<デジタルシンセ戦国記 IV ; Roland D-50>
●メーカー名
Roland
●機種名
D-50 Linear Synthesizer
'87年発売、定価 248,000円
●音源方式
・LA 音源方式の初号機 ・32 パーシャル、7ストラクチャー(パッチあたり2ないし4系統のシンセシス) ・PCM 音源とデジタル減算シンセ音源とが並列して単音色を創るという、ちょっと他では類を見ない特異な構造 ・当時 D/A コンバーターは、12 bit が主流。そろそろ 16 bit が出始めていた。D-50 では、その当時としては驚愕の 20bit を実現! 内部処理は 28bit を実現!
PCM サンプル波形を使った音創りを、史上はじめて大々的に音楽業界にひろめたのが、この D-50。
とはいえ、単純なサンプルプレイバッカーや、サンプルにフィルターをかけるだけの、凡百の PCM 音源とは、かなり構造が違っており個性的な存在。
当時、押しも押されぬデジタルシンセの代名詞として君臨していたのはヤマハ DX シリーズ、そしてそこに採用された FM 音源であった。それらは、だが、変調方式であり、音色エディットしていても予測できない音色変化をするため、狙った通りの音色をつくるのが難しい。だいたいベッセル関数なんて、ミュージシャンの大半の理解を超えている。
そこを突くべくローランドは、LA こと Linear Arithmatic(=線形演算)、すなわち加算や減算、もっと言えば音を足したり引いたり、といった四則演算=線形演算のみで音創りを可能とするデジタルシンセを開発。このため音創りの見通しが、たてやすい。
そのかなめとなったのが、PCM によるサンプル波形を、音源波形 ROM に搭載することであった。
史上初の今日的(こんにちてき)PCM シンセを創るにあたり、現実の音は3つの部分音(パーシャル)に分類できるという独自理論に基づいて開発が行われた。すなわち:
・アタック・トランジェントを形成する不規則な波形 ・ボディを形成する整数次倍音からなる波形 ・味付けとしての非整数次倍音からなる波形
の3つ。よって: ・トランジェントは、PCM 波形で ・整数次倍音からなる波形は、減算方式シンセで ・非整数次倍音からなる波形は、リング変調で
というふうに、部分音(パーシャル)ごとに合成できれば、どんな楽器の音でも再現できるばかりか、存在しない楽器の音までつくれる。
というわけで、LA 音源では「パーシャル」と名付けられた1系統のシンセを最大4系統までたばね、リングモジュレーターも加える事で、部分音合成を行い、リアルな音色から非現実的な音色まで幅広く自由に創り出せる。
また、当時のローランドが、プロのアーティストの音創りを分析したところ、DX と、アナログシンセと、ハードウェアサンプラーとを、MIDI でスタックして鳴らしている人が多かったという。ならそれを1台にまとめ、1台の中でレイヤーさせることで、プロがほしがる音を1台のシンセで実現してしまえ、という意図も加味されて、開発が進められた。
こうして、複数のシンセを1台の中に含めたシンセ、D-50 のコンセプトができあがる。
LA 音源でのパーシャルには、PCM パーシャルと、デジタル演算による減算方式シンセパーシャルとの2種類ある。
PCM パーシャルは言うまでもなく PCM 波形を再生するのだが、その波形はマルチサンプルではなく、シングルポイントサンプリングした波形であった。これは当時の波形 ROM の容量が小さく高価であったことに起因する。また、外部から PCM 波形を追加することもできなかった。そして、再生された PCM 音は、フィルターも何も通らず、単に音量 EG を通って、そのまんま内蔵エフェクトへと出力された。
