『自分に自信が無い』 『周りからどう見られているのかが気になる』 『常に周りに気を遣っている』 『比較的よく「いい人だ」と言われる』『人に嫌われるのがたまらなく怖い』 そんなあなたは間違い無く嫌われ恐怖症の罹患者だろう。 これは主に、そこそこの交友関係を持ち、逆に自分への信頼、すなわち自信が全く無い人間に潜伏、または発症する、地獄の悪疫であり、極端に重篤化すれば、冗談でも誇張でも無く一直線で死に至る危険な病である。 ここでは、特に重篤化してしまった場合の典型的な症状、その思考ルーチンについて、具体的に考察していきたい。 まず、全ての原因の根幹は自分に自信が無いという、至極単純で、誰にでも当てはまるような所に根差している。 これに色々な条件が重なることで、嫌われ恐怖症特有のネガティヴスパイラルが生じるのだ。 では、その条件を個別に見てゆこう。 第一に、『社交的である』。 第二に、『よく空気が読める』。 第三に、『感性が繊細である』。 主にこれらが挙げられる。 一見すれば、どれも人付き合いをするにあたっては有利に働く性質であるように見えるし、実際に嫌われ恐怖症罹患者にはいわゆるリア充層の人間も多い。 しかし彼氏や彼女、友人と親密になればなるほど、この病はあたかも有刺鉄線のように深く罹患者の精神を締め上げ、傷付けていくのである。 嫌われ恐怖症罹患者は、基本的に人間が好きだ。 喋ることや、メールをすること、一緒に遊ぶことが好きなのである。 極端な場合、周りから見ると引かれるほど他人になつく(依存する)こともある。 しかし、その実、常にこのような疑念が付きまとう。 『自分は本当に好かれているのだろうか?』 『実は嫌われているのではないだろうか?』 心の隙間から止めどなく溢れる猛毒は、やがて自らを深く汚染していく。 『本当はとんでもない迷惑を掛けてしまっているのではないだろうか?』 『そのうち愛想を尽かされて、嫌われてしまうのでは無いだろうか?』 いくら相手が『そんなことないよ』『大丈夫だよ』と言ってくれても、それを心から信じられない。 なぜなら、そう、『自信が無いから』だ。 『自分が相手に好かれている自信が無い』。 これは主観と客観に致命的な認識の差をもたらす原因となる。 ほんの少しの、日常ではよくある程度のすれ違い――――『おそらく相手の寝落ちでメールが急に途絶える』『おそらくどうしようもない事故で約束が急に潰れる』――――これらが、疑心暗鬼をぶくぶくと肥大させる恰好の餌となる。 こんな『すれ違い』が連続して起きようものなら、通常『最近ついてないなぁ』で済ませるぐらいの不運も、『自分が嫌われている』と言う確固たる証左へと変貌を遂げる。自分の中で、負の実績がどんどん積み上がっていく。 重度罹患者には、もはや『不運』を受け入れる余裕すら無い。 自らに原因を求めないと、罹患者の繊細な精神は耐えられないのだ。 こうなってしまえば、もうどこまでも自爆、自滅していくだけだ。 そうすれば、晴れて、最初は本当に心配してくれていた友人達も『もうどうしようもないな』と愛想を尽かし、彼の元を去っていくわけである。どんなに優しい言葉を掛けても信頼してもらえないのだからこれは当然の結果であり、友人達に非は無い。 そして最後に罹患者はこう考える。『ほら、やっぱり』と。 ――――これが嫌われ恐怖症の最悪のケースだが、決して少なくない結末でもある。 嫌われることを恐れ、嫌われることを嫌い、空回りして疑心暗鬼に陥り、そしてなにより『人が好き』であるがゆえに、こうした悲惨な結果を招いてしまうのが、この病の恐ろしい点である。 しかし、この病の真に恐るべき点の一つは、 『当人以外には全くその苦しみが理解出来ないこと』 であろう。 ある患者は過去に自分が言った言葉が気になり、相手に失礼に当たるのか否かを極端に気にする。