死の主張の話
愉快な話ではありません。 蒸し暑いある夏の夜、仕事から帰宅するとフロアに警察官がたむろしていました。何かあったのか気にはなるものの、生来なんとなく警察は苦手なので素通りしようとしましたが、「あなたはどの部屋の人?」と尋問?されてしまいました。部屋番号を答えると、「○○○号室なんですけどね...」と警察官は○○○号室のほうに目をやります。閉じられたドア。「住民の方ご存知ですか?」「はい、おじいさんが...」と答えたとき、あたりに充満するにおいに気づきました。「亡くなっていると思うんですよね」何かのにおいに似ているけれども、今まで嗅いだことがない強烈な臭気です。「気づきませんでした? におい?」まったく気づきませんでした。その日の朝出勤したときまったく気づきませんでした。今こんなに臭っているのに朝無臭ということはなかったでしょう。でも気づきませんでした。住民を最後にみたのはいつかなど通り一遍の質問に答えて、自宅に入りました。エアコンがきいた自宅内は外の臭気は感じられませんでした。ベランダの窓をあけてみると、外は猛烈な死臭、いや腐敗臭なのか腐乱臭なのか?が漂っていました。ここ数日、35℃以上になる猛暑日が続いていました。猫のために24時間エアコンはつけっぱなしで窓をあけることもなかったので、外の臭いにも気づきませんでした。いつ亡くなったのかはわかりませんが、この暑さでは猛烈な勢いで腐敗するでしょうし、その臭いでどなたかが通報したのでしょう。その夜警察は遺体を運び出したようです。私は自宅のドア越しに廊下の様子を伺っていましたが、新聞受けから臭いが入ってくることに気づき、段ボールでふたをしました。正直言ってまったく付き合いのない隣人(同じフロアだがだいぶ離れた部屋の人)が亡くなったことにたいしてなんの感慨もありませんが、しばらくこの臭いに接しないといけないかと思うと憂鬱になります。翌朝窓をあけてみると外は臭いがしないのでややほっとしました。おそらく該当の部屋の窓はあいたままで、昨夜警察官か管理人かが閉めたのでしょう。自宅から廊下にでると、昨日と同じかそれ以上の臭気が充満していました。むっと重たくまとわりつくような濃度の濃い臭気。窓や非常階段が開け放たれていましたが、まったく無意味です。腐乱した死体の粒子が漂い、呼吸をしたらわたしの体の中に入ってしまうと想像したら精神の均衡を失いそうです。呼吸をとめて足早に外にでました。服や髪に臭いがついているのではないかと気になり、出入りするたびに自分をかぐのがくせになってしまいました。早急になんとかしてほしいものですが、こういった状況でさっさと部屋を掃除してしまうことが可能なはずがないので、苦情を言う気にはなりませんでした。幸い事件性はなかったのでしょう。その後警官の姿をみることはありません。数日経つと、廊下の臭いが薄れていました。なんとなく該当の部屋をみると、新聞受けなどが黒いテープで目張りされていました。これはこれで禍々しいと苦笑いしましたが、臭いよりはマシです。あの臭い。何かの臭いに例えるなら、魚とか肉とか生ごみが腐った臭いを30倍くらいに強めた感じでしょうか。でも、生まれてこの方嗅いだことがない臭い。わたしくらいの身長の小柄な老人が亡くなって、こんなにも強い臭いを放つのかと驚愕します。誰もがおそらく「人に迷惑をかけないで死にたい」と思うでしょう。それなのに、人知れずひっそり消えてなくなることなど不可能で、自分の意志にも関係はなく、ただ自分だったものの残留物が、「おれは死んでいる」「おれは死んでいる!!」「おれは死んでいる!!!!!!!!!!!!!」と誰かに気づかれるまで、力強く死を主張するのです。
2018年8月のある日に心中を整理するために書き殴りました。こんなもの公開するなよという感じではありますが、これもまたわたしという人間を構成する一部ということで。


















