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忘れるために書く。忘れるために言う。大切なら誰かが覚えている。でなければ消えていくということ。
ゲーム実況について
ゲーム実況をしています。
プレイがうまいわけではありません。トークもたどたどしいです。なぜゲームを実況するのか、それは「おもしろいゲームを広める」「ふつうで世の中を動かす」「どこかのだれかのきっかけになりたい」などのためです。
つまりこういうことです。
こんなにプレイもトークもたどたどしいごくふつうの人でも配信しているのだから、自分ならもっとおもしろおかしい配信ができそうだぞ、やろう!
だもんで、言われたことはありませんが、「こうするとうまくなる」「動画を編集したほうがいい」「話術を磨いたほうがいい」「あのゲームをプレイしてほしい」「コメントには返信しないのか」などの意見を持つようでしたら、ぜひあなたに実行していただきたいのです。
それは「言うは易く行うは難し」というわけではなく、純粋にやってみてほしいと願うからです。
ゲーム実況にかぎった話ではありません。小説、漫画、作曲などなんでもけっこうです。うまいとかへたとかはどうでもよいのです。人の意見を聞かなくともよいのです。自分自身が納得すること、自分の中にあるナニカを(法に触れない範囲で)外へ出して表現してみること、まずはこれがとても大切なことだと思います。
自分自身としては決してゲームのプレイやトークに手を抜いているわけではないですが、裏で練習を積んでいるわけでもなく、下記を目標としています。
うまくもなくへたでもなく話がおもしろいわけでもなく、むしろちょっと退屈かもしれないくらい平凡だけどなんとなく見ちゃう。というか自分もおなじゲームをやりたい。だってもっとうまくプレイできそうだし、なんなら実況もしてみたいな…。
はじめに書いたこととおなじだ!しかしながらなにも考えずにゲーム実況をしているわけではなく、それなりにあーだこーだ考えながらやっていることなのです。
…ということをいつかどこかで書きたいなと考えていたのでいま書きました。
社会と薬物について
なにかあると、どうせ最悪は死ぬだけだしなと思うのだけど、どうもそういう考え方はよくないらしく、というのも、なにかを考えるときは死なない前提にしないといけないきまりがあるようです。学校はそんなことを教えてくれなかったと思うので、暗黙の了解ということなのでしょう。つまり自分にとって社会はミスマッチでありトゥーマッチでもあります。よくわからない。手に余る。物心がついたころから宇宙人というか、柵の中か外かわからないけど、蚊帳の外のような気持ちで接しています。
ある人が法律で禁止されている薬物を使い逮捕されました。使っていない期間もあるようだけど、どうやら20年以上のキャリアがあるようです。
自分はもともと真心ブラザーズの「素晴らしきこの世界 」の歌詞「ノードラッグ ノーアルコールで爆発しよう 夢を見る前に現実を見よう」という箇所に多大なる影響を受けており、風邪薬ですらなるべくとらないようにしています。もともとお酒に弱いというのもあり、モラルというよりは、そのほうがいざというとき効く気がするというのもあります。
自分はそのような主義をもっていますが、人がとるぶんにはいいとも悪いとも思いません。それは非合法であろうが合法であろうがおなじことです。法律は時代によって変わるものであり、薬物が合法かどうかは、すこし昔の人がきめたことです。
健康被害などについても、煙草を吸いながら長生きする人もいるし、飲酒運転での事故や殺人などもある以上、その人の性質や使い方次第だと思います。
反社会組織の資金源になってしまうこともなにも思いません。自分は基本的にアナーキストであり(そのあたりは詳しくないためミナキストかもしれません、ノンポリであり、とにかく社会や集団にそれほど関心がありません)、しかしすでに社会があるのでそれを利用しているにすぎず、社会や秩序の維持発展には興味がありません。
しかしながら、健康や、法律や、資金源などいろいろな説にもとづいての批判は、現代の社会においては多様性を重んじなければならないため、あって然るべしととらえています。
自分が理解できないし信用できないなと思うのは、頭ごなしに「法律に触れているからダメ」とか「とにかく信じてる」とか「とにかくダサい」など、個人的な思考を介さずに判断している人たちです。
「法に触れているし、思考停止でダメと思う人も多いから、家族や知人に迷惑がかかるだろうからダメ」とか「法的にはダメだけど、それでも友人だし信じてる」とか「社会のルールが追いついていないしダメな理由がわからない」とか「薬物に頼って書いた詞もあるだろうし、それでしらふでがんばっている人とおなじフィールドで評価してくれというのはダサい」とか、具体的な理由を欲しく思います。
