Full transcript: Niantic CEO John Hanke talks Pokémon Go on Recode Decode “[We have] mixed feelings about people looking at their screen when we're trying to lead them out into the park.”
訳出元:http://www.recode.net/2016/10/4/13166612/john-hanke-niantic-pokemon-go-recode-decode-podcast-transcript
recode.net 10月4日掲載
執筆:ERIC JOHNSON
*55分以上に渡る対談の書き起こしが長大なため、おそよ3分割して翻訳中です。ここではジョン・ハンケ氏がGoogleでMap事業に携わっていた当時からIngressを経てポケモンGOの立ち上げに至るあたりまで(の話が込み入ってくる手前)までの内容を訳出しました。
パート1:
Kara Swisher:本日のレッドチェア・ゲストはジョン・ハンケさんです。NianticのCEOであり、ヒット中の携帯ゲーム『ポケモンGO』の開発会社としてよく知られていますね。NianticをGoogle内で立ち上げる以前の彼の功績としては、GoogleEarthとGoogleMapの開発を助けたことが挙げられます。彼は(そこで)Field TripやIngressといったアプリを開発しましたが、今や独立した企業です。我々は(そうした)変化がもつ意味や、それ以上の話題について語り合いたいと思います。ジョン、ショウへようこそ。
John Hanke:ありがとう、出演できて嬉しいですよ。
KS:それから、この場にはRecodeのモバイル部門シニア・ディレクター、イナ・フリードが私とジョンにインタビューするために来ているんですが、彼もまた熱狂的なポケモンファンなんです。って、イナ。
Ina Fried:ああ、ごめん。Pidgey(ポッポ)を追いかけてたもんで。ただいま。
KS:何をしてるのか、私もよくは知らないんだけど。ともかく、ポケモンGOについてはたくさん話し合いますよ。でも思うに、あなたのバックグラウンドの方が私にとってはより興味を惹くんです。始めるとしましょう。ジョン、みんながあなたの来歴を理解できるように、私たちは長いこと知り合いだけど、Googleで地図やGoogleEarthに携わっていた頃に戻りましょうか。ちょっぴりあなたの背景について私たちに教えてくれれば、それがここにいる(理解を助ける)ポイントになると思うしね。
JH:ああ、地図の開発スタッフとして働くのはGoogle以前からなんだ。2000年頃にはKeyholeという会社を興して、Keyhole Earth Viewerを作っていた。これは2004年、Googleに買収されたんだ。それからGoogleへ参加して、GoogleEarthへ姿を変えたというわけ。そしてGoogleMapを立ち上げて、ローカルサーチや関連するものすべてをちょっとね。
KS:過去に戻って、Keyholeという会社について話しましょうか。なぜかって、とても興味を惹かれていたから。事実、会社について、ミーガン・スミスがその渦中にいたことについても執筆するつもりでしたよ。でも(当時は)彼女も私もお互い子供やスタッフを抱えていて「ああ、執筆は無理ね」って。それでも私は、いつでもKeyholeのアイディアに魅了されていたんです。地球を見渡すというね。それ以前には誰もなし得ていませんでしたから。
JH:それはかなりの初期段階だね。僕たちがシリコン・グラフィックスから来た数人の仲間と会社を立ち上げたころ、彼らはそこ(シリコン・グラフィックス)でフライトシミュレーター用の高解像度衛星画像の生成や、政府筋のとんでもなく高額の機材を扱っていたんだけど、ちょうどSTI(Scientific and Technical Information Program NASA運営のデータベース )が3D化されたり、スーパーコンピュータが占める分野がコンシューマ層に降りて来たり、時期が良かったんだ。これは3dfxやNvidiaのような企業の、初期のコンシューマ向け3D製品が普及して、今日(こんにち)我々がGoogleMapやGoogleEarthで目にするようなビジュアリゼーションを可能にしたことを意味するわけだね。当時、人々が所有する普通のPC上でそれが可能になったというね。それから僕らは「Mapquestの超すごいやつ」のアイディアも温めていたんだ。
KS:あなたにとって地図とはなんでしょう?思い出すと、Map Questってサービスは子供の落書きみたいな酷い見た目だったけど。
JH:地図が大好きなんだ。僕は小さな街で地図を引きながらナショナル・ジオグラフィック誌を読んで育った。旅行も好きだし、空想旅行のアイディア全てが好きだったんだ。他の創設者と繋がって(keyholeを)始めるまでは、それは夢の日々だったけど。それはビデオゲームと何か便利なものを混ぜ合わせたような、そこに飛び込んでいけるような楽しい要素を持っていたし、ズームしていけばアゴが落ちるような驚きもあった。しかも実用的な用途、例えば休暇先やハイキングで滞在するホテルを品定めして、3Dで見たりといったことも出来る。とても便利だよね。
KS:フライバイ機能は革命的でしたね。誰もがTV(の解説など)で使っていたのを思い出しました。TV業界が使い出すのはとても早かった。
JH:ああ、そうだね。僕が思うに、この状況が最終的にはGoogleの注意を僕らに向けたんじゃないかな。テレビネットワークがそれを採用してくれたおかげでね。同じようなことは大量の制作期間を費やせば彼らにも可能だったけど、Keyholeはそれらをまとめ上げて、しかも少人数(ひとり)で操作できた。CNNのマイルス・オブライエンなんかは控えめにいって中毒だったね。ほぼ全ての放送で使ってたし。
KS:それで、なんで会社を売却したの?その時のまわりの状況は?
