トヨダヒトシさんの「新作」|泉イネ Ine Izumi|記憶の処
アメリカと日本の 新聞
日々変わりゆく テロや 震災の 見出し
死者の数
今、思い返す
初夏 ふげん社でのスライドショーでみた 景色
トヨダさんが被災地へ通って撮った景色以外で
印象に残っているもの
被災地のスライドで印象に残っているのは
プレハブで新しい床屋をはじめた 女性の 笑顔と
暖かそうな頬の 色
新作のスライドショーには
トヨダさんが2011年1月から2012年4月まで
NYから気仙沼へ通って
地元の人々と一緒に作業をしたり
ご飯を共にしているたくさんの風景と
その 間 間 に
印象に残ったスライドは 浮かんでは 消えていた
トヨダさんは写真を物として残さず
スライドショーを見る人の目をメディウムに
記憶へ像を 残してゆく
スライドショーが終わった後
観ていた人からトヨダさんへふと 投げかけられた言葉
「写真にならないように撮っています」
「たぶん、写真家じゃないんだと思う」
その会話を聴いていて、しっくりきた。
カシャン カシャン と スライドが切り替わっていく数時間
視ていた写真、というか 像は
ほとんど美しいとは感じなかった
醜い ということでもなく、映像や写真で受け取りやすい
美しさや 格好良さは なかった
淡々とトヨダさんの目が トヨダさんの意識が視たもの が
切り取られているようで
人は普段、目の見える人が目覚めてから眠るまで 美しいものばかりを
視ていない(そもそも美しいと思うものが 其々に異なるけれど)
物をつくる時、写真や絵にするときは
多くは美しく仕上げようとする
良く見せようとしてしまう作為が働く
久しぶりにトヨダさんに会えたし、ちゃんと観て最後に何か質問できることがあればと思って じっ とスライドを視続けて、カシャン カシャンと音を聞き続けた 途中から これは……言葉にするのは 難しい な と。黙って見ているのだけれど、心の中でも言葉を失いながら時を過ごす。
絵も、映像も、音楽も、本も料理も なんもかも
人其々に受け取り方は違う
でも
観ている人、というより 今 生きている人へ
トヨダさん自身へも含めて
同じ問いかけが
スライド と スライド の 隙間に 挟まれているような気がした
その問いかけを
否定せずに受け入れると
足場を失くしそうになるので
薄っすらと わかりつつも
横に置いて 保留して 生きているような
気づかないふりをして
慰め合っているような
上映の後、質問もできず
トヨダさんへ挨拶だけして
暗くなっても明るい 東京の夜道を歩いて
そのあと しばらく忙しくて、日常にも驚く出来事がいくつかあったりして、夏に観たトヨダさんの新作の記憶の鮮度が薄れてしまった気がして。改めて メールでだけれど 問いと返事のやりとりが何通かありました。
「ほんとうのことも知らないのに」「よく知りもしない人のことはほっとけ」
そんなことよりも今、自分の目の前にいる・ある、大切にすべきこと、
でも「ほんとうのこと」はその本人すらも知らないことが多くあるね。
そのことは、僕のスライドショーの底辺を流れるテーマのひとつでもあります。
自分がまず安全、安定していれば良い。
多くの人が日々そう生きている一方で
その安全の代償をなぜか背負わなければならなくなった人達が
人だけじゃなくて動植物も自然環境も
どこかで生きている
そんな問いかけを
私はスライドショーの中で感じ取っていたのですが
3.11の震災やボランティア活動の記録(だけ)ではないつもりで作りました。生きていること、(ときに突然に・不条理に)死ぬこと、生き残ったこと、生き続けること、他者を殺すこと、他者を裁くということ、人によって人が死刑に処されるということ、いろいろないのちの、日々の、あり方・・
そんなことについての自分のわからなさも含めて 近しい友人に宛てて手紙を書いた、そんな作品にしたかったのかも知れません。
「写真家じゃない」とトークのときにお返事されていましたが、他にしっくりくる言い方はあるでしょうか(私は最近は絵描きか絵伏です。絵に伏す人)
「何をしているのですか?」「お仕事は?」と訊かれると
NYにいた時からずっと「写真を撮っています」と答えています。
もし話を聞いてくれそうな人が相手なら、その写真でこんなこと(プリントされた写真ではなく、消えていく写真 云々)をしています、と話します。
自分のことを○○です、と名詞でくくる(くくられる)のに違和感があり、○○しています、と動詞で答えています。
スライドショーを見ていて、殆どありのままの風景…良い写真を撮ろうとしていない、目に入った景色を瞬きで切り取ったかのような一枚一枚でしたが、ショーに使われないスライドも沢山あるのでしょうか?
