『バッカーノ!』を創った映画たち
本日5月30日は長年推しているライトノベル作家兼小説家兼漫画ドラマ原作者兼ゲームシナリオライターこと成田良悟先生の誕生日なので、先生のデビュー小説『バッカーノ!!』について映画との関係性に触れつつ個人的な推しどころをつらつら綴ったコラム的なものをここに再録する。初出は2025年2月に開催された『バッカーノ!!』の非公式webオンリーイベントで、12ページの小冊子としてネットプリント配信した。記事内の画像はその表紙として筆者が作成したもので、文中に登場する映画のオープニングクレジットにオマージュを捧げた。文章はこれから映画を観る人向けにネタバレはできるだけ避けつつ丁寧めにあらすじを書いた。二本立てで8000字くらいある。映画から小説に、または小説から映画に触れるきっかけの一助に慣れたなら嬉しい。
【A side】馬鹿騒ぎの原点と彼ら彼女らの生き様について
2002年に成田良悟が第9回電撃ゲーム小説大賞〈金賞〉を受賞したデビュー作『バッカーノ! The Rollings Bootlegs』は、刊行当時の帯に載った推薦コメントによると「『パルプ・フィクション』を目指し」て書かれたことになっている。
『パルプ・フィクション』はレストランで強盗を企てるカップル、人を殺す前に必ず同じ言葉を唱えるギャング、ボスの妻と一晩デートする羽目になったヴィンセント・ベガ、祖父から父へと受け継がれてきた金の腕時計のために命を張るボクサー、といった様々な登場人物を主人公に据えた短いエピソードが詰まったオムニバス映画でありながら、実は全てのエピソードがひと連なりの時間軸のなかで展開している長編映画でもある。派手な銃撃、冗長なのに聞き入ってしまう会話シーン、タイミングの妙によって一瞬でひっくり返る人間の運命、これらが時系列をシャッフルしながら映し出されていく構成の面白さ。『バッカーノ!』の誕生に影響を与えたと言われてみれば、たしかに、と思う人もいるだろう。
ところが成田良悟が後年Twitterで語ったところによると、実は『バッカーノ!』が目指した映画は『パルプ・フィクション』ではなかったという。
そういやさっきの話、もしかしてバッカーノの初代の帯の推薦文の『パルプフィクションを目指しました』ってのから誤解されてるのかしら。(@ryohgo_narita 午前7:37 · 2010年1月31日)
私は『ロックストックトゥースモーキンバレルズ』と言ったのですが、帯では『パルプフィクション』になっていて、どうも間違って伝わっていたようなのですが、もう刷り上がった後だったのでまあいいかと流してた部分でした。流石に推薦文に『違います』とは言えませんし……。(@ryohgo_narita 午前7:41 · 2010年1月31日)
同日のツイート曰く「推薦してくださった方には後の授賞式でちゃんと「思い出した! あれ、パルプフィクションじゃないっすよ!」と言って笑い話になりました」とのことなので、この齟齬はすでに当事者間で解決しているようだ。だが「『パルプフィクションのパクリ』はデビュー当時言われ捲り」、作者本人は「おかげで逆に中々タランティーノ映画が見れなくなるという悪循環に」陥ったらしい。なんとも大変な話だ。
ちなみに『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』はガイ・リッチー監督の長編デビュー作だ。ある時イカサマ賭博によって50万ポンドの借金を負ってしまったエディとその仲間三人は、アパートの隣部屋に住んでいるギャングたちが大麻の売人の屋敷襲撃計画を企てていると知り、じゃあギャングが大麻を盗んだところで俺たちがそれを横取りして売っちまえば借金返済できるじゃん! と思いついてしまう。はて、どこぞの不良集団が1931年の列車で似たような計画を立てていた気が……と思い至った方は、この先にあの『事件』に似た混沌の気配を察知したことだろう。ところがここにイカサマ賭博の元締めが小悪党に盗ませた銃二丁が行方知れずになるという出来事が絡み合い、登場人物達の運命を更にはちゃめちゃに掻き回していくのだ。
