してって文句の看板を掲げた宗教団体がそこかしこにいて東京では皆真実を探してるんだなあと思った。真実ってわざわざ探すものなの? 探すまでもなく明確にあって、すでにあるもんを評価したり判定したり感情を動かしたりするんとちゃうんか。前段階の、真実の有無について考えなあかん人間がたくさんいるらしい。 信者たちはすばらしくひとの良さそうな微笑みをしていた。どーして、あんな表情ができるのだろう。全員が。あの笑顔を浮かべられるようになるだけで、入信する価値はあるかもしんねえな。
「哲学家と革命家じゃ相性が悪かったみたい」
「それはそうでしょうね」
年下の友達と、中野のママがいる店で飲む。レモンサワーは冷たくて容易に腹を痛めつけてしまう、腹が冷たくなると吐き出してしまいたいことも臓腑のあたりで留まってしまうのだけれど、今日ここでいっぺん出してしまわないことには週末を乗り切れないにちがいなかったから、田辺聖子を媒介にした。
「『私的生活』という小説があって…芸術家の女の子と金持ちのボンボンが結婚すんのね。ボンボンは芸術家の女の子の個性を好きになんの。他の女の子とちがうところがおもしろくってね。でも、結婚したとたん、女の子をカタにハメようとすんの。俺が出歩くのはええけどお前は家におっとけよ、とか。そのうち女の子はどんどん元気がなくなって、それではじめて男の方は好きにしてくれたらええ、と言うのやけど、その時にはもう女の子は…」
◆
とっくに10年選手ですでに若手とはいえない時期になり、多少は丸くなったのだと思っている。自分では。ただし本日は別で、バンドマンの集まった飲み会に出ていると、バンドをやっていないのに参加していた同級生がくだくだとバンドマンをdisるので、うざくなってしまった。
なんでこのテの人間は、きらいなものが集まるところに出てきてイヤミを言うのだろう。若い女の子がいっぱいきた飲み会でどうせ女は式の空気が悪くなる侮蔑を言って、それでいて反撃されるとなぜ俺が怒られているのかわからないという表情をする男共に通ずる。顰蹙をかうのがすき、という変態であるならまだわかる(知人に一人いた)、だけど大半はそうでない。喧嘩を売るなら買われることまで想定していてほしい。
と、いうことをリズミカルに打撃した。暴力はビート、棘のある言葉を吐くならリズムがないといけない。こんなこと30年生きてたら誰だってわかるんだよ、わかってないのは愚民だけ。
バンドマンの会合が済むと正月明けの出勤でただちに市街へ出なければいけなかった。私は赤貧チルドレンの出であるから化け物退治が生業で、故郷の街では一旦貧しく生まれてしまったら死ぬまでそれを続けなければいけない。化け物は倒すとその日じゅうは現れないがまったく消失することもなく、確実に存在しつづける。私は死ぬまでやる。幸か不幸かそこそこの適正を持って生まれたために今日まで生きてこられたが、死んだとしても空白はすぐに誰かが埋めることになっているのだ。化け物は意思を持った生物というよりは、何らかの概念やシステムが具現化したように思える。だからこそ街の人間も化け物の存在を受け入れているし、倒す役割もなくなりやしない。
さっきまで音楽の界隈にいたのにいきなり生死のギリギリさにドライブしているけれど、バンドやってることと切り離されたことでもない。ズドン! と化け物を撃つ時、音楽を作っている時と何かが地続きだ。 un deux trois, un deux trois. どーしてだか化け物と対峙しても恐怖はないな、幽霊だと全身の毛がさかだつほど恐れるのに。
今日はどうも様子がちがった。いつもは人間と変わらないか多少大きめの体躯をした化け物しか出現しないのに、とんでもなくデカい気を感じる。やがて、私の他にも化け物退治を生業とする人間が何人か集まってきて、皆同じ感想を言った。街を成り立たせていた、ある種の秩序は崩壊しつつあるみたいだ。(もちろんこの秩序とは、貧乏人を搾取して保たれていたものだけど)
