フリージアと新しい花器。
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@tomokazi
フリージアと新しい花器。
「TOKYO 百景」
No.1
#東京
アライバリズム×Hei Tanaka (つづき③最終)
似顔絵はその後も順調で、やみよのさくせい のイラストも皆様から好評をいただきました。
そして、イベントを締めくくるのはもちろん
Hei Tanaka
音のチェックが入念に繰り返され、「最高の音で聴いて欲しいからごめんねー!」と馨君。
みんな、もちろん待つよーの雰囲気。そして、軽く合わせたあと、「一旦はけますー」と会場外へ。そして、再び登場してきたら、メンバー全員がやみよのさくせい MVと同じ衣装!これはファンには堪らないサービス。もちろん、他の会場でも同じだと思うけど、さすがの5月。しかもライブハウスの熱気の中、あの黄色いアウターはキツかったと思うけど。バンドのこだわりとファンサービスと、これには心を揺さぶられた。
そして、この日までCDを繰り返して聴いたぼ〜んの楽曲が流れ始めると、自分の持ち場を離れて前の方へ。もう、完全に似顔絵閉店です 笑。
ちょうど、takemurateiのスペースが少し空いていたので、そこにお邪魔して最後まで楽しみました。主催の後藤さんも最前列でぴょんぴょん飛び跳ねてて、やはり主催の人が前に出て楽しんでいないイベントは面白くないと、ツガパイさんも言ってたな〜と思い出したり。(ツガパイさんとは鳥取アジパイの店主)
ほんとに、宝箱をひっくり返したような夜でした。松江の二日前に広島のクアトロでライブを見て、さらに松江まで来てくれたお客様が、似顔絵の時に、松江はこんなに近くで見れて幸せです!とおっしゃってました。たしかに他の会場に比べて、舞台もフラットだし、隣で見てる聴いてる感じがさらに倍増。じっさいにメンバーはすぐ横を歩いてたり、馨君は中央まで来て演奏したり(みんなの輪の中で)。弾き語りの楽曲では、みんなが床にしゃがんで聴いたり。
本当に二度とないかも感がハンパなく伝わる時間でした。
ラストの、やみよのさくせい は全員が大合唱。みんな、さんざん曲を聴いて来たから歌詞も間違えず余裕で唄ってる姿に感動。
僕も、もちろん唄いました。
そして、終演。
あー、終わってしまったー。と月並みの表現しかできないけど、逆にそれが驚くほどしっくりくる喪失感。今迄、経験したことのない
「終わってしまったー」
でした。
幸せなことに、打ち上げまで参加させてもらい、そこではもう、書ききれないほど幸せな時間を過ごさせていただきました。
会場は、最初に書いた 誉(ほまれ)。そこにHei Tanakaと残った参加メンバーで集まり、島根の美味しいお酒と名産を味わい、川べりで生ビールを片手に馨君と少し話せた。
「SAKEROCKの時は、あそこで野宿したんだよ」
「えっ!?」
「遊びすぎてて、宿の門限に間に合わず、この川の向こうの広場で 笑」
そして、みんなで写真を撮って
朝が来る前に散会。
関わった全ての人に感謝。
二日経った今も、まだ夢を見ているようです。
(終わり)
アライバリズム×Hei Tanaka (つづき②)
16:00 スタート。
タイムテーブルはこちら。
【タイムテーブル】
16時00-16時20 ALL DJ
16時20-16時45 DJ 奇数
16時45分-17時10 DJ Q
17時10分-17時50 さよならHOMEゲーム
17時50-18時20 DJ H to H
18時20-18時50 O.G.K
18時50-19時20 DJ 2bn
19時20-hei Tanaka
close DJ 2bn
今回、はじめてお会いするDJの方々。みなさん、とても心地よい音楽を選ばれて、会場の雰囲気をさらに良くする技みたいなものを見せてもらえました。隣でちらりとプレイを覗き込んで、絵を描く手元に音を繋げるイメージ。最終的には体全体で乗って、音楽とアート(ドローイング)の深い関係性みたいなものを実感できた瞬間だったと思います。