ある者は簡単に為せるはずだった簒奪が頓挫し続ける状況に苛立ち、ある者はすれ違いと鉢合わせで勃発する事件の数々にただただ困惑する。エディ達、元締め、ギャング、売人、小悪党、求めたものを手に入れるのは果たして誰か。二丁の銃はどこへ行くのか。もし貴方が『バッカーノ!』を通し、様々な勢力の思惑と行動が重なり合って生じていく運命の螺旋、その螺旋に巻かれて次から次へと居場所を変えていった「不死の酒」がもたらすクライマックスに魅せられたのであれば、『ロック、ストック~』はまちがいなくオススメできる映画だ。
おなじガイ・リッチー監督による映画『スナッチ』も、『バッカーノ!』に影響を与えたといわれる作品だ。『スナッチ』を観たことがなくても、アニメ版『バッカーノ!』のオープニングが『スナッチ』にオマージュを捧げているのを知っている『バッカーノ!』ファンは多いだろう。二つのオープニングを見比べてみると『バッカーノ!』は『スナッチ』の色彩やテロップの出し方を単になぞるだけでなく、小道具や背景もできるだけ丁寧に拾い上げ、そこにふさわしいキャラクターを配置している点にリスペクトを感じることができる。アニメ版のファンにはぜひ観てみてほしい。
本編についても簡単に触れておこう。『スナッチ』では盗まれた86カラットのダイヤモンドを巡って右往左往する人々と、裏ボクシングの八百長を成立させるためなぜか他人の母親に車を買う羽目になるプロモーター達の行動がロンドンを舞台に交錯し、事態は犬や牛乳パックに転がされ混迷を極めながらもひとつの決着を見る(犬は死なないので安心してほしい)。この要約だと『バッカーノ!』に関わりがあるのはオープニングのみではないかと思われるかもしれないが、実際に観てみると『バッカーノ!1931』の展開を彷彿とさせるシーンがいくつか出てくる。影響を受けた箇所を成田良悟が明言している文献等は見つけられなかったが、ジャグジー・スプロットの抗いやフライング・プッシーフット号での事件の始まりはここから着想を得たのでは……? と想像しながら観賞できるのも楽しい。なお死体はほぼ映らないがボクシングのシーンで若干の流血があるため、苦手な方は無理のない範囲でお楽しみいただきたい。
ところで『ロック、ストック~』『スナッチ』の登場人物たちはほぼ全員が犯罪に手を染めており、その行動原理は私利私欲、ボスの命令、上の人間に殺されないため、などなど善性に根ざしたものとは言いがたい。そんなどうしようもない人間たちのいきあたりばったりの行動、成功を信じて疑わない不用心な選択が連鎖して、予期せぬ展開に転がされていくさまにはつい笑ってしまう。
『バッカーノ!』に登場する人々とて、自分が犯罪者だと自覚している者も含めてろくでもない生業の者ばかりだ。『ロック・ストック〜』のエディの仲間には、一人だけ犯罪以外のクリーンな仕事をしていることから「ソープ(石鹸)」と呼ばれている男がいるが、仲間内で最も物騒な提案をしてドン引きされるのもこのソープだったりする(「お前怖ぇよ!」と周囲が悲鳴を上げるこのシーンが個人的にとても好きだ)。『バッカーノ!』にもソープのように犯罪に関わらない世界で生きながらも、自分から狂乱に足を踏み入れる者、巻き込まれる者が少なくない。
そして彼ら彼女らは様々な理由で自分の行動を選択する。誰かを救おうとして。誰かを殺したくて。誰かが憧れてくれた自分になりたくて。享楽のために。笑顔のために。今はいないあのひとともう一度会うために。
