今週末に引っ越しをする。その為に、荷物をまとめている。
なるべく身軽に引っ越したいと思う。
存在すら忘れていた物を数年ぶりに手にしてみて、忘れていた癖に、手放すには少し心が痛い。
特に本、CDを選別するには重いエネルギーを使うみたいで、疲れて左目が眠くなった。
手にするたびに直接的な思い出の他、そこから派生して、また忘れていた記憶が飛んでやってきた。
手放すかどうかの判断をする度に色んな立ち位置の自分がいて判断基準が曖昧になって、行ったり来たりして、それもなかなかエネルギーを使った。
今日は鳩サブレーの缶から溢れ出た手紙たちを引っ張り出した。その時、その時に皆がそれぞれの気持ちと場所から送ってくれた手紙たち。
久しぶりに触れてみて、その人のことを思う。
喧嘩別れをした友達も、もう住所もわからない友達も、もう会うことは無いかもしれない友達も。
一緒に過ごした時間や会話を思い出すだけで、もう良いかもしれないと思うことがある。手紙もエネルギーが強いから、少し選別をすると疲れからか強烈な眠気がやってきた。
選別って言葉、なんか嫌やわ。
数年前に買って忘れてたもの、忘れてたその時の空気や熱量も、こうやって触れることで少し離れた場所からその時を思い出す。
最後に触れて、それでまた忘れていく。
どこまで思い出と一緒にいれるのか、どこまでいるべきなのか。
約10年続いた習い事も、最後の日に先生に短いお礼の言葉を伝えた時に心が苦しかった。終わりの日を想像もしてなかった時には想像も出来なかった、「今日で最後かぁ」と思う度に寂しく辛さを感じた。言葉を発しながら涙が出そうになった。
あまり好きじゃないと思った街も6年もいるとその分だけの思い出があって、もう戻れないと思うと寂しさがやってくる。
新しくなるのは、少しの勇気が必要で、寂しさもやってくる。
寂しかった癖に、引っ越しに向けてやるべきことで頭が埋め尽くされると寂しさは遠くに行った。きっと余裕がないと寂しさは感じれない。頭が忙しくなると寂しさを感じる隙間は無くなるんかな。と昨日歩きながら考えた。
さー、引っ越しです。どんな生活が始まるのかな。ワクワクと不安は隣り合わせ。
体が元気になるものを食べて、色んな気持ちになって、いっぱい歩いたり体を動かしたい。
暑いので水分多めにとって過ごそう。
もうちょっとしたら駅前で友達と待ち合わせ。最後かと思うから寂しいんや、きっと
2026.7. 20 16:54













