Rebel Dykes
The documentary about a bunch of kickass women who lived in London in the 1980s.
80年代のロンドン?…刺激的で怖くて、楽しくて、お金がなくて、若くクィアであることが最高で最低の時代だった。デビー・スミス(Echobelly / Ye Nuns)
私達はごく小さなフィルムクルー。シヴォーン/ローズが製作とリサーチ、監督/撮影/編集は才能溢れる期待の新人、ハリス・シャナハンとシアン・ウィリアムス。サウンドトラックは、80年代ガールズインディー、ガールズパンクバンドをベースにシスタージョージ・アンド・ナイトナースのエリオットがリミックスを担当した。音響ディレクターは精力的なホイットニー、タイトルをクリエイトしたのはソーシャルマーケティングもこなすハナ。 このドキュメンタリーは、80年代ロンドンのレベルダイクたちの歴史が、風化の危機に晒されているために製作された。 レベルダイクたちは独自の世界とルールを築き上げ、無視されるのを拒んだ。私達は、その歴史が忘れ去られるのを断固阻止しなければならない。クィアアクティヴィストやライオットガールムーブメントより前に、ロンドンのレベルダイクは存在した。彼女達は若く、フェミニストで、アナキストでもあり、パンクだった。彼女らは共にブリクストンやハックニーのスクウォットやグリーナムコモンに住み、毎週土曜には政治デモに参加、託児所やブックストアを作り、フェミニスト新聞やジンを発行していた。彼女達の中にはポイズン・ガールズやマウス・オールマイティ、ザ・ダーリンズやジムスリップス等のバンドも含まれていた。セックスポジティブなレズビアンS/Mクラブやガールズナイトを伝説のThe Bellで開催。彼女達はジェンダーに囚われない、トランスフレンドリーな集団だった。セックスインダストリー/性産業で、その肉体を使って、またはその狭間で働いた。彼女達は独自の政治を生き、闘いそして勝利した。セックスポジティブな、社会の“はみだしもの”的女性としては初めての世代であり、そこから全てが変わる。 映画はノーバジェットで製作されたが、そのプロダクション価値は高い。フィルムクルーはマンチェスターを拠点に、自分の時間と仕事、バンド、恋人、生活の上に映画の制作を行った。それは愛のための労働だった。映画は、200人を超えるレベルダイクのオンラインコミュニティの多大な協力のもとに、DIYスタイルで制作され、レベルダイクたちのインタビューやローファイアニメーション、彼女達の物語を蘇らせるべく再編集された80年代の映像で構成された。映画では、これまでに公開されたことのない、または滅多に見られない映像や写真、ジン、音楽、フライヤーなど、その時代のアーカイヴ資料をふんだんに使用している。映画公開後、(デジタル化された)アーカイヴ資料の殆どが、ロンドン・メトロポリタン・アーカイヴとレズビアン・アーカイヴに保管される予定だが、今回使用出来なかった素材がまだまだある。またここでレベルダイクについて話せる日が来ることを願って。 (Rebel Dykes オフィシャルHPより)
SIOBHAN:レベルダイクははみだしものよ。クィア・アクティヴィストやフェミニスト、ライオットガールが出てくるずっと前ね。私達が作り上げたの。
JO JO:ダイクって言葉を作ったけど、社会には居場所がなかった。
Debbie:80年代のロンドン?若くてはみ出しものの私達には最高で最低の時代だった。
Thatcher:レズビアンが何か、教えて下さる?
Old Man:あいつらはセックス狂だろ?
Maj Iklee:夜通しストリートに出て朝までパーティー。世に言う娼婦とか変態とつるんでた。そんなシーンね。
BEIYA:悪くて頑固、干渉されるのが大っ嫌いだった。
SEIJA:ロンドンに来た子たちが「住むのはどこがいい?」って聞くの。だから「ここよ。ガールズバー、ここが新しいアパートよ!」ってね!
Debbie:私達はパンクで、ミュージシャンでアーティストだった。
SEIJA:伝説のパーティーが何日も続いて、いつも一緒にいたわ。お互いに支え合ってたって感じかな。そこから皆私の家族よ。
BEIYA:とにかく人で溢れてた。仕事がなかったり、定職についてないひとが。自分の世界に入り込んでた。
MAJ IKLEE:すごい熱狂だった!そこら中セックスとドラッグだらけで。
FISCH:セクシュアルでありたかった。
Debbie:私達はレベルダイクだよ、やりたいことしかやらない。
FISCH:私達はレズビアンじゃなくてダイクなの。
THE SLEAZE SISTERS:私たちは集団を作った。じゃなきゃやられてたね。
Debbie:居場所のための長くて激しい闘いだった。で、戦ったんだ。
JO JO:自分たちがいつも一緒だってことに気づいたの。
Debbie:最高だった!
FISCH:エロかったしね!