なるべく「写真」にならないように気をつけて写真を撮っています。
作品には使われないスライドもたくさんあります。こういう作品を作ろうと決めて写真を撮りはじめるのではなく、普段の、過ぎていく日々の中で気になったこと、(自分にとって)大切なこと、覚えておきたいことなどをつれづれに撮っているので、その中から作品となっていくのは、どれくらいかな・・10枚に1枚くらいかなあ・・ 数えていないのでわからないけれど。
ご自宅から見える桜の木と電線。季節が変わる毎に写っていたのが印象に残っています。この木について、何か想いはあるのでしょうか。
小学校に入学した時に、入学式の最後に桜の苗木をプレゼントされました。それを持って帰って庭に植えたのがあの桜の樹です。今では考えられないようなプレゼントだね。
自分の背よりすこしちいさいくらいだった苗木を片手に持って、これから始まる新しい(小学生の)日々にワクワクと不安がないまぜの変な気持ちになって家に帰ったことを 今もよく覚えています。
やがて庭がなくなった時に、家の敷地のほんの端っこに植え替えて、それでもそこで元気に育ってくれました。
僕が日本に帰ると泊まる部屋(実家の)の窓から見えるその樹を 撮った写真です。
桜の苗木がどれくらいの月日で育つのかはわからないけれど、きっと僕とほぼ同じ年月を〈樹〉として生きているその存在を そばで見ています。
夏のスライドショーから暫く時間が過ぎましたが、新作について「言葉にならない」「どう話していいか分からない」と言われていたのは今も変わらないでしょうか?
どの作品もそうなのかもしれないけれど、言葉にしたり説明しようとすると、やっぱり何かが崩れていきます。
何か言葉にするとしたら、僕の場合、スライドと同じように断片になってしまうのかも知れません。以下は新作上映のDMにそえた言葉です。
2011年 / ニューヨーク / 時計が時を刻む音 / それはとても小さな / 雲がはこばれていく / あの冬 / 止まった時計 / ここに / 震える輪郭 / やっと思い出せた / たえまなく降りつもる / 窓 / 人 / 人間の風景 / かつてここに生きたものたちと自分 / 写真は / 鏡のように / 閉じていく / たったひとつの今 / たったひとつの命 / 雪
時系列をベースにしていますが、時系列どおりに見せることは目標にしていません。
時間という不思議なものへの興味や感嘆、それと 時間というものの中で起こる自然な順序は大事にしたいと思っていますが。うまく言えませんが、おそらく僕は「話ししたいこと」があって作品を作っています。その「話したいこと」を自分のやり方できちんと話すことの方を 時系列を厳格に守ることよりも大事にしています。
ただ、「時間」も僕の興味を大いにひくものなので
そのことは作品の基礎部になっています。
それと、日々写真を撮る中で無意識にできる写真の自然な順序(この写真を撮ったあとにこんな写真を撮っていたのか、というような)偶然も含めた、出来事の自然な順序や、自分のこころの中の自然な順序が(無意識に)もたらす流れは、人生の妙というか不思議さが顔を出している場合が多いので大事に思い、そのままに(まさに時系列どおりに)並べることが多々あります。
スライドの並べ方はどのように選んでいるのでしょうか?
上記の「話ししたいこと」がある時期のスライドをライトテーブルの上に撮った順にすべて並べ、そこから、その時に「話ししたいこと」と遠く離れているものは外していきます。
時期ごとにあるテーマを決めて写真を撮っているわけではなく、その時々の自分の興味・関心の流れに身を任せて何かを写真に撮っているので、並べられた写真のうち、今回の「話し」のことではないと思うものは 外していきます。
それから、それらの写真が撮られた時のこと、今現在のこと、そしてその他の自分のいろいろな時期のこと(こどもの頃のことも含めて)を行き来しながら、時間をかけて写真が並んでいきます。
でもある程度のところまで来たら、はじめに外した写真をもう一度見返します。すると、最初には見えなかったその写真を撮った自分の無意識の意味に気づくことがあり、そうするとそれらの写真は作品にすっと入れられていきます。
何年も経って(自分が歳を重ねてやっと)気づいて(何年も経ってから)その写真が撮られた時期の作品に入れられることもしばしばあります。
同じ理由で、作品に選んであった写真が 時間を経てから作品から抜かれることもあります。
スライドからスライドへの間の秒数はどのように決めているのですか?
