トミオカホワイト美術館開館30周年記念展にて、展示の最後に。
" … 最後に雪国の人々にひとこと申し上げたい。雪の自然界をよく見て下さい。美の宝庫にかこまれていることを考えて下さい。一年中美しい色彩の自然に囲まれているしあわせを。
新潟日報 昭和57年(1982年)4月17日
富岡惣一郎 「創作・トミオカホワイトの世界」より "

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トミオカホワイト美術館開館30周年記念展にて、展示の最後に。
" … 最後に雪国の人々にひとこと申し上げたい。雪の自然界をよく見て下さい。美の宝庫にかこまれていることを考えて下さい。一年中美しい色彩の自然に囲まれているしあわせを。
新潟日報 昭和57年(1982年)4月17日
富岡惣一郎 「創作・トミオカホワイトの世界」より "
"…初めて望遠鏡が手に入った時の、天にも昇る心地は、生涯の間にも余り類がないことと思われる。
留守の間に、郊外の家まで車で運ばれて来た望遠鏡が、奥座敷に大きな格納函に入って安置されてあった。私は、自分の腕が収めてある唐櫃に対した茨木童子のように、息を詰めてその前に坐りこんだ。そして鍵を回して開けてから、雪白な筒身を、しばらく無言で愛撫せずにはいられなかった。"
-『野尻抱影 星は周る』 小望遠鏡漫語 より-
店の面構え|小倉快子 BOOKS f3 Yasuko Ogura 新潟 Niigata
私は普段、新潟市内で小さな本屋とギャラリーを営んでいる。3月中旬から4月中旬にかけて、新潟在住の写真家の展示を行った。今考えるとギリギリのタイミングだ。しかし大手を振って来てくださいとは言えず、イレギュラーな営業になったこともあり、なかなかもどかしい展示期間となった。
せっかくだからとGWまではその展示を延長する予定だった。しかし、緊急事態宣言が全国へと拡大され、小店も休業を選択することに。結局2日間延長したのち、展示はひっそりと終了した。店内に1ヶ月以上飾られていた作品も、店の休業に合わせ、きれいさっぱり片付いてしまった。すぐに店内に本を並べ、来るべき日のために準備をすれば良かったのだが、どうにも気持ちがあがらない…。どうせシャッターも開けないし、誰も来ないのだからと半ば自暴自棄になりそのままに休業生活へ突入した。
とはいえ、WEBSTOREは続けていたので、発送手配など店内で行う作業は変わらずある。元来の掃除下手もあり、あっという間に平台(店内にあるメインテーブル)は作業台と化した。梱包作業等には広くて使いやすい。ただ、横に無造作に追いやられた本を見るにつけ、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。シャッターを閉めている薄暗い店内で、誰に見られるともなく、ここにいるしかないなんて…。そう思いながら、結局休業していた約2週間の間、そのままの状態が続いた。私自身、店を閉めていることはとてもストレスなのだと気付かされた。ただ、コロナ禍にWEBSTOREを利用してくださった方々からは、いくつもの反応や感想が返ってきたり、県外の知人がお久しぶりですと購入してくれたり、本を通してのコミュニケーションはまだまだ有効なのだなと嬉しいことも多かった。
GWが明け、ようやく短縮ながらも店舗営業を再開した。久しぶりにシャッターを開け、光の入った店内。やっぱりこれだと思いつつ、結局営業再開日に店内のディスプレイが間に合わなかったのだ。乱雑な店内を片付けながらの営業…。多くはないがお客さんが顔を出してくれる。なのに第一声が「乱雑な店内で…」とはなんとも面目ない。そしてお客さんが「いいよいいよ」と店主を甘やかしてくれる(笑)。2日ほどそのままの状態で営業するという暴挙だったが、いよいよダメだと奮起し、本を並べ出す。やりはじめればやっぱりたのしいのだ。久しぶりに本屋らしくなった店内を見渡し、うんうんと頷く。心なしか本も誇らしげな面構えだ。
これから先どうなっていくのかはわからない。でも本屋とひとくくりに言っても、自分がやりたいのはやっぱり店舗での営業だと改めて思う。この場で手に取ってもらえて、ちょっとした会話から選ばれる本、お客さんが迷いながら1冊の本を手にする場面、ここで起こる小さなやりとりがどうしたって好きなのだ。
BOOKS f3
http://booksf3.com
https://instagr.am/p/B_WqIGqHDrW/
"人が語ろうとするのは、伝えたい何かがあるからであるよりも、言葉では伝えきれないことが、胸にあるのを感じているからだろう。" 『はじめに』より #若松英輔 #悲しみの秘義 #ナナロク社 https://www.instagram.com/p/BrfkPbXgiAh/?utm_source=ig_tumblr_share&igshid=18qygplxo1bta
