思えば22でサラリーマン生活を開始してからというものの、
普通の若者よりは随分と出張の多い生活を送っていたと思う。
コンスタントに品川駅や東京駅、羽田空港を走り回り、四国や東北、九州、否、全国に飛び、
現地のお客さん、はたまた外部スタッフの機嫌の具合・虫のイドコロに絶えず気をもみ、雰囲気が悪ければ適切なタイミングでギャグをかまし、お酌をし…
という生活をよくもまぁ、繰り返していたと思う。おかげで20代前半の頃の土日祝日の記憶はほとんど、ない。
目じりにできるだけ「感じよく」見える皺を寄せ、ベルトコンベヤーに乗るがごとく東京にとんぼ返り・・・
独特のイントネーションのいわゆる「関西弁」(私には騒々しい、という印象を感じさせる)と、要素の多い街の景観、ネオン、せわしない街の空気…
なんとなく苦手な分類にカテゴライズされていた街だ。
それでいて近年は仕事で大阪に出向く機会が随分と増えた。
名古屋を過ぎたあたりでようやく社内販売の女性が車両に乗り込んでくる。
プルトップを開ける。少し固い。カップを付けますか、と聞かれて断ったけれど付けてもらえばよかった。これはカップでないと香りが広がらないタイプのビールだ。
大阪出張の帰路、新幹線の中でキーボードを叩く。なんていうことはないが、最近大阪の印象が変わってきたということを書いておきたい。
毎年コンスタントに大阪に出向くうちに、無数に存在する大阪メトロ、JR、近鉄…の網の中に在る町々の個性もなんとなく把握できるようになり、
全体像から感じる印象というよりも、いわゆる「虫」の目とやらでゆっくりと街やひとを観察できるようになった。
心斎橋のレトロな(小汚い)カプセルホテルを贔屓にし出してから、
そこを拠点に、焼肉なら鶴橋、ディープな立ち飲み屋なら天満や中津、カジュアルだけど洒落たイタリアン、若者にウケるモダンな酒場なら堀江。
それから…お客さんを連れて行くなら難波のくわ焼き、大阪初心者なら新梅田食堂街もいい。十三の老舗、さらに足を延ばして箕面や岸和田で一味違った大阪の文化を味わうのも一興だ。
よそ者が恐れ多いが頭の中のブックマークがひとつまたひとつと増えるうちに、大阪はそんなに怖くない街だと気づく。
難波で「大阪っぽい」夕飯を満喫した後(ほら、あれがグリコで、よく人が飛び込む道頓堀、左に回るとかに道楽の看板があります!と王道のインフォメーションも勿論添えて)
「もう一杯飲みませんか?」のひとことが言えずにもじもじしていた。
そうして健やかにホテルに戻って、おやすみなさいを言ったあと
気が付いたらスーツのジャケットをきちんとハンガーに掛け(リ●ッシュもする)、
こっそりホテルを抜け出していた自分がいたのであった。
近隣のコンビニまで出かけるはずが、静かな街の中にらんらんと光る提灯を見逃すはずがない。
お客さんとの長い一日を終えようやく全身の鎧が外れた気持ち、
気持ちが自由だとこんなに足取りも軽いのか、と随分舞い上がった気持ちで歩を進めていた。
体中の細胞がそれを打ち鳴らし、毛細血管をぶち破り、
理性、と名のついたギアをグイーーーッと限界まで押し上げ
とにかくフェスティバルだ、祭りだ!と叫び踊り狂うほどの
なんともすてきな外観の大衆居酒屋を見つけたのであった。
駅直下の、下水臭いその店の暖簾をくぐる。なんと欲深い人間かと自分を恥じつつ、驚くほどスムーズに1人です、のサインを店員に送る。
しみったれた外観からは想像できない、驚くほどの奥行きのある店内のどこに座ったらいいのかがわからない。
定員に促され、テーブル席のエリアを背にカウンター席の方に回る。
「そしたら…(カウンター目の前のショーケースを一瞥して)このホタルイカをください」
目の前で店員のおじさんが大瓶をプシュウとあけ、業務用の酢味噌をぶっかけたホタルイカをサーッとサーブする。
ビールはぬるい。大瓶はだいぶんきついノルマのように感じる。
ああ、お腹いっぱいなのになぁ…そもそもわたしは明日立て替えるであろう多額の現金を下ろすためにコンビニに行くのだったけれど、
右隣のカウンターには派手な髪色をした若い女性が二人。
パフォーマンス担当なのだろうか、妙に世話焼きのねじり鉢巻きのおじさんが若者にウケると思ってか否か、PUFFUYの往年のヒット曲などを「これ知っとる?」などと言って歌って見せている。
「ねえねえ、石川さゆりちゃんも話ししたらええやん。どっから来たん。」
PUFFYおやじはいつの間にかホタルイカと大瓶を抱えた疲れ切ったわたしを「いしかわさゆり」などと呼び、強引に会話に巻き込み始めた。
随分遠くの座っている女性の一人客(大田区から観光で来たらしい)と互いに自己紹介をさせられたり、常連のサラリーマン3人組の卓に同席させられたり。
「さゆり」ではなく、「みほ」と呼ばれていた。いつの間にか。
むしろ、自分の薄柔い殻が優しい手でどんどん、どんどん剥かれていく感じ。
茹でた海老の殻に似たような、食べてもいいし捨ててもいい、中途半端な殻。
余所者の自分がお邪魔しているという気後れがあるにしても、
ものすごく自然に酒場の人々は「こっち来たらええやん。こっち来たら楽しいで。」をやってのける。
聞けばこの酒場は、全国の酒好きが愛好する銘酒場中の銘酒場らしい。
下水臭がきつい大衆酒場だが、人を引き付けて離さない魅力があるのだろう。
筆舌に尽くしがたいそれを、わたしは思い出してニヤつくことでしか伝えられない。
大阪にはこんな酒場がゴロゴロと点在しているのを想像すると、
ゾッとしてしまう。昼間に天満の立ち飲み屋の前などを通り過ぎると、その暖簾の隙から様々なストーリー(と言っても酒飲みのただの日常だろう)を感じて胸が高鳴ってしまうのだ。
先入観で嫌っていたこの街に今は底知れぬ魅力を感じている。
まぁ、大阪の彼の人たちは至極自然に、その「底」に近いとこに居るのだろうけれど。
その近くまで泳ぎ着くことをいつか許してもらえるだろうか、ぬるい大瓶を抱えて。
わたしは次回の大阪行きをいつの間にかすごくすごく、楽しみにしている。
でもこのむず痒い喜びを、ただただニヤつくことでしか伝えられないのが残念で仕方がない。