JH:僕らがくぐり抜けて来た2000年から2004年あたりの時間軸を思い出してみれば・・・
KS:最悪だった。
JH:9/11が起きて、経済が落ちて。ベンチャーキャピタルは寂れた峡谷の有様だったよ。僕らはこのヤバい状況を切り抜けて、谷の向こうへたどり着いたんだ。そして会社は利益を生むようになった。実際には2004年にベンチャーキャピタルからシリーズBの契約要項3枚が寄越されて、成長は続いたんだ。
KS:どの程度吊り上げたの?
JH:それほどじゃないかな。六百から七百万ドルぐらいだよ。
KS:確かに、みんな六百から七百万ドルぐらいだった。
JH:結局、僕らはシリーズBで一千万ドルを調達して、その時点でのキャピタルの投資額としては恐らく最高額だった。それから、出し抜けにGoogleからお呼びがかかった。当時Googleとは数ブロックの場所にいてね、ミーガンはそこで話した最初の人物だった。彼女はこう言ったんだ「我々はあなたたちがやっている事にかなりの興味を持っています。いらっしゃって一緒に話しませんか」ってね。二度の会合のあと、彼らから買収の提案があって、僕らは協議したんだ。なぜならそれ以前のGoogleは大きな謎だったから、IPO以前のGoogleのことだけどね。僕らはそこで奇妙なことが起きているって噂も聞いていた -マッサージを受けられたり、豪華なビュッフェの社食みたいなこと、それだけで終わりじゃないとは知らなかったんだけど。
KS:全部ほんとうだったけどね。あなたはまだ奇妙な目には逢っていなかったけれど、突き進む事にした。
JH:僕らはそれがまぼろしなのかほんとうなのか知らなかったけど、話し合いが進むにつれ、彼らは財務状況を見せてくれたんだ。アゴが落ちたよ。株式未公開の企業で、ここまでうまくやっているところは見たことがなかった。ラリー(・ペイジ)とセルゲイ(・ブリン)がGoogleにとって「地図」というアイディアが情報を得る方法として非常に重要な要素だと、とても情熱的に僕らに確信させてくれたんだ。
KS:売却額は?どんな形で売ったの?
JH:うーん、それを公にするなんて考えたこともなかったけど、まあ10万ドルよりは少ないよ。
KS:なるほど。そしてGoogleの株式もね。
JH:そしてGoogle株も。確かにそれはいい選択だったよ。僕らはうまくやったし、Googleはそのあと何年も気にかけてくれたしね。
IF:実際のところNianticはゲーム企業で、「地図」という資産のまわりに起業しています。でもあなたがゲームにのめり込んだのはそれよりもだいぶ前ですよね。カセットテープを使ってコンピュータ用のゲームを書いたりしていました?