デジタル減算シンセパーシャルには、フルデジタルによるオシレーター、フィルター、アンプがあり、おのおの EG も個別に装備し、最後にはやはり内蔵エフェクトを通る。
面白いのは減算シンセパーシャルにおけるネーミングで、単純にデジタルオシレーター、デジタルフィルター、デジタルアンプとしていない。WG、TVF、TVA と名付けられている。WG= Wave Generator は良いとして、TVF= Time Variant Filter、TVA=Time Variant Amplifier というのは、ひとつの見識である。時間軸上を変化してこそ、音色は音色たりうるのだ。シンセの本分、面目躍如。
2基のパーシャルをレイヤーするにあたり、どんなパーシャルを、どう組み合わせるか、リングモジュレーターを挟むか否か、などは、プリセットされたパターンから1つ選んで結線する。このパターンをストラクチャーと呼び、D-50 では7つあった。このストラクチャー選びによっては、PCM 波形にリング変調をかけるという変態ワザもデフォルトで可能。
さらに、ストラクチャーによってまとめられた2基のパーシャルを、トーンと呼び、1トーンだけを使うか、ないしは2トーンを使ってレイヤーするかキースプリットするかして、1パッチが形成される。このパッチが、プログラムチェンジによって呼び出される音色単位。
結果、最大2トーン4パーシャルで音創りすることになり、つまりこの当時から最大4系統のシンセシスを採用していたのは、偉い。さらに1系統のみ使用しようが2系統使おうが1トーンしか消費しないので、同時発音数は常に 16 音。3系統以上をレイヤーすると、2トーンを動員するので8音ポリになる。
この新音源をローランドは LA 音源と名付け、その初号機 D-50 には、Linear Synthesizer というサブタイトルのようなものがついた。
発売以来、D-50 の音は、かつての DX7なみにすさまじい勢いで音楽業界に広まり、破竹の勢いで D-50 を筆頭とするラインナップが展開し、4年にわたって続いた DX の天下は終わり、以降、PCM シンセの時代がつづくことになる。
だが、後述するように D-50 にはじまる LA 音源の意図は、その後の PCM シンセとは少し違うところにあった。
●同時発音数
16音。
当時としては DX7と並んで多い。ここから 32 音ポリなど、同時発音数がどんどん多くなっていく。
●内蔵エフェクトの性能と傾向
デジタルによるマルチエフェクトを内蔵:
・パッチあたり2系統のコーラス / フランジャー切替式エフェクト ・パッチあたり2系統のパラメトリック・イコライザー ・パッチあたり1系統のリバーブ / ディレイ切替式エフェクト
コーラス / フランジャーとパライコとは、トーンごとにかける。そのパライコは、ローがシェルヴィングタイプ、ハイがピーキングタイプ。
ディレイ / リバーブは、パッチごとにかける。ただしエフェクト・タイプを選べない! 他のパッチからコピってエディットする! このせいで、別売の音色ライブラリーには、本体には存在しないタイプのリバーブやディレイがあったため、そこからコピペする感覚で音創りできた。 なんだか致命的にひどい仕様に思えるが、この当時はデジタルエフェクトが内蔵されているだけで御の字であったので、誰もそんなこと気にしなかったという、デジタルとはいえ、まだまだおおらかな時代であったw
●内蔵波形、プリセットの傾向
・PCM 波形 100 種類。ただし波形容量は計 500Kbyte のみ。 ・減算方式シンセ波形は、鋸歯状波と矩形波。しかもどちらも PWM 可能。おまけに鋸歯状波に PWM かけると、しまいにピッチがオクターヴ上にジャンプする!
