2024/12/18
The Novembers Tour URA
久しぶりに書いてみようと思う。誰が見てるとかそう言うのではなく、高橋國光に影響を受けまくった綺麗じゃない文章を書く。ライブが終わってなんのSNSも覗かずに文字を書くことは(携帯に打ち込むことを書くと言うのは正しくないような気もするが)自分にしては進歩だと思う。
久しぶりにノーベンバーズを見に行った。最近は、音楽が大好きで、かつ友達がいなくて音楽ばっかりに頼ってた昔、みたいに音楽を聴くことができなくて、ノーベンバーズの新譜も全然追えずにいた。普通のツアーだと浦島太郎状態になるかなと思いURAツアーに行った。これも違うな全然、普通に、昔みたいに楽しめる自信がなかったからURAにした。
今日のノーベンバーズはすごく危うかった。ずっと張り詰めてて、そばに行くだけで弾けそうな感じがずっとしてた(実際弾けてやり直ししてたけど そういうの見て、人間なんだなって思った)。
セットリストは最高だった。言わずもがなだけど。ブルックリン最終出口は特に大好きだから(一番好きなのはウトムヌカラ)、ハァ〜とか言ってしまった。ロマンセやってくれたのも嬉しかった。高松さんの真ん前で見ることができたから、運指とかすごくよく見えて、ああ学生の頃ロマンセのベースを少し練習したけど全然できなかったんだよな、新代田FEVERでライブ見たこと(行きづらく帰りづらい)、下津と小林さんのライブで干からびるほど泣いたこと、ウボイの部室からノーベンバーズのベースが聴こえたこと、バンドで初めて音を合わせた時のこと、Rhapsody in beautyのインタビュー(ロマンセのインタビューかもしれないけど 高松さんがボブじゃなかったから違う気がする)、熊枠でパンダと戯れる高松さん、など、いろんなことが流れてきた。
普段から、自分のことをすごく卑下しているなと思った。卑下して謙遜することが美徳みたいな、そういう空気を体内に感じていて、泣き顔がブスなこと、髪の毛の生えグセ、友達がいないこと、足が太いとか、太っただの痩せただの、ほくろが多いこと、歯並びが悪いこと、人前で空回りしてしまうこと、大事なところで間違えてしまうところ、いいかっこしいなところ、とか、様々、自分のことをやたらと貶して生きているなと思う。昔みたいに、なんでもできる全能感はもう無くて、毎日当たり前で、夜は早く寝ないと次の日には響いて、明日のために毎日いろんなことを準備して日々繋いでいると思う。
今こうやって思ってることも忘れちゃうと思う。忘れるというか、薄まるというか、時間の効力って偉大で、いつのまにかあんなに尊かったものもペラ一枚に見える時がある。
SNSは大好きだけど、最近はなにを感じても自分の中で具現化する前にSNSで文章化されていて、精神的によくないとは感じている。おもしろいけど、自分が元からそういうのに適している性格でないことは薄々感じていた。
今日ノーベンバーズに会えたことは本当に、疑いなく、奇跡みたいなものであり、いろんなひとの世界線で、線で伸びていく人生が、まじわるってすごいことだなと思う。生きていくこととか生きていることとか、肯定したい。未熟未熟。
高松さんが笑ってて嬉しかった。小林さんはよく笑うようになったと思う。Xenoはドラムのための曲だと思う。ケンゴは今日も艶やかに揺れていた。高松さんの髪の毛が揺れること、記憶していたいと思う。