「日本には公共ホールは1600以上あると聞いている。しかし、その中で、世界レヴェルの自主制作作品を生み出している劇場、ホールはどれくらいあるのだろうか。専属のアーティストを持っているところも、ほとんどない。結局それは、日本の公共ホールは、建築物で止まっているということである。文化事業とはソフトの制作のことなのだ。いいホールは無いよりはあったほうが良い。それは確かである。しかし、50年で建て替えなくてはならない公共ホールの用地、建築費、建物とその付随物の維持管理費と比べて、文化を生み出す制作費はどのくらいの比率になるのだろうか。せめて半額、と言いたいところだが、多分、10分の1にもならないだろう。海外や東京で作られたものを買うのにはある程度予算が使われる。これが文化費用でないとは言えない。それらを見て刺激され、将来のアーティストが生まれるかもしれないのだ。私だって、小学生の時に、福井市の文化会館でゲルバーのピアノを聴かなかったら人生がちょっと変わっていたかもしれない。高校2年生の時に、劇団民芸の「リリオム」を観なかったら、大学で演劇の授業を取らなかったかもしれないし、そうなれば、蜷川幸雄氏に巡り会うことも、金森穣さんに出会うこともなかったかもしれない。
しかし、自分の街に世界的なダンスカンパニーがある、ということは、すごい力を持つことではないかと思えるのだ。しかも、日本で唯一の公共ホールが持つカンパニーなのだ。」
- Noismサポーターズ unofficial 「新潟日報「窓」欄掲載、『ノイズムの活動支えたい』! →反響続々!コメント欄にも目を通して下さい♪」へのフィードバック」笠松泰洋さんのコメント引用より
http://noism-supporters-unofficial.info/supporters-blog/fullmoon/3259/#comments
"写真の面白いところは、どうやっても現実が介入してしまう所だと思っています。写真は撮られた瞬間に過去のものになり、哲学者のロラン・バルトが言うように「かつて そこに あった」ものになってしまいますが、どんなに抽象的に撮っても、その時間、その場所に、現実に物や人が存在しています。"
- 水島 優 (新潟市新津美術館 企画展 パリに生きる新潟の作家たち 図録)
" 6年前の福島原発事故後、日本をはじめ世界の人々の思考やそれに伴う生き方がネガティブな方向に流れていった。あまりにも大きな犠牲が伴う喪失感にどの様に前向きに生きていったら良いのか答えが見いだせなくなったからだ。(中略)
このような状況の今、希望を持つ、探す、作り出す行為が必要と強く感じる。それはそれぞれの立場、場所と方法で細やかながら少しずつ行うことができると信じている。
今回の作品は空間の中にたくさんの色彩や形態が見えるが、これらを希望のシンボルとして印した。
Tomoko Kazama-Ober
パリにて 2017年12月 "
- 希望 (新潟市新津美術館 企画展 パリに生きる新潟の作家たち 図録)
" ただ言えることは、私の彫刻と子供たちが一緒に遊んで喜んでくれたり、目の不自由な人が作品に触れてくれて喜びを感じてくれたり、作品を見てその人なりの解釈をして作品がそれらの人たちの話題になったりした時などに、大きな喜びを感じます。彫刻は周りの人達と一緒になって生き生きとしてきます。そんな時、彫刻をやっていて良かったと思います。
未だ未だ沢山の作品を作りたいと何時も夢を見ています。
彫刻家 原田哲男 "
- 新潟市新津美術館 企画展 パリに生きる新潟の作家たち 図録
"パチェコ・ディエゴ著『長崎の天主堂』(西日本文化協会 1976年)の中に、「天主堂の死」という一文があります。「私は天主堂がなくなるのを見た。一番古い天主堂のひとつであった。年の重さの下にだんだん弱くなっていた上に人間の理解が足りなかったのでその姿は消えた。(中略)島から、長崎から、遠いところに送られたそこに、いつかもう一度建てられるそうであるが、決して同じものではないだろうと思う。そこには長崎の空も海もないからである」と。明治村まで、再建されたその教会堂に会いに行きました。やはり、昔の天主堂ではありませんでした。伊王島の空も海もないだけでなく、訪れる人を温かく迎える赤い「聖体ランプ」がないその家は、お御堂ではありませんでした。「聖体ランプ」が灯され、祈りを捧げる信徒がいてはじめて建物はお御堂になるのだと、胸が痛むほどに実感させられた出会いでした。
教会堂はそこに、信徒とともにあることで、歴史を語り、そこに刻まれた神の恵みを、神に向かう祈りの心を、訪れる人に分けてくれるのだと思います。
片岡瑠美子[長崎純心大学]"
長崎の教会 白井綾著 平凡社
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六時半には、新宿駅のお握り屋さんで、ネギの味噌汁の湯気を見ていた。
八月の六日間 北村薫
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