上映が始まる前に、その会場のロケーションやその季節(によるその場の気配も)によって写真を送る基本になる秒数(10秒ずつとか14秒ずつとか)を「こんな感じかなあ・・」と決めるけれども、
上映が始まると、自分が感じるままに進めていきます。その場の雰囲気や、その時の過去を見返す僕のこころの在りようとかでも変わっていきます。
筑波大学で野外上映した時は 降り出した雨の中、100分くらいの上映時間の「NAZUNA」という作品が140分になったこともありました。観る人たちは屋根のあるところから観ていて、でもやがてスクリーンの立つ芝生の上に椅子を持ち出して 傘をさしながら、雨に濡れる大きなスクリーンのそばで観る人たちもいました。
スライド写真を機械に任せずに手動で送る作業は、前にも話したかも知れないけれど、写真を撮った時の時間と上映している時間(それに僕の中に流れる他の時間)を 一枚一枚 縫い合わせていっているような感じです。
人を撮る時、その人に撮って良いか逐一確認はとられるものなのでしょうか?
それとも信頼関係がある人には何も言わずに撮るなど、トヨダさんの中でルールのようなものはあるのでしょうか?
基本的にある程度の関係性のある人しか写真には撮らないので、写真を撮るよと訊かずに撮ることが多いです。
訊くことによってその時の何か、大切な気配が遠ざかってしまうことがあるので。
でも、親しい人でも確認してから撮ることも多々あります。その人との関係性や、その時その人とどんな時間を過ごしているかによって その都度考えて写真機を手にします。
しかし、訊かずに撮る時も、僕がその人の写真を撮ることはその人は知っています。ほとんど正面から、その人とアイコンタクトをとってから撮っているので。
トヨダさんから時々届くお知らせのメール、個々にやりとりするメール、どちらもトヨダさんの口調や気配りが伝わってくる。目前に居る友達へ話すかのように。社交辞令、決まり文句、メールだからこれぐらい、というものではなく。あなたを信じて 送っています、という言葉の温度がある。(なので、私もできるだけメールは相手を信じて送るようになった。残っても構わないという細やかな覚悟と共に)
私は 2013年に甲状腺疾患を患って、当初は立つことも辛くて、アート蜃気楼も患って、絵が描けなくなって 旅へ出た。
こんなに描いて頑張ってきたのに、なんでこんなことになったのか、何も信じられなくなって行き先が見えなくなっていた。それでも 守る存在が居るから、消えるわけにはいかないと分かっていて…身体が不自由になって初めて 生きたいと、願いながら眺めた天井を 今も時々思い出す。そして
何かが 間違っていたの、かもしれないと
旅を歩めるほどに 振り返るようになる。
少しでも心が動く 会ってみたい人や土地へ出向いて7年の今。絵を描き直し始めて、病はほとんど治った。時をかけて トヨダさんを始め、様々なジャンルの人との関わりが 今も栄養になっている。
shimaRTMISTLETOE は その旅の途中から芽吹いた場でした。
この星は 忘れてはいけないことが 積もり 積もっている。
人間の海馬には追いつかないほど たくさん 増えてゆく。
気づく人も 気づかない人も
答えは見出せないまま 忙しく日々過ぎゆき
便利になればなるほど、忙しさに拍車がかかる。
便利さのとおい裏側に、
誰かの 何かの 哀しみがあるかもしれないと
歩調をゆるめて 想像して
都市の改札を 通り過ぎる。
どうしたらいいのか もう諦めて
あっという間の人生を 刹那に 楽しく 生きたいように
生きたらいい と 思う時もあるけれど
忘れていることを 想い出そうとすることは
大切なのだと
トヨダさんの まだタイトルのない「新作」からの問いかけを
いつかどこかで
撮る、それか撮る直前に感情や感覚が動くのでしょうか。それとも食事を撮るという決まりを作っているのでしょうか。
決まりは作っていません。
あ、撮りたいなあと思った時に撮ります。
「美味しそう!」とか「温かな時間だなあ」という。
「食事」そのものや、「食事を一緒にする」ということは
日々の中で大切なことと思っています。
なので、食事を作っている時の写真も撮ることがあります。
生きている中で大事だなあ、大切だなあと(個人的に)感じた時に
✳︎文の間に在る画像は新作のスライドショーで浮かんでは消えていったものものです
第14回恵比寿映像祭
2022年2月6日(日)、13日(日)
広島市現代美術館(野外上映)
3月26日(土)、27日(日)(予定)