私たちは決めた。化け物退治する人間が束になっても、今から来るデカブツは止められないだろう。街の人間を数人差し出して、帰ってもらうしかない。差し出す人間は退治する人間から選ぶことはできない、私たちがいなくなったらよけいバランスが崩れてしまうから。民衆に、数人死ぬか、全員死ぬか選ぶように通達した。これはトロッコ問題ではないよ。机上のお題と実際の命のやりとりじゃ月とすっぽん以上の乖離がある。彼らは延々黙るかぼそぼそしゃべるだけで、全然選択しなかった。
ふと、自分は化け物に対してちっとも憎悪はないんだなあ、と気づいた。どっちかっていうと街のひとたちへの憎しみがほんのりあるかもしれない。
誰かが私を愛してくれたら私もその人を死ぬほど愛して、相手のためにすべてを投げうって戦うかもしれないセカイ系みたいに、いーやそんなことはしないししてはいけないのだ、決して。相手のために合わせて合わせて、結局うまくいかないレッスンならとうにしただろ。
◆
ようやく両手で顔を覆って言えるようになる。
「なんで、ひとりの人間の個性を好きになったのに、それを押し込めようとしたん? あそこまで追いつめられなかったら、こんなことにはならんかったのに」
話相手がテレビをみつめていたため愁嘆場は回避された。私は泣かずに、泣かなかった分は神様が帳尻を合わせて次の日I氏から連絡がきてピザパをすることになった。(ほんとに、I氏の方から連絡くるなんてまれなんだよな) 考え得るかぎり最善の手札であった。
初恋・海中編
「タイのサラブレッドは交配がススんでいて、とんでもなくデカいやつが川を歩きまくってるんだ」と聞いたから現地のナントカ川へ行った。農業がさかんな地域。午後の晴れた日に、川岸へ向かって進んでいく。大学で働いていたときに、教授陣と学生がタイとかミャンマーとかに大人数で行っていたけどどーして専門分野に関わることでもないのにそこいらへ行くのかしら、と思っていたが、今自分だってそうしている。よく分かったぜあらかじめ特定の結果を得るために行くんじゃないんだ、人間は事象を観測したら勝手に何か得るのだ。このムーブをするためにどこぞへ行って何かに会い各々がフィードバックする。
はたして川岸へ到達すると、白毛の大きな馬が二匹川へ入っていてゆたりゆたりと歩き回っている。農業に際してなんらかの利益があるように交配されたようだ。彼らは一般的なサラブレッドより一回り以上大きくて深い川でも全身は沈まない。私は一匹に憑依した。川の中にはピラニアのようなどう猛な肉食の魚がたくさんいるけれど、馬は水中に適した性質になっているらしく、冷たい水の中にずっといても平気だし魚を避ける何かも含有している。だからわざわざ馬なのか。鴨なんかを農業に使うのは知っているが何故馬?と思っていた。馬には馬なりの理由がある。これを確かめるためにここへ来て対象の内部まで入った。
◆
元気がありあまっているという連絡が来たので、あたくし全然元気じゃないわ元気分けてよん、ということになり高円寺まで遊びに行った。
「じゃあねえ、ケーキを手土産にお友達の家に行くマダムの役をするから、出迎えるお友達の役をしてくれる?」
こっちが銀座あたりの有名なケーキ屋らしいところで(銀座まで出たわけでなくファッションビルの洋菓子フロアに行った)ケーキを選んでいるあいだに、先方はデザートフォークとコーヒー豆を買いに出ていたらしい。そして目的地最寄りのセブンイレブンで温いティーを買っていたら相手と遭遇しそのままいっしょに家まで行く。あんたエスパー? なんでタイミングと居場所がわかったんだろう…
初恋・地獄編、というのがあったがさしずめ婚姻・地獄編よね、と思いながら雅なケーキを食べる。こういうのが食べたかったの、でも1人じゃ買う気にも食べる気にもならないもんね、と持論を述べると向こうも同意していた。ケーキを食べ終わると、ピザパに突入。ピザにはラムコークだと思いませんか? 煉獄へかけられた身はどう猛なまでのお楽しみで期間終了までもたすしかないのだ、ラムコークとM寸ピザ3枚をバカバカ摂りながら、Vtuberの配信をみてゲタゲタ笑う。
