デザインは要らないのか
こう思った時がありました。
『デザインは、要らないのでは』
おそらく、東日本大震災直後かと思います。 ハードだけ作れば先ず生きていけるのだと。 Wikipediaにもあるように、 デザインとは、問題を解決するために思考・概念の組み立てを行い、それを様々な媒体に応じて表現することです。 簡略化すると、考えてつくること
『考える + つくる』=『デザイン』 『Think + Make, Create, Built』=『Design』
要は、たまに言われる “デザインは、要らないのでは?” だとということは愚問であり、既に誰かの手で製品とするためのデザインが成されていたりする訳なのです。『デザイン ≠ 装飾』ということです。
僕は闇雲だとしても、デザインという言葉が溢れても良いと感じています。
生活をデザインする。 旅行をデザインする。 人生をデザインする。
人の営みに普遍的に必要というより、既に日常的にあった言葉が『デザイン』であり、その感度を高めるのがプロのデザイナーの義務であります。 言葉とは日常化することにより、更に深度が増します。
当時、『デザインは、要らないのでは』と考えていたこと自体が愚問でした。 今は、『どのようにして、デザインで繋げようか』と考えます。
デザインを掘り下げて深度を増すために、意味のあるコトにするのは当たり前です。
つまり、私たちと社会とをデザインによって良い『間』の関係性をつくり、更には主観的にもカッコいい!とか、おおぉ!とか感嘆のため息を洩らしてしまうほどのコトをつくりたいと、思っています。












