また思いついて、以前使っていた Tumblr を使って、
全世界に私の創造した文を配信することにした。笑。
(又突然想到,
重新打開以前用過的 Tumblr,
把自己寫的文字丟向全世界。笑。)
そこでたまたま見つけたのは、
自分に刺さる言葉を投げてくる人。
(然後,剛好遇見了
會丟出直擊我內心的文字的人。)
短い文章なのに、
本質を外していない。
翻訳で読んでみると、
思わず立ち止まってしまった。
(句子很短,
卻沒有偏離本質。
用翻譯讀完後,
不由得停下腳步。)
よく見ると、
それらは新しく書かれた言葉というより、
過去の文章や、誰かの言葉から
選ばれて並べられている。
(仔細一看,
那些文字與其說是新的創作,
不如說是從過去的文章、他人的話語中
被挑選出來重新排列。)
そういう人を、
「キュレーター」と呼ぶ。
(這樣的人,
被稱為「策展者/編選者」。)
なるほど。
世界には、そういう役割がある。
(原來如此。
世界上真的存在這樣的角色。)
拾う人。
選ぶ人。
編集する人。
(撿拾的人。
選擇的人。
編輯的人。)
私は、
その役割にもなれる。
言葉にも、音楽にも、色にも、デザインにも。
(我也能成為那樣的人。
不論是文字、音樂、顏色,還是設計。)
でも、
長くは続かない。
(但那樣的狀態,
並不會持續太久。)
流れのあるものに、
とどまり続ける感覚が合わないから。
(因為對於正在流動的事物,
一直停留並不適合我。)
拾った瞬間には満足して、
すぐ次へ行きたくなる。
(在撿到的瞬間就已經滿足,
然後立刻想走向下一個流動。)
だから今は、
拾った言葉よりも、
湧いた瞬間を残したい。
(所以現在,
比起撿來的語句,
我更想留下內心湧現的瞬間。)
今の流れを書く。
今の温度のまま置く。
(寫下此刻的流動,
在溫度還存在的時候,把它放下。)
それが、今の私。
(這就是,現在的我。)












