セルゲイ・ロズニツァ『Babi Yar. Context(バビ・ヤール)』を観た。1941年から1952年の記録、全編アーカイブ映像でつくられたドキュメンタリー映画。この映像資料は約80年前のものでありながら、現在、まさに戦火の中の2020年代に通じるものがある。 街中の人々やパレード、捕虜収容所や戦車の移動シーン、もともとどのくらいの時間が撮られているかわからないが、細かく当時の様子がわかる記録で、うつる人は、みなカメラを気にせずに過ごしている。 1941年、9月29日から30日にかけてキエフ北西部のバビ・ヤール渓谷で、33,771名のユダヤ人が射殺された。 ぞろぞろと集められる人々とカメラとスクリーンを通して見つめ合う。そしてその後(動画記録は省かれているが)、乳幼児から老人まで亡くなった(と思う写真が続く)。一帯を埋めつくす、コートやケープ、たくさんの衣類、子どもの靴、洒落た靴、の写真は、家から防寒着と貴重品を身につけさせて集めたあと、身包みを剥がされことを物語る。 ワーシリー・グロスマンの「ユダヤ人がいないウクライナ」のテキストはありのままを描いている。 街中の様子がたびたび流れる、撮っている間に爆撃される。カメラは最前線にも向かう。雪の中で倒れる人々がうつされる。カメラマン側は淡々としているように思う(依頼主からの要望がどのようなものかはわからないが)。 後半、さまざまの立場から証言される裁判のシーン。この虐殺に関わって死刑宣告された者たちの、多くの観衆を集めた公開処刑では、その場を見ようとする人々の波がうつしだされる。これはフィクションではなく事実で、年代順に並べられている。 人々の顔、話す姿、生きている姿、死んでいる姿、死にゆく姿が記録されているともいえる。
私はテレビを持たなくなって久しく、日本のテレビ番組はほとんど観なくなってしまったが、インターネットから各地のニュースを見ることができる。日本では語られないことを、BBCニュースが教えてくれる。また、個人がカメラとしてスマートフォンを操り、現地を発信してくれる。編集されない状況を私たちはそのまま受け取ることができるようになった。 21世紀にもなって未だ1940年代と変わらない(もしくは1940年代に近づいていく)情勢に憂うこともある。映画館で80年前の記録が今日にあらわれ、カメラとスクリーン越しで見合わせることができることに感謝の気持ちも持っている。今日、毎日、個々が記録されている記録も、数十年後に生きる人へ物語ることがあるのかもしれない。












