削除ポストまとめ:上ほど新
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▨ 自分の覚悟次第で、決断しだいでもっとマシな人生歩めたかもしれないという可能性そのものが「苦しみ」を生むのだ
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▨ 解像度が高すぎるものは押し並べてきもちわるい。思考や人格特性を見透かされる事もそう。自分が他者に理解される筈がないと信じていた頃の方が安心して他者を見下せた。「わかりあえる可能性」がチラつく事の方がよほどしんどい
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▨ 挑発というものはどんだけデカいブーメランしれっと飛ばせるかの勇気を競うものであり、基本的に歳とればとるほど、権力手にすればするほど不利になる(挑発の正当性が失われる)。
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▨ 獣のように、動物のように生きる人々 / 存在に猛烈な愛おしさを感じる。温みを肯定し、繁栄を肯定し、自然との共存を肯定する生き方に感動を覚える。それがどんなに凶暴で残酷な性質を抱えていたとしても、動物性そのものが持つ「美しさ」は1ミリも揺らがない。
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▨ 主観的な愛を軸にして生きる動物めいた存在の融通の効かなさに殺されるなら、自分は何の恨みも抱えず逝けるだろう。そして何の恨みもなく機械的に反撃し打ちのめす。そういう了承の元に「動物性」というものは発揮されるべきだからだ。
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▨ 我々が感じる諸々の痛みは人類全体にとっての「成長痛」だと思ってる。だから痛みは「全体の進化の為」にはあった方がよい。しかし「バージョンを上げない個のままで死にたい」と願う人はそれを忘れて生きてもよい。それが許される社会こそが「民主主義」ってもんだろう。
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▨ わたしはインターネットと電力供給が断たれたディストピア世界で楽しく絵を描く未来を夢想している。権力やテクノロジーを駆使した速さや効率など無縁の「勘違いと錯覚だけがモチベーション」の愚かで動物的で美しい世界。
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▨ 早くて効率の良いものは怖い。この原則忘れたら強者は凡人や弱者と共存する事はできない。かつ、いつ剥奪されてもおかしくない「権力」や「装備品」を自分の実力と思い込む事は極めてリスキーである。
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▨ 出自のダーティーさとか一切関係なしに、人は「異常なまでに素早く効率の良い行動」には恐怖と不安を覚える。その行動に対する様々な問題提起は恐怖と不安に正当性や社会性与える為の「にぎやかし」に過ぎない。速すぎるものや効率が良すぎるものは例外なく人と動物を恐怖に陥らせる。
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▨ ラフ描いてAIに放り込んだら秒で塗りから背景まで全部やってくれるという事実があるにせよ「そうやって仕上げました」と宣言する事自体が「新しい価値観に適応できない(したくない)人々への挑発と侮辱」として機能するので、戦争する覚悟ないなら表明すべきではない。
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▨ 匿名性をまとえたと錯覚した時にだけヒトは正直になれる。だから(自分の首をしめる)本音を伝えたいなら仮面被るに限る
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▨ 純粋にただ強く、自分の力に負い目も不安も感じない存在が無意識に他者を傷つけ殺す事は果たして罪なのか。それが自らの意思で人間社会と関わろうとするなら罪と言えるだろう。しかし、その怪物に知性を与え人間社会に執着させた存在がいるならば、そいつこそが事件の黒幕であり真犯人だ。
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▨ 職人が職人の為に、異能者が異能者の為に「正義」や「善」を行使し始めたら「観客(無能力者)」の事はみなごろしにするしかなくなる(X-MENと呪術のテーマであり超好きなやつ。「優しさ」は常に強者の傲慢と驕りを地平にしてしか生まれない)
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▨「絵を描かないやつがAIにオーダーしがちな絵みたいの描くのやめろ」
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っていうフレーズに内包される問題点とはなにか? について考えるだけで日が暮れちまう
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▨ 夢はすべての強者の脳になんの成功体験もない弱者と敗者のリアルが詰まった人生の記憶いたずらにインストールして泣かせることです(?)
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▨ 「まーた始まった」って言われると止まらなくなる現象の始まり
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▨ 特大ブーメランをキャッチできる、犬並みの咬合力
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▨「挑発混じりの鼓舞」によって誰かを救いたいという欲求は「下品だし傲慢」だ。その下劣さ居直れる人間だけがそれをする資格がある。傷つき傷つけ合う覚悟のある人間同士でそれをやれたなら、そんなに贅沢なコミュニケーションってもんはない。
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▨ 好きの本質が攻撃だと分かっているお人好しは必然「嫌い」の追求を始め、そんな厄介な自分に居場所与えてくれる人々への感謝の気持ち知る事でヘイトのモチベーション失い、人の多様性を許す事となる。
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▨ 好きの追求は競争と攻撃の要素を孕む。 意識的 / 無意識的問わず「好きの表明」は「それが嫌いで苦手な人々」を100%傷つける。 肉食うの好き! はヴィーガンの人々を100%傷つける。
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▨ 具象には「正解の物差し」が存在する。だから他人に対し「間違いと問題点を突きつける」事ができる。 そこが面白いしそこが下品。