そのうち眠りにつき、誰かがカランとサイコロを振った。心の澱を振り落とす作業。この部屋に来るとき、いつもそう。サイコロは2つある。どんな目が出たのかは知らない。
◆
大阪湾はやおら広くて南港から泉南までズドンと位置している。子どものころは夏になると泉南の方の海水浴場まで、父親に連れていってもらった。大阪の海は人がよく大阪に抱くイメージとは全く別種の趣きであり、底抜けの明るさなんてない。なにわのペーソス、といったものでもない。市内とも南大阪とも違った、一種のpsycheといえるような特殊さで窓口をひらけているのだ。
ここまでが遊泳区域です、と示すためのテトラポッドが並んだ午後の晴れた海で、海岸から海を眺めていた。誰かが遊泳区域のなかごろでバチャバチャやっている。海にいるのはその1人だけ。泳ぎを楽しんでいる、という風ではなし、一箇所に留まるためにしいて立ち泳ぎをがんばっているみたいだ。しかも何か得体のしれないものをつかんでおり、腕の中からそれを出さないように努力していて。
一体何をしているんだろう…とぼんやり見ていたら、知っている男が私の横に立っていた。
「あっちに行かなくていいん?」
「どーして? 行かんとダメ?」
「だってあれがシャアの初恋やろ? 掴んどかんでええんか」
初恋ってとうに過ぎたものでないの? 今更掴みにいくものなの? あたくしの初恋は順当に友人の兄で、一応実った。16か17のときのはなし。既に済んだレッスンである。今言われている初恋とは、現実にあったことではなく、比喩とか概念なのかもしれぬ。あちらに行かなくてはいけないような気がしてきた…とはいえまだ人妻(法律上)なのだし…
浅瀬でバチャバチャやってるようでいつのまにか深みにハマって溺れるハメになるのが恋ですなあ。あそこまで行って自分も溺れかけるのであればディシプリンに相応の目標でないとイヤやわ、とりあえずあの知らんやつをあんたにすげかえたらあかん? と言いかけたところで目が覚める。
隣で横になっていた友人が窓をあけはなした。冷気が入ってきて寝てる間に汗ばんだ身体を冷やした。凍結したような三日月が非常にきれいでそのままを口にする。(友人も"きれいだね"と言う) むかしピンク色の雷が二色の浜に落ちるのをみた…あれくらいきれいだ。
薔薇色の近鉄
終わりの始まりでいつも続くからそうそうクライマックスはおとずれないし大抵死に方なんて選べない。
今朝…強めの薬を飲んで長時間の眠りについていたら、地震が起きた。阪神・淡路大震災を経験した身として、地震に対する警戒心は高い。目を覚ましてまずタテ揺れかヨコ揺れかをはかる。ヨコ揺れの方が危険だと学んだ。地学は担当が楽しい先生で実践に役立つことも教えてくれていた。
ドアを開錠し机の下にいた方がいいな、と判断したところで、怠惰がまさった。どうせPTSDでしんどいのだ。いつもは飲まない強めの薬を服用したのだって、婚姻生活にまつわるトラウマがじくじくと魂を絞めつけるからで、地震がなんだ、こっちゃ鬱やぞ殺すなら殺せ、と天災に向かって無言ではきすてた。まあでも震度4じゃどんもならん。震度6あったって、そうそう死ぬこたないだろう。
◆
亀戸の妙に心地のよいベッドで目覚めた。みたとこふつうの綿ポリエステル混のシーツでマットレスにも個性は見当たらないのに、なぜだろう。自室で寝ているときのように尿意で起きもせず、ずっと眠った。深く快適な眠りについたが、夢だけは悪夢だった。
今月で2回目…私は離婚がうまく進められず、相手の実家に荷物を取りにいくはめになった。関西の豪雪地帯にあるそこは、大阪府I市にある母方の祖母の家と圧縮同化されていた。家系のなかで家父長制の影が最も強い場所である祖母の家とイメージがまざりあっているのは、そこにもイエなるものの影響がある、と脳が認定しているのだろう。