PCM 波形には、粗削りのアタックトランジェントや、変なループ音が多い。しかもシングルポイントサンプリングである。
「音色はアタック数百ミリセカンドで決まる」という分析から、あえてトランジェント成分だけ、しかも抽象性の高い PCM 波形を選んだというが、これがなかなか個性的かつ応用が効いて良い。ループ音も楽しい。いずれも、どちらかというと PCM にしては妙に中低域にアクセントのある、しかしヌケる音。しかもかなりノイジーで、それがまた耳に心地よいというか音楽的。あまり鑑写しにリアルでもないので、キャラに左右されること無く、組み合わせるとおもしろく、応用範囲が広くていい。
減算方式シンセ波形は、PCM 波形を補強するために開発されたと思われるが、これ単独でも個性的であり、しかもレゾナンスが妙で、プラスチッキーな独特のキャラがある。
プリセット音色パッチは、今聴くと嘘っぽい PCM 音が耳につく。初代サウンドキャンバス SC-55 よりも、さらに嘘っぽい。原始的すぎてマルチサンプルですらないから。でもマルチティンバーでもないので、ちまたに氾濫している SMF データを再生するような場面に出くわさないがゆえに、かえって「ここぞ!」という時にしか使えなくて、その一芸に秀でたところが今なお物凄く重宝する。
当初は、DX の音を聴き飽きた耳にとって、史上初のフルデジタル PCM シンセがもたらす太くリアルかつ豊かな PCM 音が、印象的であった。楽器屋で触るたんびにプリセット音色インターナル 16 番「Living Calliiope」を弾いては 「1,200 万円のフェアライトと同じ音がするー!!!」 と打ちのめされ、びりびりしびれた。今を思えば、CMI の「SARARR」という音と同じに聴こえたのですね、私もウブだことw
そんなわけで発売当時はリアルに思えたものだが、今聴くと実は音は個性派。
今でも GM 音源に入っている音色、かの「Fantasia」という音色が初めて出現したのは、こいつが最初。しかもプリセット冒頭1番を飾っている。そう考えると、やはり息が長い名作ですね。老兵は死なず。
総括するなら、かつてはリアルに思えたが、今聴くとリアルというより、おもしろい音色。その音色の面白さゆえ、プロは皆こぞって D-50 の音ばかり使い、これで DX の時代は終わりを迎えた。DX にとってかわるオルタナティヴが、はじめて登場したのである。
↑ いただきものの写真「世界よ、この音がローランドだ。」発表時の広告
●エディットの自由度と可能性
PCM 波形がマルチサンプリングではなく、さらにフィルターに通す事も出来ないので、他の方法で工夫することになる。たとえば PCM 波形を極端なピッチにすると、聴いた事も無い変な音になって、おもしろく使える。ピッチスケーリングを色々使うと、応用範囲が広がるので、エディットの時にはぜひピッチ系のパラメーターを駆使したい。さらにトドメのリングモジュレーターを通すと、フィルターでは不可能なへんてこな音色変化が楽しい。
妙なループサンプルには、リズミックなものや、様々な金属倍音が含まれるスペクトラム波形ものが多く、後の PCM シンセの原点を見る思いがする。これらは、まんま使っても楽しいのだが、たとえば TVA エンベロープを使ってアタックの数分の一秒だけ切り出して使うと、音の冒頭にアクセントが入って良い。
シンセ波形は、Oberheim の音をデジタル化させたような、デジタルらしい輪郭のはっきりした音色。でも、痩せ細ったレゾナンスがご愛嬌。
実はオシレーターから出てくるのは変哲ない矩形波のみらしく、それを黎明期ならではのデジタルフィルターが、必死になって鋸歯状波に変換したりして、本来のフィルターの範囲を超えた音創りをしているらしい。取扱説明書にある図解によると、D-50 の鋸歯状波は「隠れたサブオシ」からコサイン波を出し、メインオシレーターからの矩形波と乗算させ、創っていたらしい。それを黎明期の TVF 内部で演算で行ってたらしい! ちから技というか無理やりというか、ローランドの執念なのであろう。鋸歯状波にも PWM がかかる副作用が生じるのは、このため涙ぐましい仕組みのためとか。
しかも当時、この副作用を逆手にとって音創りに利用するのが、ツウのあかしでもあった。そのスジでは有名なわざに、D-50 のアフタータッチを利用し、鍵盤をぐっと押し込むと鋸歯状波がオクターヴ上の音になるよう PWM を設定することで、ギターのフィードバック奏法のように聴かせる、というのがあった。のちに出てきた下位機種 D-10 などではアフタータッチがないから再現できないが、ベロシティで制御することで、時々いきなりオクターヴ・ジャンプさせ、弾いているフレーズを単調にさせない工夫ができた。