JH:確かにやってました。明らかにゲームが僕をコンピュータにのめり込ませたんだけど、7年生(中学一年)の数学の授業でTRS-80の8bit機だったかなあ、思い出すと。僕にとっては魔法みたいだった、コマンドを打ち込むと作動するその様子がね。実際に考えたものをそのままコンピュータにタイプすると、そのものが実現できるっていう。それから、ものすごく悪いタイミングでプログラムが壊れるカセットテープが、確かにあったね。何年か後にテック業界へ戻ってきて、ごく初期のMMOゲームを開発するために会社を起業した時に、その経験が役に立ったんだ。
IF:マルチプレイヤーゲームね。
JH:インターネット史上初の大規模マルチプレイヤーオンライン3Dゲームだった。そして僕らがIngressやポケモンGOでやる事になる多くの要素を持っていた。
IF:興味深いですね。それにしてもどうして地図の上にゲームを載せようと決めたんですか?それってかなり風変わりだけど。つまり言いたいのは、あなたにとってどう見ても地図は仕事だけど、あなたの情熱はゲームに注がれてますよね。
JH:それらは僕にとっては並行した要素なんだ、初期のMMO開発の頃からね。大規模なプレイヤーが、お互いにゲームをプレイする過程で競争したり協力したり、僕はその後にそれを地図上で行なったんだよ。IngressはポケモンGOの先駆けとなったけど、本当に足し算だったんだ。MMO+ジオマップ(システム)っていう。それらを足すと、Ingressの完成だ。どちらの要素も同じように好きだし、ゲームの外にもこのアイディアを持ち出したかったんだ。僕はとてもゲームの製作を楽しんだけど、それは座り込んで2~3時間もゲームに費やしたり、もちろんポテトチップを一袋丸ごと食べた後の気分とも違うんだ。一種の歩行タイプの経験とゲームを組み合わせて、ちょっとした気晴らしになることを期待していたんだよ。
KS:なぜなら、みんなすでにGoogleMapの使い方を知っていたから、それを理解できたわけね。地図関係でどのくらい働いていたの?GoogleViewやMapやEarthといった、これらすべてを成し遂げたわけだけど。地図の領域ではそのあいだに何が起こっていたんでしょう?Googleにとって地図は最重要でしょう。マイクロソフトもこの領域では活発だけど、二番手だし。
JH:確かに、楽しいひと時だったね。2004年に僕らはやってきて、GoogleMapを立ち上げた。そしてGoogleEarthも。6年、ほぼ丸7年ぐらいはGoogleに費やしたかな。
KS:そこでの大きな挑戦は何だった?
JH:たくさん。つまり、Mapquestは僕らがGoogleEarthやGoogleMapでやろうとしたことの多くの要素を既に持って存在していたんだけど。一つには、実際にある場所が想像通りに見えるように世界を画像で覆うこと。ヨセミテや世界の他の場所が同じように見えること、例えばアフリカの隅っこなんかがね。全地球の上空写真を集めることは技術的な挑戦でもあったし、事業やビジネス上の挑戦でもあったんだ。衛星業者とも協業したし、最終的には社内に独自の航空部隊を作って超々高解像度画像を撮影したんだ。そのあと実際に地形上の建造物を3Dで構築して -最近はAppleも同じことが出来るけど- もし君がサンフランシスコやニューヨークを傾けてみるなら、君は全部の建造物を見ることが出来るというわけだね。Earthビューモードからストリートビューモードへ降りてくると、ここでのストリートビューは別のプロジェクトの何百っていう・・・
KS:大学の研究だったかな?