(Rebel Dykes 予告編より)
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2005年、私は旅行に行ったサンフランシスコのレコード屋で「Making Waves - A Collection of 12 Womens Bands from the UK」という1枚のレコードに出会う。買った当時は、調べてもまったく情報が出てこなくて、このレコードの背景もわからずじまい。でも知らずとも、どのバンドの曲も楽しくかわいらしくかっこいい!私はこのコンピレーションが大好きになった。それから数年後。たまたま別のレコードのことを調べていると、「The Women’s Liberation Music Archive」というすばらしいサイトが出来ていて、そこに見覚えのあるレコードジャケットが…。「このレコード、好きなやつだ!」それでポストされた記事を片っ端から読んで、このコンピレーションに参加しているバンドの詳細や、その背景など色んなことがわかってきたのだった。それは1990年代前半にアメリカで起こった「Riot Grrrl」ムーブメントより10年ちょっと前、The RaincoatsやThe Slitsと同時期に活動していたイギリスの知られざる女性パンクス達のことだった。元々「Riot Grrrl」に大きく影響されていた私にとって、彼女達のことはすべてがとても興味深かった。そして、そのサイトが大きなきっかけとなり私は2014年にこのレコード周辺の女性パンクスについてリサーチしてきたことを「SOME TRACE OF HER」というジンにまとめることにした。
その1年後、偶然にもイギリスにYe Nunsというバンドをやっている女性達がいることを知った。バンジョー担当のデビー・スミス(彼女はEchobellyのメンバーでもあった。)をはじめ、バンドメンバーの数人が、80年代みずからをレベルダイクと呼び、アナキズムとフェミニズムのジン“Alternative Sex”を発行し、パンクス、アナキスト、フェミニストとして自由を求め、青春を謳歌した女性達だったこと、さらに彼女達のドキュメンタリー“Rebel Dykes”が2016年春に公開される予定だということがわかったのだった。トレイラーを観ると、劇中曲には「SOME TRACE OF HER」で紹介したAmy and the Angels、The Gymslips、Poison Girlsなどがフィーチャーされてる!…そう、彼女達もまたレベルダイクだったのだ。
震える指先でクリックしたオフィシャルサイトで、プロデューサーのシヴォーンが「このドキュメンタリーは、80年代ロンドンのレベルダイクたちの歴史が風化の危機に晒されているために製作することとなった。」と言ってるくらいだから、きっと本国でもいままで多くは語られることもアーカイブ化されることもなかった物語…そりゃ日本に住んでる私が必死でリサーチしても知りえるはずがないな、と思ったと同時に、ずっと知りたくてたまらなかった、そしてその断片しか垣間みることが出来なかった、イギリスのパンクの歴史からも“はみだした”女性達について、当事者たちの言葉で語られるとても貴重なドキュメンタリーなんじゃないかってめっちゃくちゃ興奮した。そして私はこのドキュメンタリーについて加筆した「SOME TRACE OF HER #1.5」を2016年に再発行し、すぐさまプロデューサーのシヴォーンに「あなたたちの物語を何年もずっと探してました。」と連絡を取りジンを送ったのだ。
ほどなくしてシヴォーンから返信がきた。「今年完成予定だったけれど、資金的な問題があって映画はまだ完成していないの。でも、あなたのジンで紹介してくれたこと、本当にうれしいよ。ジンに登場する女性パンクスは皆私達の仲間。きっと喜ぶと思う!」と。彼女は私に何人かのレベルダイク達を紹介してくれ、「SOME TRACE OF HER」で紹介した女性ミュージシャン達にも、実際にジンを届けることが出来た。
何年探してもずっとみつからなかったけど、歴史 / Historyからはみ出した女達が、今自分たちで自らの物語 / Herstoryを語りはじめたのだ。それがこのドキュメンタリーなのだと考えると、最高にかっこいいパンクな話だと思わない?! …誰にも語られることがなかった?…いや、語らせてたまるか!アウトロー最高!私達は歴史の添え物じゃね〜よ!という女達の心意気を(勝手に)感じて…やっぱり私はどうしてもこのドキュメンタリーが観たくてたまらないのだ。
今、Rebel Dykesは完成を目指すための資金をクラウドファンディングで募っている。予定資金に達してドキュメンタリーが完成しても、私も、これを読んでくださってる方も、すぐには観ることができないけど、本国で完成したら…その先に新たな展開だって考えられる。(私は実際に考えてる最中なのですが。)私はたくさんのお金を寄付することはできないけど彼女たちのことを伝えることはできる。それで、少しでも多くの方に彼女たちの存在を知ってもらえたらな、と思い、今回2016年発行の「SOME TRACE OF HER #1.5」に掲載したオフィシャルサイトのテキストと予告編の翻訳をここに転載しました。
ドキュメンタリーの完成を心から願ってます!
三宅彩 / No Lady Swears










