東京市芝区で明治二十七年に生まれた松川は、父親が文部省の役人だったこともあって、常に本に囲まれた環境で育った。専門書もあれば文芸書も……役人という固い仕事をしていた割に、父親は何でも読む人だった。子どもの頃からよく本屋に一緒に行ったものだが、そういう時に父親は、「棚の右から左まで全部」という買い方をした。読むものがないと不安になる人間だったのかもしれない。
— 堂場瞬一著『ポップ・フィクション』(2024年10月Kindle版、文春e-book)

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東京市芝区で明治二十七年に生まれた松川は、父親が文部省の役人だったこともあって、常に本に囲まれた環境で育った。専門書もあれば文芸書も……役人という固い仕事をしていた割に、父親は何でも読む人だった。子どもの頃からよく本屋に一緒に行ったものだが、そういう時に父親は、「棚の右から左まで全部」という買い方をした。読むものがないと不安になる人間だったのかもしれない。
— 堂場瞬一著『ポップ・フィクション』(2024年10月Kindle版、文春e-book)
あとは自分が「〇〇したい!」と思った時に【〇〇をする方法】という本は手に取らないひねくれた性格ということもあり、直線的な読書より回り道や寄り道の多い「蛇行する読書」を楽しんでもらえるラインナップになるよう心がけている。
— Books移動祝祭日 松並沙矢香著「有形無形な本屋のかたち」(発行人:小林晴奈『いろいろな本屋のかたち』2026年4月第6刷、本のすみか)
いつだったかこの仏書の所でフランスの飛行将校が小説か何かをひやかしているのを見かけた事がある。その時ただなんとなしにいい気持ちがした。この将校の顔から髪から髯からページを繰る手つきから、大きく肥った指先までが、その書物と自然に調和して全体が一つのまとまった絵になっていた。
— 寺田寅彦著「丸善と三越」より(平凡社編集部編『作家と本屋』2026年7月、平凡社)
──〈ヴァイニンガー読んでみようかな〉 いいぞ。その調子でみなヴァイニンガーを読め。彼の魂に触れろ。孤高にして崇高なる賢者の書に平伏すがいい。
— 市川沙央著「オフィーリア23号」(『女の子の背骨』2025年9月Kindle版、文春e-book)
李奈は自分のカバンをまさぐり、新潮文庫の『グッド・バイ』をとりだした。太宰が後期に書いた十六の短編が収録されている。最後が表題作の『グッド・バイ』になる。本来は中編以上の長さになるはずが、短編ていどの約三十ページに留まり未完。 気づけばまた『グッド・バイ』の最初のページを開いていた。
— 松岡圭祐著『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅷ 太宰治にグッド・バイ』(令和5年2月Kindle版、角川文庫)
うしろのアンドレア・デル・サルトたちが降りてしまつたので、笠井さんも、やれやれと肩の荷を下ろしたやう、下駄を脫いで、兩脚をぐいとのばし、前の客席に足を載せかけ、ふところから一巻の書物を取り出した。笠井さんは、これは奇妙なことであるが、文士のくせに、めつたに文學書を讀まない。まへは、さうでもなかつたやうであるが、この二、三年の不勉強に就いては、許しがたいものがある。落語全集なぞを讀んでゐる。妻の婦人雑誌なぞを、こつそり讀んでゐる。いま、ふところから取り出した書物は、ラ・ロシフコオの金言集である。まづ、いいはうである。流石に、笠井さんも、旅行中だけは、落語をつつしみ、少し高級な書物を持つて歩く様子である。
— 太宰治著「八十八夜」(『八十八夜』昭和21年3月、南北書園※Kindleアーカイブ版)
「そうだ。お前の新しい詩集、今朝届いたよ。ありがとう」 鮎川が言うのは思潮社から出した『冬を追う雨』。『あかつき闇』に続く今年二冊目の詩集である。 「今朝ならまだ読んでないな」 「読んだよ」
— ねじめ正一著『荒地の恋』(2015年12月Kindle版、文春文庫)