以上、自分のなかにある違和感をすこしでも晴らすべく書きました。
でっていう
ものごとは訓練かつ意識づけかつ習慣化であるので、論理的なアレを身につけるためにも文章を書いたほうがよいと思うので書いている。だけど実のところなにもしたくない。なにもせずにお金をもらたいと思いつづけて生まれてから干支が4回めを迎えてしまった。
自分の仕事のしたくなさというものは、もうこれは前世でなにかあったんですというレベルで、幼稚園のときの将来の夢は個人タクシーの運転手だった。それは好きなときに好きなだけ稼げると思っていたからです。ちなみに生まれてこのかた運転免許を持っていたことはありません。
次になりたいというか思ったことは、ゲームをして生活したいなあ、カルチャーブレーンの人とか江戸家猫八に会えるしいいなというところでした。現在においてはプロゲーマーやらゲーム実況者なんてものがあるけど、当時はそういったものはなく、子供心にさすがにそれにはなれないだろうと思ったものです。
が、いまはそうなんですよ、なろうと思えばなれるんだよなあ……。
詩
わたしは畢竟まだなにも知らない
知ったら知らないことができない
何者でもなく
なにかになりたいわけでもなく
ただなんとなくてきとうに
くらしていたら日がくれた
ここはどこかと聞いたなら
双子の自分がこう言った
きのうのあしたださようなら
死ぬとは
ただいっぺんあすがこないだけです
詩
くらしをはぐらかしいつまでもつづくと思っていたけど
つづきつづけるものなどなくてすべてははかない夢のようで
ただ今を受け入れ生きてすごすそれがすべてのすべとことわり
詩
のこされた人生は一日だろうか百年だろうか
どれほどあるのかしるよしもないが
たりないことにかわりはないので
おもしろいことしかしないときめた
ことだまとよぶにはおおげさだけど
たまに誰にも知られずに本音ばかり発言するTwitterアカウントをつくろうかと思うことがある。
たとえば自分が黒が嫌いだとする。知人に黒が好きな人がいるとする。自分は黒が嫌いだと発言することにより、意識していなくとも、黒が好きな知人を攻撃することになってしまう。
嫌いなことをわざわざ発言するメリットは薄い。嫌いなものを好きになることもある。だけど人間なので、王様の耳はロバの耳だと叫びたくなることもある。
しかし自分はそれをしない。言葉はいったん外に出したらおさまらないものだ。ネガティブな言葉はやがてさらにネガティブに変化し自分のもとへ戻ってくる。
それがオフラインで書かれ鍵をかけた日記帳であろうと、もやもやとした思いは言葉にすることで確かなものとして自分にのしかかる。ことだまとよぶにはおおげさだけど、自分の言葉に影響されるのはなにより自分自身だと思っている。
状況を楽しむ
たとえばスプラトゥーンは、敵と味方で地面に色を塗りあい、その面積が広いほうが勝つというゲームなのだけど、自分はまず地面を塗りたくれることを楽しみたい。もちろんスプラトゥーンというゲームの目的は勝つことだからそれを目標にはする。しかしそれが最終目標ではない。ゲームそれ自体は楽しむことが大きな目的のはずだ。だからまずは多いに楽しみたい。
当然、eSportsの流れもあるし、上級者のストイックなプレイを見るのもとても楽しい。ただ、草野球とプロ野球を考えてみてほしい。楽しみ方はそれぞれちがうはずだ。草野球にプロ並のプレイを求められても困る。とはいえ勝ちを度外視するのも変な話だ。楽しみながら勝ちを目指してがんばればいい。プロ野球はプロだ。ヘボなプレイにカネ返せと言いたい気持ちもわからないでもない。しかしそんな注意をするのは評論家の仕事だ。ファンはもっとデーンとかまえて、ファインプレイに拍手をおくればいい。
たとえばツイッターは、自身がつぶやき他人もつぶやくのを眺めるしくみである。監視するものではないし、討論するものでもない。だからまずテキトーに自分がつぶやくことを楽しむ。人がつぶやくのを見て楽しむ。気に入った発言があれば「いいね」や「リツイート」をすればいいし、すごい気に入った発言があれば話しかければいい。「あの人があんなことを言った、自分のことを嫌いなのだろうか」とか「自分はフォローしたのに返してくれないのはおかしい」などとキリキリとしがみつくツールではない。
なにが言いたいのかというと、楽しみ方は人それぞれだし、つまらなくなったらやめればいい。それだけのことだ。
世の中を変えるには
