“katanya katanya katanya...”
展覧会”katanya, katanya, katanya”を立ち上げるプロセス
まず前提としてこの展覧会の前にEndro Rukmono氏による個展”Kolo Nguntal Bulan”が2022年10月から11月にかけて開催されていました。その会期中に若いアーティストへ向けてプレゼンの呼びかけがあり、土日の2日間かけて数々の参加者が審査員の前で紙に描かれた作品を持ち寄り順にプレゼンをしました。
紙の作品という規定は、このギャラリー名”galerikertas”(直訳すれば紙のギャラリーという意味)とも関係しています。
私の誤解でなければ、”(メディアとしての)紙へ帰ろう”というHanafi氏の意思が込められているようです。
Depokは雨がひどく停電のなか非常灯のもとで皆んなで寄り集まって紙に描かれた作品を囲み、膝を付き合わせて座談する様子は、現代の日本人である私にはとても新鮮で、でもどこか懐かしい光景でした。
後に審査を通過した7名の若いアーティストの中に、年齢オーバーの私も混ぜてもらいワークショップが始まりました。
まず本展覧会のキュレーターであるUgeng T. Moetidjo氏からMitos(インドネシア中にある神話)についての話やディスカッションがあり、その後ギャラリーの庭などでみんなでスケッチをしたり、他に与えられたテーマに沿って絵を描いた後に合評会を行い、ともに3日間を過ごしました。このあいだにお互いの理解が深まったように思います。
またその後個々のアーティストとキュレーターOm Ugengと作家Endro氏の間でグループ展へ向けての作品のディスカッションがあり、それぞれのコンセプトやメディアについて共に話し合いの上決定しました。
残念ながら私は日本への一時帰国が迫っていたため、自宅で制作して先駆けてOm UgengとEndro氏立ち会いのもと展示チェックを済ませて帰ったのですが、他のみんなは自宅で制作後、展覧会前にギャラリーに泊まり込みで最終仕上げを現場でしたとのことです。Instagramの投稿を通じて、皆んな仲良く、懸命に制作に励んでいる様子が伝わって来ました。
全てのプロセスにギャラリーのディレクター、キュレーター、年上のアーティストが関わり、彼らとディスカッションを繰り返して展覧会を形作っていきました。
galerikertasに滞在している間、毎食毎食飽きないようにさまざまなインドネシア料理が提供されたことも特筆すべきことかもしれません。この国ではこの様に若いアーティストを育てていくのだなと、体験とともに貴重な気付きを得ることが出来ました。
展覧会のオープニングに立ち会えなかったこと、語学力不足で理解出来なかったことがたくさんあったこと、作品の内容に関しても悔やまれることが積み重なりましたが、それは次の課題としつつ、美術の側面からインドネシアという国のもつ特質に触れ、少し足を踏み込むことができた様な気がして、やっとやっと私はこの国に来た喜びを実感したような気がします。