JH:スタンフォードで始まったんだ。Googoleが買収して、セバスチャン・スランやルーク・ビンセントその他がプロジェクトを率いて世界規模に拡大したんだよ。
KS:たぶん覚えてないと思うけど、一度アフリカで象を見せてくれたでしょ。
JH:あれは楽しかったね。ナショナル・ジオグラフィックごっこをしてね。
KS:確かに。(密猟者が)どうやって象牙を手に入れるか見せてくれてね。なぜそれが起こるのかの個人的議論も興味深かったけど、それは実際に起こったことでもあって。なぜなら密猟者の経路や場所をあなたがGoogleMapで見せてくれたから。それと同じことを海洋廃棄物でも示してくれましたよね。あの巨大な -絶対に忘れられないけど -とにかく巨大なプラスチックボトルの固まりがそれを形成していて。もう一つ、森林破壊と、それに対する人々の意見の実際も。あなたは人々が言っていることと世界の現実を直面させたわけですね。これは興味深いことですよ。
JH:ああ、科学者にとってもね。こういった衛星写真にアクセスすることはとても高額で難しく、技術的な挑戦の過程だった。科学者の多くは衛星写真と比較したいデータを持ってはいたんだけど、比較するための技術的、経済的意味については知らなかったんだ。GoogleEarthが全世界の高解像度画像と共に、基本的には無料で広く公開されたあと、突然、全ての科学者たちはアイディアやデータを視覚化する方法を、この本当に素晴らしい無料ツールで得たわけだね。最終的に一般向けの製品にはなったけど、多くの科学者によって興味深い用途に活用されてるよね。
IF:あなたがドローンが地図業界をどうやって変えると考えているのか、興味があるんですが。なぜならあなた方は明らかに(スマートフォンなどの)こういった機器から消費者のデータを別レイヤーとして集めようとしていますよね。
JH:確かに、それは「中央監視」的ではありますね。僕らはこれらの大量の多角的データを合成して、世界のストリートレベルに取り込み、極めて頻繁に更新しているんだけど、(ドローンを使うことは)それを外挿的に行うに等しいというか。ショッピングモールのなかの様子を収集したり、かなり近いストリートレベルまで接近したりといった、それが忠実に行われるなら素晴らしいことになるとは思いますよ。もし実現するなら、ね。明らかに克服するべき規制や他のものがたくさんありますけどね。でも技術的には可能だし、いくつか実行されるだけの意味があると思いますよ。
KS:あなたはこういった地図をGoogleで作ってきた。何がそうさせたんでしょう?つまり、私は多くのGoogle幹部に起こることを知ってるからなんだけど、彼らは別のことをやりたがるでしょ。あなたは起業家だけどGoogleという巨人の中にいて、だけど比較的小さな会社だった頃にここへきて、それは時を経て非常に巨大なものになったわけだけど。なぜあなたが最初にGoogleの中でこういったことを始めて、そして去っていくのかな?
JH:うん、いい質問だね。その幾らかは個人的なことなんだけどね。僕がこの職を得てから7年だけど、僕らは30人のスタートアップとしてここへやってきて、しまいには数千人規模になり、巨大複合体になり、Google自身も成熟を迎え、僕自身は中堅幹部になった。僕はラリーとセルゲイとエリックの中間、Googleの最上層にいて、(その下で)全従業員が仕事をしている。何かを作り上げていた頃に戻りたかったんだね。子供の頃に自分のPCでプログラムを作ることを発見したような、クリエイティブな充足感に戻りたかったんだよ。実際、アイディアは形になったんだ。
このアイディアは地図の上にゲームを構築するってところから芽生えて、歩行と探索、運動を組み合わせてプレイヤーを外へと連れ出すものだった。僕は毎日のように長男と一緒にもがきながら方向性を模索したんだ。彼はちょうど大学へ行った頃で、でもそうなるには幾らか若くてね(訳注:飛び級で入学した?)、TVやPC、ゲームは抗し難いものだったよ。僕はゲームみたいなものが僕をプログラミングの世界へ導いたことを知っているし、彼をそういったことから遠ざけたくはなかったんだけど、同じように外の世界で何かをやって欲しかったんだ。それが僕をこんな発想に導いたんだ「よし、お前がゲームと屋外での遊びや探索を組み合わせられたら、それも可能だぞ」ってね。
KS:なぜGoogle内でそれを立ち上げたの?彼らが頼んだとか?私は、Google内部でそれを所有したかったからあなたに頼んだと想像してるけど。
JH:離職届を書き起こしてエリックとラリーに送ったんだ。(そういった諸々を)説明して、新しい何かを始めるために、離れる時が来たってね。(同じ時期に)Google自体も会社内部で新しい創造の機会を模索していたんだ。彼らは僕らがまるでスタートアップみたいに開発できるように特別に計らってくれたんだよ。依然Google内部でね。それはもうGoogleの最良で最高のサポートだったし、僕らがそういったアイディアへ挑戦するための格好のプラットフォームになった。僕らに技術や人材へのアクセス権を与えてくれもしたし、スタートには最高の方法だった。そしてField TripとIngressを共にGoogle内部で完成させたんだ。
IF:それからIngresは一種の ー聞いたことがないっていう人に説明すると、ポケモンGOの基礎になったようなゲームで、なんというかオタクっぽいゲーム。あまり流行らなかったですよね。ポケモンGOに対してIngressがカルトっぽい感じのゲームになったことをどう思います?