EG も従来型の ADSR を超えた多ポイントのものであり、ピッチ、フィルター、アンプと独立して装備。
2つのパーシャルごとにかけるコーラス / フランジャーは、極端なセッティングにすると、これまた妙なパンニング・ランダム・ピッチシフターとも言うべき効果を生み出して楽しい。そのあとにパライコを通すので、1パッチあたり2基の EQ をかけることができ、思いのほか柔軟にエフェクトがけできる。
本体のみでの使い心地はと言えば、初めて D-50 を触る人にとってみれば、理解は難しく無いものの、ややとっつきにくい操作系ではないかと思う。ただ、メニュー・ツリーは論理的にレイアウトされており、ファンクション・キーも兼ねたボタンが液晶表示板に直結して配置され、その液晶も 40 文字×2行と、当時としてはプロ機にふさわしく大きく、おかげでそれなりに使える操作性にはなっている。
おどろかされるのが、エディットにジョイスティックを使うこともできること。このスティックの傾斜方向と傾斜角とで、隣り合う2つのパラメーターの値を一括してエディットするという野心的な試みなのだが、正直あまり使えたものではなかった。任意に XY 軸のパラメーターをアサインできたら、後のカオスパッドなみに使えたかもしれない。ただ、期待せずに使うと、一種のランダムエディットみたいになって、予想外の音にはなった。
その代わりというわけでもないだろうが、このジョイスティックは演奏中にパーシャル・バランスを変えるのにも使えて、ベクトルシンセ的なわざが使える。
そんなわけで、PG-1000「プログラマー」という別売のエディター・ハードウェア(!)があった。スライダーが何十本も並んだアナログシンセみたいな凄いやつ。時代である。しかし4万2千円もするので、買わずに本体だけでエディットしてたら、知らんまに楽勝でエディットできるようになった! でも時には、演奏中にリアルタイムでパラメーターを変えて変態プレイしたいと思うと、やっぱ買っておけば良かった。その点では PG-1000、先駆的だったかもしれない。
●拡張性
ロ-ランド独自の 256KB 音色メモリーカードが、させるのみ。
とはいえ、先述の通り、別売の音色カードライブラリーから、本体には存在しないタイプのディレイやリバーブのみをコピーして音創りすることもできた。
カードというのも先進的であった。DX7シリーズ用のは、ぼてっとしたカートリッジだったから、うすっぺらいぺらぺらの名刺サイズのカードこそ、未来的に思えた。
●あなたにとっての長所
頼りになる一台。私の場合、V-Synth が出るまでは、ライヴに一台だけ持って行くとすれば、これか ensoniq VFX-SD かの、どちらかであった。個性的な PCM を組み合わせると、かえって変な倍音が効を奏し 、エイリアスばりばりのノイジーな出音も、逆にヌケが良い。重量が VFX より若干軽いのも良い。
今見れば、パラメーターはまだ詰めが甘いが、限界値が高いので工夫のしがいがある。ひとたび音をつくりはじめると、やめられないくらいハマる。明るくヌケの良い音は、他機種では中々真似できない。クワイアの音を創ると、これがワンポイント・サンプリングなのが惜しいくらい、レトロ・フューチャーな音。VP-330 のような遠い仏教世界的な唱名でもない、かと言って昨今のリアルだけどヌケの悪い高解像度合唱団でもない、でもアジがあるんだこれが!
●あなたにとっての短所
D-50 をはじめとするローランドのシンセの多くが、アッパーとロワーとの2つのトーンからひとつのパッチをつくる形式になっている。だが、これが感覚的に名前にひっぱられて把握しにくい。アッパーは上半分、ロワーは下半分、と思い込んでしまい、自由に音創りせんとしても気を取られる。たとえば「シンベはロワー」というふうに決めつけてしまい、シンベをアッパーで鳴らす、という発想にたどりつきにくい。 2トーンをレイヤーしたりスプリットさせたりするなら、1と2、AとB、などに名を変えてほしかった。
サイド・パネルがツルツルに磨きあげられたプラスチックなので、キズが怖い。キズつけてくれと言わんばかり。でも気にしたら負けなので、気にしない事にした。
●その他特記事項
1.アナログシンセ敗北の真相
DX の牙城を崩し、それにとってかわった歴史的な名機。
発売当時は売切れ続出だった特徴的な出音もさることながら、よくよく考えてみると、D-50 には当時の卓越した先見性がこめられているような気がする。
パンフレットや文献などで満ちている言葉は、「フルデジタル」つまり高音質、再び「フルデジタル」つまり内蔵エフェクトまで含めたトータルな音色創り、「パーシャル」つまり部分音合成、「リニア演算」つまり予測できる音づくり、などなど。これらは何を物語るのか?