世の中を本当に変えたいのなら、必要なのは愚痴と文句ではなく、意見と戦略的行動です。
なぜ世の中がよくならないのかというと、現状に困っていない人、このままがいい人たちが世の中を動かしているからです。
たとえば、女の人が生きやすい世の中にしたい、政治から社会を動かそう、となった場合、適している候補者を選び、その賛同者をつのる。それをやるのは自分です。誰かがやってくれるのではない。
なんとなく生きにくいなあ、誰かなんとなくよくしてくれないかなあと思っているだけでは、決して世の中は自分の思うようには動かない。
たとえば「生活が苦しい、誰か月に5万円ほどくれないかなあ」これでは通らない。「大病を患い生活が苦しい、インターネットで募金をしよう」これならやさしい人がお金をくれるかもしれない。
世の中を変えるには意見を持ち主体的に戦略的に行動するしかない。なんとなくいやだなあ、変わらないかなあ、では思うようには変わりません。
なんとなく思うこと
無機質なものが好きなのだけど、それがふえてきてしまうと有機的なものもいいよねと思う、つまりわたくしはへそまがりであります。
情緒的な歌詞がへったと思う。つまり音頭ではなくダンスミュージックがふえたように感じる。カタカナ語が味気ないというのではない。自分もそうだけど、インターネットの文章はブログなどではなくツイッターを読むことがふえた。
短文だろうと、そこに俳句や短歌のようなひとつ考えたものがあればよいのだけど、たいてい脊髄反射で書かれたものがおおくて、それはそれで好きなのだけど、それがメインになってしまうとちょっとちがうんじゃないかなと思う。
おかしやインスタント食品も好きだけど、やはりそれは主食にはできない。そろそろ揺り戻しがあってもいい。
トランプ大統領爆誕によせて
やはりどうにも911のテロ以降の世界は(恐らく永遠に)第三次世界大戦中であるし、資本主義にもヒビが入っているどころか複雑骨折している様子だ。とはいえ自分にはどうすることもできないし、どうする必要もない。ただ毎日はつづいていく。
世の中は終わりつづけているのだけれど、それに気づかない莫迦が一番幸せだ。気づきながらもやり過ごせるほどのカネを持つ人も幸せだ。その中間で蠢く僕たち私たちが一番の不幸人である。そして一番の不幸人は不幸に酔える特権を持つから、不幸から抜け出そうとする必要性を感じず、そこから抜け出そうという努力もしない。つまり取りようによってはみんな幸せなのでよかった。
自分は、ダメならダメなりにあるものでなんとかやりくりしましょうという性格だし、生きている以上、死ぬよりは不幸であると思っているから、現状をこのように把握しつつも、だれかにどうにかしてくださいと言うこともないし、自分からどうしようとも思わない。
ただ、アメリカはこのような人を大統領に選んでしまった。これはどういうことかと言うと、人々はリセットボタンを押したがっているということだ。そしてアメリカはリセットボタンを持っている。恐らく使われはしないし、使われたとしても日本に落ちてくることはないだろう。
とにかく「みんな」は変革や進歩ではなくリセットボタンを求めているのだ、そういうことだと思う。
自分に発注する
ハローワークの講習会で「自分を商品として捉え、プレゼンするのが履歴書なり面接です」みたいなことを習い、なるほどそうすると自分を客観的に見られて、売りも明らかになるなといまさらながらに気づいた。
そこで作品をつくるにあたり、単純にいまあるものをすべて出すのではなく、自分がどのように見られたいのか、また自分の欲しいものはなにかを考え、そこから逆算して作品を商品としてつくり出すことが大事だろうし、自分に向いているのではないかと思った。
するといま自分が欲しいものは何かと考えると、カフェや書店で流れるゆったりとした有機的な音楽だとか、やる気のないときに聴く激しい音楽だとかいろいろあるものの、いちばん欲しいものとなるとそれは、フジロックの夜に転換時にグリーンステージで流れたクラフトワーク、これしかないと気づいた。
夜、山の中で星空が舞い、そのなかに漂うキッチリと、かつスッカスカな電子音、しかしながらほどよくグルーヴィでキラキラしていて、ただドリーミーとまではいかない、それはそれはひと夏の思い出に似合うとてもすてきな音楽体験だった。
それをつくることができれば、名刺として、初対面の人にでも聴いてもらうに値すると思うし、当然知り合いにも恥ずかしからずに聴いてもらえるものになるはずだ。
結論は定まった。あとはつくるだけだ。それがまあとんでもなくむつかしいことなのだけど、自分に期待するしかない。
自殺について