バンドの皆様も最高。O.G.Kさんは鳥取で何度かパフォーマンスを見たけど、やっぱり上手い。慣れてる。今回も魂の叫びを熱く届けてくれて、それでいてクール。22歳以下入場無料のこのイベントで、若者の心をグワッと鷲掴みする瞬間を垣間見ました。
さよならHOMEゲームも個性的でカッコよかった。高校生がメンバーに入ってたり、あらゆる職業の人が入ってる楽隊とのこと。たぬき音楽祭には行ったことが無いけど噂で聞いてたぶん得した気分で観てました。
似顔絵も、鳥取のカレー屋さん、アジパイさんとの繋がりで音楽イベントで描くことは経験していたけど、ここまで本格的なライブハウスというか箱の中は初めてだったので、どうなるかなぁっと思っていた矢先。「今、空いてますか?」と馨君が現れた時は、もう、似顔絵人生終わってもいいくらいの喜びでした。…(さらに続きます🖋次が最後なので!たぶん)
アライバリズム×Hei Tanaka (つづき)
そして、当日。
早めに松江入りして、会場の場所などを確認。出雲ビルはシャッターが閉まっていて(のちに入り口が違うことが判明本当は開いていた)まだ中に入れない様子だったので、時間まで松江の街をぐるぐる廻って気になるお店などチェック。
出雲ビルのすぐ近く、松江大橋南詰めには「誉」(ほまれ)という、明治時代の蔵を改装したギャラリースペースがあり、ここを後藤さんは住まいとされているそう。ただ、ここももうすぐ閉めてしまうと聞いたので一目見ておこうと何度も通り過ぎる。
それから、自分の泊まる宿の場所もチェックして、夕方になるのを待った。
再び、会場の出雲ビルへ。案内してもらい地下へ降りると、ちょうどHei Tanakaのリハ中で一気に興奮する。そこに後藤さんも居て、到着のご挨拶。そのタイミングで、まさかの田中馨さんを呼んでいただき、「似顔絵で入って頂くTOMOKAZI さんです」と紹介までしていただき、馨君(ふだん勝手に呼んでる風に書きます!)が、「素敵なイラストをたくさんありがとうございました」と握手してくれて、もう飛び上がるほど嬉しかった。(その時点で、似顔絵ずっと描いてきてここがゴールかもって思った瞬間だったけど、まだ先に嬉しいことが満載だった)
搬入を済ませて、ホテルにチェックインしてから三度会場へ戻り本番を待つ。
似顔絵ははDJスペースの隣で、便乗してカッコいい雰囲気になってて得した気分。
本番を迎える前に、今回のイベントに出店で参加される方にご挨拶。少し前まで、このビルの1階に入られていた YUTTE(ユッテ)さん
YUTTE(ユッテ)は島根の民藝品・工芸品と食品をひとつに詰め込んだ贈りもの。引き出物、結婚祝い、出産祝いといった贈りものを通してみなさんの繋がりをいっそう強く結っていただくきっかけになりたい。それがYUTTEの想いです。
は、料理家の太田夏来さんのうどんと石見地方の伝統工芸のお面で出店。僕も狐のお面を買いました。また、僕と同じく鳥取から出店されるtakemuratei (竹村亭)さんは、自家製カレーとキッシュをご用意して参加。用瀬のイエロービルで面白いことをやっている智行さん、尚子さん夫婦の顔を見てホッと一安心。
鳥取市用瀬町の喫茶店。イエロービルでひっそりと営業しています。
そして、お洒落なドリンクバーのコーナーはNUの皆様。周りを見渡してもお洒落が溢れてて、なんだか自分だけ浮いてないかと心配したけど、ここまで来たらやるしかないと踏ん切りをつける。
そしていよいよ宴の始まり。…
(さらに続きます🖋長くなって申し訳ないです)
アライバリズム×Hei Tanaka
2019.05.19(日)
島根県松江市の出雲ビル地下一階でこの企画ライブが行われました。このビルは大正時代に建てられたもので松江で最も古いコンクリート建築らしいです。地下一階は伝説のライブハウス 「B1」があった場所。今は使われていない(今後おそらく使用できなくなる)その空間を一夜限りで復活させる。そして、ゲストとして呼ぶのは元SAKEROCK メンバーでベースを担当していた 田中馨。彼が率いる6人体制のバンド
Hei Tanaka
そんな素晴らしい企画に誘って下さったのは、松江で、たぬき音楽祭
たぬき音楽祭
という名前も内容も一度聞いたら忘れられないフェスを企画・運営されている後藤健太さん。松江のキーマン的な存在の方。
後藤さんとの出会いは昨年秋まで遡ります。