デジタルシンセがヤマハの特権でしかなかった当時、かえりみれる経験者は、ぜひ振り返ってほしい。DX シリーズが遂に DX100 を生み出し、当時としては常識破りの小型化を実現しミニ鍵かつ電池駆動されるまでに、FM 音源が台頭したおかげで、フルデジタルである事は、もはや日常茶わん事(?)となっていた。しかし同時に感じた音創りの困難さは、良く言われているような、単に減算方式に対する FM 音源という未知の方式への戸惑いや困惑だけでは、無かった気がする。
それは「どのような方式であれ、これからのシンセではパラメーターが果てしなく増大するであろう」事を、暗に予見させていたのだ。私たちは無意識にそれを直感していた筈である。でなければ、あそこまで「もはやアナログには未来が無い!」とまで、業界が騒いだはずがない。
DX の音と性能は圧倒的だったが、それだけで、あそこまで簡単にアナログを葬り去されるか? アナログと比べ DX は音が痩せがちだという事は、業界もアーティストも私たちも気付いていたはずだ。だからこそ、DX が出た翌年にはアナログ的な音色を出しやすいデジタルシンセ CZ シリーズが登場したのであり、そのころから早くも「アナログ回帰」という言葉すら言われ始めていた。
だが、自然界に比肩しうる緻密な音を創るために、未知のパラメーターが、それも膨大に、アナログを大幅に上回る物量でもって押し寄せる時代が来てしまった事を、私たちは知らず知らずのうちに感じ取っていた筈なのである。
DX のあと、追い討ちをかけるかのように大量のパラメーターを搭載したマルチエフェクトの誕生、そして多芸な様々な MIDI 機器が出現するにあたり、ますます私たちは、果てしないパラメーター増大時代が来たのだという思いを、強くしたはずである。無意識のうちに。
だから、デジタルこそがこれからの時代であり、もはやアナログには未来が無い、とまで断定したのだった。
そして DX がいかに大量のパラメーターでもって、それまでとくらべて桁外れにカラフルな音色を実現できたとはいえ、それでは誰も満足に音創りできなかったことを思えば、アナログの敗北は、すなわち音創りの敗北なのであった。音色の幅狭さと、パラメーターの少なさは、TB-303 を大量に捨てるほどまでに圧倒的であった。
2.D-50 が提唱したもの
恐らく D-50 は、そこへ異義申し立てをした最初の試みではなかったか。減算方式を踏襲していても、やはりパラメーターはアナログシンセより遥かに多い。しかし、おおむね減算方式にのっとったおかげで、音創りはしやすい。パラメーターが増えても、音創りがしやすいシンセ。いや、むしろデジタルである以上パラメーターが増えるのは致し方ない、それをいかに「使える」パラメーターにするかが勝負なのだと、D-50 は言いたかったのではないか。
DX に遅れる事4年、コルグやシーケンシャルがヤマハに食われてしまうのを横目に見ながら、ずっと検討され続けてきたであろう D-50 の存在意義は、そこにあったのではないか。高価なメモリーをけちりつつも、そんな少ないメモリー容量で PCM 音源を実現する困難さから、デジタルで減算シンセ音源を導入したのだろうとは思う。しかしそうであっても、単に「減算方式だから音創りしやすい」というだけで無く、「増えてしまうパラメーターを、如何にしてまとめあげるのか?」という歴史的展望に立って、考えられたのではないか。それがパンフレットや文献などから感じられる。それを明確に意識していたにせよ、していなかったにせよ、思想背景は、そんなところであろう。
それがゆえに、やはり音創りに重点を置いたせいなのか、D-50 を始祖とする LA 音源の構造は、フィルターを持たない PCM パーシャルと、フィルターも完備した減算方式シンセパーシャルとの2種類が存在したり、それらをストラクチャーと呼ばれる組み合わせパターンでまとめたりするなど、やや複雑である。
のちのコルグ M1 にはじまる純然たる PCM 音源のほうが、マルチサンプルを採用したせいもあってもっとリアル、かつ、単に PCM 波形をフィルターで加工するだけだったり、ストラクチャーも無かったりと、構造がシンプル。M1 にあるのは、1系統か2系統かを切り替えるスイッチのみ。
