[ 岡崎市十王町に移転して1年が経ちました ]
今月11日で、現所在地の岡崎市十王町に移転して丸1年が経った。思えば2020年、長年慣れ親しんだ思い入れのある場所が建物の老朽化で崩れ始め、移転を余儀なくされた。それからコロナ禍の籠田公園前での期間を経て、ようやく今の場所に至った。
さらに振り返れば、僕が初めて店を構えたのは2004年だった。気づけば独立して20年が経っていた。当時から通ってくれている常連さんたちも、いつの間にか年を重ね、今ではその頃子どもだったり、まだ生まれていなかった子たちが新しい常連さんになっている。
ローカルに根を張り、サードプレイスを運営するなかで、僕は定点観測のような形で文化を見つめ続けてきた。場所そのものにこだわりはない。必要なのはその場所を包む空気感や、その環境を紐解く好奇心だ。それはまるで、見えない空気をひとつずつエコライジングし、音を整えながらMixするDJのような作業に似ている。生活を重ね、馴染み、愛着を抱くことで空間が「場所」へと変わっていく。その過程を目の当たりにするたびに、最近ではどこか民藝的なものさえ感じるようになった。
一方で、場所を離れざるを得ない状況は、かけがえのない何かを喪失することだ。この20年で僕は数えきれないほどの喪失を経験してきた。でも、それがあるからこそ、いまこの場所が存在することに幸福を感じる。世代を超えて受け継がれることで、場所の感覚を次の世代に伝え、そこに人生を注いできたのだと思う。
この20年で多くのものが変わった。そして、これからの20年は今想像できる範囲をはるかに超える変化が訪れるのだろう。でも、目の前の仕事に集中し、お客さんに向き合い続けていれば、どんな未来も案外明るいものになると信じている。
知らない街も住むうちに馴染み深い場所になり、日々を真剣に営むことで意味を持ち始める。このプロセスこそが、空間が「場所」になっていくということなのだろう。
家族やスタッフ、特に12年目を迎えたアルバイトスタッフのまっちゃんをはじめとするみんなの理解と支えがあり、そして変わらず足を運んでくれる常連さんたちの応援があるから、僕はこうして日々を営むことができている。感謝の気持ちは尽きない。
右も左もわからなかった新天地での1年目を駆け抜けた自分と、20年目を迎えた今の自分。たくさんの喪失を経たからこそ、作れる場所があると信じている。過去はあまり振り返らないけれど、今思えば、僕はようやく純粋な「0年目」に立ち返ることができたのかもしれない。
これからの20年、きっと僕はおじいちゃんになっている。それでも、生涯現役でありたい。そして変わり続けるこの現実の中で、変わらない何かを見つけ、守り、育てていきたいと思う。