私の両親も車で一緒に来ていて、向こうの親とは現実と同じように事務的な会話しかせず、彼らが何を言おうが淡々と流すという戦法をとっているようだった。私の荷物は少ししかないので滞在は短く済んだが、よせばいいのに私は何か彼らに言い(おそらくは心が通じる者相手にしか通用しないたぐいのことを)、返答があまりに思いやりのないものだったので泣きながらその辺に転がっていたワインのびんをつかんで壁にたたきつけた。
「…〇〇! 〇〇! そこにおる? あぁ、悪夢みた…」
私は芸術家の名前を叫び、読書していた芸術家は応答した。お嬢さん、悪夢をみたのかい、とでもいうような少しひょうきんな表情を浮かべて。もし幼い娘でもいたらこんな顔をするのかもしれない。実際、幼子みたいなもんかもしんねぇな。ボロボロで、真剣で、そのくせイージーで、悪夢をみたら心のマイナス点を打ち消すためにかわいがってもらおうとして。
「怖い夢みたの? この家が悪かったかな?」
私が怪奇現象を感知することを受けてのセリフだ。この家になんかいるということではないと思うけどな。でも、以前にも死にかけといったふぜいのイマジナリフレンドをここで目撃していたんだった。内面が出やすい家(小枝不動産風)なのかもしれない。単に最近、配偶者(法律上)関連の夢みてから闇のドミノ式にそういう夢をみやすいってだけだろうが。
あなたは餃子の話も寝言でしていたよというから、中華料理が食べたくなり、ラーメン屋に案内させたのだった。
◆
夢のシナリオとシナリオの合間に、薔薇のアレンジメントを目撃する。目撃と称してさしつかえないほどの、古風なアンティークピンクで大ぶりな、量もたっぷりとしたアレンジメントだった。白い簡素な机にそれだけがあり、部屋も簡素でところどころボロがあるがかえってボロが風味を出している、といったような。このような場所をさっと一瞬だけ通りすぎて、私はどこかへ行く。
◆
また関西に着いてしまった。GとかくれんぼのようなことをしながらふざけてN町を探検していた。子どもの頃は、路地を走って遊んでもお咎めなしで、街全体をつかって鬼ごっこ、ということも出来た。ただ、今は2020年だからか、町内会員の中年男女が前から来たので、「G、やめな、あの人らに注意されちゃう」と私は言った。人の家の軒先で身を隠すふりなんてしていたら小言のひとつやふたつくらいそうな雰囲気だったから。
学校へ行くときだって、街の雰囲気は変わりはじめていた。いや、上から流れ込む何かにアテられて変容しつつある、というのが正確か。通学路につかっていた内環の高架下は、前は「オメコ」とスプレーで書き殴ったあとがある程度だったのに、極右的スローガンの書いてあるチラシがそこここに貼られているようになった。街のひとびとは、尋常の風景として受容しているようだ。
こんな街に長くはいられないから、当たり前のように座標は駅に飛ぶ。見た感じ近鉄奈良駅のホームのようだ。私は近鉄の特急券をにぎりしめてどこかへ発つ予定だ、例によってどこかはわからないけれど近鉄特急なら鳥羽だか伊勢だかそのあたりだろう。伊勢…日本の神道のシンボルみたいなところに何の用があっていくのか。フィールドワークなのか、昔極右団体を調べるために8/15の九段下へ行ったように。自分が何を成そうとしてるのかは知らない、だけどどこへだって行くここは夢だから。
夢の駅はいつも危険で乗れなかったり間違えた電車に乗ったりするからおっかなびっくりで時刻を確認しながら、なんとか目的の車両へ乗り込んだ。その車両には修学旅行なのか中学生がいっぱいで、やはり間違えたかなと思ったが特急券の詳細をみるかぎりは合っている。やがてひとりの男子が私に話しかけ、彼が今回の旅の導きだとわかる、確かに最近年下の友達に救われることが多いのだものな、着いたところがどこでも私はやるべきことをやろう。例えば素晴らしい薔薇の花束を友情のあかしとして彼に贈るとか。
フラワーアレンジメントさえ家庭の記憶のひとつして直視できなかったのに、ようやく花のことを考えられるフェーズにきた、のだと思う。
トリビアの地獄の泉
これはトリビアなんだけど結婚観は麻雀のスタイルと同じで、私なんぞは理想の役を揃えるためにあっけなく牌を切り捨てちゃう、一旦これを形成するのだと決めたらたとえ赤ドラでもトラッシュしてしまい対戦相手から侮りと感心のいりまじった顔を向けられてしまう。