だが、LA 音源は、それら後世の PCM シンセとは一線を画す重層的な構造であり、それを見れば、やはりあくまで「音を創る」「音を自作する」という創造性に力点を置いていることが分かる。DX によって広まった難解な音創りへの回答を、シンセメーカーとしてローランドは提供したかったのだ。だからこそ、ヤマハがオペレーターとアルゴリズムという概念を発明し、それをローランドはパーシャル(部分音)とストラクチャー(構造化された音創り)という、よりプラクティカルに体系だったかたちへ咀嚼して提示してみせたのだ。
あえて、やや複雑な構造をとることで、むしろより大きな可能性と柔軟性とをもたらしたデジタルシンセ、音創りのためのシンセ、ユーザーに音を創ってもらうためのシンセ、複雑だからこそ自由度高い音創り、音創りへ回帰するために必要不可欠な見通しの良さ、それを可能とするパラメーターのまとめ方と配置、それが D-50 のはずだった。
DX に遅れること4年、ローランドは、じつにローランドらしい独自の視点から、まったく新しいシンセをつくりあげてみせたのだった。
3.D-50 の限界
しかし、やはり歴史は進むものである。フルデジタルでありながら、アナログシンセをもとに四則演算になぞらえたパラメーター構成は分かりやすい。しかしそれが言えるのは、ある程度シンセに親しんだ人間であり、初心者相手であれば、もっと違う発想が必要になろう。さらにマクロエディット的なものも、もっと求められたであろう。D-50 だけでやめてしまったジョイスティックが、その難しさを物語っている。
D-50 の限界もまた、その登場と共に明らかになったのである。初モノだけに、やはり頭でっかちなのは否めない。
そして、LA 音源よりも単純な構造、かつ、よりリアルな音が出る PCM プレイバッカーへと、時代は移ってしまうのである。
そして膨大な音色ライブラリービジネスの時代へと。
かつて Voice Crystal というサード・パーティの音色ライブラリーがあり、キース・エマーソンが、型番を隠した D-50 とともにキーマガの広告に出た(K社に気を遣ったのか?)。Voice Crystal による D-50 の音は、彼の「クリスマス・アルバム」に満載されている。その中の曲「I Saw Three Ships」で聴けるシーケンスベースは、じつは D-50 の音源波形にあるフレーズループ音を、ピッチだけ極端に低くして、まんま流しているだけである。
ジャン=ミシェル・ジャールは、アルバム「Waiting for Cousteau」や「REVOLUTION」において、ローランドやサードパーティが提供した D-50 音色カード・ライブラリーにあった音色を、そのまんま多用している。特に後者はほんとうに D-50 の音が満載で、ジャールがたったひとつのシンセからインスパイアされた結果、アルバムまるまる一つ完成させてしまったことが分かる。
というわけで、結局は音色を創るより選ぶ時代が来た事を、D-50 は知ってしまった筈。その最後はDシリーズの枠を超え、おびただしい数の物理操作子に答を求めた JD-800 というとてつもないマシンに結実したのち、しばらく歴史の表舞台から消えた。確かに JV-80 は、D-70 をリファインして安価に裾野を広げたようには、見える。しかしそこに搭載して音色を増やす別売エクスパンション・ボードがシリーズ化してから、物量作戦に転じたのがわかる。そしてライブラリーが増えると、逆にそれらをたくさん搭載できる JV-1080 のような、再生シンセも登場した。やはり音は創るのではなく選ぶものだったのだ。それも、あらかじめ創り込まれた音を、選ぶものだったのである。あくまで自分で創りたがる私は、少数派、絶滅危惧種、レッドブック認定。
はなからライブラリー展開だけを考えていたのであれば。音源方式なんてなんでもいいはず、おもしろい音が出ればそれでいいはず。だから FM 音源でも、ai 音源でも良かった。音創りなんて考えなくて良かった。
だが、LA 音源は、見るからに音創りを念頭に置いたことが分かるパラメーター配置になっており、そのしやすさへの配慮が随所にうかがえる。