普通は気にしないことも気になるのがこの病気の怖い処 勘違いが勘違いを呼び、正常だった歯車が次々とかみ合わなくなってゆく有り様には、主観と客観の堅牢で残酷な壁の存在を思い知らされる。 さて、では、この病の療法について、最後に考察していこう。 原因が単純なだけに、複雑な手順は要しない。 『自信を持つこと』である。 『自分は人並みに人付き合いが出来ている』 『自分を好いてくれている人がいる』 このように、まずは自分を取り巻く現状を認識し、肯定することが大切なのである。 また、誰しも不運が続くことや勘違いをすることがあり、どうしても仲良くなれない人間が存在することもあると言う現実を真正面から見据えられれば、この病は完治するだろう。 ――――もっとも、そう簡単に主観は揺らがない。 罹患者の『心』に幾重にも巻き付き、容赦なく締め上げ、いびつな形に固定してしまうのが、この病のもう一つの真に恐ろしい点である。 そして、最悪の段階としては、人との付き合い方がわからなくなり、出来ていたことが出来なくなる。 しかも、こういう症状に過去や現在の出来事などがトラウマになって折り重なり、ますます抜け出せないのである。 『自覚があっても』である。嫌われ恐怖症罹患者にやって欲しいのは、しっかりとした自己認識である。 何故自信がないのか。10人居れば10通りの原因があるだろう。しかし、罹患者の多くに共通点がある。 あなたは、自分が他人の評価に、必要以上に振り回されていると自分で思っていないだろうか。 それは実は厳密には間違いである。他人の評価も自分の主観の中にしか存在しないのだから。 説明が下手で申し訳ないが、 あなたは一番最初に、「価値のない自分」を設定している。そしてそれを通して「他人の評価」を見て、それを「自分の価値」と直結させているのだ。 つまり、誰も何もしないうちから、既にあなたの価値はなくなっているのである。 当然、他人の好意的態度も疑わしく見えるし、ましてや悪意を欠片でも向けられようものなら、あなたは自分を責めずにはいられなくなる。 脳は自分の間違いを認めたがらない。あなたが自分を価値がないと見なす以上、価値がない証拠を探そうとする。 自分の過去、周囲との比較。前述のものに加え、特に意図のない他人の行動からも証拠は積み重なっていく。 そして最終的に行き着くのがやっぱりな である。あなたの脳はこの結論に安心する。 更に、脳には前と同じ状態であろうとする性質がある。つまりこれらの流れはある意味では脳のきちんとした働きのお陰であり、自分を振り回しているのは自分なのだ。 これは症状が酷くなるほど曖昧になってくる。自分の評価が先なのか、他人の評価が先なのか。だが、あくまで出発点は自分の評価だということを頭に置いていて欲しい。 またこれらの症状、心の病でなくとも普通に社会生活を送っていれば大なり小なり誰もが感じることである(余程の自信家でなければ)。 従って当てはまった人も、あなただけが特別な訳ではなく皆が当たり前に同じ不安を抱えて生きているのだということを忘れないように。 とはいえ社会生活を送るのが困難なほど重篤化し「罹患」という言葉が相応しくなって来ると、最早ただの自意識過剰とは話が違い悠長なことを言ってられなくなる。一刻も早く、専門家に相談するべきだ。 どちらが先か後かはわからないが、今のあなたは、社会性不安障害をはじめとした何らかの病気にかかっている可能性が高い。 信頼できる医師を探す必要がある。ドクターショッピングは良くないが、精神科、心療内科は、特に合う合わないが存在する。 腰を据えて医師を探して欲しい。あなたにきちんと向かいあってくれるか。薬の処方は適切か。持てる限りの情報を持って医師を観察しよう。100点でなくてもいい。80点を出せるような医師にかかろう。それが未来への一歩である。
嫌われ恐怖症 -アニヲタWiki- (via petapeta)