現実の結婚でいえば革命家としての生を捨てなくてよいということが第一義で、外国人差別と女性差別のない役を作りたかったのだから、他のトピックはうっちゃった。なんかの折に婚活アドバイスしている人間が書いた記事を読み、
「たとえばあなたがお金持ちと結婚したいのなら、相手が仕事で忙しくてろくに家に帰ってこれなかったり浮気性だったりしても妥協しなくてはなりません。絶対に譲れないポイントと我慢できるポイントを自己分析しましょう」
というのを見てそれはそうだなと思った。マイレジデンスワールドで外国人差別と女性差別のない、もっといやーあらゆる差別や搾取を許さない婚姻関係を築きたいのなら、そんなことはごみためで宝石のひとかけをみつけだすのと同様の難易度なのだから、他のことはまあよかろうの精神でいかないとねということにしていたのだった。
そして赤ドラを捨てたのと同じようなスピードで泣きながらアクセルを踏んでハンドルを鬼切りする羽目となり、現・まあじゃん放浪記となっている。ねえ、やっぱり赤ドラって捨てちゃいけなかったの? 男友達は皆怒っていた。お前が泣くようなことになるならだめだったのだし俺たちは最初からよい選択だと思っていなかった、と。私は今どんな役を作っていいかわからなくなって、延々牌をじゃらじゃら混ぜてる。
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電車で痴漢されてしまいこの世は地獄だと悟った。
痴漢てさあ、されてもすぐ動けないよね。まず「これはマジ、なのか?」と逡巡するステップがあって、マジじゃんと判断できたとしても今度はどーしていーかわかんなくなる。トリビアなんすけど反撃とか声あげるとかできなくてもとりあえず身を守るだけなら体調悪いことにして近くの人に席ゆずってもらったらいいよ。そんで今回はっていうと、うーぞぞぞーと寒気が走り身体が、喉さえもフリーズしてなかなか声が出なかった。さんざ撫で回されたあとに漸く声が出るようになって、「クソジジイ、ヤメレ!」と叫ぶもクソジジイはクソジジイなので全然手を止めなかった。
野暮用で同行していた同僚の男だってちっとも止めてくれなくて、こいつ同じアジカン世代のくせになんなんだよ、と思っていたらFinally身体も動くようになった私がジジイをぶん殴ろうとしたところで「まあまあ、双方おさえておさえて」だって。は? 何言ってるんですか相手は犯罪者ですよ! と同僚を詰めている間に同僚はもう行ってください騒ぎを起こさないで、などと片手をぴらぴらさせながらのたまい犯罪者を逃がした。愕然とした。この男は、性犯罪と性犯罪に対してキレることを同等の罪だと認識しているのだ。何を言っても無駄だ。説明しないとわからないなら説明したってわからない。(Ⓒ村上春樹)
諦めたので、とっとと同僚と用件を済ませてオフィスへ戻った。あいつより偉い役職つきの人間に直訴することだってできただろう。だけれども私はそうしなかった。プロジェクト単位で出向している私は、おそらく「騒ぎ」を起こすことで不利な立場になるのだ。同僚はお客様だから、何したってどこにも飛ばされない。来てわかったが東京って、たとえば「女の人って〇〇だから」式のごたくを述べる人間が腐るほどいて、かつてのレジデンスエリアよりよっぽど野蛮だ。関西ではン十年ずっとそういう言説を焼き討ちしてたから、少なくとも射程距離内では小さな革命が達成されていたのだ。プロジェクトが終わったらバイバイいずこかへ、になっちゃうかもしれない私は、1からクソと悪戦苦闘して手足をババまみれにするよりは、慣れた職場でビジネス的成長を得る方を選んだ。
同僚と同じ出向先所属の女性が、黙って仕事している私に話しかけた。
「〇〇さん、俺の行動もしかしたらまずかったのかなってちょっと反省してるみたいだよ」
それがなんだってんだ。
社内で五角関係に火をつけるくらいしないとやってらんなくない?
