清水 日本語に「サキ」と「アト」という言葉があるでしょう。これらはもともと空間概念を説明する言葉で、「前」のことを「サキ」、「後ろ」のことを「アト」と言ったんですが、時間概念を説明する言葉として使う場合、「過去」のことを「サキ」、「未来」のことを「アト」と言ったりしますよね。「先日」とか「後回し」という言葉がそうです。
でも、その逆に「未来」のことを「サキ」、「過去」のことを「アト」という場合もありますよね。「先々のことを考えて……」とか、「後をたどる」なんて、そうです。「サキ」と「アト」という言葉には、ともに未来と過去を指す正反対の意味があるんです。ところが、そもそも中世までの日本語は「アト」には「未来」の意味しかなくて、「サキ」には「過去」の意味しかなかったようなんです。
現代人に「未来の方向を指してみてください」と言うと、たいていは「前」を指さしますよね。でも、そもそも古代や中世の人たちは違ったんです。未来は「アト」であり「後ろ」、背中側だったんです。
これは、勝俣鎮夫さんという日本中世史の先生が論文に書かれていることなんですが、戦国時代ぐらいまでの日本人にとっては、未来は「未だ来らず」ですから、見えないものだったんです。過去は過ぎ去った景色として、目の前に見えるんです。当然、「サキ=前」の過去は手に取って見ることができるけど、「アト=後ろ」の未来は予測できない。
つまり、中世までの人たちは、背中から後ろ向きに未来に突っ込んでいく、未来に向かって後ろ向きのジェットコースターに乗って進んでいくような感覚で生きていたんじゃないかと思います。勝俣さんの論文によると、過去が前にあって未来は後ろにあるという認識は、世界各地の多くの民族がかつて共通してもっていたみたいなんです。
【連載】『世界の辺境とハードボイルド室町時代』第2回:「バック・トゥ・ザ・フューチャー」 未来が後ろにあった頃 - HONZ
「先の副将軍」の「先」、「後は野となれ山となれ」の「後」ね。
>未来に向かって後ろ向きのジェットコースターに乗って進んでいく