ポーランド最終日。帰りの便は夜10時発。それまでの時間を活かして、ホテルに荷物を預けて市内観光へ。
朝一番でコペルニクスの銅像を見学。
ちなみに、ポーランド三大偉人といえば、コペルニクス、キュリー夫人、ショパン。どれも納得の人選。
銅像の近くには、ショパンの心臓が保管されている「聖十字教会」も。この周辺ではインド系や東アジア系の観光客の姿も多く見かけました。
続いてショパン博物館へ。開館時間の10時に合わせて訪れたところ、なんと他の来場者の半分以上が日本人。こんなに日本人いたのか…とちょっと驚き。
ショパンの波乱万丈な人生がよく分かる展示内容で、事前に本を読んでおいて正解でした。
パリ滞在時にはバルザックやリストと交流があり、ドラクロワがショパンとジョルジュ・サンドを描いた絵まであるとは知らなかった。
おまけにショパンコンサートに出演していたピアニストの演奏も聴ける。オトク。
次にコペルニクス科学センターへ行こうと思っていたけれど、途中で立ち寄った火力発電所跡地のかっこいいショッピングモールに引き寄せられてお昼ご飯。
その後、再び科学センターに向かったが…すでに満員で入場できず。残念。やっぱり人気なんですね。
気を取り直して、もう一人の三大偉人、キュリー夫人の博物館へ。
中国系やインド系と思われる観光客もちらほら。やはり科学者への尊敬の念があるのかも。
展示内容は非常に充実しており、キュリー夫人の波乱に満ちた人生がよくわかる。科学的な展示というよりは彼女の人間としての歩みに焦点を当てた内容。研究の同僚でもあったご主人を亡くした大いなる悲しみ、そして既婚者との恋愛、二度目のノーベル賞。
母としてのカノ上の姿も。長女も科学者で、ノーベル賞を受賞しており、次女が書いた伝記もあるそうなので読んでみたいと思う。
その後はワルシャワ蜂起のモニュメントを訪れ、隣接する最高裁判所の写真をパシャパシャ撮影。建物のデザインがとにかくかっこいい。”良い法律は悪い行いが作る”とか書かれた柱が目立つ。
ワルシャワの街には、本当に第二次世界大戦に関するモニュメントがいたるところに存在していて、「この地が戦場だった」という記憶が深く刻まれているのを感じる。
最後に無名戦士の墓と、そこで行われる衛兵交代の儀式を見届けて、今回のワルシャワ観光を締めくくりました。
あとは帰るだけ…だったはずが、ショパン空港に到着してズブロッカを買い込んでビールを飲み、飛行機に乗った後、1時間ほど機内で立ち往生。
後からニュースで知ったところによると、ロシアがジャミング(GPS妨害)を行っていたらしい。
確かに9月1日は第二次世界大戦の開戦日であり、ロシアにとっての**対日戦勝記念日(9月2日)**が控えていた。そんな時期に、何かしらの軍事的・政治的な動きがあったのかもしれない。
最後の最後まで、いろんなことを考えさせられる旅でした。
また来られるかどうかは分からないけれど、これからこの国がどんな風景を描いていくのか、興味があります。
社会主義体制を1989年に終わらせ、生まれ変わったこの国。
僕自身は1990年生まれなので、何だか時代的な親近感もある。
一時はヨーロッパを席巻しながらも、侵略され、分割され続けてきた歴史を持ち、長い時間をかけて、平和的に民主主義へと移行してきたポーランド。
かつて多くのユダヤ人を受け入れ、その後カトリックの法王(ヨハネ・パウロ2世)を輩出。
そして今、ロシア・ウクライナ戦争とイスラエル・ガザ戦争という二つの歴史的な紛争に、地理的・歴史的に深く関わる場所に立っている国。