善いことを為すために、ではないのだ。そうするのが正しいからでさえない。その意味では先に挙げた映画の登場人物達となんら変わらない。なのになぜか彼ら彼女らの選択には胸が踊る。時に手に汗握り、時にはその理由が報われるように祈りながら、その行く末を見届けずにいられない。
──正しき者の道は悪しき者によって阻まれる。弱き者を導く者に幸いあれ──
最初に紹介した『パルプ・フィクション』に登場するギャングの男は、人を撃ち殺す前にいつもこんな言葉を唱えていた。今から死ぬ相手に、お前はもう終わりだ、と分かりやすく伝えられるからだ。だがとある「奇跡」をきっかけにこの言葉の意味を考えてみた男はひとつの真実に気が付く。「正しき者」とは自分ではない。「弱き者」が誰かは分からない。「悪しき者」とは自分のことだ。どうしようもなく自分は「悪」だ。
「でもな」と続けて男は言う。「俺は諦めないぜ。頑張って努力して、「導く者」になりたいんだ」と。
『バッカーノ!』の人々の選択が読み手をワクワクさせるのは、彼ら彼女らが生きたい人生のために自分自身を賭けるからだ。導く者になるべく努力すると言ったギャングのように、なりたい自分を諦めないからだ。世間に怯える者、自分の弱さを憎む者さえ、自分が選ぶべき瞬間からは決して逃げはしない。命じられるでも流されるでもなく、正しさの尺度などかなぐり捨てて、彼ら彼女らは自分自身を人生の瞬間にベットする。運命の奔流に呑まれながらもこれが自分だと世界に叫ぶ姿は、偉業と呼ぶにはちっぽけで、無謀と嘲るにはかっこよすぎて、だからこそ心を揺さぶる。その力強い生き様が周囲のささやかな決意や行動と交わり、偶然を重ねた果てにひとつの結末へと至る時、我々の身の内には生きる喜びを謡う彼ら彼女らの凱歌が響く。アニメ第13幕のタイトル「不死者もそうでない者もひとしなみに人生を謳歌する」とは、『バッカーノ!』の物語を見届けた者の感慨を的確に言い表した言葉といえるだろう。
今回紹介した映画はどれも、異なる目的や信条を持った多種多様な立場の人間たちによる、何気ない選択が誰かの運命を変え奇跡を織り成していく物語だ。1930年の「螺旋」に始まり今も「渦」を巻いている「馬鹿騒ぎ」がどこへ辿り着くのか。楽しみに待つ間、この文章が『バッカーノ!』の原点を観賞するきっかけとなれば幸いである。
【B side】アメリカで生きるということ、誰かに出会うということ
「You ain't heard nothin' yet.(お楽しみはこれからだ)」。
世の中には二種類の人間がいる。この台詞で『バッカーノ!』を思い出す者とそうでない者だ。
『バッカーノ!』のフェリックス・ウォーケンことクレア・スタンフィールドがしばしば引き合いに出すこの台詞は、『バッカーノ!1932 Drug & The Dominos』でケイト・ガンドールが夫のキースとの出会いを語るシーンで触れているとおり、映画『ジャズ・シンガー』で一番最初に有声(トーキー)として発せられた台詞だ。かつて「映画」とは映像のみで音声のない無声映画(サイレント)のことであり、台詞やナレーションはカットの間に挿入される字幕によって表現されていた。それが1920年代になるとディスクに音を焼き付けフィルムと同時に再生するヴァイタフォン方式、それを用いた短編トーキー『ドン・ファン』などの実験的な作品が制作されるようになる。
こうした流れで1927年に公開された世界初の長編トーキー映画『ジャズ・シンガー』は、主演のアル・ジョルスンの歌唱と一部の台詞以外はほぼサイレントで構成されており、ほかの登場人物たちの声はほとんど聞こえない。ジョルスンが歌うシーンで同時に録音されたらしき、母親役の笑い声と父親役の「やめろ!」という一言くらいだ。それでも『ジャズ・シンガー』は字幕ではなく音声で流れる台詞、「主演のアル・ジョルスンの歌」、ケイトが涙した「盛大な、拍手の音」、といったトーキーならではの演出で観衆を魅了し、その商業的成功をもって映画の歴史を変えた。トーキー時代の幕開けとともにサイレントの時代は終わりを告げたのだ。