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帰省を決めたのは12/1のことで新宿でドクター・スリープを観てすぐ祖母の家へ行くべきだ、と決心した。機器のテストのため休日出勤したあと、あたらしくできた友達とTOHOへ行った。視聴後私は心底恐怖に見舞われた。ひとたびシャイニングを持って生まれたら、一生対峙しなきゃいけないんだ!
ふらふらで映画館を出た私を同行者が餃子屋へ連れて行き、大量のパクチーとビールと餃子でもてなしながら、きっと手立てはあるから対策を考えよう、と言った。じつにマトモな青年じゃないか。否定もしないしアドバイスは冷静だ。よって私は怖いけど祖母の家と墓、つまり我がシャイニングの源泉へ行って先祖の力を継承するぜと言い、加えてun deux trois, イメージトレーニングを毎夜行うことにした。
ラブ・ストーリーは突然に帰省も突然に。年末年始帰る予定だったが急遽関西の親友の結婚が決まりあちらへ弾丸移動することとなった。bullet trainとはよく言ったものね。親友は結婚なぞ絶対せんような男で、20代の頃「結婚はしたかないけど孤独死は嫌だわ」と言うと「お前まだ諦めてないんか、俺はとっくに諦めてるぞ」と金言を残していた。だけど結婚することになった。私は戦友をひとり失ったようなしこりを感じていながらも、親友の人生の節目なのだから盛大に祝おう、と考えていた。
だが…親友の結婚式は古都で開催されるのに、私は滋賀だか福井だかとにかく関係のない自治体に位置していた。配偶者(法律上)を想起させる街で、何故だか乗車できずに駅のホームで立ち尽くしている。
どうして? 決まりきっている。今回の夢のルールもいつもと同じ、何かを成し遂げなければ何もかなえられないのだ。ディシプリンを乗り越えなければ、親友を祝うことすらできない! 私は親友のもとにかけつけたい。なのであまんじて試練を受けるわ。
座標は大阪府I市へ移った。祖母の家だ。ムダン(口寄師)の血、母方の血統を象徴するここに来るのは当然といえる、だって私が乗り越えなければいけない一等のものは、物心ついた時から脅かされてきた恐怖そのものだからだ。
祖母が死んで以来、祖母の家には誰も住んでいない。時折おばがひとり生家で心身をやすめるために使う以外ひとけはないところだ。しかし、私が祖母の家に移動した時点でナニカイル気配が発生した。当たり前…私の生家である幽霊屋敷が他人の手に渡り父方のおじの家も売られたので、ここが家父長制の影、イエなるものの力が最も強くなる場所になっている。イエなるものが怪異となって猛威をふるうとき、彼らはかならずイエで一番弱いもの、女性と子どもを狙う。私が来たのなんて、彼らからしたらかつての恰好のごちそうの再来、といったところだろう。
でもね、ちゃんと練習してたの。
私は右手に金属バットを持つ。持ってきたやつじゃない、今持ってることにしたのだ。夢の世界では心の底から信じればなんだってできると既にレッスンした。恐怖とトイメンになった際によい思い出をたぐりよせ恐れをかき消す訓練と、電撃的な暴力を叩き込むイメトレをしていた。現実だろうが夢だろうが、対応できるように。実際、ドクター・スリープを観て20日くらい後、本当に人ならざるものが襲ってきたが、自分をあっためる記憶を呼び起こしながら(まさに親友との思い出!)大声を出し地獄へ追い返した。スキン補正ハイパーボイスで確1。
レッスンを積んだ私は今やノーモーションで暴力のツールを生成することが可能。un deux trois, 見えざるものに向かって(もちろん位置はわかる、ESPだもん)金属バットを思いきりふるう。un deux trois, un deux trois.
幽霊をボコったらちゃんと座標が再移動した。私はパーティの会場へ。確か結婚式のあとって各々独身時代の友人と飲みに行くんだっけ? 浴びるほど酒を飲もう。私はあんたを祝う。あんたが今まで私のために祈ってくれたのと同じほどに。