鳥取市用瀬町で毎年開催している「いなば用瀬宿横丁さんぽ市」にシーサー広場の日曜日というグループで似顔絵を描いていた際にお客様として来てくださり、そこでお会いしました。
似顔絵の見本としてブースに並べた、SAKEROCK メンバーや細野晴臣さんを描いたイラストを見ていただき、作品も買っていただきました。
その時に、「松江でなにかやる時は来てください」と言って下さり、僕はもちろん嬉しくて二つ返事で了承させていただきました。
それから、季節は巡り、今年の春先。確か、二月の終わり頃にこの企画について連絡がありました。ちょうど花屋の友人とお茶をしていて、近況報告をする場面だったので、ちょっと聞いて!と興奮気味に話したのを思い出します。
それからの日々。頭の片隅にいつも、企画のことを置きつつ、自分にできることはやりたいなぁと考えて、やはり絵を描くこと。それが宣伝になればいいなと思いました。
SAKEROCK を聴いていたといえ、恥ずかしながらHei Tanaka についての情報収集ができていなかったのでYouTubeなどで曲を聴いてみたら、まぁすごい!これはなんだ!?という第一印象でぶったまげたのを思い出します。
そこから、Hei Tanaka 一色。ちょうど一カ月後には1stALBUM 「ぼ〜ん」がリリースされる前だったので楽しみが倍増して、いつも片時にはスマホから流してイラストのイメージを模索して過ごしました。
結局、当日まで似顔絵の見本を含め、7点ほどしか描けなかったけど、そちらをInstagram、Twitterなどを中心に、自身のエピソードなども添えつつ定期的に告知として使っていきました。たまにバズったりして、おっ!っとなったり。…
(次回へ続きます🖋)
HeiTanaka やみよのさくせい
HeiTanaka
[works]illustration BF flower kiosk
#tomokazi_noel 赤と緑
#tomokazi_mountain
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mountain range
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#mountainrange #mountain#山#山岳#連峰#山脈#illustration #illustrator #art#tomokazi
走ることについて語るときに僕(TOMOKAZI)の語ること (つづき)
僕は、走る時に誰かと同じペースで走りたいとは思わない。
追い越す時は「お先に」と言うし(心の中で)、追い越されそうになれば「お先にどうぞ」と言う(心の中で)
そこで無理をして誰かのペースに合わせてしまえば、息切れするのは目に見えているから。完走することを、あくまで目標としていればなおさら。
僕は、別に途中で止まってしまってもいいと考える人間だけど、ただ走ってる時の呼吸や見てる風景は自分だけのものとして大事にしたいし、何より楽しみたい。
もし仮にゴールできたとしたら、そこで何を見てきたのか何を感じ取ったのか感想を言いあえば、それはそれで楽しいと思うのだけど。
これまでも、この先も、僕は走り方を変える気は無いし、その必要も無いと思っている。
人間だから、誰かの言葉を気にしたり、傷ついたり時にはするけれど、僕はずっとこのままでいたいと思う。
2018/11/08
走ることについて語るときに僕(TOMOKAZI)の語ること
タイトルは言わずと知れた村上春樹さんのノンフィクション(エッセイ、本人は「メモワール」回顧録と呼んでいるらしい)作品の引用だが、僕なら何が語れるのかなと思い、珍しく文章を書いてみることにした。
走ることを始めたのは、8年前。33歳の年齢は偶然にも村上さんが走り始めた年齢と同じだった(はず)小中高はバスケ、20代前半からはサーフィン、体を動かすことは好きだったけど、シンプルに走るという行為には興味が持てずにいた。
父が煙草をやめて走り始めたのは何歳の時だったか忘れてしまったけど、僕が走り始めた頃には毎年かかさずフルマラソンを完走するランナーになっていた。その影響も少なからずあったのだと思う。