KS:Field Tripもね。Field Tripはすごく「お勉強」って感じ、思い出したけど。そんな風に考えてた。エデュテイメントに近かったかな。
JH:まだ存在してるし、僕は好きだけどね。君の周りにある歴史や芸術、建築物といったものを教えてくれるから。IngressはSFゲームだ。僕らの位置情報を使った現実世界タイプのゲームの一作目だね。わざと言ったものさ、「僕らは超ヒットを望んでません」って。よりゲーマー向けに作ることができれば、たとえ技術が完璧でなくてもアーリーアダプターとして彼らは喜んで使うだろうしね。ゲームをゲーマーに向けて作るための意図的な選択だったんだ。
僕はゲーマーだ。そうすることには何の問題も抱えてない。そしてゲームをそういった形に構築する意味を探る、初期の試みだった。僕らはゲームをいくらかはField Tripから引き継いだデータで開発したんだけど、史跡や公共アートなんかの興味を惹くポイントで、プレイヤーがIngressやポケモンGOで介入する場所をね。こういった要素は全て一方から他方へと引き継がれた。
KS:Field Tripが最初の製品というのは正しい?
JH:Field Tripが最初で、Ingressが次だね。
KS:プレシディオ(訳注:サンフランシスコ、ゴールデンゲートブリッジ近くの地区)で見せびらかさなかった?記憶が正しければね、確か。いくつか史跡を廻らなかったっけ?
JH:かもね。
KS:たぶん行ったと思うけど。
IF:あなたがどうやってGoogleへ行き、IngressからポケモンGOへ至るかまでのお話は興味深いですね。私はどうやって大きな市場を獲得するか、あなたが模索していたと仮定するんですが、でもポケモンGOはエイプリルフールのジョークから始まったんですよね?
JH:そうなんだ。Ingressがリリースされて4周年を記念していてね。依然成長していたし、すごかったよ。僕らは次のプロジェクトを探していたんだ。僕らの目標とするところは、常にこの現実世界のゲームのためのプラットフォームへ様々な要素を盛り込むことで、「お次は何だ?この類の技術を広く世間一般に広めるにはどうしたらいい?」って考えていたんだ。ポケモンは内々で考えていた、そういった「要素」だった。これは明らかにとても愛されていて、人気のあるゲームだし・・・
KS:でも何でまたポケモン?それって『ゆかいなブレディー家』って言うようなものでしょ?私の意味が分かると思うけど。つまり随分前に、私が若かった頃に人気があったものってことだけど。でも何故ポケモンは他のどんなレトロなものとも違ったの?
JH:うん、ポケモンは僕らがゲームでやろうとしていたような事にうってつけだったんだよ。ポケモンの思い出っていうと、それはポケモントレーナーって事になるよね。それはアニメシリーズやビデオなんかで表現されてきた。トレーナーは森に分け入り、世界を巡り、ポケモンを追い求める。それってビデオゲームでは初めて拡張現実ゲームを作ったようなものでさ。そのフィクションを僕らは完全に現実世界での拡張現実ゲームとして置き換えたんだ。今はスマホみたいな機器だけど、たぶん将来的にはサングラスみたいなものになって、現実の光景にファンタジックな世界を重ねて観るようになるだろうね。そこで君はポケモンを見つけて、実際に捕まえることができる。それはポケモンの物語で描写されていることそのままだよ。だから僕らは完璧にマッチするって感じたんだ。
ちょうど同じ頃、マップチームのエンジニアの一員である野村達雄が、彼は僕と一緒に先週、Appleのカンファレンスでステージに立ったんだけど、株式会社ポケモンと一緒にGoogleMap上にポケモンを混ぜ合わせるエイプリルフールのジョークを手がけてたんだ。僕らはちょうどこんな感じで「やったぜ、これで一歩彼らに近づけたし、株式会社ポケモンに行ってこのアイディアを売り込めるぞ」ってね。で、その通りにしたら、彼らが気に入ってくれて、プロジェクトが始まったわけだ。