自分はとてつもなく仕事という(理不尽に命じられる)行為全般を憎んでいるので、過労のために死にたいと思ったことはないけど、若いころに「このままでは社会に殺される、死ななくてはならない、だけど死にたくない、どうしよう」という感覚を持った覚えがある。
原因はさっぱり覚えていないけど、街を歩くすべての人が敵に見え、食欲がそれほどなくなった。いま思えば鬱状態だったのかもしれないし、若さゆえの自意識の過剰かもしれない。ただ、現在そのような気持ちはまったくないので、思い出そうとしても思い出せないし、いまとなってはどうでもいいことだ。
ここで自分はなにを言いたいのかというと、さまざまな自殺のなかで、自ら死を選ぶものもあれば、何者かに殺される自殺もあるということだ。たとえば世間の目だとか、見えない敵だとか、上司だとか、いじめっこだとか、ぼんやりとした不安だとか。
専門家でもなければ人の気持ちはわからないからなんとも言えないが、自殺者のすべてがみずから死を選んでいるわけではなく、死ななければならないと思い込んだすえの自殺もあるということを書いておきたい。
創作について
創作については何パターンかあると思う。
とにかく自分を叩きつける人もいれば、調査してから求められるものをつくる人などなど。
自分がつくる場合は、欲しいものがあるのだけど誰もつくってくれないからしょうがなくつくる、というのが望ましい。とにかく面倒くさがりなのでできれば自分の手を下したくはない。つまりすでにあるものをつくる必要はない。そしてとくにわかってほしい自己などいないので、おれを見ろという作品をつくりたくもない。
これは自分がつくる場合の話であって、アール・ブリュットは大好きだし、無機的な工業製品も好きだ。そしてそのほかのつくりかたを認めないわけではない。「自分の踊り方で踊ればいいんだよ」と江戸アケミも言っている。
とにかく自分の好きなもの、興味のあるもの、心底欲しいと思えるものに対して、素直に答えることができれば、少なくとも自分が欲しかったものがこの世にひとつ生まれ落ちることになる。
そしてたいてい自分が好きなものはどこかの誰かも好きだったりするもので、俗っぽくいえばお金になる。そしてそれが生活できるくらいには売れて、またなにかをつくって、というサイクルができればそれ以上望むことはない。
Hi-STANDARDについて
はじめて聴いたのは高校の軽音部(正しくはフォークソング部だったのだけどその説明ははぶきます)の先輩の演奏、「Kiss Me Again」だった。そのおかげでいまでも「Kiss Me Again」が一番好きだ。
当時は、電気グルーヴ、Underworld、Aphex Twinなどを好んで聴いており、パンクやメロコアってなに? という状態だったので、その衝撃たるやハンパじゃなかった。速くて激しくてメロディアス! そんな音楽に高校生がハマらないわけはない。
当時は1998年、まだ「MAKING THE ROAD」は出ていなかった。
「Love Is A Battlefield」が出たときは、あと何年かしたらアルバムも出るのかなあとのんきにかまえていた。やがてインターネットが発達して、すったもんだがあったことを知ると、悲しいけどしょうがないよなあと思うようになった。
そしてAIR JAM 2011が行われた。きっかけはどうであれ、また三人がそろって演奏すると思うとうれしかった。ただ、YMOの「RYDEEN 79/07」みたいなこともあったので、新譜の発売を期待しないわけではなかった。
それから5年、「MAKING THE ROAD」からは16年、まさかアナウンスなしで新譜「ANOTHER STARTING LINE」が発売されるとは思っていなかった。言うなれば、街なかでぼけっと信号待ちでもしていたら、高校のときの先輩に「よお!」と突然背後からぶっ叩かれた感じ。
音楽には力があるとかないとか言われるけど、THE HIGH-LOWSの「十四才」のように、スイッチを入れたら14才になれるくらいの力はあった。少なくとも自分には。今回の場合は15才だけど……。
秘密基地
家はいらないけど秘密基地は欲しい。
実際に設けることはむずかしいので、マインクラフトでそれを実行している。洞窟に拠点をつくったり、探検したりしている。そもそも現実に完璧な建物をつくったとして、地震大国の日本だ。壊れる可能性がある。その点ゲームなら何回でも作り直しができてよい。
シムシティやダビスタなど、箱庭的なゲームが好きだ。ファンタジックなものが嫌いだとは言わないが、異世界に放り込まれるよりは、現実と地続きっぽい世界観に惹かれる。
だれかにほめられたいとはあまり思わない。それよりも自分自身が納得のいくものをつくりたい。自分が楽しみたい。他人の評価はそれからでいい。