サイレントの衰退によってケイトはシアター・オルガン奏者としての職を失うが、サイレントからトーキーへの転換は当時の映画俳優達にとっても大事件だった。それまでの映画は声を通して観客に感情を届ける手段がないため、無音の表情や仕草で感情を表現するしかなく、それゆえに顔や身体を大袈裟に動かす演技が求められていた。もちろん無声の世界には無声ならではの味わいがある。登場人物たちの表情豊かなやりとり、字幕の挿入によって生じる絶妙な間合いが笑いを誘うコメディ・タッチのシーンなどはその一例だろう。
だが「声」という最も真新しい感情表現を得たトーキーに、サイレント時代の大仰な演技技法があらゆるジャンルで許容されたとは想像し難い。加えて声の演技が求められるトーキーにおいて、滑舌が悪いこと、訛りが強いこと、声が美しくないことは俳優として致命的だった。『ザッツ・エンタテインメント』によれば声の演技が重要になったトーキーの隆盛期、映画界の新しい波に乗れず仕事を失った俳優は少なくなかったという。一方で映画制作会社が目をつけたのはふだんから声で演じている者たち=演劇の世界で活躍している舞台俳優たちだった。因果が前後するが『ジャズ・シンガー』で主演を務めたアル・ジョルスンも映画に出演する前から歌手として──とあるショーの演者として人気を博していたという。
こうした背景をふまえると、声なき映画を支え続けた名もなき伴奏者たちが瞬く間に自分の舞台を奪われていった資本主義社会の無情さと、映画館から消えたピアノの音を探し続けた「サイレント映画そのもの」の男・キースとケイトのロマンスがいっそう沁みるというものだ。
では『ジャズ・シンガー』の内容に触れていこう。この映画の主人公・ジェイキーは代々教会で先唱者を務めてきた敬虔なユダヤ人の家系に生まれた。だが少年の頃にジャズの魅力に取り憑かれ、信仰と伝統を重んじる父と仲違いして家を飛び出したのち、ジャック・ロビンという名の歌手として活躍する。名前を変えているのは本名のジェイキー・ラヴィノヴィッツではユダヤ人なのが丸わかりだからだ。当時はまだユダヤ人蔑視が根深く残っており、本来の出自を隠す無難な名前で舞台に立つ者も珍しくなかったことは劇中でも示唆されている。
そんなジャック・ロビンにも念願のブロード・ウェイに立つ機会が訪れる。自身の歌手人生を賭けた大舞台で、ジャックは“黒人”に扮して歌う。「ワインのコルクを焼いて粉末にし、それに水を加えてペースト状にした(1)」ものをわざわざ顔や手に塗りたくり、黒い肌に仕立てた「ブラックフェイス」と呼ばれる扮装で歌うのだ。これは『ジャズ・シンガー』独自の演出ではなく、1840年代に成立した「ミンストレル・ショウ」という大衆芸能の様式だ。人種差別が合法だった時代のアメリカで生まれたミンストレル・ショウは、主にアイルランド人やユダヤ人など「文化的に蔑視され(2)」ていた人々によって演じられており、『ジャズ・シンガー』でジェイキーを演じたアル・ジョルスン自身もミンストレル・ショウに出演していたユダヤ人歌手だった。当時のアメリカ社会で蔑視されていた彼らは、皮肉なことに「ミンストレル・ショウの舞台でその民族的記号を覆い隠すことができた」(大和田俊之『アメリカ音楽史』)。ブラックフェイスという共通の仮面で顔を隠したまま舞台に立つ時、彼らは個々の民族に属する個人ではなく、抽象化された“黒人”の対極にある“白人”とみなされたのだろう。