野生の獣の如くその日その日を何とか堪え凌がんと目の前の物事ばかり見て生きてきた彼女には、人の考えや拵え物の物語が「今」という時から切り離されて書き残されているという書物なるものの性質自体からして、面白くて仕方がなかったのだ。
— 空木春宵著「超自然現象」(伊東潤ほか著『夜の夢こそまこと 人間椅子小説集』2022年11月Kindle版、KADOKAWA)
「読書バリアフリー」って、まだまだ利便性の次元で語られてしまうことが多いんです。「電子書籍のほうが便利で読みやすい」みたいな感じで。でも、これは人権とか社会的排除の次元として考えなきゃいけない問題なんです。
— 荒井裕樹著『たった一人の読者を生きる』(2026年5月、柏書房)
日本ではあまり馴染みがないが、台湾では書店の床に座って読む「座り読み」が普通なのだそうだ。ここではさすがに床にそのままというわけにはいかないため、気軽に座れる隠れ読書スペースを用意している。こんなところにも独自性、チャレンジ性が垣間見える。
— 谷野哲郎著「誠品生活日本橋 誠品書店」(『本棚に会いに行く 司書記者と旅する20のブックスポット』2026年5月、皓星社)
花壇の水やりに庭に出ると、いつも尚ちゃんは自分の家の庭のビニールベッドに寝て何かを読んでいる。
— 窪美澄著「真珠星スピカ」(『夜に星を放つ』2025年2月Kindle版、文春文庫)
「なにを読んでいるんだね?」 と私は訊いた。 「いや、前に読んだものを読みかえしているんですよ。詩集です」 と彼はインテリらしいはにかみをみせて答えた。 「ほう、詩集を。誰の?」 「シャルル・ボードレール……」 照れたように、彼はまた眼鏡を押しあげた。 「ボードレールか」
— 生島治郎著「前世」(『あなたに悪夢を』2020年8月Kindle版、講談社文庫)
部屋に戻ってベッドに腰をおろすと、迷った末に本を開いた。 第一話 『かえしてください』 第二話 『わすれもの』 第三話 『呪いのエレベーター』 目次には、怪談っぽいタイトルが並んでいる。 どういう話が載っているのか気になって、ぼくはさっそく一話目を読み始めた。
— 緑川聖司作/浮雲宇一絵『図書室の怪談 闇の図書室』(2022年12月Kindle版、ポプラキミノベル)
姉に言われたせいじゃないけど、オレも本を読んでる。文庫本って、小さいし軽いし、起動にも時間のかからない優秀なデバイスじゃね? なーんてえらそうに言ったけど、今んとこ最初から最後まで読み切ったのは、『注文の多い料理店』一冊だけ。 話はどれも独特で面白かった。で、読んだあと同じ本を読んだ人と、その本についてあーだこーだ話すのも楽しい。
— 櫻井とりお著『図書室の奥はあやしい相談室』(2022年2月Kindle版、PHP研究所〈5分間ノンストップショートストーリー〉)
最初はパイプ椅子だったのを、座り心地のいい小さな木の椅子に替えて薄い座布団を敷いた。作業もなく客もいない時間、私はそこでひたすら、本を読む。 作業もなく客もいない時間というのは、私がこの店の主となったころから大量にあった。新刊を扱う本屋だったら、こうはいかなかっただろう。私はここで長い長い間、本を通してさまざまな作家と出会い、さまざまな物語の中に入り込み、さまざまな空間へ行き、さまざまな人生に触れた。 作家が存命か、内容が創作であるか実録であるかは、ほとんど意味をなさない。本を読んでいる間、私にとってはすべての作家が生きており、すべての登場人物が実在しているからだ。
— 青山美智子著『鎌倉うずまき案内所』(2021年4月Kindle版、宝島社文庫)
親子を見送って一息つくと、だんだん腹が立ってきた。時刻は午後六時五十分。会議まで十分しかない。せっかく本の続きが読めそうだったのに、なぜどいつもこいつも邪魔ばかりするのか。 こうなったら意地である。一ページだけでも読み進めてやろうと、書店に入った。『蓼食う虫もすき焼き』を取り、風呂場で読んでいたページを開く。
— 白井智之著『本を読むのが超速い人の頭の中ってどうなってんの殺人事件』(2026年7月、実業之日本社)
置かれた古い本達のカビ臭い匂いは俺の心を癒した。
— 村田天著『ネクラとヒリアが出会う時』(令和2年7月Kindle版、富士見ファンタジア文庫)