できあいの音色のほうが出来がいいのは、この私とて同じ。
出来合いのほうがクォリティ高くとも、自分にしか発見しえない音を、探し求めてしまうのである。この私を待っている未知なる音色を、探し求めてしまうのである。まだ見ぬ君をもとめて探しに出てしまうのである。
コルグも、DSS-1 まではサンプリングした波形にハードシンクできるなど、自由度の高さを追求していたはずであった。だが、M1 以降、ただの PCM 再生機、かつエフェクトのみ強力、という退化した仕様に先祖返りしてしまった。あとは音源波形が無限に供給されればいいので、これもまたライブラリーに依存したビジネスであり、つまりは元ネタ勝負であった。そこに音のリアルさ、良さはあれど、分離波形でも使わない限り、予想外の音にまで創り出す自由度の高さは求めにくい。ありものをサンプリングしてつくった PCM 波形ネタを、豊富に取りそろえることに走ってしまう。
4.ヒトの限界、そして D-50 は問う
かつて閉塞的な ’80年代という逆境の中、君臨する DX によってもたらされし圧倒的劣勢。そこから D-50 は立ち上がり、単騎で勝負を挑み、その結果、見事に世界を一変させてみせた。
D-50 の成功は、それまでに存在しなかった音を創り出せたことにあり、そのために見通し良くパラメーターを配置しつつも、あえて M1 以降の PCM シンセとは異なる、やや複雑な構造にしたことであった。
だがその勝利は「勝てばそれで良いのか?」という、新しい問題提起をすることになった。勝ったがゆえに D-50 が得たもの、それはライブラリービジネスの到来であった。音創りの復権をめざして戦った D-50 がたどり着いたのは、音創りを諦めて音を買うことだったのである。この皮肉な結末。 LA 音源は、当時としては突き抜けた音源方式だっただけに、その目新しさばかりがライブラリーでもって消費され、その真価たる自作音色の醍醐味は、ついぞ理解されえなかったのかもしれない。誰もがワナビー、あの人の音がライブラリーでほしい。そりゃ私だってほしいですよ、あこがれの音色の数々、それはもう、たくさんたくさん、冨田さんの音色なんて今でもぜんぶほしい、まだまだほしい。
かくしてローランドは、JV シリーズに始まるエクスパンション・ライブラリー展開に転じた。近ごろのソフトシンセなどで盛んに販売されている「エクスパンション・ライブラリー」とは、この JV シリーズが大々的に始めたものだ。拡張音源、拡張音色。 Dシリーズから 180 度反転し、ライブラリービジネスにおいても成功した点で、ローランドは器用であった。
従って D-50 の問題提起が、やや違った形で復興するのは、D-50 から8年もたった ’90 年代なかばに出現した DSP シンセや仮想アナログ音源シンセ、それらがブームになってからであろう。それもまだ減算方式の域を出ない以上、もっと野心的な、KORG Z1 のような失敗的試みが出現し続ける事を、勝手に期待する。
今、あれほど熱狂的に迎えられた PCM も曲がり角に来てしまった時代。PCM は安価に多彩な音を実現できるテクノロジーとして残しつつも、それへのアンチテーゼとオルタナティヴもまた求められる時代。その回答としてコルグ Z1、ローランド自身も V-Synth などを試みてきたように、まったく新しいシンセシスへ、今一度、一歩前へ踏み出し、希求してほしい、と1ユーザーからメーカーへと勝手に期待するものなのである。
PCM へのアンチテーゼのひとつに、アナログ・リバイバルがあった。だからこそ今、盛り上がるアナログはアナログでもって回答し、デジタルはデジタルでしかできないことを、デジタルならではの音色と音創りとを、求導師のように追い求め続けてほしいのである。デイヴ・スミスなどは、その両方に卓越しているレジェンドなおかげで、その両方を融合させたハイブリッドシンセを早々に開発し、それは 2002 年に、同社デビュー機種 evolver というカタチで日の目を見た。そしてそこからの成功を、今度は Arturia や KORG などが安価にパクろうとしている。