(註:(1)楠原(齋藤)偕子「19世紀アメリカのポピュラー・シアター:生成期のミンストレル・ショウ ──演劇的仕掛けとアイデンティティ形成──」、(2)二階堂尚「「幻想の黒人」のイメージを身にまとったユダヤ人 【ヒップの誕生】Vol.44」)
ブロード・ウェイでミンストレル・ショウを披露するということは、ユダヤ人のジェイキーが“白人”のジョンとして成功を掴む絶好のチャンスだった。だがショーの当日はユダヤの信仰における重要な祭礼の日でもあった。リハーサルの直前、ジョンは劇場にやってきた母から父が倒れたことを知らされ、父の代わりに祭礼の先唱を務めてほしいと懇願される。『ジャズ・シンガー』は約250万ドルの驚異的大ヒットを記録したアメリカ映画であったが、その中身はひとりのユダヤ人が民族の伝統と社会的成功のどちらを選ぶべきか苦悩する姿を描いた物語なのだ。
『バッカーノ!』には人種や民族の問題はあまり描かれていないように思われるかもしれないが、ファン・リンシャンがNYに来た理由、東郷田九郎の生きづらさなど、差別の実在はさりげなくも明確に描写されている。民族蔑視とおなじ視点で捉えるのは難しいが、『教団』の贄神や実験体のホムンクルスのように、自らの所属させられた世界から一方的な苦痛を受ける立場を強いられてきた者たちの例もある。
だがそれ以上に『バッカーノ!』には、生まれ育ち問わずの群れを成しては愉快な日々を過ごす集団が多数登場する。カモッラ、不良集団、愚連隊、あるいは合縁奇縁でおなじ場所に居合わせただけの寄せ集め。先に挙げた者たちもいずれかの集団に巡り会い、彼ら彼女らとおなじ舞台に上がることになる。集った者たちはともに歩きながら、あるいは互いのブレーキをぶっ壊しながら、過去も宿命も笑い飛ばすように生き生きと運命を転がしてゆく。
その流転のなかで果たされた得難い出会いがある。運命を変えてしまうほどの劇的な出会いが。
「世界はそんなにヤワじゃない。他人が入り込んで壊れる世界なんてないさ。ただ広がるだけ、それだけだ」(1931)
「節穴じゃねえ俺の目は、お前の事を信じろだとよ。」(1934)
「たぶん、君が変えた」(1934)
「私、笑えるようになったんだよ。」(1710)
「ようこそ、俺たちの硝子瓶の中へ──!」(2002)
挙げ出すときりがない。『バッカーノ!』という作品はそれほど「出会い」で満ちている。
世界は狭く、頑なで、今日も誰かを踏みにじる。ちいさな出会いやすれ違いに世界を変える力はない。それでも身の内に抱えてきた過去、約束や誇りが数多交わり、重なり、ひとつのうねりとなった時、ほんの少しだけ世界が揺れる。その瞬間人間も人外も自分のなかに揺るぎない世界が在ることに気付く。変われない自分、変わらない自分、変えなくていい自分を発見する。自覚的にせよ無自覚にせよ、それを知った喜びを謡うように、彼ら彼女らは笑いながら自分の人生へと帰っていく。『バッカーノ!』の輝かしい物語はこうした人と人、群れと群れとの交わりによって描かれるからこそ読み手の胸を打つ。
「お楽しみはこれからだ」。その台詞を引用するクレア・スタンフィールドは、映画館で『ジャズ・シンガー』を観た時何を思ったのだろう。もし血の繋がった家族が生きていたら自分はどんな人生を送ったかと考えたか。それとも極彩色の外見と技巧を持った仲間たちとともに拍手を浴びる、あのサーカス団の日々に想いを馳せたのか。
いや、世界は自分の見ている夢だと信じてやまない男のことだ。まさか映画に声がつく日が来るなんて、さすが俺の世界なだけはある! そう言って手放しで喜ぶ姿のほうが容易く想像できる。
彼ら彼女らの世界が交わり合う馬鹿騒ぎはいまだ終わらない。あの喧騒に心躍らせる限り、この世界から我々の「お楽しみ」が消えることはない。それこそ夢の中の宴のようにどこまでも続いていくのだ。