僕にとって走るという行為は、いつかレースに出るとか、痩せたいとか、とくに目標を持って取り組んでいたわけではなく、言わばその行為自体を日常に取入れることを目的にしていたのだと感じる。(歯磨きや、洗顔をするように) そう感じていたのに、一旦走り始めたら、見事にハマってしまい、来る日も来る日も走り続けた。バラバラのフォームで完全なる自己流。レースにも興味が湧き始め、10km程度のものがあればエントリーした。次はハーフ、一年後にはフルと意気込んでいたら、練習中に突然膝が抜けるような感覚に陥り、全く力が入らなくなった。痛みもある。病院で診てもらったら、ランナー特有の故障だった。骨には異常が無いが暫く走ることはやめたほうがいいと言われた。くしくも、走るという行為を日常に取り込むことに成功していただけに、急にやめろと言われると居ても立っても居られず、それなりにストレスも溜まった。ただ、怪我をしてしまったのは事実なので受け入れるしかない。幸い歳も今より若かったし、初めて痛めた箇所だったので治りも早く、すぐにランニングを再開できたけど、6km程度走ると痛みが出始め、前のように長く走ることは出来なくなっていた。そのことがきっかけとなり徐々に走ることをやめてしまった。
そんな折、友人を介して当時興味を持っていたボルダリングを教わる機会があり、始めてみることに。心配していた膝の痛みも感じなかったし、ボルダリングがスポーツとして想像以上に難しかったことで、むしろ夢中になり楽しく継続することができた。週に2、3回ペースで通っていたはずだ。そんな生活を2年くらい続けたところで、徐々に絵を描く作家活動が忙しくなり少しずつ遠のいて行き、やがてほとんど行かなくなった。年に2、3回顔を出すペースが2年ほど続いた。自分の中でボルダリングの存在が薄れてきていたが、昨年の春、職場の同僚が興味を持ったのをきっかけに自分も再開。以前より格段に楽しめた。
そして一年後、悲劇。とても大きい怪我をしてしまった。以前痛めた膝だった。検査の結果、入院・手術となった。今の現状(2018/11/08)。
術後4カ月経過。
出来ること、通常の歩行、階段昇降、筋トレ。
出来ないこと、ランニング(軽いジョギング程度なら許可を貰っているが、痛みがあり微妙なところ)
まだまだ回復途中だが、何より通常の歩行が出来るようになったことが嬉しい。階段も。
当たり前にできた事が、ある日突然奪われてしまって、もう一度赤ちゃんに戻って成長しているような感覚で日々過ごしている。
走ることについて語る、、からだいぶ逸れてしまったので戻したい。
言いたいことは何だったのか、こうやって文章にしてみれば、行ったり来たりもするけど、どこに着地したかったのか思い出したので書いておきます。
村上春樹さんが、「感情の赴くままに書きたいものや言葉にしたいことがあった時、それは手紙でも電子メールでも一晩寝かせる」と言うような意味合の事を言われてました。今の世の中、SNSの台頭により皆が言いたいことをすぐに言葉にできる時代になってしまったけど、言葉って注意しないと、自分から発した時点で世の中に対して、自分の分身を産み出したのと同じだってこと。まずい事書いたなと思い、消去しても読んだ人がいれば、それはずっと心に残るし、分身はずっと独りで歩き続けることになる。「やぁ! やぁ!」と挨拶しながら。想像しただけでぞっとします。
僕は、一晩、いや正確には二晩寝かせたのでこの文章を消すことはないけど、やはり読ませてしまう責任は感じながら書いてます。
再度、走る、、に戻そう。
人生をマラソンに例える。超ベタだけど分かりやすいのであえて。
自分のペースというものがあるのです。
誰にも全く同じ物はない。親子でも、兄弟でも違うと思う。「マイペースだね〜」とはあまり褒め言葉として使われない時もあるけど、実はあたりまえのことだと思う。誰もがマイペースを保っているはず。そこを乱してしまえば、体調を崩したり、怪我をしてしまったり、心が不健康になる場合もあると思う。(つづく)
TARAKO SPAGHETTI
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