今、もはや世界は、かつての D-50 の時代ほどには、単純ではない。だが、それだからこそ、D-50 が異議をとなえたことは、大きな意義を持つメッセージとなって、永遠に新しい。ローランドがDシリーズをやめたのは、さらに一層リアルな音色を求める時代の要請であり、自然なことではあった。だが、リアルさやバリエーションの豊富さをもとめて PCM 音源を導入したとき、同時に LA 音源をやめてしまったことは、至極、残念と言わざるを得ない。
企業は、慈善事業ではない。
M1 が出た時、それへの対策もまた、必要となったであろう。それがゆえに、JV シリーズでのライブラリービジネスが、もとめられたであろう。
だが、シンセは、既存の音をものまねするだけで終わるものではないのだ。ものまねは、だが、出発点にすぎない。
なのにそれが、あたかも LA 音源が古く、PCM 音源があたらしいという印象を与えるカタチで変遷してしまい、結果「世代交代」に見えてしまったのは、つくづく、残念と言わざるを得ない。LA も PCM も、ベクトルの向きが違うだけであり、どちらも共に、ひとしく未来に向かうデジタル音源のはずなのに。
リアルさよりも音創りの自由をもとめた LA 音源を、あのまま継続して進化・発展させておれば、今ごろそれはまったく新しい次元のものにまで進化しえていたであろう。そして LA 音源をやめてしまったがために停滞し滞留してしまった時の流れを、音創りへの夢を、21 世紀になってから必死で取り戻しキャッチアップしようとしたのが、V-Synth ではなかったか。D-50 が開拓した PCM での音創りを、究極まで推し進めたのが動的 PCM とも言うべきバリフレーズ技術であり、TVF / TVA にはじまる個別に特化した合成が COSM であり、D-50 の遺志を継いで、音創りを今一度ユーザーに解放せんとしたこころみが、動的シンセ V-Synth では、なかったか。
そんな音創りの再来を今、それでもなお勝手に期待せずにはおれないのだ。
だが、V-Synth もまた、誕生後、十年、二十年をへてから、ようやく全貌が理解されようとしている。バリフレーズは時間軸からフレーズサンプルを解放し、COSM は多彩なモデリングを生み出し、しかも個々の鍵盤に異なる COSM をマッピングでき、TVF の名は時間軸上の音色変化こそがシンセの本懐という意義を秘め、そしてデジタルシンセの原点 D-50 に返ったかのようなストラクチャー構成。これらを集積して搭載した V-Synth は、この桁違いの自由度の高さがゆえ、テン年代も終わる今になって、ようやく理解され、現物を求める声が出てきたように思う。
FM 音源といい、LA 音源といい、V-Synth エラスティックオーディオ音源といい、なみはずれたシンセシスというものは、すぐれて卓越しているがゆえに、なかなか理解されえない。理解されるにも、十年はかかる。われわれは、だがゾウに群がる群盲であった。
つまり、ひとは、自分がつくりだしたものすら、なかなか理解できない不完全な生き物らしい。
そこまで、企業が結果も出ないまま継続してたがやすのは、なみたいていではないのかもしれない。再びのデイヴ・スミスのような、センスある頑固じじいだけが、それも個人商店という小さな規模だからこそ、経営と両立しえて、できることなのかもしれない。
だが、ということは、D-50 の異議申し立ては、今なお永遠に新しいのだ。 今なお手つかず、着手されないまま、その回答と、おのれの続編の到来を待っているのだ。
すなわち;
アナログを否定して立ち上がったデジタルには、ぜひデジタルの良さを追求していただきたい。 アナログはアナログならではの音創りを デジタルはデジタルでしかできない音創りを そもそも、音を創る、の復権を ぜひ希求していただきたい。 シンセは、こんなことでいいのか!? シンセは、ものまねばかりでいいのか!?
と、厳しく問うてほしい。 問いかけつづけてほしい。
ちなみに当時、D-80 という、D-50 を2台分搭載した弩級シンセも計画されていたらしい。D-50 をそのまんま横長にしたようなカタチだったのだとか。Super JX みたいな感じかなぁ、見てみたかったね! 圧倒されてみたかった!
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